第17章 約束の場所の誓い U
「うわぁ、本当にあっという間に着いちゃった」
白晶岩があった場所はセビアの方が近い距離にあったのに、それが一瞬にして埋まってしまった。目の前の事実に思わず目を丸くしながらも、ティマは嬉しそうに言う。その様子だと、今にも嬉々として町に駆け出してしまいそうだった。
「ティマリア、ちょっと待つんだ。イーバオに着いたら、各自アール山に向かう準備を整える。それでいいんだよな?」
その前にと、彼女の様子を察したベディーは笑みをこぼしながら皆へ声をかけた。
「ああ、そうだな。夜までは自由行動でいいだろう」
「そうだな。みんなはどうするんだ?」
真っ先に同意したティルキス、そしてカイウスが他の仲間たちにも尋ねる。その問いかけに、仲間たちは次々と答えを返した。
「あたいは船に戻って、出航の準備を手伝ってくるよ。そろそろあっちもイーバオの港に着く頃だろうしね」
「わたしは『冥府の法』の最終調整をしていようかしら。ボーウでほぼ終わったけれど、一応最後の確認を、ね」
「なら、ボクも手伝うよ」
「そういうことなら、我々は必要な物資を揃えておきましょう」
「そうだな。ベディー、お前はどうする?」
「僕は一度姉貴のところに行ってくる。シェルじいの言っていたプリセプツに心当たりがあるか、聞かないと」
「じゃあ、私も――」
「ティマはせっかくだもの、少し町を見てきてからにしたらどう?」
「そうだな。ロイン、四人で少し回ろうぜ」
「行かない」
「付き合い悪っ!」
「まあまあ。夜はまた、ティマの家にお邪魔していいのかしら?」
「ええ。おばさんにもそう連絡しておいたから平気よ」
すっかり刺のなくなったロインとカイウスのやりとりにくすくすと笑いながらルビアがティマへ伺う。彼女も楽しそうに笑って、ルビア、そして他の仲間たちに返事をした。
「これで打ち合わせは十分だよな? さっさと行って休もうぜ!」
「えっ! ちょっとラミー、待ってよ!」
それを聞くと、「なら」とラミーが待ちきれないように駆け出していった。慌てて後を追うティマの声は、一人だけずるいと言いたげだ。
「……あいつの持ってる欠片、没収すれば少しは大人しくなるか?」
「いや、欠片無くてもあの調子だったし、無理だろ」
その背が小さくなっていくのを黙って見ていたロインは、忙しない少女たちの様子に呆れたように息を吐いた。その目が半ば現実の外を見ていることに気付いたカイウスは、独り言のようにこぼした彼の言葉に同情を向けるしかできなかった。
イーバオは、あれからさらに復興が進んだようだ。町の外観はほぼ元に戻り、表向きの様子は襲撃事件以前のようだった。
結局ロインを無理やり仲間に加える形で、ティマたちは町の中をめぐることにしたのだった。
「前来た時よりも活気が戻ってきたな」
「あの事件が起きる前は、今よりも人がいた分、もっと賑やかだったんだよ」
「そうなの。……あの頃はこんな大事になるなんて、思いもしなかったわ」
ルビアの声に、三人は沈黙の中で肯定した。
四人が出会った頃を思えば、随分遠いところまで来たものだ。始めはただ、この町を兵士が襲った理由を知りたかっただけだった。それがいつの間にかスディアナ事件を紐解くことになり、スポットなどという国を越えた問題にぶつかることになって、力を求めて再びマウディーラ中を渡り歩き、また始まりの地へ戻ってきた。次にここに戻る時は、きっとすべての決着をつけた後だろう。
ティマは腰に下げていたポシェットの中から、白い欠片を取り出した。思えば同じ結晶の装飾品が、彼らをここまで導いていたように感じる。
「『白晶の装具(クリスタル・トゥール)』も、今じゃただの白い石の欠片か……」
少女の手の中で転がる三個の欠片を、ティマはどこか物悲しそうに眺めた。すべての『白晶の装具』の形を覚えているわけではないが、少なくとも『白晶の首飾(クリスタル・ペンダント)』と『白晶の耳飾(クリスタル・ピアス)』、自分たちと最も縁のあった二つの栄華は記憶している。それがこんな姿になって変わったと思えば、彼女は寂しく感じた。
その時だ。
「ティマちゃん! 帰ってきたんだな!」
彼らにかかった声に、ティマはハッと顔を上げ、ロインはうんざりした顔を見せた。その理由は、声の主にある。
「ハクおじさん! ファイナスおじさんも!」
ティマは嬉しそうに、そこにいた二人の男性に駆けていく。そのうちの一人に、カイウスは見覚えがあった。確か武器商人のハクという男性で、拒絶されても懲りずにロインにちょっかいを出していたと聞いたことがある。ロインが渋い顔をしているのはきっとそのせいだろう。
「ロインも相変わらずそうだな。ティマちゃん、マリワナにはもう会ってきたのか?」
「ううん、これから――あっ、そうだ! ファイナスおじさん、これ、アクセサリーにできない?」
ファイナスが声をかけてきた直後、ティマは何かを思いついて結晶の欠片を彼の目の前に差し出した。彼女は再びイーバオを経ってからの経緯をかいつまんで話し、同じ素材で作られた装飾品の存在を明らかにした。ファイナスとハクは少女の話に静かに耳を傾けた後、ふむと頷いた。
「……なるほど。それじゃあこれを、その『白晶の装具』と同じように加工できないかということだね?」
「うん。このままじゃ味気なくて、なんだか寂しいから」
「わかった。出立の時まで、できるだけやってみるよ」
「ありがとう、ファイナスおじさん!」
ファイナスの快い返事に、ティマはぱあっと顔を明るくした。
「ところでロイン。その剣、いつも使ってたやつじゃないな。どうしたんだ?」
その隣で、ハクはロインの剣に目を向けながら声をかけた。どうやら先ほどから気になっていたらしく、不思議そうに首を傾げている。
だが、ロインは口を利くつもりはないらしい。ハクから顔を背け、そのまま動く気配がない。仕方なくカイウスが代わりに答えると、ハクはわずかに眉を寄せた。
「そのままだと扱い難くないか? ちょっと見せてみろ」
「なっ!? なにすっ――!」
「ふうん……、なるほど。すごく良い剣だけど、ロインが使うならもう少し重量があっても……それに……」
ロインが許可するよりも早く、そして拒絶する間もなく彼の腰にあった剣を抜いたハク。ロインの第三者に対する風当たりが弱くなったせいなのか、単にハクの動作が早かっただけなのか。あまりにも簡単に剣が奪われたその理由は誰にもわからないが、ハクは構うことなく、剣を品定めするようにあらゆる角度から眺めてはぶつぶつと一人ごちる。
そして、やがて納得したように大きく頷いたかと思えば、彼はこんなことを口にしたのだ。
「よし、一晩貸してみろ! お前用に打ち直してやる!」
「誰もそんなこと頼んでいない! 返せ!」
「まあまあロイン。どうせならロインにぴったりの武器で戦った方がいいって」
当然、ロインは頷くはずがない。だが今にも人を殺せそうな眼差しを向けているにも関わらず、ハクは朗らかな表情を変えない。仕方なしにティマとファイナスが仲介に立ち、どうにかロインの怒りを鎮めようと苦笑いを浮かべている。
「……ロインが呆れるわけだ」
襲撃事件が起こる前、きっとこんな光景は日常茶飯事だったのだろう。そう思うとカイウスとルビアも思わず唖然としてしまい、ハクの天然なのか意図的なのかわからない飄々とした態度に脱帽したのだった。
白晶岩があった場所はセビアの方が近い距離にあったのに、それが一瞬にして埋まってしまった。目の前の事実に思わず目を丸くしながらも、ティマは嬉しそうに言う。その様子だと、今にも嬉々として町に駆け出してしまいそうだった。
「ティマリア、ちょっと待つんだ。イーバオに着いたら、各自アール山に向かう準備を整える。それでいいんだよな?」
その前にと、彼女の様子を察したベディーは笑みをこぼしながら皆へ声をかけた。
「ああ、そうだな。夜までは自由行動でいいだろう」
「そうだな。みんなはどうするんだ?」
真っ先に同意したティルキス、そしてカイウスが他の仲間たちにも尋ねる。その問いかけに、仲間たちは次々と答えを返した。
「あたいは船に戻って、出航の準備を手伝ってくるよ。そろそろあっちもイーバオの港に着く頃だろうしね」
「わたしは『冥府の法』の最終調整をしていようかしら。ボーウでほぼ終わったけれど、一応最後の確認を、ね」
「なら、ボクも手伝うよ」
「そういうことなら、我々は必要な物資を揃えておきましょう」
「そうだな。ベディー、お前はどうする?」
「僕は一度姉貴のところに行ってくる。シェルじいの言っていたプリセプツに心当たりがあるか、聞かないと」
「じゃあ、私も――」
「ティマはせっかくだもの、少し町を見てきてからにしたらどう?」
「そうだな。ロイン、四人で少し回ろうぜ」
「行かない」
「付き合い悪っ!」
「まあまあ。夜はまた、ティマの家にお邪魔していいのかしら?」
「ええ。おばさんにもそう連絡しておいたから平気よ」
すっかり刺のなくなったロインとカイウスのやりとりにくすくすと笑いながらルビアがティマへ伺う。彼女も楽しそうに笑って、ルビア、そして他の仲間たちに返事をした。
「これで打ち合わせは十分だよな? さっさと行って休もうぜ!」
「えっ! ちょっとラミー、待ってよ!」
それを聞くと、「なら」とラミーが待ちきれないように駆け出していった。慌てて後を追うティマの声は、一人だけずるいと言いたげだ。
「……あいつの持ってる欠片、没収すれば少しは大人しくなるか?」
「いや、欠片無くてもあの調子だったし、無理だろ」
その背が小さくなっていくのを黙って見ていたロインは、忙しない少女たちの様子に呆れたように息を吐いた。その目が半ば現実の外を見ていることに気付いたカイウスは、独り言のようにこぼした彼の言葉に同情を向けるしかできなかった。
イーバオは、あれからさらに復興が進んだようだ。町の外観はほぼ元に戻り、表向きの様子は襲撃事件以前のようだった。
結局ロインを無理やり仲間に加える形で、ティマたちは町の中をめぐることにしたのだった。
「前来た時よりも活気が戻ってきたな」
「あの事件が起きる前は、今よりも人がいた分、もっと賑やかだったんだよ」
「そうなの。……あの頃はこんな大事になるなんて、思いもしなかったわ」
ルビアの声に、三人は沈黙の中で肯定した。
四人が出会った頃を思えば、随分遠いところまで来たものだ。始めはただ、この町を兵士が襲った理由を知りたかっただけだった。それがいつの間にかスディアナ事件を紐解くことになり、スポットなどという国を越えた問題にぶつかることになって、力を求めて再びマウディーラ中を渡り歩き、また始まりの地へ戻ってきた。次にここに戻る時は、きっとすべての決着をつけた後だろう。
ティマは腰に下げていたポシェットの中から、白い欠片を取り出した。思えば同じ結晶の装飾品が、彼らをここまで導いていたように感じる。
「『白晶の装具(クリスタル・トゥール)』も、今じゃただの白い石の欠片か……」
少女の手の中で転がる三個の欠片を、ティマはどこか物悲しそうに眺めた。すべての『白晶の装具』の形を覚えているわけではないが、少なくとも『白晶の首飾(クリスタル・ペンダント)』と『白晶の耳飾(クリスタル・ピアス)』、自分たちと最も縁のあった二つの栄華は記憶している。それがこんな姿になって変わったと思えば、彼女は寂しく感じた。
その時だ。
「ティマちゃん! 帰ってきたんだな!」
彼らにかかった声に、ティマはハッと顔を上げ、ロインはうんざりした顔を見せた。その理由は、声の主にある。
「ハクおじさん! ファイナスおじさんも!」
ティマは嬉しそうに、そこにいた二人の男性に駆けていく。そのうちの一人に、カイウスは見覚えがあった。確か武器商人のハクという男性で、拒絶されても懲りずにロインにちょっかいを出していたと聞いたことがある。ロインが渋い顔をしているのはきっとそのせいだろう。
「ロインも相変わらずそうだな。ティマちゃん、マリワナにはもう会ってきたのか?」
「ううん、これから――あっ、そうだ! ファイナスおじさん、これ、アクセサリーにできない?」
ファイナスが声をかけてきた直後、ティマは何かを思いついて結晶の欠片を彼の目の前に差し出した。彼女は再びイーバオを経ってからの経緯をかいつまんで話し、同じ素材で作られた装飾品の存在を明らかにした。ファイナスとハクは少女の話に静かに耳を傾けた後、ふむと頷いた。
「……なるほど。それじゃあこれを、その『白晶の装具』と同じように加工できないかということだね?」
「うん。このままじゃ味気なくて、なんだか寂しいから」
「わかった。出立の時まで、できるだけやってみるよ」
「ありがとう、ファイナスおじさん!」
ファイナスの快い返事に、ティマはぱあっと顔を明るくした。
「ところでロイン。その剣、いつも使ってたやつじゃないな。どうしたんだ?」
その隣で、ハクはロインの剣に目を向けながら声をかけた。どうやら先ほどから気になっていたらしく、不思議そうに首を傾げている。
だが、ロインは口を利くつもりはないらしい。ハクから顔を背け、そのまま動く気配がない。仕方なくカイウスが代わりに答えると、ハクはわずかに眉を寄せた。
「そのままだと扱い難くないか? ちょっと見せてみろ」
「なっ!? なにすっ――!」
「ふうん……、なるほど。すごく良い剣だけど、ロインが使うならもう少し重量があっても……それに……」
ロインが許可するよりも早く、そして拒絶する間もなく彼の腰にあった剣を抜いたハク。ロインの第三者に対する風当たりが弱くなったせいなのか、単にハクの動作が早かっただけなのか。あまりにも簡単に剣が奪われたその理由は誰にもわからないが、ハクは構うことなく、剣を品定めするようにあらゆる角度から眺めてはぶつぶつと一人ごちる。
そして、やがて納得したように大きく頷いたかと思えば、彼はこんなことを口にしたのだ。
「よし、一晩貸してみろ! お前用に打ち直してやる!」
「誰もそんなこと頼んでいない! 返せ!」
「まあまあロイン。どうせならロインにぴったりの武器で戦った方がいいって」
当然、ロインは頷くはずがない。だが今にも人を殺せそうな眼差しを向けているにも関わらず、ハクは朗らかな表情を変えない。仕方なしにティマとファイナスが仲介に立ち、どうにかロインの怒りを鎮めようと苦笑いを浮かべている。
「……ロインが呆れるわけだ」
襲撃事件が起こる前、きっとこんな光景は日常茶飯事だったのだろう。そう思うとカイウスとルビアも思わず唖然としてしまい、ハクの天然なのか意図的なのかわからない飄々とした態度に脱帽したのだった。