第17章 約束の場所の誓い [
その日を境に、ロインはティマに友達として接することを許した。そしてその間、二人は互いの約束を守り続けてきた。
だが、その約束が今は彼を縛り付けてはいないだろうかと、ティマはわずかに不安を抱いたのだ。もちろん、彼に守ってもらえることが煩わしくなったわけではない。だが、そのために彼自身の未来を奪いたくはなかったのだ。
「勘違いするな」
だが、彼の答えはティマの解釈と違っていた。
「そもそも、あの時の約束はティマを試すためにしたものだ。お前が本当に味方かどうか。それを確かめるための“契約”だ」
「契、約?」
「ああ。もしもお前がそれを破った時には、殺すつもりだった」
「……!!」
ロインから淡々と出た物騒な言葉に、ティマは思わず息を飲んだ。同時に、約束を交わした当時に感じた予感はこれを指していたのだと理解する。その衝撃は、何も知らなかった昔の自分自身にさえ絶句してしまうほどだった。
「けど、お前はそんなこと一度もしなかった。だからオレも契約に従って約束を守り続けてきて――もうとっくにその必要はなくなってんだよ」
「え?」
だが次に返された声は優しさのあるもので、ティマは意味がわからないと瞳で問いかけようとした。すると、穏やかに微笑むロインと目があう。
「契約なんて、とっくに関係ない。オレはオレの意思でお前を、ティマを守るって決めたんだよ」
「……どうして?」
おそるおそると、だが興味が勝った問いかけ方。自分を真っすぐ見つめて尋ねた少女にロインは答えようとするも、説明の仕方に困ったように口を開けたり閉じたりを繰り返した。その間ティマは黙って、彼が答えをくれるのを待った。
「……自分だけが不幸だと思うな」
そしてようやく出てきたのは、そんな言葉だった。
「え?」
「バオイの丘でティマたちとはぐれた時に、カイウスに言われたんだよ。それに、お前にも言われたよな」
「そんなこと言った?」
「言った。自分の不幸に酔って大切なことを忘れるな、って」
「ああ、そういうこと」
以前ここに戻ってきた時に、ロインはアール山で別れたガルザの訃報を知り、ひどく落ちこんだ。そんな彼を叱咤するために放ったのが、その言葉だった。
けれどそれがどうしたのだろうと、ティマは質問の答えが見えずにいた。
「そう言われるたびに考えていた。オレは本当に不幸に酔っていたのか、って。……けど、なんとなくそれは違う気がした」
まるでそれを汲み取ったようにロインが続ける。ティマは再び黙って耳を傾けた。
「不幸に酔っていたわけじゃない。ただ、臆病になっていただけだったんだ。ガルザに裏切られて、殺されそうになって、母さんを亡くして。あれだけ信じていた人が平然と自分をだまし続けてきたんだって考えたら、近付いてくる奴らみんなが化けの皮を被っていそうに見えて。うっかり信じてしまった代償があの末路だったっていうなら、次はどんな目にあわされるか……。そう考えたら、自分を守るために必死だった。同じ痛みを、喪う恐怖をまた味わうくらいなら――ずっと心のどこかでそう思っていたんだ」
そこまで言って、彼はふと仰ぐように面を上げた。
「だけどティマが、それにこの旅でカイウスやルビア達がまた教えてくれた。仲間――いや、“友達”ってのがどんな奴かってことを」
一度は意味を失った言葉。それが息を吹き返した時、彼の中で同時に新たな決意も生まれていたのだ。
「だから、もうオレはオレの意思でお前と一緒にいるし、お前のことを守り続ける。これから先もずっと、な」
「……ロイン」
それが問いの答えなのだとわかり、ティマは嬉しそうに目を細めた。
ところが、その顔は急に陰りを見せた。どうかしたのかとロインが訝しむと、ティマは暗い表情のままポツリと口を開いた。
「ロパスでフレアさんに会ったでしょ?」
「ああ」
「……私ね、この旅が終わったら、帰らなきゃいけないんだって」
ティマが王からの使命を果たしマウディーラに戻ってきたら、迎えに上がる。
あの日、フレアはそうティマらに告げて消えた。それはつまり、もう今までのように共にいることは叶わないということだ。
「何を今さら――」
「わかってる! ……わかってるよ。私はマウディーラの王女、ティマリア。スディアナ事件の人質としての役割ももうない今、本来いるべき場所に帰るべきだって。……それくらい、わかってる」
頭では理解している。それでも、心が理解することを渋っていた。
この町には大好きな養母も知り合いも、そしてロインもいる。城に戻ってしまえば、ここを訪れることはきっともうないだろう。例え死に別れるわけではないとしても、ティマは受け入れる準備がどうしても整わなかった。
だから、止めて欲しかった。「行くな」と、望まれることを期待したのだ。
しかし、そのロインはといえば、まるで常識を問われたことに呆れて答えるような口調で返してきたのだ。ティマをさらに落ち込ませるには十分で、彼女は拗ねるように俯いてしまった。ロインはその様子にやれやれと思わず溜息を吐いたが、どうやら今の彼女はそれさえ涙腺を緩くする材料にしてしまうらしい。肩が小さく震え始めたのを目にし、悪気はなかったにしろ、さすがにぎょっと焦りを見せた。
「……なら、約束だ」
そして何かないかと考えた末に、彼はひとつの案を思いついた。
「オレはお前を守るために、近衛騎士になる。必ずだ」
そうすれば、少なくとも自分と一生会えなくなるなんて心配はせずに済むはずだ。だから、と続ける。
「お前も約束しろ。ティマリア・ルル・マウディーラとして国を――世界を守る王になると」
「……それも、契約?」
先ほどの話もあったせいか、ティマはやや疑るような視線を向ける。だが、ロインはそんな彼女を「バーカ」と笑い、額を指ではじいた。
「誓いだ」
返ってきた少年らしい笑顔。だが、瞳は射抜くように少女を映している。その言葉が冗談なんかではないのだと、すぐにわかった。
「……わかった」
だから、次に応えた声はもう落ち込んでいなかった。少女はいつも通りの、そして相手と対峙する際に見せる強気な瞳を持ってその場に立ちあがった。それを見たロインも、身体を彼女の方へと向ける。
その構図は、さながら主とそれに仕える騎士のようだった。
「約束よ。ロイン・エイバス。マウディーラ王次期後継者、ティマリア・ルル・マウディーラを心身共に支える騎士になる、と」
「ああ――」
――白き星に誓って。
心からの言葉を紡げば、少女はやっと笑みを取り戻してくれた。つられるように、ロインにも笑みが浮かんでいく。
その時、どさぁっと何かが倒れる音と小さな悲鳴が上がった。驚き、弾かれるようにそちらを振りむくと、二人の目はさらに丸くなった。
「カイウス! ルビアまで!?」
「いてて……しまった!」
「もう! 見つかっちゃったじゃない! カイウスのせいよ!」
「なんでだよ! 気になるから様子見ようって言い出したのルビアだろ!?」
「てめえら、どこまで聞いてやがった?」
物陰に隠れていたらしい二人に殺気だった視線が向けられているのは、きっと気のせいじゃない。びくりと肩を跳ねさせ、カイウスとルビアは謝罪を口に後ずさるが、もう遅い。
「わ、悪かったって!」
「許すかよ!」
「きゃぁあああ!! ごめんなさーい!!」
「ちょ、ロイン! 落ち着いて!」
剣はないとはいえ、捕まればどんな目にあうか。一目散に逃げ出した二人を、ロインは容赦なく追いかけていった。そして数瞬遅れて、ティマも慌てて彼らを追って夜の砂浜を走っていったのだった。
だが、その約束が今は彼を縛り付けてはいないだろうかと、ティマはわずかに不安を抱いたのだ。もちろん、彼に守ってもらえることが煩わしくなったわけではない。だが、そのために彼自身の未来を奪いたくはなかったのだ。
「勘違いするな」
だが、彼の答えはティマの解釈と違っていた。
「そもそも、あの時の約束はティマを試すためにしたものだ。お前が本当に味方かどうか。それを確かめるための“契約”だ」
「契、約?」
「ああ。もしもお前がそれを破った時には、殺すつもりだった」
「……!!」
ロインから淡々と出た物騒な言葉に、ティマは思わず息を飲んだ。同時に、約束を交わした当時に感じた予感はこれを指していたのだと理解する。その衝撃は、何も知らなかった昔の自分自身にさえ絶句してしまうほどだった。
「けど、お前はそんなこと一度もしなかった。だからオレも契約に従って約束を守り続けてきて――もうとっくにその必要はなくなってんだよ」
「え?」
だが次に返された声は優しさのあるもので、ティマは意味がわからないと瞳で問いかけようとした。すると、穏やかに微笑むロインと目があう。
「契約なんて、とっくに関係ない。オレはオレの意思でお前を、ティマを守るって決めたんだよ」
「……どうして?」
おそるおそると、だが興味が勝った問いかけ方。自分を真っすぐ見つめて尋ねた少女にロインは答えようとするも、説明の仕方に困ったように口を開けたり閉じたりを繰り返した。その間ティマは黙って、彼が答えをくれるのを待った。
「……自分だけが不幸だと思うな」
そしてようやく出てきたのは、そんな言葉だった。
「え?」
「バオイの丘でティマたちとはぐれた時に、カイウスに言われたんだよ。それに、お前にも言われたよな」
「そんなこと言った?」
「言った。自分の不幸に酔って大切なことを忘れるな、って」
「ああ、そういうこと」
以前ここに戻ってきた時に、ロインはアール山で別れたガルザの訃報を知り、ひどく落ちこんだ。そんな彼を叱咤するために放ったのが、その言葉だった。
けれどそれがどうしたのだろうと、ティマは質問の答えが見えずにいた。
「そう言われるたびに考えていた。オレは本当に不幸に酔っていたのか、って。……けど、なんとなくそれは違う気がした」
まるでそれを汲み取ったようにロインが続ける。ティマは再び黙って耳を傾けた。
「不幸に酔っていたわけじゃない。ただ、臆病になっていただけだったんだ。ガルザに裏切られて、殺されそうになって、母さんを亡くして。あれだけ信じていた人が平然と自分をだまし続けてきたんだって考えたら、近付いてくる奴らみんなが化けの皮を被っていそうに見えて。うっかり信じてしまった代償があの末路だったっていうなら、次はどんな目にあわされるか……。そう考えたら、自分を守るために必死だった。同じ痛みを、喪う恐怖をまた味わうくらいなら――ずっと心のどこかでそう思っていたんだ」
そこまで言って、彼はふと仰ぐように面を上げた。
「だけどティマが、それにこの旅でカイウスやルビア達がまた教えてくれた。仲間――いや、“友達”ってのがどんな奴かってことを」
一度は意味を失った言葉。それが息を吹き返した時、彼の中で同時に新たな決意も生まれていたのだ。
「だから、もうオレはオレの意思でお前と一緒にいるし、お前のことを守り続ける。これから先もずっと、な」
「……ロイン」
それが問いの答えなのだとわかり、ティマは嬉しそうに目を細めた。
ところが、その顔は急に陰りを見せた。どうかしたのかとロインが訝しむと、ティマは暗い表情のままポツリと口を開いた。
「ロパスでフレアさんに会ったでしょ?」
「ああ」
「……私ね、この旅が終わったら、帰らなきゃいけないんだって」
ティマが王からの使命を果たしマウディーラに戻ってきたら、迎えに上がる。
あの日、フレアはそうティマらに告げて消えた。それはつまり、もう今までのように共にいることは叶わないということだ。
「何を今さら――」
「わかってる! ……わかってるよ。私はマウディーラの王女、ティマリア。スディアナ事件の人質としての役割ももうない今、本来いるべき場所に帰るべきだって。……それくらい、わかってる」
頭では理解している。それでも、心が理解することを渋っていた。
この町には大好きな養母も知り合いも、そしてロインもいる。城に戻ってしまえば、ここを訪れることはきっともうないだろう。例え死に別れるわけではないとしても、ティマは受け入れる準備がどうしても整わなかった。
だから、止めて欲しかった。「行くな」と、望まれることを期待したのだ。
しかし、そのロインはといえば、まるで常識を問われたことに呆れて答えるような口調で返してきたのだ。ティマをさらに落ち込ませるには十分で、彼女は拗ねるように俯いてしまった。ロインはその様子にやれやれと思わず溜息を吐いたが、どうやら今の彼女はそれさえ涙腺を緩くする材料にしてしまうらしい。肩が小さく震え始めたのを目にし、悪気はなかったにしろ、さすがにぎょっと焦りを見せた。
「……なら、約束だ」
そして何かないかと考えた末に、彼はひとつの案を思いついた。
「オレはお前を守るために、近衛騎士になる。必ずだ」
そうすれば、少なくとも自分と一生会えなくなるなんて心配はせずに済むはずだ。だから、と続ける。
「お前も約束しろ。ティマリア・ルル・マウディーラとして国を――世界を守る王になると」
「……それも、契約?」
先ほどの話もあったせいか、ティマはやや疑るような視線を向ける。だが、ロインはそんな彼女を「バーカ」と笑い、額を指ではじいた。
「誓いだ」
返ってきた少年らしい笑顔。だが、瞳は射抜くように少女を映している。その言葉が冗談なんかではないのだと、すぐにわかった。
「……わかった」
だから、次に応えた声はもう落ち込んでいなかった。少女はいつも通りの、そして相手と対峙する際に見せる強気な瞳を持ってその場に立ちあがった。それを見たロインも、身体を彼女の方へと向ける。
その構図は、さながら主とそれに仕える騎士のようだった。
「約束よ。ロイン・エイバス。マウディーラ王次期後継者、ティマリア・ルル・マウディーラを心身共に支える騎士になる、と」
「ああ――」
――白き星に誓って。
心からの言葉を紡げば、少女はやっと笑みを取り戻してくれた。つられるように、ロインにも笑みが浮かんでいく。
その時、どさぁっと何かが倒れる音と小さな悲鳴が上がった。驚き、弾かれるようにそちらを振りむくと、二人の目はさらに丸くなった。
「カイウス! ルビアまで!?」
「いてて……しまった!」
「もう! 見つかっちゃったじゃない! カイウスのせいよ!」
「なんでだよ! 気になるから様子見ようって言い出したのルビアだろ!?」
「てめえら、どこまで聞いてやがった?」
物陰に隠れていたらしい二人に殺気だった視線が向けられているのは、きっと気のせいじゃない。びくりと肩を跳ねさせ、カイウスとルビアは謝罪を口に後ずさるが、もう遅い。
「わ、悪かったって!」
「許すかよ!」
「きゃぁあああ!! ごめんなさーい!!」
「ちょ、ロイン! 落ち着いて!」
剣はないとはいえ、捕まればどんな目にあうか。一目散に逃げ出した二人を、ロインは容赦なく追いかけていった。そして数瞬遅れて、ティマも慌てて彼らを追って夜の砂浜を走っていったのだった。
■作者メッセージ
おまけスキット
【秘密の理由】
ティマ「二人とも、一体いつからいたの?」
ルビア「うーん。ほとんど最初から、かな? あなたが一人で出ていったのが見えて、追いかけて来ちゃったの」
カイウス「それにしても、なるほどなぁ。バオイの丘で聞けなかった“仲良くなったきっかけ”、ようやく聞けてすっきりしたぜ」
ロイン「てめえら……!」
ルビア「盗み聞きしちゃったのはごめんなさい。でも、口止めするような内容があったようにも思えないのだけど?」
ティマ「やっぱり、ルビアもそう思う? でもロイン、この話他人にするのすっごく嫌がるの。ねえロイン、なんで?」
ロイン「……」
カイウス「わかった! お前、ティマに負けたのが悔しいんだろ?」
ロイン「!」
ティマ「えっ! うそ、それが理由で口止めしてたの? でも、小さい頃の話でしょ?」
カイウス「それでも、女の子相手に勝負で負けたって言われたら、かっこつかないもんなんだよ、男としては」
ロイン「それわかってんなら口にすんじゃねえよ、カイウス! っていうか、今思えばあの時のプリセプツ、『白晶の首飾』の影響受けてただろ! 実力と関係ねえじゃねえか!」
ティマ「そ、そんなこと言われたって!」
ルビア「ロイン。そのやり取りの方が見苦しいわよ」
ロイン「ぐっ……」
カイウス「でもさ、結果的に負けて良かったんじゃないか? ロインが勝ってたら、二人が仲良くなることもなかったかもしれないんだし」
ルビア「そうね。二人の関係が悪いままだったら、今こうして一緒に旅することもなかったかもしれないんだもの。結果オーライ、ってところね」
ティマ「ふふ。だってさ?」
ロイン「ふん。知るかよ」
【秘密の理由】
ティマ「二人とも、一体いつからいたの?」
ルビア「うーん。ほとんど最初から、かな? あなたが一人で出ていったのが見えて、追いかけて来ちゃったの」
カイウス「それにしても、なるほどなぁ。バオイの丘で聞けなかった“仲良くなったきっかけ”、ようやく聞けてすっきりしたぜ」
ロイン「てめえら……!」
ルビア「盗み聞きしちゃったのはごめんなさい。でも、口止めするような内容があったようにも思えないのだけど?」
ティマ「やっぱり、ルビアもそう思う? でもロイン、この話他人にするのすっごく嫌がるの。ねえロイン、なんで?」
ロイン「……」
カイウス「わかった! お前、ティマに負けたのが悔しいんだろ?」
ロイン「!」
ティマ「えっ! うそ、それが理由で口止めしてたの? でも、小さい頃の話でしょ?」
カイウス「それでも、女の子相手に勝負で負けたって言われたら、かっこつかないもんなんだよ、男としては」
ロイン「それわかってんなら口にすんじゃねえよ、カイウス! っていうか、今思えばあの時のプリセプツ、『白晶の首飾』の影響受けてただろ! 実力と関係ねえじゃねえか!」
ティマ「そ、そんなこと言われたって!」
ルビア「ロイン。そのやり取りの方が見苦しいわよ」
ロイン「ぐっ……」
カイウス「でもさ、結果的に負けて良かったんじゃないか? ロインが勝ってたら、二人が仲良くなることもなかったかもしれないんだし」
ルビア「そうね。二人の関係が悪いままだったら、今こうして一緒に旅することもなかったかもしれないんだもの。結果オーライ、ってところね」
ティマ「ふふ。だってさ?」
ロイン「ふん。知るかよ」