第16章 引き潮の彼方で \
まだ症状が出ていないため、効果は目に見えて表れない。それでも、体内に入り込んだ毒は浄化されたのだろうと思った。
しかしそれだけでは意味がないのだと、アーリアはティマに向かって声を上げようとした。
だが次の瞬間、彼女がかけたプリセプツは、ただの状態異常を癒すだけのプリセプツと何かが違うことに気づいた。
薄いヴェールがティルキスの全身を包みこんでいるような感覚。直接何かが触れているわけではない。もちろん目にも見えないのだが、どこか透き通ったような、神聖さを感じさせるような空気が伝わってくるのだ。
「これは……?」
「このプリセプツなら、しばらくの間毒を防ぐこともできるわ! 他のみんなのことも任せて!」
それを感じ取ったティルキスの驚いたような呟きに、ティマが声を張り上げて答えた。言葉だけでなく、なんとも頼もしい表情で。
その言葉はティルキスだけでなく、ロイン達全員に届いたはずだ。
だとすれば、彼女の持つプリセプツがある限り、こちらに勝機はある。
同時に辿り着くその意味に、不安はみるみるうちに消えてゆき、その背を任したとばかりに士気を上げていく仲間たちが視界に映った。
「……やはり、あの娘は我々にとって邪魔だな」
その様子に、アルバートの顔から笑みが消えていく。確かに、わざわざ傷を負ってまでして仕組んだというのにこうも容易く策を打開されてしまえば面白くないだろう。忌々しそうに数瞬ティマを睨むが、すぐに気を取り直してティルキスに向き直った。
「悪いが、ティマを始末するなら俺を倒してからにするんだな」
「当然だ。私にとって最も優先すべきはティルキス・バローネ、貴様だ!」
まさかとは思うが、と念のため付け足すように言うティルキス。対して、アルバートも安心しろと言うように彼目がけて剣を振るっていった。
「虎牙破斬! 斬光時雨!」
「裂空斬! どけっ! 閃空双破斬!」
その間も少年たちは一体、また一体と確実に仕留めていく。襲いかかってくる敵の数は、スポットゾンビ、そして毒の心配をしなくても良いスポットがほぼ同数。まだまだ数も多く、油断はできない状況は続いている。
「フォレストさん、受け取って! レストア!」
だが、ティマの持つレストアがあれば多少の無茶は利く。仲間のサポートがあるとわかるだけで、彼らの不安は面白いくらいに消えていった。
たったそれだけのこと。
その“たったそれだけのこと”で、生じる余裕がこんなにも違うものかと驚くほどだ。余計なことに気をとらわれることなく、不安は仲間への信頼へと姿を変えていく。集中は高いところで維持され、一体、さらに一体と敵を倒していった。
しかし、敵もその厄介な存在に気づいたのだろう。誰に命令されたわけでもないのに、波は少女に向かって勢いを増し始めた。
「ちょっ……!」
「ティマ、こっちだ!」
ティマは慌てて迎え撃つも、次第にそれは追いつかなくなってくる。捌き切れない敵の数に冷や汗が伝い出したその時、ルキウスが咄嗟にその手をつかんだ。次の瞬間、旋風が二人を呑み込み、一瞬にして彼らの姿をそこから奪い去った。そして彼らが敵の少ない場所へと出現すると、スポットたちはそのまま後ろにいるベディーらへとは流れずに、ティマを追って進路を変えてきたのだ。
「ルキウス、これじゃあ逃げてもキリがないよ!」
「けど……ッ!」
一時的に凌ぐだけなら、転移の魔法(プリセプツ)で逃げ延びるのも手だろう。だが絶え間ない攻撃の雨の中では、それも万能ではないことはかつて彼も経験済みだ。ティマもぞろぞろと寄ってくるスポットらを見ては気付いたのだろう、それを指摘し、ルキウスの手を振り切り再び前へ躍り出ては武器を振りかざした。そして再度、襲い来る影達を次から次へと薙ぎ払っていく。ルキウスも後方から援護するが、やはりすぐに手に負えないほどの数に囲まれてしまった。
今ここでティマが倒れてしまえば、せっかく上がった士気が落ちてしまう。そればかりか、不安や敵に対する怒りから負に取り込まれやすい状況が想定できる。それだけはなんとしても避けたかった。
「アサルトバレット! サーペントレイブ!」
「風迅剣! 魔神剣・双牙!」
そう思っていた時だった。二人の前方からスポットらの悲鳴、そして勇ましく頼もしい雄叫びが迫ってきた。間もなく影をかき分け登場したその姿に、ティマは安堵から顔を輝かせた。
「ラミー! ロイン!」
「悪いね、道が混んでてさ!」
言って、ラミーはすぐにティマに背を向けた。息は上がり始め、小さな傷があちこちにあるものの、まだあの不敵な笑みは浮かんでいる。その隣に並んだロインも、翡翠の眼光は鋭いままだ。
二人が駆けつけたことで余裕が生まれたのだろう、ルキウスもティマも自信を取り戻したように表情を変えた。
「よし。数は減っているんだ。ここでまとめて片をつけるぞ!」
「おう!」
「お前ら、どいてろ」
「おう! って、はぁっ!?」
気合を入れ直すように意気込むルキウスとラミー。だが、横からそれを台無しにするようにロインが言った。思わず答えてしまったラミーは思わず目を剥くも、その寸前、彼はすでに飛び出していた。
「一気に片付ける……!」
敵の前線。正面から巨大な獅子戦吼を叩きつける。だがそれだけでは止まらず、彼は獅子の闘気に乗るようにして敵の中心へと飛び込んだ。そして勢いを殺すことなく次々と剣を一閃させていく様は、止むことのない断末魔と悲鳴と剣の軌道が通った跡でしか映らない。スポットゾンビの体が斬り裂かれ、そこから飛び散るどす黒い血しぶきさえ少年を捉えることは敵わない。そして次にロインが構えた瞬間、彼の剣は白い光に包まれ、リーチが急激に伸びたのだ。
「その技は……!」
その瞬間、カイウスとルビアは気がついた。ロインの剣の型が、アール山の宮でガルザが自分たちに止めを刺そうとした、あの剣の型と同じものだと。
「堕ちろ! 魔王、閃衝陣!」
一撃。光はさらに輝きを増し、ロインはその剣で、自分の周囲を取りまくスポットらをまとめて斬り上げるように一閃した。そして彼らの身体が砂浜へと叩きつけられる直前、剣を地面へと突き刺し、彼を中心に剛・魔神剣に似た、しかしそれとは比べ物にならないほどの威力を持った衝撃波を外へ放った。
辺りは衝撃波で砂が巻き上がり、断末魔の叫びが響き渡った。攻撃の余波はティマ達やカイウス、ルビアらにも届き、彼らは思わず腕で顔をおおった。間もなくしてそれが過ぎ去り、そっと腕を外す。待っていたのは、僅か数体の残党を残して壊滅した敵陣の中央に佇む少年の姿だった。
「す、すごい……」
その威力。凄まじい破壊力を持つにも関わらず、それでいてどこか高潔な使い手を映したような光景に、思わず言葉を失う。
「これで終わりだ! アルバート・ミュラー!」
その静寂の向こうでまた、ティルキスの声とガシャと重い鎧の崩れ落ちる音がした。見ればティルキスの大剣がアルバートを貫いており、今まさにそれが抜かれようとしていた。手から剣はこぼれ落ち、膝から崩れ折れる黒騎士の姿。
荒い息と咳き込む音だけが響く空間で、戦いの幕が下りたのがわかった。
しかしそれだけでは意味がないのだと、アーリアはティマに向かって声を上げようとした。
だが次の瞬間、彼女がかけたプリセプツは、ただの状態異常を癒すだけのプリセプツと何かが違うことに気づいた。
薄いヴェールがティルキスの全身を包みこんでいるような感覚。直接何かが触れているわけではない。もちろん目にも見えないのだが、どこか透き通ったような、神聖さを感じさせるような空気が伝わってくるのだ。
「これは……?」
「このプリセプツなら、しばらくの間毒を防ぐこともできるわ! 他のみんなのことも任せて!」
それを感じ取ったティルキスの驚いたような呟きに、ティマが声を張り上げて答えた。言葉だけでなく、なんとも頼もしい表情で。
その言葉はティルキスだけでなく、ロイン達全員に届いたはずだ。
だとすれば、彼女の持つプリセプツがある限り、こちらに勝機はある。
同時に辿り着くその意味に、不安はみるみるうちに消えてゆき、その背を任したとばかりに士気を上げていく仲間たちが視界に映った。
「……やはり、あの娘は我々にとって邪魔だな」
その様子に、アルバートの顔から笑みが消えていく。確かに、わざわざ傷を負ってまでして仕組んだというのにこうも容易く策を打開されてしまえば面白くないだろう。忌々しそうに数瞬ティマを睨むが、すぐに気を取り直してティルキスに向き直った。
「悪いが、ティマを始末するなら俺を倒してからにするんだな」
「当然だ。私にとって最も優先すべきはティルキス・バローネ、貴様だ!」
まさかとは思うが、と念のため付け足すように言うティルキス。対して、アルバートも安心しろと言うように彼目がけて剣を振るっていった。
「虎牙破斬! 斬光時雨!」
「裂空斬! どけっ! 閃空双破斬!」
その間も少年たちは一体、また一体と確実に仕留めていく。襲いかかってくる敵の数は、スポットゾンビ、そして毒の心配をしなくても良いスポットがほぼ同数。まだまだ数も多く、油断はできない状況は続いている。
「フォレストさん、受け取って! レストア!」
だが、ティマの持つレストアがあれば多少の無茶は利く。仲間のサポートがあるとわかるだけで、彼らの不安は面白いくらいに消えていった。
たったそれだけのこと。
その“たったそれだけのこと”で、生じる余裕がこんなにも違うものかと驚くほどだ。余計なことに気をとらわれることなく、不安は仲間への信頼へと姿を変えていく。集中は高いところで維持され、一体、さらに一体と敵を倒していった。
しかし、敵もその厄介な存在に気づいたのだろう。誰に命令されたわけでもないのに、波は少女に向かって勢いを増し始めた。
「ちょっ……!」
「ティマ、こっちだ!」
ティマは慌てて迎え撃つも、次第にそれは追いつかなくなってくる。捌き切れない敵の数に冷や汗が伝い出したその時、ルキウスが咄嗟にその手をつかんだ。次の瞬間、旋風が二人を呑み込み、一瞬にして彼らの姿をそこから奪い去った。そして彼らが敵の少ない場所へと出現すると、スポットたちはそのまま後ろにいるベディーらへとは流れずに、ティマを追って進路を変えてきたのだ。
「ルキウス、これじゃあ逃げてもキリがないよ!」
「けど……ッ!」
一時的に凌ぐだけなら、転移の魔法(プリセプツ)で逃げ延びるのも手だろう。だが絶え間ない攻撃の雨の中では、それも万能ではないことはかつて彼も経験済みだ。ティマもぞろぞろと寄ってくるスポットらを見ては気付いたのだろう、それを指摘し、ルキウスの手を振り切り再び前へ躍り出ては武器を振りかざした。そして再度、襲い来る影達を次から次へと薙ぎ払っていく。ルキウスも後方から援護するが、やはりすぐに手に負えないほどの数に囲まれてしまった。
今ここでティマが倒れてしまえば、せっかく上がった士気が落ちてしまう。そればかりか、不安や敵に対する怒りから負に取り込まれやすい状況が想定できる。それだけはなんとしても避けたかった。
「アサルトバレット! サーペントレイブ!」
「風迅剣! 魔神剣・双牙!」
そう思っていた時だった。二人の前方からスポットらの悲鳴、そして勇ましく頼もしい雄叫びが迫ってきた。間もなく影をかき分け登場したその姿に、ティマは安堵から顔を輝かせた。
「ラミー! ロイン!」
「悪いね、道が混んでてさ!」
言って、ラミーはすぐにティマに背を向けた。息は上がり始め、小さな傷があちこちにあるものの、まだあの不敵な笑みは浮かんでいる。その隣に並んだロインも、翡翠の眼光は鋭いままだ。
二人が駆けつけたことで余裕が生まれたのだろう、ルキウスもティマも自信を取り戻したように表情を変えた。
「よし。数は減っているんだ。ここでまとめて片をつけるぞ!」
「おう!」
「お前ら、どいてろ」
「おう! って、はぁっ!?」
気合を入れ直すように意気込むルキウスとラミー。だが、横からそれを台無しにするようにロインが言った。思わず答えてしまったラミーは思わず目を剥くも、その寸前、彼はすでに飛び出していた。
「一気に片付ける……!」
敵の前線。正面から巨大な獅子戦吼を叩きつける。だがそれだけでは止まらず、彼は獅子の闘気に乗るようにして敵の中心へと飛び込んだ。そして勢いを殺すことなく次々と剣を一閃させていく様は、止むことのない断末魔と悲鳴と剣の軌道が通った跡でしか映らない。スポットゾンビの体が斬り裂かれ、そこから飛び散るどす黒い血しぶきさえ少年を捉えることは敵わない。そして次にロインが構えた瞬間、彼の剣は白い光に包まれ、リーチが急激に伸びたのだ。
「その技は……!」
その瞬間、カイウスとルビアは気がついた。ロインの剣の型が、アール山の宮でガルザが自分たちに止めを刺そうとした、あの剣の型と同じものだと。
「堕ちろ! 魔王、閃衝陣!」
一撃。光はさらに輝きを増し、ロインはその剣で、自分の周囲を取りまくスポットらをまとめて斬り上げるように一閃した。そして彼らの身体が砂浜へと叩きつけられる直前、剣を地面へと突き刺し、彼を中心に剛・魔神剣に似た、しかしそれとは比べ物にならないほどの威力を持った衝撃波を外へ放った。
辺りは衝撃波で砂が巻き上がり、断末魔の叫びが響き渡った。攻撃の余波はティマ達やカイウス、ルビアらにも届き、彼らは思わず腕で顔をおおった。間もなくしてそれが過ぎ去り、そっと腕を外す。待っていたのは、僅か数体の残党を残して壊滅した敵陣の中央に佇む少年の姿だった。
「す、すごい……」
その威力。凄まじい破壊力を持つにも関わらず、それでいてどこか高潔な使い手を映したような光景に、思わず言葉を失う。
「これで終わりだ! アルバート・ミュラー!」
その静寂の向こうでまた、ティルキスの声とガシャと重い鎧の崩れ落ちる音がした。見ればティルキスの大剣がアルバートを貫いており、今まさにそれが抜かれようとしていた。手から剣はこぼれ落ち、膝から崩れ折れる黒騎士の姿。
荒い息と咳き込む音だけが響く空間で、戦いの幕が下りたのがわかった。