第17章 約束の場所の誓い X
戦いは、互いに一歩も引かないものだった。熟練の戦士のようにいくつもの技をぶつけあう激しい攻防を、とまではさすがにいかないが、「子どものケンカ」という言葉で片付けるには、あまりにも次元を凌駕していた。
昨日、町中であれだけの大喧嘩していたためだろう。広場の周囲にはイーバオの住人が集まり――その中には騒ぎを聞きつけたマリワナとドーチェまでもがいた――、二人の戦いを心配そうに見守っていた。だが、当の本人らはそれらの視線を全く気に留めていない様子。ロインは剣を、ティマは自身の背丈と変わらぬほどの槍らしい得物を手に、持てる全てを相手へと叩きこむ。
「魔神剣!」
「くっ!」
力比べになると――子どもとはいえ――男のロインの方が優勢に立っている。リーチはティマの方が勝っているのだが、彼はそれを補う術をすでに習得していた。地を駆ける衝撃波。ティマはそれを飛び退いてかわすも、体勢を整え直す前にロインに有利な接近戦に持ち込まれてしまう。生じた隙を突きで返せばなんとか彼は離れていくが、そこから追い打ちをかけようにも、再び魔神剣を放たれてしまえば同じ目に合うのは明白だった。
(こうなったら!)
ティマはロインからさらに距離をとると、すぅ、と集中するように大きく息を吸い込んだ。
「貫け、氷刃! アイスニードル!」
そして力いっぱいに叫ぶと、何もない空中に数本の氷柱が出現した。次の瞬間、それらはロイン目がけ一斉に落下するように襲いかかる。
(魔法だと!?)
ロインは驚き目を見開くも、すぐに冷静を取り戻して襲い来る氷柱をひとつひとつ確実にかわしていった。魔法による攻撃そのものは、彼の母親も得意としていたため珍しくはない。その威力は剣撃に勝るが、落ち着いて対処さえできればさほど恐れる必要もないことも彼は知っている。
(もっと強力なものを……!)
これだけでは隙を生むには足りない。もっと数を多く。もっと威力を。
ティマも瞬時に判断すると、防御を捨て、槍を杖に見立てると、込める魔力をさらに増やすために集中した。
(させるかよ!!)
気付いたロインは、詠唱を止めるべくティマに迫る。だが、わずかに遅かった。
「アイスニードル!」
ティマの声が再び広場に響き、武器の装飾が光を発して術の発動を知らせた。
しかし、ここでロインにとって想定外のことが起こった。
出現した氷柱は、広場上空一帯を覆うほどの数。しかも一本一本の氷柱が明らかに巨大化しており、先ほどのプリセプツとは明らかに雲泥の差がある。
「これは……!?」
その光景に驚いたのはロインだけではない。彼女にプリセプツを教え、普段から彼女の術を見てきたマリワナは、目を疑うように驚愕していた。
――一度にこれだけの量を具現させるだけの魔力を、一体どうやって!?
明らかに彼女の器量を越えた術の発動なはずだった。それだと言うのに、当の術者であるティマは表情を一切変えていない。さらには戦いに集中して気付かないのか、そのままロインを攻撃しにかかったのだ。
「いっけえ!」
「――ッ!!」
「やめなさい、ティマ!!」
それほどのプリセプツをかわすだけの技量を、さすがにロインは持ち合わせていない。直撃でもすれば、最悪命にかかわる。瞬時に危険を悟ったマリワナだったが、制止の声は間に合わなかった。
氷柱の群れが一斉に落ちた。
落下の衝撃で砕けた広場の舗装。巻き上がる大量の砂塵。術の追加効果で生まれる氷は落下地点を凍りつかせるだけでは飽き足らず、広場の周囲にいた人々をも巻き込まんと牙を剥いた。
「きゃああああ!!」
「まずい、逃げろ!」
「ロイン君!!」
「ドーチェさん、下がって! アンチマジック!」
広場中から住民たちの悲鳴が飛び交う。混乱に陥る最中、マリワナは今にも息子の元へと飛び出そうとするドーチェを押さえ、瞬時に防御魔法を放った。緊急のため無詠唱だったにも関わらず、術の発動範囲は彼女たちだけでなくその周辺一帯にまで至るものとなった。氷の余波はその壁を越えることはできず、彼らの目前でその勢いを止めた。
それから時間にしてどれだけが過ぎたのか、騒ぎは徐々に沈下の兆しを見せ始めた。
「ロイン君!」
「ティマ!」
巻き上がった砂埃と氷の壁に阻まれて視界が悪い。それでも先に動いたのはドーチェだった。その後に続いたマリワナと共に、二人は子どもたちのもとへ急ぎながらも慎重に向かう。すると、氷の世界の中心で、何が起きたのかわからずに放心する二人の姿があった。ティマは得物を握りしめ、目を疑うように呆然と周囲を見つめながら立っており、ロインは術の影響であちこちに軽い凍傷を負って地に膝とついているのが見えたが、幸いひどい怪我はしていないようだ。
「ティマ!」
ひとまずほっと息を吐いたものの、マリワナは再度少女の名を叫び、可能な限り急いで駆け付けた。
「おばさん! ……ふ、うぇぇええええあああああん!!」
すると、彼女の姿にほっとしたのだろう。突然両目から大粒の涙をこぼして、ティマは泣き叫びながらマリワナへと縋りついた。
「ロイン君! 大丈夫ですか? ……ロインくん?」
ドーチェもすぐさま我が子の元へと駆けつけるが、何か様子がおかしかった。いつも鋭く真っすぐでいる翡翠の瞳は、果たして何が信じられないでいるのか、不安定に揺れていた。そんな状態の瞳はただ一点、養母に縋りついて泣いている女の子に向いたまま動かず、父親の存在にも気付いているのか怪しい。
「……うそだ」
ようやく発した言葉は震えていた。しかし、それは恐怖からではない。
ロインは悔しそうに唇を噛み、怪我を気にせずに勢いよく立ちあがった。
「認められるか、こんなの……!」
そして、本当は叫び出したかったに違いない呟きをその場に吐き捨てると、逃げるように広場から走り去っていってしまった。ドーチェやマリワナ、そして二人の様子からそれに気付いたティマが呼び止めるも、一切振り向くことはなく。
ロインはそのまま、夜になっても帰って来なかった。
昨日、町中であれだけの大喧嘩していたためだろう。広場の周囲にはイーバオの住人が集まり――その中には騒ぎを聞きつけたマリワナとドーチェまでもがいた――、二人の戦いを心配そうに見守っていた。だが、当の本人らはそれらの視線を全く気に留めていない様子。ロインは剣を、ティマは自身の背丈と変わらぬほどの槍らしい得物を手に、持てる全てを相手へと叩きこむ。
「魔神剣!」
「くっ!」
力比べになると――子どもとはいえ――男のロインの方が優勢に立っている。リーチはティマの方が勝っているのだが、彼はそれを補う術をすでに習得していた。地を駆ける衝撃波。ティマはそれを飛び退いてかわすも、体勢を整え直す前にロインに有利な接近戦に持ち込まれてしまう。生じた隙を突きで返せばなんとか彼は離れていくが、そこから追い打ちをかけようにも、再び魔神剣を放たれてしまえば同じ目に合うのは明白だった。
(こうなったら!)
ティマはロインからさらに距離をとると、すぅ、と集中するように大きく息を吸い込んだ。
「貫け、氷刃! アイスニードル!」
そして力いっぱいに叫ぶと、何もない空中に数本の氷柱が出現した。次の瞬間、それらはロイン目がけ一斉に落下するように襲いかかる。
(魔法だと!?)
ロインは驚き目を見開くも、すぐに冷静を取り戻して襲い来る氷柱をひとつひとつ確実にかわしていった。魔法による攻撃そのものは、彼の母親も得意としていたため珍しくはない。その威力は剣撃に勝るが、落ち着いて対処さえできればさほど恐れる必要もないことも彼は知っている。
(もっと強力なものを……!)
これだけでは隙を生むには足りない。もっと数を多く。もっと威力を。
ティマも瞬時に判断すると、防御を捨て、槍を杖に見立てると、込める魔力をさらに増やすために集中した。
(させるかよ!!)
気付いたロインは、詠唱を止めるべくティマに迫る。だが、わずかに遅かった。
「アイスニードル!」
ティマの声が再び広場に響き、武器の装飾が光を発して術の発動を知らせた。
しかし、ここでロインにとって想定外のことが起こった。
出現した氷柱は、広場上空一帯を覆うほどの数。しかも一本一本の氷柱が明らかに巨大化しており、先ほどのプリセプツとは明らかに雲泥の差がある。
「これは……!?」
その光景に驚いたのはロインだけではない。彼女にプリセプツを教え、普段から彼女の術を見てきたマリワナは、目を疑うように驚愕していた。
――一度にこれだけの量を具現させるだけの魔力を、一体どうやって!?
明らかに彼女の器量を越えた術の発動なはずだった。それだと言うのに、当の術者であるティマは表情を一切変えていない。さらには戦いに集中して気付かないのか、そのままロインを攻撃しにかかったのだ。
「いっけえ!」
「――ッ!!」
「やめなさい、ティマ!!」
それほどのプリセプツをかわすだけの技量を、さすがにロインは持ち合わせていない。直撃でもすれば、最悪命にかかわる。瞬時に危険を悟ったマリワナだったが、制止の声は間に合わなかった。
氷柱の群れが一斉に落ちた。
落下の衝撃で砕けた広場の舗装。巻き上がる大量の砂塵。術の追加効果で生まれる氷は落下地点を凍りつかせるだけでは飽き足らず、広場の周囲にいた人々をも巻き込まんと牙を剥いた。
「きゃああああ!!」
「まずい、逃げろ!」
「ロイン君!!」
「ドーチェさん、下がって! アンチマジック!」
広場中から住民たちの悲鳴が飛び交う。混乱に陥る最中、マリワナは今にも息子の元へと飛び出そうとするドーチェを押さえ、瞬時に防御魔法を放った。緊急のため無詠唱だったにも関わらず、術の発動範囲は彼女たちだけでなくその周辺一帯にまで至るものとなった。氷の余波はその壁を越えることはできず、彼らの目前でその勢いを止めた。
それから時間にしてどれだけが過ぎたのか、騒ぎは徐々に沈下の兆しを見せ始めた。
「ロイン君!」
「ティマ!」
巻き上がった砂埃と氷の壁に阻まれて視界が悪い。それでも先に動いたのはドーチェだった。その後に続いたマリワナと共に、二人は子どもたちのもとへ急ぎながらも慎重に向かう。すると、氷の世界の中心で、何が起きたのかわからずに放心する二人の姿があった。ティマは得物を握りしめ、目を疑うように呆然と周囲を見つめながら立っており、ロインは術の影響であちこちに軽い凍傷を負って地に膝とついているのが見えたが、幸いひどい怪我はしていないようだ。
「ティマ!」
ひとまずほっと息を吐いたものの、マリワナは再度少女の名を叫び、可能な限り急いで駆け付けた。
「おばさん! ……ふ、うぇぇええええあああああん!!」
すると、彼女の姿にほっとしたのだろう。突然両目から大粒の涙をこぼして、ティマは泣き叫びながらマリワナへと縋りついた。
「ロイン君! 大丈夫ですか? ……ロインくん?」
ドーチェもすぐさま我が子の元へと駆けつけるが、何か様子がおかしかった。いつも鋭く真っすぐでいる翡翠の瞳は、果たして何が信じられないでいるのか、不安定に揺れていた。そんな状態の瞳はただ一点、養母に縋りついて泣いている女の子に向いたまま動かず、父親の存在にも気付いているのか怪しい。
「……うそだ」
ようやく発した言葉は震えていた。しかし、それは恐怖からではない。
ロインは悔しそうに唇を噛み、怪我を気にせずに勢いよく立ちあがった。
「認められるか、こんなの……!」
そして、本当は叫び出したかったに違いない呟きをその場に吐き捨てると、逃げるように広場から走り去っていってしまった。ドーチェやマリワナ、そして二人の様子からそれに気付いたティマが呼び止めるも、一切振り向くことはなく。
ロインはそのまま、夜になっても帰って来なかった。