第16章 引き潮の彼方で T
ウェタル山脈。マウディーラ島の東でいくつも連なっている山々のうちのひとつの中腹に、目的の白晶岩があった。
「くらえ! 閃空双破斬!」
「バイティングエッジ!」
ロインの剣とラミーの短剣が、同時にガルーダを仕留めた。奴は断末魔の悲鳴と共に、崖下へと落ちていった。これで、ここの白晶岩の周辺に集まっていた魔物は、全て追い払った。これで、落ち着いて欠片を取り出せる。ティマはホッポ遺跡の時と同様に、詠唱を開始した。
「へー。こうやってたのかー」
欠片を取り出すところを初めて見るラミーとアーリアは、感心した様子でそれを眺めていた。
「それにしても、驚いたな。ラミーって、ここまで好戦的だったのか」
そんなラミーに、ティルキスは面白そうに笑いながら言った。
ティマが近づいたことでまた呼び水になってしまったのか、白晶岩にたどり着いた途端、一行は魔物の群れに歓迎されてしまった。それこそ数十体もの大群がいたのだが、ホッポ遺跡の時と比べ戦力が増えたためか、あまり苦戦することにはならなかった。
しかも、早くも白晶岩の欠片の影響で調子を取り戻したのか、ラミーが一人で全体の三分の一程を片付けてしまったのだ。それまで前衛に立ちたくても立たせてもらえなかった彼女が思い切って、それも楽しそうに敵陣の中に突っ込んでいく姿を初めて見たティルキスやアーリア達は、少し驚いていた。
「そっか。『白晶の装具』を持ってた時のラミーを、みんなは知らないんだっけ」
カイウスはそのことを思い出したように言った。その言葉に頷く四人に、ルビアとベディーは内心苦笑していた。これまで十分に戦えなかった不満を、おそらく、これからは心おきなく戦闘でぶつけていくであろうラミーの姿を思い浮かべてのことだ。
「でも良かった。前みたいに戦えるようになるまで、もう少し時間がかかると思っていたから」
そこに、ティマも笑いながら話に加わった。
「ティマ、終わったの?」
「うん」
尋ねるルビアに、ティマは手の中にある欠片を見せた。それを確かめると、よし、とラミーが声を上げた。
「なら、さっさと山を下りようぜ! そうすりゃ、日暮れまでに町につけるかも!」
「ラミー、待て! 一人で先に行くな!」
言うが早いか、ラミーは駆け出していった。それを慌ててルキウスが追いかけていき、あとのメンバーはくすっと思わず笑いを顔に浮かべていた。
「ははっ! ルキウスのやつ、まるでコンビ再結成、って感じだな」
「それにしては、随分落ち着きがないけれどもね」
声に出して微笑ましげに彼らを見つめるティルキスに、アーリアはやや否定するように言う。だが、その表情は心なしか嬉しそうに笑っていた。異端審問官として表情も感情もさらけ出せなかったルキウスと、ラミーそっくりのあの少女のかつての様子を思い浮かべたからかもしれない。カイウスとルビアも顔を見合わせ、少しだけ切なそうに笑いながら二人の様子を見つめながら歩いていった。
(あれは……)
そのまましばらく歩いていると、一行の前に分かれ道が見えた。そのうちの片方の道の行き先を示す看板には、これから彼らが目指す予定のロパスの名があった。ラミーやルキウスは迷うことなくその道を選び、後ろを歩く仲間たちも次々と同じ道を進んでいった。
だが、ロインはその看板を目にすると、その前で立ち止まってしまった。仲間たちがすでに選んだ道とは、反対の方角を示す案内の看板。ロインはそこに書かれている文字を見つめ、そして何かを思うように下を向いた。
「ロイン、どうしたの?」
ロインの様子に気がついて、ティマが声をかけた。だが、ロインはすぐには顔を上げなかった。何かを深く考え込んでいるらしいその様子に、ティマは気になって彼の元まで道を戻った。
「ティマ? どうかしたのか?」
その足音に気づいたのか、カイウス達も振り返り、次々と先ほどの分かれ道まで引き返してきた。とうとう先頭を歩いていたラミーまでもがロインの元に戻ってきて、その頃にようやく彼は顔を上げた。
「……悪い。ここから少し北に行ったところに、テファベスって商業の町がある。そこに寄り道したい」
そして彼の口からぽつりと出てきたのは、普段の彼からはあまり考えつかない言葉だった。ティマとカイウス、ルビアは顔を見合わせ、そして次の瞬間にはニッと笑みを浮かべた。
「ねえ、お兄様。ちょっとくらい寄り道したっていいわよね?」
「え?」
「ね、ラミー! 少し遅れるくらいなら、ヴァニアスさん達も大丈夫だよね?」
「テファベス、か。たしかに、あそこならロパスからそんなに離れているわけじゃないから一日二日遅れるくらい程度だし、そんなに問題じゃないけど……」
「なら、決まりだな!」
次々と仲間たちを説得して話を進めていくティマたち。ティルキスやラミーはもちろんだが、ロインも彼らの様子に、思わずぽかんとしていた。
「なんか、ロインよりも兄さん達の方が必死になってない?」
彼らの気持ちを代弁するように、ルキウスが戸惑ったように尋ねる。すると、三人はまた顔を見合わせ、そして、嬉しそうにカイウスが答えた。
「だって、珍しいロインのわがままだもんな!」
もちろん、これまでにロインがわがままを言ったことはあった。だが、それは彼の心の中にあった壁が原因でのものが多く、相手が仲間だからこそ言ってくれるわがままは、果たしてこれまでにあったかどうか。
だからこそ、三人は喜び、なんとしてもそれを許してあげたいと思ったのだ。その思いに気づいてなのか、ロインは面白くなさそうにぷいとそっぽを向いてしまった。が、それすらも今の彼らには喜びのうちに入るようだ。彼の表情を気にかけることなどしないで、その手をつかみ、肩を、背中を押して、最初とは違う進路へとロインを歩かせていった。
ラミーの言うとおり、日暮れとほぼ同時に町に辿り着いた。スディアナとはまた違う都市感が漂うテファベスは、これまで訪れた港町とはまた異なる活気が今まさに徐々に落ち着いていく雰囲気の中にあった。
彼らは宿をとり、用事は明日済ませることにしようということでこの日は解散した。
「あーいーつぅうううう!!」
そして翌日。朝っぱらから聞こえてきた怒号に仲間たちは驚いて、それが聞こえた部屋の前へと集まっていた。少年たちに割り当てられているその部屋の中を覗けば、見るからにむしゃくしゃした様子でいるカイウスと、そんな彼をどう宥めるべきか困っているルキウスがいた。
そしてこの部屋にいるはずのもう一人の気配がないことに気づくと、ティマとルビアは、まさか、と事態を予想した。
「カイウス、ルキウス、どうした?」
「聞いてくれよ、フォレストさん! ロインの奴! 起きたらまーたいなくなってたんだ!」
そしてそれを裏切らない彼の言葉に、彼女たちはやっぱり、と肩を落とした。
わがままは言えるようになっても、何も言わずに一人でどこかに行く癖は直りそうもない。
カイウスは頭が痛いとばかりに髪をぐしゃぐしゃに掻き、ティマとルビアはため息を吐いた。その様子に、他の仲間たちは何も言えず、ただ同情を覚えていた。
「くらえ! 閃空双破斬!」
「バイティングエッジ!」
ロインの剣とラミーの短剣が、同時にガルーダを仕留めた。奴は断末魔の悲鳴と共に、崖下へと落ちていった。これで、ここの白晶岩の周辺に集まっていた魔物は、全て追い払った。これで、落ち着いて欠片を取り出せる。ティマはホッポ遺跡の時と同様に、詠唱を開始した。
「へー。こうやってたのかー」
欠片を取り出すところを初めて見るラミーとアーリアは、感心した様子でそれを眺めていた。
「それにしても、驚いたな。ラミーって、ここまで好戦的だったのか」
そんなラミーに、ティルキスは面白そうに笑いながら言った。
ティマが近づいたことでまた呼び水になってしまったのか、白晶岩にたどり着いた途端、一行は魔物の群れに歓迎されてしまった。それこそ数十体もの大群がいたのだが、ホッポ遺跡の時と比べ戦力が増えたためか、あまり苦戦することにはならなかった。
しかも、早くも白晶岩の欠片の影響で調子を取り戻したのか、ラミーが一人で全体の三分の一程を片付けてしまったのだ。それまで前衛に立ちたくても立たせてもらえなかった彼女が思い切って、それも楽しそうに敵陣の中に突っ込んでいく姿を初めて見たティルキスやアーリア達は、少し驚いていた。
「そっか。『白晶の装具』を持ってた時のラミーを、みんなは知らないんだっけ」
カイウスはそのことを思い出したように言った。その言葉に頷く四人に、ルビアとベディーは内心苦笑していた。これまで十分に戦えなかった不満を、おそらく、これからは心おきなく戦闘でぶつけていくであろうラミーの姿を思い浮かべてのことだ。
「でも良かった。前みたいに戦えるようになるまで、もう少し時間がかかると思っていたから」
そこに、ティマも笑いながら話に加わった。
「ティマ、終わったの?」
「うん」
尋ねるルビアに、ティマは手の中にある欠片を見せた。それを確かめると、よし、とラミーが声を上げた。
「なら、さっさと山を下りようぜ! そうすりゃ、日暮れまでに町につけるかも!」
「ラミー、待て! 一人で先に行くな!」
言うが早いか、ラミーは駆け出していった。それを慌ててルキウスが追いかけていき、あとのメンバーはくすっと思わず笑いを顔に浮かべていた。
「ははっ! ルキウスのやつ、まるでコンビ再結成、って感じだな」
「それにしては、随分落ち着きがないけれどもね」
声に出して微笑ましげに彼らを見つめるティルキスに、アーリアはやや否定するように言う。だが、その表情は心なしか嬉しそうに笑っていた。異端審問官として表情も感情もさらけ出せなかったルキウスと、ラミーそっくりのあの少女のかつての様子を思い浮かべたからかもしれない。カイウスとルビアも顔を見合わせ、少しだけ切なそうに笑いながら二人の様子を見つめながら歩いていった。
(あれは……)
そのまましばらく歩いていると、一行の前に分かれ道が見えた。そのうちの片方の道の行き先を示す看板には、これから彼らが目指す予定のロパスの名があった。ラミーやルキウスは迷うことなくその道を選び、後ろを歩く仲間たちも次々と同じ道を進んでいった。
だが、ロインはその看板を目にすると、その前で立ち止まってしまった。仲間たちがすでに選んだ道とは、反対の方角を示す案内の看板。ロインはそこに書かれている文字を見つめ、そして何かを思うように下を向いた。
「ロイン、どうしたの?」
ロインの様子に気がついて、ティマが声をかけた。だが、ロインはすぐには顔を上げなかった。何かを深く考え込んでいるらしいその様子に、ティマは気になって彼の元まで道を戻った。
「ティマ? どうかしたのか?」
その足音に気づいたのか、カイウス達も振り返り、次々と先ほどの分かれ道まで引き返してきた。とうとう先頭を歩いていたラミーまでもがロインの元に戻ってきて、その頃にようやく彼は顔を上げた。
「……悪い。ここから少し北に行ったところに、テファベスって商業の町がある。そこに寄り道したい」
そして彼の口からぽつりと出てきたのは、普段の彼からはあまり考えつかない言葉だった。ティマとカイウス、ルビアは顔を見合わせ、そして次の瞬間にはニッと笑みを浮かべた。
「ねえ、お兄様。ちょっとくらい寄り道したっていいわよね?」
「え?」
「ね、ラミー! 少し遅れるくらいなら、ヴァニアスさん達も大丈夫だよね?」
「テファベス、か。たしかに、あそこならロパスからそんなに離れているわけじゃないから一日二日遅れるくらい程度だし、そんなに問題じゃないけど……」
「なら、決まりだな!」
次々と仲間たちを説得して話を進めていくティマたち。ティルキスやラミーはもちろんだが、ロインも彼らの様子に、思わずぽかんとしていた。
「なんか、ロインよりも兄さん達の方が必死になってない?」
彼らの気持ちを代弁するように、ルキウスが戸惑ったように尋ねる。すると、三人はまた顔を見合わせ、そして、嬉しそうにカイウスが答えた。
「だって、珍しいロインのわがままだもんな!」
もちろん、これまでにロインがわがままを言ったことはあった。だが、それは彼の心の中にあった壁が原因でのものが多く、相手が仲間だからこそ言ってくれるわがままは、果たしてこれまでにあったかどうか。
だからこそ、三人は喜び、なんとしてもそれを許してあげたいと思ったのだ。その思いに気づいてなのか、ロインは面白くなさそうにぷいとそっぽを向いてしまった。が、それすらも今の彼らには喜びのうちに入るようだ。彼の表情を気にかけることなどしないで、その手をつかみ、肩を、背中を押して、最初とは違う進路へとロインを歩かせていった。
ラミーの言うとおり、日暮れとほぼ同時に町に辿り着いた。スディアナとはまた違う都市感が漂うテファベスは、これまで訪れた港町とはまた異なる活気が今まさに徐々に落ち着いていく雰囲気の中にあった。
彼らは宿をとり、用事は明日済ませることにしようということでこの日は解散した。
「あーいーつぅうううう!!」
そして翌日。朝っぱらから聞こえてきた怒号に仲間たちは驚いて、それが聞こえた部屋の前へと集まっていた。少年たちに割り当てられているその部屋の中を覗けば、見るからにむしゃくしゃした様子でいるカイウスと、そんな彼をどう宥めるべきか困っているルキウスがいた。
そしてこの部屋にいるはずのもう一人の気配がないことに気づくと、ティマとルビアは、まさか、と事態を予想した。
「カイウス、ルキウス、どうした?」
「聞いてくれよ、フォレストさん! ロインの奴! 起きたらまーたいなくなってたんだ!」
そしてそれを裏切らない彼の言葉に、彼女たちはやっぱり、と肩を落とした。
わがままは言えるようになっても、何も言わずに一人でどこかに行く癖は直りそうもない。
カイウスは頭が痛いとばかりに髪をぐしゃぐしゃに掻き、ティマとルビアはため息を吐いた。その様子に、他の仲間たちは何も言えず、ただ同情を覚えていた。