第16章 引き潮の彼方で W
「港だー!」
嬉しそうな一声と共に、海岸に向かって弾んだ足取りで駆けていく。ロパスについて早々無邪気な様のティマに、一行は微笑ましげに、そしてこれから向かうまだ見ぬ地への思いを抱きながら、活気づく港町へそれぞれ視線を向けていた。
「隊長!」
その時、行き交う人ごみにまぎれて、覚えのある呼び方が聞こえてきた。まさか、と周囲に目を向ければ、思ったとおりの少年とその家族の姿がすぐに見つかった。
「チャーク!」
すると、ラミーは嬉しそうに少年のもとへと走っていった。同時にチャークも家族のもとから飛び出していき、二人はその中間地点で元気にハイタッチをかわしたのだった。
「皆さん、お久しぶりですね」
「ハハッ! また会えたな、あんたたち。今度はどこに行くんだ?」
「バスメル島にある秘境にしかない、と言われる植物を採りに。今度の商売で依頼された品でして」
「奇遇ですね。私達もその島に行くところなんです」
そんな彼らの後ろからカトルらが笑顔で挨拶を交わせば、ラミーがこれまた上機嫌に言葉を返す。そして変わらず元気そうなマリーから出た言葉に、ティマは少し驚きながらも嬉しそうに言った。
「そうでしたか。船はいつ?」
「ああ。あたいらは自分の船で向かうんだ」
「そうですか」
「あたしたちは二日後の船なんです。……残念ね、チャーク。一緒に行けなくて」
「べ、別に残念じゃないやい!」
少女たちと会話を続ける両親の横で、ザレット家の長女ノエルはそう言って、くすくすと弟に話しかけていた。だが、それが気に入らないチャークは頬をふくらませてそっぽを向いてしまう。些細な姉弟喧嘩に、カトルとマリーはやれやれと肩をすくめて苦笑するが、その様子を見ていたラミーはその時、何かを思いついたように手を合わせた。
「そうだ! 良かったら一緒に行かないか?」
「えっ?」
突然の提案に、ザレット家の人々の目は思わず丸くなった。しかし、ラミーは気にせずに、けらけらと笑いながら続けた。
「なぁに、ただの商売取引だよ。船賃代わりに、その“珍しい植物”ってのを少しばかり分けてくれればいいさ」
彼女は言って、「どうする?」とにこやかに彼らの返事を待った。それはギルドの首領としての強気な態度とは違い、友人相手にきまぐれに少し手を貸そうかとするような問いかけ。
カトルとマリーは、一瞬戸惑った顔をしていた。だが、お互いの顔に視線を向けた時、自然とその答えは出たようだ。にこやかな表情で頷きあっているところを見ると、どうやら交渉は成立したらしい。
それを察してか、ラミーは一層満足げに笑顔を見せたのだった。
そして海を渡ること数日。一行は目的地であるバスメル島の玄関口、「ボーウ」に到着した。
観光客で賑わう港に停泊し上陸すると、ザレット一家はロインたちに向き合い、丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございました。おかげさまで、予定より早く目的地に迎えます」
「なぁに、そういう取引だからな。気にすることないって」
それに応えるラミーは、ここ最近で特に機嫌が良かった。
航海の最中、彼女はチャーク、さらにノエルとも遊んで過ごしていた。それこそ、夜には遊び疲れて眠ってしまうほどで、ヴァニアスから冷やかされたこともあった――最も、そんなことをすれば娘から仕返しを食らい、そしてその様子を初めて見ることになるロインらやザレット家の人たちをひどく驚かせたのだが――。
しかし、ラミーにはそれがとても楽しかったのだろう。チャークとノエルに視線を送りながら、とても嬉しそうに笑っていた。
「ところで、ここから先はどうするのだ?」
「はい。実は、例の秘境は国の管理下にあって、ガイドがいなければ辿り着けないんです」
「そのガイドとはこの港で合流することになっているので、私たちはその後で出発するつもりです」
「そうか」
フォレストが何気なしに尋ねれば、夫婦はそう答えた。
とりあえず、彼らが目的の植物を手に入れてくるまで再び別行動になりそうだと、誰もが思った。
「なら、オレ達もオレ達の目的地に行くとするか」
次に声を上げたのはカイウスで、それに首を横に振る者は誰もいなかった。
「それで、バスメル島のどこに白晶岩があるんだ?」
「それが、詳しい場所は事情があって言えないって……」
「はぁ? んじゃどうすんだよ」
ベディーがティマに聞けば、彼女からはバツの悪そうな声が返ってきた。ラミーはまさかの言葉に、まるで立ち往生する気じゃないだろうかと疑うように赤眼を細めた。
しかし、さすがにそんなことにはならないようだ。ティマはすぐに首を振って否定した。
「『ナズノット』って人を訪ねれば教えてくれる、って聞いたよ」
「ほう? どうやってその『ナズノット』を探すつもりじゃ?」
「それは……聞いて回るしかない、かな?」
「はっはっは! 面白い。島とは言え、こんな広い土地のどこにいるかわからんというのに、根性あるなぁ!」
「そういや、ケノンでも同じようなことやってたなぁ。ほら、『ウルノア』を探した時。あの時もティマ、町中を聞いて回る気だったろ?」
「ほう? 懐かしい名前だ。『ウルノア』にも会いに行ったのか」
「まぁな……って、ん!!?」
「!!?」
答えればまた返ってくる質問。まるで浜辺に打ち上がる波のように、テンポの良い会話が当然のように続いていく。
果たしてそのせいだったのか、彼らはそこに加わった異分子に気づくのが遅れた。
カイウスがいつぞやの少女の様子を思い出しながら答えようとしたその瞬間、ようやく彼らは、一人の老人がいつの間にやら会話に混じっていたことに気がついたのだ。
「誰だ!?」
仲間達が驚きのあまり後ずさる中、人一倍警戒心の強いロインは、今にも剣を抜く勢いで老人に凄んだ。だが、老人は怯むことなく、それどころか豪気な笑い声を上げ出したのだ。
「ははは! そう構えるな。……しっかし、若いのにいい面構えしとるのぅ!」
「こっちの質問に答えろ! てめぇ、誰――」
「何してんだい、あんた! まーた他所の子でからかって!」
こちらの問いかけに答える気配のない彼に、ロインは苛立ちから剣の柄に手をかけようとした。
だがそこへ、今度は突然老婆が怒号を上げながらずかずかと割り込んできた。その怒りは目の前にいる老人へと向けられているようで、そのまま彼に説教を始めてしまった。それは周囲の人々が何事かと思わず足を止めてしまうほどの勢いなのだが、老人のほうも慣れているのか、老婆の怒りを笑って受け流している。
この光景には、ロインもさすがに毒気を抜かれてしまったらしい。珍しくぽかんとした顔で、二人を傍観していた。
「あのぉ……、もしかして、グランディアさんですか?」
放っておけばいつまでも続くのではないかと思われた喧嘩のようで喧嘩になっていないそれの仲裁に入ったのは、意外にもカトルだった。恐る恐るかけられた声に、二人ははたと動きを止めた。
「ああ、はい。……ってことは、あんたがカトル・ザレットかい?」
答えたのは老婆の方で、グランディアというらしい彼女は、つい数瞬前までの剣幕が嘘のようににこやかに聞き返してきた。
どうやら、彼らが依頼したガイドというのは、この人のことのようだ。
「まあまあ、いきなり見苦しいところをごめんなさいねえ。うちの旦那、仕事引退してから退屈なのか、こうして観光客にちょっかいを出すようになっちゃったもので、つい……。ほら、あんたもなんか言いなさい!」
グランディアはどこかすっかり馴れた様子で謝りながら、隣に立つ老人を小突いた。それはこちらも同じなのか、彼は悪びれた様子を微塵も見せずに口を開いたのだった。
「クレッシェル・ナズノットだ。まあ、悪かったな」
「『ナズノット』ぉ!?」
次の瞬間、一行――ロインを含め――から驚愕の声が上がったのは言うまでもない。
嬉しそうな一声と共に、海岸に向かって弾んだ足取りで駆けていく。ロパスについて早々無邪気な様のティマに、一行は微笑ましげに、そしてこれから向かうまだ見ぬ地への思いを抱きながら、活気づく港町へそれぞれ視線を向けていた。
「隊長!」
その時、行き交う人ごみにまぎれて、覚えのある呼び方が聞こえてきた。まさか、と周囲に目を向ければ、思ったとおりの少年とその家族の姿がすぐに見つかった。
「チャーク!」
すると、ラミーは嬉しそうに少年のもとへと走っていった。同時にチャークも家族のもとから飛び出していき、二人はその中間地点で元気にハイタッチをかわしたのだった。
「皆さん、お久しぶりですね」
「ハハッ! また会えたな、あんたたち。今度はどこに行くんだ?」
「バスメル島にある秘境にしかない、と言われる植物を採りに。今度の商売で依頼された品でして」
「奇遇ですね。私達もその島に行くところなんです」
そんな彼らの後ろからカトルらが笑顔で挨拶を交わせば、ラミーがこれまた上機嫌に言葉を返す。そして変わらず元気そうなマリーから出た言葉に、ティマは少し驚きながらも嬉しそうに言った。
「そうでしたか。船はいつ?」
「ああ。あたいらは自分の船で向かうんだ」
「そうですか」
「あたしたちは二日後の船なんです。……残念ね、チャーク。一緒に行けなくて」
「べ、別に残念じゃないやい!」
少女たちと会話を続ける両親の横で、ザレット家の長女ノエルはそう言って、くすくすと弟に話しかけていた。だが、それが気に入らないチャークは頬をふくらませてそっぽを向いてしまう。些細な姉弟喧嘩に、カトルとマリーはやれやれと肩をすくめて苦笑するが、その様子を見ていたラミーはその時、何かを思いついたように手を合わせた。
「そうだ! 良かったら一緒に行かないか?」
「えっ?」
突然の提案に、ザレット家の人々の目は思わず丸くなった。しかし、ラミーは気にせずに、けらけらと笑いながら続けた。
「なぁに、ただの商売取引だよ。船賃代わりに、その“珍しい植物”ってのを少しばかり分けてくれればいいさ」
彼女は言って、「どうする?」とにこやかに彼らの返事を待った。それはギルドの首領としての強気な態度とは違い、友人相手にきまぐれに少し手を貸そうかとするような問いかけ。
カトルとマリーは、一瞬戸惑った顔をしていた。だが、お互いの顔に視線を向けた時、自然とその答えは出たようだ。にこやかな表情で頷きあっているところを見ると、どうやら交渉は成立したらしい。
それを察してか、ラミーは一層満足げに笑顔を見せたのだった。
そして海を渡ること数日。一行は目的地であるバスメル島の玄関口、「ボーウ」に到着した。
観光客で賑わう港に停泊し上陸すると、ザレット一家はロインたちに向き合い、丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございました。おかげさまで、予定より早く目的地に迎えます」
「なぁに、そういう取引だからな。気にすることないって」
それに応えるラミーは、ここ最近で特に機嫌が良かった。
航海の最中、彼女はチャーク、さらにノエルとも遊んで過ごしていた。それこそ、夜には遊び疲れて眠ってしまうほどで、ヴァニアスから冷やかされたこともあった――最も、そんなことをすれば娘から仕返しを食らい、そしてその様子を初めて見ることになるロインらやザレット家の人たちをひどく驚かせたのだが――。
しかし、ラミーにはそれがとても楽しかったのだろう。チャークとノエルに視線を送りながら、とても嬉しそうに笑っていた。
「ところで、ここから先はどうするのだ?」
「はい。実は、例の秘境は国の管理下にあって、ガイドがいなければ辿り着けないんです」
「そのガイドとはこの港で合流することになっているので、私たちはその後で出発するつもりです」
「そうか」
フォレストが何気なしに尋ねれば、夫婦はそう答えた。
とりあえず、彼らが目的の植物を手に入れてくるまで再び別行動になりそうだと、誰もが思った。
「なら、オレ達もオレ達の目的地に行くとするか」
次に声を上げたのはカイウスで、それに首を横に振る者は誰もいなかった。
「それで、バスメル島のどこに白晶岩があるんだ?」
「それが、詳しい場所は事情があって言えないって……」
「はぁ? んじゃどうすんだよ」
ベディーがティマに聞けば、彼女からはバツの悪そうな声が返ってきた。ラミーはまさかの言葉に、まるで立ち往生する気じゃないだろうかと疑うように赤眼を細めた。
しかし、さすがにそんなことにはならないようだ。ティマはすぐに首を振って否定した。
「『ナズノット』って人を訪ねれば教えてくれる、って聞いたよ」
「ほう? どうやってその『ナズノット』を探すつもりじゃ?」
「それは……聞いて回るしかない、かな?」
「はっはっは! 面白い。島とは言え、こんな広い土地のどこにいるかわからんというのに、根性あるなぁ!」
「そういや、ケノンでも同じようなことやってたなぁ。ほら、『ウルノア』を探した時。あの時もティマ、町中を聞いて回る気だったろ?」
「ほう? 懐かしい名前だ。『ウルノア』にも会いに行ったのか」
「まぁな……って、ん!!?」
「!!?」
答えればまた返ってくる質問。まるで浜辺に打ち上がる波のように、テンポの良い会話が当然のように続いていく。
果たしてそのせいだったのか、彼らはそこに加わった異分子に気づくのが遅れた。
カイウスがいつぞやの少女の様子を思い出しながら答えようとしたその瞬間、ようやく彼らは、一人の老人がいつの間にやら会話に混じっていたことに気がついたのだ。
「誰だ!?」
仲間達が驚きのあまり後ずさる中、人一倍警戒心の強いロインは、今にも剣を抜く勢いで老人に凄んだ。だが、老人は怯むことなく、それどころか豪気な笑い声を上げ出したのだ。
「ははは! そう構えるな。……しっかし、若いのにいい面構えしとるのぅ!」
「こっちの質問に答えろ! てめぇ、誰――」
「何してんだい、あんた! まーた他所の子でからかって!」
こちらの問いかけに答える気配のない彼に、ロインは苛立ちから剣の柄に手をかけようとした。
だがそこへ、今度は突然老婆が怒号を上げながらずかずかと割り込んできた。その怒りは目の前にいる老人へと向けられているようで、そのまま彼に説教を始めてしまった。それは周囲の人々が何事かと思わず足を止めてしまうほどの勢いなのだが、老人のほうも慣れているのか、老婆の怒りを笑って受け流している。
この光景には、ロインもさすがに毒気を抜かれてしまったらしい。珍しくぽかんとした顔で、二人を傍観していた。
「あのぉ……、もしかして、グランディアさんですか?」
放っておけばいつまでも続くのではないかと思われた喧嘩のようで喧嘩になっていないそれの仲裁に入ったのは、意外にもカトルだった。恐る恐るかけられた声に、二人ははたと動きを止めた。
「ああ、はい。……ってことは、あんたがカトル・ザレットかい?」
答えたのは老婆の方で、グランディアというらしい彼女は、つい数瞬前までの剣幕が嘘のようににこやかに聞き返してきた。
どうやら、彼らが依頼したガイドというのは、この人のことのようだ。
「まあまあ、いきなり見苦しいところをごめんなさいねえ。うちの旦那、仕事引退してから退屈なのか、こうして観光客にちょっかいを出すようになっちゃったもので、つい……。ほら、あんたもなんか言いなさい!」
グランディアはどこかすっかり馴れた様子で謝りながら、隣に立つ老人を小突いた。それはこちらも同じなのか、彼は悪びれた様子を微塵も見せずに口を開いたのだった。
「クレッシェル・ナズノットだ。まあ、悪かったな」
「『ナズノット』ぉ!?」
次の瞬間、一行――ロインを含め――から驚愕の声が上がったのは言うまでもない。