第15章 継がれゆく灯火 \
その裂傷から、また光が爆発するように生まれ、怪物を飲み込んでいく。おぞましい悲鳴を上げ、怪物はまるで光に浄化されるように、毒霧すら残さずに塵と消えていった。
「終わった、か?」
「兄さん、まだ動かない方が!」
断末魔の残響が消え、カイウスはまだ辛そうな顔を持ち上げる。ルキウスが彼を支えるように腕を伸ばすと、カイウスは自分を心配する弟の頭にそっと手を置いた。
「助かったよ。ありがとな、ルキウス。」
そして何かと思い動きを止めたルキウスに向けられたのは、簡単な感謝の言葉だった。それが今のこの状況に対してではなく、自分たちをかばいながら怪物に応戦していた時のことに対しての言葉だと気づくのに、少しだけ時間がかかった。ルキウスがそれを理解した時には、カイウスは今彼ができる一番の笑みを弟に向けていた。それを目にして、そして兄の言葉に、ルキウスは今度こそ、本当に自信を取り戻したようだ。穏やかに、それでいて力強い笑顔を兄に返した。
「みんな、大丈夫?今私も治癒術を…。」
そんな双子たちのもとに、ティマも駆け寄ってきた。ルビアの術で全員の解毒は済んでいるが、回復しきれていないのは明白だ。すぐに手当を手伝おうと、ティマは膝をつき、術の詠唱を始める。緊迫した空気が徐々に薄れていくその中で、ただ一人、ロインは彼らとは別の場所へ視線を向け続けていた。彼の視線の先にあるのは淡く発光したままの白晶岩で、ロインはそれをなぜか不愉快そうに睨みつけている。
「ロイン、どうし…」
『成長したわね、ロイン。』
その様子に気づいてルキウスが声をかけたのと、それが聞こえたのはほぼ同時だった。凛とした、それでいて優しく、どこか愉快そうな声。突然聞こえた何者かの声に、全員の驚き、戸惑う視線が一斉に一箇所に向けられる。次の瞬間、それを超える驚愕が彼らに訪れた。白晶岩から放たれる淡い光の粒子。それは次第に形を成し、一人の人物となって彼らの前に現れた。緩いウェーブのかかった金髪をオールバックで一つに結い、淡い緑の鎧をまとい、腰にある剣にはロインが手にしているものと同じ「G.U.」のイニシャルが刻まれている。宝石のような青い瞳は真っすぐロイン、そして彼の後ろにいるティマへと向けられ、ゆっくり細められた。
「…やっぱりあんただったか。」
『“あんた”ですって?随分生意気になったじゃない。っていうか、もっとびっくりしてくれたっていいんじゃない?つまらないわね。』
「これでも十分驚いてる。けどそんなことより、さっきは何のつもりだ?」
『そう怖い顔するもんじゃないわよ。ちょっと奥義の指南してあげただけじゃない。』
「どこが指南だよ。勝手に人の身体動かしやがって。」
『…ほんと生意気になったわね。反抗期?』
「うるせえ。」
予想だにしない目の前の光景に、あまりのショックから呆然としている仲間たち。その様子にまるで無関心なロインは、何事もなかったように目の前の女性と普通に会話を展開していた。
「…えっ……なんで、どういうこと…?」
ようやく我に返ったベディーは女性を思わず指を差して、信じられないというように言葉を震わせながらこぼす。それに気づいた女性は、腰に手をあてながらにこっと彼に笑みを向けた。
『驚いた?ま、無理もないわ。私自身、まさかこんなことになるなんて予想もしてなかったもの。』
「じゃあ本当に…グレシアさん、ですか?」
『ええ。』
彼女―――グレシアはそう言って、首を傾けながら笑う。すると、数秒の間を空けて、ロイン以外の全員から驚愕の叫びが響いた。
「グレシアさんってことは、ロ、ロインのお母さん!?」
「ロインの母さんって、どういうことだよ!?まさか、幽…」
『ふふっ。残念だけど、ちょーっと違うのよね。』
ティマは驚きのあまり口元を手で覆い、カイウスは思わず顔を引きつらせている。グレシアはその様子を面白そうに眺め、無邪気に笑っていた。そんな彼女を、ロインは冷静に観察した。振る舞いだけでなく容姿も生前より幼く、アーリアとそう変わらない年の頃の、どこかあどけなさが残る姿だ。おそらく、近衛騎士として活躍していた頃の彼女なのだろう。そう考える息子の様子に気づいたのか、グレシアは笑いを止め、彼に歩み寄った。そして目の前に立つと、そっと愛おしむように頬に手を伸ばした。彼の頬に感じるのは、最後に触れたあの冷たさではなく、今のように無邪気に笑うこともあったかつての温もりでもなく、風のような柔らかさだった。それは一般に言われる霊という存在とは別に、彼女が特殊な事情によりこの場に姿を現したということを裏付けているようだった。
「…本当に、母さんなんだな。」
『ええ。ちょっと事情が複雑だから説明が面倒なんだけど、とりあえず、今こうして話が出来るのは、あの岩のおかげよ。』
「白晶岩の?」
尋ねるベディーに、グレシアは頷いた。よほどこの状況が面白いのか、ほころんだ表情は変わる気配がまったくない。対して、ティマやカイウスらは解せないというように目を丸くしたり、首を傾げたりするばかりだ。あまりにもそうしてばかりいたためだろうか、グレシアはやれやれと肩をすくめた。
『そんなに気になるなら、ひとつヒントをあげるわ。…三騎士の血は主の力となり、その者に最後の力を与えん。さあ、どういうことだと思う?』
それでも次に彼女が発した声は、相変わらずまるで子供になぞなぞを出すような口調だった。しかしその中の覚えのあるフレーズに、ロインは思わず目を丸くした。
「それ、父さんが残した端書と同じ!」
『えっ、なに?ドーチェってば覚えてたの?…ほんと研究バカね、あの人は。』
思いがけない言葉に、今度はグレシアが目を丸くした。そしてドーチェの性分を思い出してか髪をがしがしと乱雑に掻き、興が醒めたのか、短くため息を吐いた。そして次に彼らに顔を向けた時、グレシアから一切の子供っぽさが消えていた。
『これはウルノアの家に、代々『白晶の首飾』を受け継ぐ者に伝えられてきた言葉なの。私もこの言葉の本当の意味を知ったのは、7年前の“あの日”のことだけどね。…この岩の特性は知ってる?』
「魔物の血肉を糧に成長する、ってことか?」
『そう。そして『白晶の首飾』が作り出されたこの岩に、昔、私の血も吸収されていた。それと、7年前の“あの日”。どうやらこの3つの要素が揃ったことで、この現象が起きたみたいなの。』
「『白晶の首飾』が、この白晶岩の欠片から…。」
「どういうことだ?そいつに血を吸わせると、あんたのように幽霊みたいになって現れるってことか?」
感慨深げに呟くルビアの横で、ティルキスが怪訝な顔で尋ねる。だがグレシアは首を横に振り、言葉を続けた。
『白晶岩は魔物の血肉から養分を吸収する際に、大気中にあるエネルギーも同時に取り込むらしいの。…で、食欲旺盛すぎて、生命力が落ちてるだけの相手にも手を出そうとするのよね。』
彼女がそう言った途端、ロインはあることに気がついた。
「それって、まさか!」
『そう、そのまさか。…致命傷を負った私やヴァニアスの娘が元気になったのは、白晶岩―――つまり、『白晶の装具』が持つそのシステムによって周囲から集められたエネルギーが体内に流れ込んだこで、生命力が回復したから。…まぁ、怪我が治るわけじゃないから、致命傷は致命傷なわけだけど。』
「その一時的な生命力の上昇が、“その者に最後の力を与えん”ってことか。」
ロインの推測に、グレシアは口端をわずかに上げ、「あたり」と短く答えた。
「終わった、か?」
「兄さん、まだ動かない方が!」
断末魔の残響が消え、カイウスはまだ辛そうな顔を持ち上げる。ルキウスが彼を支えるように腕を伸ばすと、カイウスは自分を心配する弟の頭にそっと手を置いた。
「助かったよ。ありがとな、ルキウス。」
そして何かと思い動きを止めたルキウスに向けられたのは、簡単な感謝の言葉だった。それが今のこの状況に対してではなく、自分たちをかばいながら怪物に応戦していた時のことに対しての言葉だと気づくのに、少しだけ時間がかかった。ルキウスがそれを理解した時には、カイウスは今彼ができる一番の笑みを弟に向けていた。それを目にして、そして兄の言葉に、ルキウスは今度こそ、本当に自信を取り戻したようだ。穏やかに、それでいて力強い笑顔を兄に返した。
「みんな、大丈夫?今私も治癒術を…。」
そんな双子たちのもとに、ティマも駆け寄ってきた。ルビアの術で全員の解毒は済んでいるが、回復しきれていないのは明白だ。すぐに手当を手伝おうと、ティマは膝をつき、術の詠唱を始める。緊迫した空気が徐々に薄れていくその中で、ただ一人、ロインは彼らとは別の場所へ視線を向け続けていた。彼の視線の先にあるのは淡く発光したままの白晶岩で、ロインはそれをなぜか不愉快そうに睨みつけている。
「ロイン、どうし…」
『成長したわね、ロイン。』
その様子に気づいてルキウスが声をかけたのと、それが聞こえたのはほぼ同時だった。凛とした、それでいて優しく、どこか愉快そうな声。突然聞こえた何者かの声に、全員の驚き、戸惑う視線が一斉に一箇所に向けられる。次の瞬間、それを超える驚愕が彼らに訪れた。白晶岩から放たれる淡い光の粒子。それは次第に形を成し、一人の人物となって彼らの前に現れた。緩いウェーブのかかった金髪をオールバックで一つに結い、淡い緑の鎧をまとい、腰にある剣にはロインが手にしているものと同じ「G.U.」のイニシャルが刻まれている。宝石のような青い瞳は真っすぐロイン、そして彼の後ろにいるティマへと向けられ、ゆっくり細められた。
「…やっぱりあんただったか。」
『“あんた”ですって?随分生意気になったじゃない。っていうか、もっとびっくりしてくれたっていいんじゃない?つまらないわね。』
「これでも十分驚いてる。けどそんなことより、さっきは何のつもりだ?」
『そう怖い顔するもんじゃないわよ。ちょっと奥義の指南してあげただけじゃない。』
「どこが指南だよ。勝手に人の身体動かしやがって。」
『…ほんと生意気になったわね。反抗期?』
「うるせえ。」
予想だにしない目の前の光景に、あまりのショックから呆然としている仲間たち。その様子にまるで無関心なロインは、何事もなかったように目の前の女性と普通に会話を展開していた。
「…えっ……なんで、どういうこと…?」
ようやく我に返ったベディーは女性を思わず指を差して、信じられないというように言葉を震わせながらこぼす。それに気づいた女性は、腰に手をあてながらにこっと彼に笑みを向けた。
『驚いた?ま、無理もないわ。私自身、まさかこんなことになるなんて予想もしてなかったもの。』
「じゃあ本当に…グレシアさん、ですか?」
『ええ。』
彼女―――グレシアはそう言って、首を傾けながら笑う。すると、数秒の間を空けて、ロイン以外の全員から驚愕の叫びが響いた。
「グレシアさんってことは、ロ、ロインのお母さん!?」
「ロインの母さんって、どういうことだよ!?まさか、幽…」
『ふふっ。残念だけど、ちょーっと違うのよね。』
ティマは驚きのあまり口元を手で覆い、カイウスは思わず顔を引きつらせている。グレシアはその様子を面白そうに眺め、無邪気に笑っていた。そんな彼女を、ロインは冷静に観察した。振る舞いだけでなく容姿も生前より幼く、アーリアとそう変わらない年の頃の、どこかあどけなさが残る姿だ。おそらく、近衛騎士として活躍していた頃の彼女なのだろう。そう考える息子の様子に気づいたのか、グレシアは笑いを止め、彼に歩み寄った。そして目の前に立つと、そっと愛おしむように頬に手を伸ばした。彼の頬に感じるのは、最後に触れたあの冷たさではなく、今のように無邪気に笑うこともあったかつての温もりでもなく、風のような柔らかさだった。それは一般に言われる霊という存在とは別に、彼女が特殊な事情によりこの場に姿を現したということを裏付けているようだった。
「…本当に、母さんなんだな。」
『ええ。ちょっと事情が複雑だから説明が面倒なんだけど、とりあえず、今こうして話が出来るのは、あの岩のおかげよ。』
「白晶岩の?」
尋ねるベディーに、グレシアは頷いた。よほどこの状況が面白いのか、ほころんだ表情は変わる気配がまったくない。対して、ティマやカイウスらは解せないというように目を丸くしたり、首を傾げたりするばかりだ。あまりにもそうしてばかりいたためだろうか、グレシアはやれやれと肩をすくめた。
『そんなに気になるなら、ひとつヒントをあげるわ。…三騎士の血は主の力となり、その者に最後の力を与えん。さあ、どういうことだと思う?』
それでも次に彼女が発した声は、相変わらずまるで子供になぞなぞを出すような口調だった。しかしその中の覚えのあるフレーズに、ロインは思わず目を丸くした。
「それ、父さんが残した端書と同じ!」
『えっ、なに?ドーチェってば覚えてたの?…ほんと研究バカね、あの人は。』
思いがけない言葉に、今度はグレシアが目を丸くした。そしてドーチェの性分を思い出してか髪をがしがしと乱雑に掻き、興が醒めたのか、短くため息を吐いた。そして次に彼らに顔を向けた時、グレシアから一切の子供っぽさが消えていた。
『これはウルノアの家に、代々『白晶の首飾』を受け継ぐ者に伝えられてきた言葉なの。私もこの言葉の本当の意味を知ったのは、7年前の“あの日”のことだけどね。…この岩の特性は知ってる?』
「魔物の血肉を糧に成長する、ってことか?」
『そう。そして『白晶の首飾』が作り出されたこの岩に、昔、私の血も吸収されていた。それと、7年前の“あの日”。どうやらこの3つの要素が揃ったことで、この現象が起きたみたいなの。』
「『白晶の首飾』が、この白晶岩の欠片から…。」
「どういうことだ?そいつに血を吸わせると、あんたのように幽霊みたいになって現れるってことか?」
感慨深げに呟くルビアの横で、ティルキスが怪訝な顔で尋ねる。だがグレシアは首を横に振り、言葉を続けた。
『白晶岩は魔物の血肉から養分を吸収する際に、大気中にあるエネルギーも同時に取り込むらしいの。…で、食欲旺盛すぎて、生命力が落ちてるだけの相手にも手を出そうとするのよね。』
彼女がそう言った途端、ロインはあることに気がついた。
「それって、まさか!」
『そう、そのまさか。…致命傷を負った私やヴァニアスの娘が元気になったのは、白晶岩―――つまり、『白晶の装具』が持つそのシステムによって周囲から集められたエネルギーが体内に流れ込んだこで、生命力が回復したから。…まぁ、怪我が治るわけじゃないから、致命傷は致命傷なわけだけど。』
「その一時的な生命力の上昇が、“その者に最後の力を与えん”ってことか。」
ロインの推測に、グレシアは口端をわずかに上げ、「あたり」と短く答えた。