第15章 継がれゆく灯火 [
「ルビア!ルキウス!これって一体!?」
あまりの光景に、怪物に対する恐怖も吹き飛んでいったようだ。ティマはロインの後ろから飛び出し、この場で唯一話ができる状況にある彼らに問うた。その刹那、怪物が彼らに向かって腕を振り下ろしてきた。咄嗟にロインが剣でかばおうと前に出た、瞬間だ。
「ロイン、ダメだ!離れろ!」
ルキウスの怒号に、反射的にロインは身を引いた。直後、彼がいた場所を紫色のひどい臭いの霧が包んだ。
「ッ! なんだ、あの霧!」
「吸い込んだらダメ!あれは猛毒よ!」
ルビアが叫んだ次の瞬間、ロインの目が大きく見開かれた。剣を握る右手の感覚が、急に鈍くなった。驚き、焦り、剣がその手からこぼれないよう柄を両手で握りなおすロイン。だが、そんな彼を見るルビアの瞳に、焦った様子は微塵もない。
「…動けないだけならまだ大丈夫。でも、そのままでいればそのうちに…。」
「そんな!そんな中にいたらカイウス達が死んじゃう!!」
「けど、あの毒霧は際限無く生まれてくる。それに、わずかに吸い込んだだけでも毒が身体に回り出すんだ。悔しいけど、どうやっても解毒が間に合わないんだ!」
ロインに静かにリカバーを唱えながら、ルビアは霧の中にとらわれているカイウスらへと視線を向けた。ティマが泣き叫ぶまでもない。だが一番状況をわかっているルビアにも、ルキウスにも、現状を打破する策がないのだ。今にももろく崩れ散っていきそうな外見に反して防御は固く―――よく見ればスケルトン特有の鎧のような表皮をしている。なかなか頑丈なのはそのためだろう―――、ちょっとやそっとの斬撃や魔法では、体制を崩して倒れはしても、息の根を止めることはできない。何にも増して恐ろしいのは、ヤツの口から吐き出されるだけでなく、こちらが負わせた傷口からも漏れ出してくる腐臭と猛毒を含む霧だ。見かけ以上に厄介な相手に、だが本当にこれ以上時間はかけていられない。
「…仕方ない。オレがなんとか深手を負わせるから、そこを集中して狙え。」
「そんなことしたらロインが!」
「それで倒せりゃ問題ない。後で治癒すりゃいいだけだ。」
「倒せなかったら!?」
唯一動ける前衛は、もはやロインとティマだけだ。だが現状突破のための切込隊長をロインが買って出ようとすれば、ティマが彼の身を案じて腕を引いた。ロインは不安そうな彼女の顔にチラッと視線を向けるが、すぐに無関心に似た表情で前を見た。
「…それでも倒す。」
そして短く言い放つと、彼女を振り切って地を蹴った。
「ロイン!!」
「はぁあああああああ!!」
翡翠の瞳に迷いはなく、力強く握られた剣には一片の怖れもない。だが彼が踏み込み、振り下ろす剣が怪物の腹を裂き、その体内から毒霧が漏れ出た瞬間、ティマが耐え切れなくなった。
「…だめ……だめぇええええええ!!」
毒霧がロインを包み込まんとする瞬間に襲われた恐怖―――ロインが死んでしまう未来に、ティマは思わず拒絶の悲鳴をあげた。刹那、ティマの周囲の大気の流れが変わった。ルビアとルキウスがそれに気づいた時、怪物とロインの間で突如爆発が起こった。
「ぅあッ!?」
「なんだ!?」
爆風に飲まれながら後退するロインも、それを見ていた2人も、何が起こったのかわからないという顔だ。その中でただ、ティマだけは何かに驚いたように自身の両手を見つめている。
「感じた…今、確かに魔力を感じた!」
そして彼女から出た言葉に3人の目が見開かれた時、彼らの背後にあった白晶岩が一際強く発光した。それは短い時間のことだったが、それを見たロインは「そうか」と納得の声を上げた。プリセプツ発動の際に大気中から取り込む通常の魔力とは異なり、白晶岩が持つ魔力は、おそらく、普段は知覚することのできない魔力なのだ。だから本当は、この広間に足を踏み入れ、ティマがその存在を覚知した瞬間に、彼女はすでに魔法を操る術を手に入れていたのだ。しかし、ティマがそのことを知らなければ、手にした力にもずっと気づかないままだった。だがそのことを理解した今この瞬間、ティマが持つ力は、この場にいる誰よりも強大なものとなった。
「ロイン、ルビア、ルキウス、力を貸して!私の魔法で、アイツを霧ごと封じ込める!」
取り戻した力。それを自覚したティマの瞳には鋭さが戻り、これまでにないほどの闘志が宿った。一気に高まった彼女の士気に、ロインは不敵な笑みを浮かべ、何も言わずに背を向けた。それを是と受け取ったティマは、すぐさま詠唱のための集中に入った。サポートをするため、後衛2人も彼女を守るようにその前に立つ。同時に、怪物も彼らに向かって大きく腕を振り上げた。
「邪魔はさせないわよ!ファイアボール!」
「くらえ!魔神剣!魔神剣・双牙!」
毒霧を避けるためには、迎撃の手段は遠距離からのものに限られる。彼らの攻撃に怪物の動きは止まるが、ダメージは少ないはず。しかし、今は足止めで十分だ。
「吹き荒れろ暴風!サイクロン!」
そしてその間に、詠唱を完成させたルキウスのプリセプツが発動する。強力な暴風に怪物はその巨体を浮かして吹き飛び、壁に叩きつけられた。衝撃で周囲は崩れ、その瓦礫が怪物の上に落ちていく。思わぬ副産物に、よしっ、と声を上げるルキウス。だが、それでもしぶとく怪物は立ち上がろうともがいている。
「静寂の森に眠りし氷姫よ、彼の者に手向けの抱擁を!」
だがその時、ティマの詠唱が完成した。彼女の声に反応してか、白晶岩の光も徐々に増していく。やがてその光の眩しさに目を開けているのが困難になり始めた頃、ティマの武器にはめられている紅玉に光が満ちた。
「決まれ!インブレイスエンド!!」
そしてプリセプツが発動すると、空間そのものから一瞬で凍結した。気温が一気に下がった、などという生易しいものではない。まさに絶対零度の空間。そして彼女が宣言したとおり、怪物から漏れ出ていた毒霧までもが氷の中に封じ込められ、本体は微動だにできない状態でいる。その発動範囲、威力は、ルビアが放つそれとはまるで桁違いと言っていい。
「兄さん!」
「ルキウス、手伝って!」
毒霧がなくなった。これでようやく、猛毒に犯されているカイウスらの治療ができる。言うよりも早く、ルビアは行動に出た。だがまさにその直後、怪物を閉じ込めている氷が揺れ動いた。
「ロイン!」
「わかってる!」
すかさずティマが叫び、ロインは怪物を睨みつけながらいつでも飛び出せるよう構える。奴が氷を砕いて出てくる、その一瞬が勝負だ。ティマもフォローに回れるようにと、彼の後ろで再び詠唱の構えをとった。
『……イン…』
その時だ。白晶岩が再び淡く光り出したかと思うと、彼らの耳に何かが聞こえた。それは風に乗って聞こえてくるような、それでいて頭の中に直接響いてくるような音。その伝わり方にティマは、そして聞こえたものにロインはハッとした顔になる。だが次の瞬間には、別の衝撃がロインを襲った。
(これは…!)
『……くる!』
それに驚いた刹那、氷が砕けた。同時に、ロインは地を強く蹴った。だがそれは、彼自身の意思によるものではない。
「! これって…!」
そしてその動きに、ティマが驚愕する。彼女が記憶しているよりも、今の彼の動きは何倍も速い。そして一瞬のうちに、いくつもの斬撃が怪物を襲う。裂ける肉体から溢れる毒霧。しかし、それが届くよりも速く、ロインは怪物の頭上へと跳躍していた。振り上げられた剣は、白い光をまとい出す。
「瞬洸、斬牙!」
そしてそれが振り下ろされ、巨大な光の刃が怪物を両断した。
あまりの光景に、怪物に対する恐怖も吹き飛んでいったようだ。ティマはロインの後ろから飛び出し、この場で唯一話ができる状況にある彼らに問うた。その刹那、怪物が彼らに向かって腕を振り下ろしてきた。咄嗟にロインが剣でかばおうと前に出た、瞬間だ。
「ロイン、ダメだ!離れろ!」
ルキウスの怒号に、反射的にロインは身を引いた。直後、彼がいた場所を紫色のひどい臭いの霧が包んだ。
「ッ! なんだ、あの霧!」
「吸い込んだらダメ!あれは猛毒よ!」
ルビアが叫んだ次の瞬間、ロインの目が大きく見開かれた。剣を握る右手の感覚が、急に鈍くなった。驚き、焦り、剣がその手からこぼれないよう柄を両手で握りなおすロイン。だが、そんな彼を見るルビアの瞳に、焦った様子は微塵もない。
「…動けないだけならまだ大丈夫。でも、そのままでいればそのうちに…。」
「そんな!そんな中にいたらカイウス達が死んじゃう!!」
「けど、あの毒霧は際限無く生まれてくる。それに、わずかに吸い込んだだけでも毒が身体に回り出すんだ。悔しいけど、どうやっても解毒が間に合わないんだ!」
ロインに静かにリカバーを唱えながら、ルビアは霧の中にとらわれているカイウスらへと視線を向けた。ティマが泣き叫ぶまでもない。だが一番状況をわかっているルビアにも、ルキウスにも、現状を打破する策がないのだ。今にももろく崩れ散っていきそうな外見に反して防御は固く―――よく見ればスケルトン特有の鎧のような表皮をしている。なかなか頑丈なのはそのためだろう―――、ちょっとやそっとの斬撃や魔法では、体制を崩して倒れはしても、息の根を止めることはできない。何にも増して恐ろしいのは、ヤツの口から吐き出されるだけでなく、こちらが負わせた傷口からも漏れ出してくる腐臭と猛毒を含む霧だ。見かけ以上に厄介な相手に、だが本当にこれ以上時間はかけていられない。
「…仕方ない。オレがなんとか深手を負わせるから、そこを集中して狙え。」
「そんなことしたらロインが!」
「それで倒せりゃ問題ない。後で治癒すりゃいいだけだ。」
「倒せなかったら!?」
唯一動ける前衛は、もはやロインとティマだけだ。だが現状突破のための切込隊長をロインが買って出ようとすれば、ティマが彼の身を案じて腕を引いた。ロインは不安そうな彼女の顔にチラッと視線を向けるが、すぐに無関心に似た表情で前を見た。
「…それでも倒す。」
そして短く言い放つと、彼女を振り切って地を蹴った。
「ロイン!!」
「はぁあああああああ!!」
翡翠の瞳に迷いはなく、力強く握られた剣には一片の怖れもない。だが彼が踏み込み、振り下ろす剣が怪物の腹を裂き、その体内から毒霧が漏れ出た瞬間、ティマが耐え切れなくなった。
「…だめ……だめぇええええええ!!」
毒霧がロインを包み込まんとする瞬間に襲われた恐怖―――ロインが死んでしまう未来に、ティマは思わず拒絶の悲鳴をあげた。刹那、ティマの周囲の大気の流れが変わった。ルビアとルキウスがそれに気づいた時、怪物とロインの間で突如爆発が起こった。
「ぅあッ!?」
「なんだ!?」
爆風に飲まれながら後退するロインも、それを見ていた2人も、何が起こったのかわからないという顔だ。その中でただ、ティマだけは何かに驚いたように自身の両手を見つめている。
「感じた…今、確かに魔力を感じた!」
そして彼女から出た言葉に3人の目が見開かれた時、彼らの背後にあった白晶岩が一際強く発光した。それは短い時間のことだったが、それを見たロインは「そうか」と納得の声を上げた。プリセプツ発動の際に大気中から取り込む通常の魔力とは異なり、白晶岩が持つ魔力は、おそらく、普段は知覚することのできない魔力なのだ。だから本当は、この広間に足を踏み入れ、ティマがその存在を覚知した瞬間に、彼女はすでに魔法を操る術を手に入れていたのだ。しかし、ティマがそのことを知らなければ、手にした力にもずっと気づかないままだった。だがそのことを理解した今この瞬間、ティマが持つ力は、この場にいる誰よりも強大なものとなった。
「ロイン、ルビア、ルキウス、力を貸して!私の魔法で、アイツを霧ごと封じ込める!」
取り戻した力。それを自覚したティマの瞳には鋭さが戻り、これまでにないほどの闘志が宿った。一気に高まった彼女の士気に、ロインは不敵な笑みを浮かべ、何も言わずに背を向けた。それを是と受け取ったティマは、すぐさま詠唱のための集中に入った。サポートをするため、後衛2人も彼女を守るようにその前に立つ。同時に、怪物も彼らに向かって大きく腕を振り上げた。
「邪魔はさせないわよ!ファイアボール!」
「くらえ!魔神剣!魔神剣・双牙!」
毒霧を避けるためには、迎撃の手段は遠距離からのものに限られる。彼らの攻撃に怪物の動きは止まるが、ダメージは少ないはず。しかし、今は足止めで十分だ。
「吹き荒れろ暴風!サイクロン!」
そしてその間に、詠唱を完成させたルキウスのプリセプツが発動する。強力な暴風に怪物はその巨体を浮かして吹き飛び、壁に叩きつけられた。衝撃で周囲は崩れ、その瓦礫が怪物の上に落ちていく。思わぬ副産物に、よしっ、と声を上げるルキウス。だが、それでもしぶとく怪物は立ち上がろうともがいている。
「静寂の森に眠りし氷姫よ、彼の者に手向けの抱擁を!」
だがその時、ティマの詠唱が完成した。彼女の声に反応してか、白晶岩の光も徐々に増していく。やがてその光の眩しさに目を開けているのが困難になり始めた頃、ティマの武器にはめられている紅玉に光が満ちた。
「決まれ!インブレイスエンド!!」
そしてプリセプツが発動すると、空間そのものから一瞬で凍結した。気温が一気に下がった、などという生易しいものではない。まさに絶対零度の空間。そして彼女が宣言したとおり、怪物から漏れ出ていた毒霧までもが氷の中に封じ込められ、本体は微動だにできない状態でいる。その発動範囲、威力は、ルビアが放つそれとはまるで桁違いと言っていい。
「兄さん!」
「ルキウス、手伝って!」
毒霧がなくなった。これでようやく、猛毒に犯されているカイウスらの治療ができる。言うよりも早く、ルビアは行動に出た。だがまさにその直後、怪物を閉じ込めている氷が揺れ動いた。
「ロイン!」
「わかってる!」
すかさずティマが叫び、ロインは怪物を睨みつけながらいつでも飛び出せるよう構える。奴が氷を砕いて出てくる、その一瞬が勝負だ。ティマもフォローに回れるようにと、彼の後ろで再び詠唱の構えをとった。
『……イン…』
その時だ。白晶岩が再び淡く光り出したかと思うと、彼らの耳に何かが聞こえた。それは風に乗って聞こえてくるような、それでいて頭の中に直接響いてくるような音。その伝わり方にティマは、そして聞こえたものにロインはハッとした顔になる。だが次の瞬間には、別の衝撃がロインを襲った。
(これは…!)
『……くる!』
それに驚いた刹那、氷が砕けた。同時に、ロインは地を強く蹴った。だがそれは、彼自身の意思によるものではない。
「! これって…!」
そしてその動きに、ティマが驚愕する。彼女が記憶しているよりも、今の彼の動きは何倍も速い。そして一瞬のうちに、いくつもの斬撃が怪物を襲う。裂ける肉体から溢れる毒霧。しかし、それが届くよりも速く、ロインは怪物の頭上へと跳躍していた。振り上げられた剣は、白い光をまとい出す。
「瞬洸、斬牙!」
そしてそれが振り下ろされ、巨大な光の刃が怪物を両断した。