第1章 影と少年 Y
すっかり暗くなり、夜空に星が瞬いている。ロインは、依然町中に横たわっている死体でつまづかないよう注意しながら、再びマリワナの家へと向かって歩いた。昨日までなら、家々からこぼれる灯りで夜でも明るかった道が、今は夕方通りかかった時よりも不気味さを増していた。6年間同じ町で過ごした人々にも心を閉ざしていたロインだったが、ここまで変わり果てた姿を見ると、さすがに気持ちが揺らいだ。
「あ!来た来た。」
マリワナの家の台所の壁に寄りかかりながら、ティマがロインを待っていた。
「ティマ、なんでここに?」
ティマの姿を見つけ、ロインは少し驚いた表情をして彼女に近づいた。すると、ロインの問いに、ティマは少しふてくされた顔になって答えた。
「おばさんが私に『席を外して欲しい』って言って追い出したの。ロインに話したいこと、私には聞かれたくないみたい。」
「おばさんがティマに話せないって、一体どんな内容だろう。」
「知らない。ロイン、私『約束の場所』にいるから、終わったら迎えに来て。」
笑顔でロインにそう言うと、ティマは暗闇の町へと出て行った。ロインは、やれやれ、というような表情をした後、地下への扉を開け、下りていった。
暗い地下を進み、一筋の光が照らす場へと足を踏み入れる。そこには、ロインをこの場へ呼んだ者と、心を許せぬ者二人が座って待っていた。
「なんだよ、おばさん。ティマには話せないのに、こっちのよそ者には話せることなのかよ?」
そう言い放つロインの冷たい眼差しは、マリワナではなく、カイウスとルビアを捕らえる。彼の過去を知った二人だが、やはりこの態度に反発したいという気持ちは消えない。マリワナがなんとかその空気を断ち、ロインをその場に座らせた。
「むしろ、ティマだから話したくないってところかしら…。」
ロインはその言い方に、何か嫌な気がした。その意味をマリワナに尋ねると、彼女は三人を真っ直ぐ見据え、静かに口を開いた。
「町を襲った兵達は、あの子を狙っていたのかもしれないのです。」
その言葉に驚き声を上げる三人に、彼女は言葉を続けた。
「ロインは聞いたことがあるでしょうけど、ティマと私は、血が繋がっていません。あの子がまだ赤子だった頃、弟がどこからか連れてきて、私に預けていったのです。」
だから、ティマはマリワナのことを「お母さん」ではなく「おばさん」と呼んでいたのだと、カイウスとルビアは理解した。だが、それだけでは彼女が標的にされる理由がわからない。その点について再び尋ねると、マリワナは首を横に振るだけだった。
「…正直、私もあの子が狙われる原因はわかりません。ただ、その子は絶対に死なせないでくれ、と弟が言い残していたのは覚えています。そして、この町で暮らす私達の身に万が一のことがあれば、首都へ向かわせてほしい、とも言っていました。」
「首都ってことは、マウディーラ王家に何かあるのか?」
ロインがそう聞くが、マリワナは、それ以上はわからない、というだけだった。だが、兵は通常、首都に住むマウディーラ王家を守る存在で、それ以外の場所では滅多に見かけない。その兵がこんな港町に現れたとなると、王家が関係していると考えざるを得ない。そして、ティマが何らかの形で王家と関係しているのであれば、つじつまが合わないこともない。社交的で明るい性格の彼女がその事を知れば、きっと悲しむ。その場にいる全員がそう思った。だから、ティマは席を外されたのだろう。
「ティマには、首都のマウディーラ王に会って、事の真相を聞いてもらう事にしました。ロイン、それとカイウスさんとルビアさんに、あの子の護衛を頼みたいの。」
「え?」
「ちょっと待てよ!!」
突然の話に戸惑うカイウスとルビアをよそに、ロインが怒鳴り声を上げて立ち上がった。
「おばさん、なんでこいつらもティマの護衛につかせるんだ!?オレだけでいいだろう!」
「ロイン、落ち着きなさい。」
マリワナは、まるで母親のようにロインを静めようとした。だが、納得のいかない彼はそれに抗おうとする。深い溜息を一つし、マリワナは厳しい口調で言った。
「確かに、見ず知らずの人にあの子の護衛を任せるのは私も不安です。でも、今のあなたは他人を信用しようとしない。それに、いろいろと経験が足りなすぎる。それでは、あの子に必要な助力さえ断ってしまう。それだけじゃない。あの子だけじゃなく、ロイン、あなたも命の危険があるかもしれないのよ。カイウスさんとルビアさんは、いろんなところを旅してきたから、いろいろ経験をつんでいる。あなたが気に入らないのもわかるけど、あの子の事を考えたら当然でしょう。」
そこまで言われ、反論できないロインは、黙ってうつむき、再びその場に座った。その様子を見たマリワナは、カイウスとルビアの方へ向き直った。
「大変申し訳ないのですが、お願いできますか?」
彼女の依頼に、カイウスとルビアは快く承諾した。だが、今だに心のどこかで納得しきれていないロインは、その様子に小さく舌打ちすると、地下室を後にした。
「ロインの奴、オレ達の事逆恨みとかしたりしないよな…?」
「カイウスが余計なことしなければ…ね。」
「なんだと!?」
そんな単純な会話をする二人だったが、心にあるモヤを消し去ることはできなかった。
…どうすればロインと打ち解けることができるだろう。
答えのでない疑問が、何度も二人の脳裏をよぎった。
「あ!来た来た。」
マリワナの家の台所の壁に寄りかかりながら、ティマがロインを待っていた。
「ティマ、なんでここに?」
ティマの姿を見つけ、ロインは少し驚いた表情をして彼女に近づいた。すると、ロインの問いに、ティマは少しふてくされた顔になって答えた。
「おばさんが私に『席を外して欲しい』って言って追い出したの。ロインに話したいこと、私には聞かれたくないみたい。」
「おばさんがティマに話せないって、一体どんな内容だろう。」
「知らない。ロイン、私『約束の場所』にいるから、終わったら迎えに来て。」
笑顔でロインにそう言うと、ティマは暗闇の町へと出て行った。ロインは、やれやれ、というような表情をした後、地下への扉を開け、下りていった。
暗い地下を進み、一筋の光が照らす場へと足を踏み入れる。そこには、ロインをこの場へ呼んだ者と、心を許せぬ者二人が座って待っていた。
「なんだよ、おばさん。ティマには話せないのに、こっちのよそ者には話せることなのかよ?」
そう言い放つロインの冷たい眼差しは、マリワナではなく、カイウスとルビアを捕らえる。彼の過去を知った二人だが、やはりこの態度に反発したいという気持ちは消えない。マリワナがなんとかその空気を断ち、ロインをその場に座らせた。
「むしろ、ティマだから話したくないってところかしら…。」
ロインはその言い方に、何か嫌な気がした。その意味をマリワナに尋ねると、彼女は三人を真っ直ぐ見据え、静かに口を開いた。
「町を襲った兵達は、あの子を狙っていたのかもしれないのです。」
その言葉に驚き声を上げる三人に、彼女は言葉を続けた。
「ロインは聞いたことがあるでしょうけど、ティマと私は、血が繋がっていません。あの子がまだ赤子だった頃、弟がどこからか連れてきて、私に預けていったのです。」
だから、ティマはマリワナのことを「お母さん」ではなく「おばさん」と呼んでいたのだと、カイウスとルビアは理解した。だが、それだけでは彼女が標的にされる理由がわからない。その点について再び尋ねると、マリワナは首を横に振るだけだった。
「…正直、私もあの子が狙われる原因はわかりません。ただ、その子は絶対に死なせないでくれ、と弟が言い残していたのは覚えています。そして、この町で暮らす私達の身に万が一のことがあれば、首都へ向かわせてほしい、とも言っていました。」
「首都ってことは、マウディーラ王家に何かあるのか?」
ロインがそう聞くが、マリワナは、それ以上はわからない、というだけだった。だが、兵は通常、首都に住むマウディーラ王家を守る存在で、それ以外の場所では滅多に見かけない。その兵がこんな港町に現れたとなると、王家が関係していると考えざるを得ない。そして、ティマが何らかの形で王家と関係しているのであれば、つじつまが合わないこともない。社交的で明るい性格の彼女がその事を知れば、きっと悲しむ。その場にいる全員がそう思った。だから、ティマは席を外されたのだろう。
「ティマには、首都のマウディーラ王に会って、事の真相を聞いてもらう事にしました。ロイン、それとカイウスさんとルビアさんに、あの子の護衛を頼みたいの。」
「え?」
「ちょっと待てよ!!」
突然の話に戸惑うカイウスとルビアをよそに、ロインが怒鳴り声を上げて立ち上がった。
「おばさん、なんでこいつらもティマの護衛につかせるんだ!?オレだけでいいだろう!」
「ロイン、落ち着きなさい。」
マリワナは、まるで母親のようにロインを静めようとした。だが、納得のいかない彼はそれに抗おうとする。深い溜息を一つし、マリワナは厳しい口調で言った。
「確かに、見ず知らずの人にあの子の護衛を任せるのは私も不安です。でも、今のあなたは他人を信用しようとしない。それに、いろいろと経験が足りなすぎる。それでは、あの子に必要な助力さえ断ってしまう。それだけじゃない。あの子だけじゃなく、ロイン、あなたも命の危険があるかもしれないのよ。カイウスさんとルビアさんは、いろんなところを旅してきたから、いろいろ経験をつんでいる。あなたが気に入らないのもわかるけど、あの子の事を考えたら当然でしょう。」
そこまで言われ、反論できないロインは、黙ってうつむき、再びその場に座った。その様子を見たマリワナは、カイウスとルビアの方へ向き直った。
「大変申し訳ないのですが、お願いできますか?」
彼女の依頼に、カイウスとルビアは快く承諾した。だが、今だに心のどこかで納得しきれていないロインは、その様子に小さく舌打ちすると、地下室を後にした。
「ロインの奴、オレ達の事逆恨みとかしたりしないよな…?」
「カイウスが余計なことしなければ…ね。」
「なんだと!?」
そんな単純な会話をする二人だったが、心にあるモヤを消し去ることはできなかった。
…どうすればロインと打ち解けることができるだろう。
答えのでない疑問が、何度も二人の脳裏をよぎった。