第17章 約束の場所の誓い \
翌朝。出立の時間より少し早く、ロインとティマは昨日それぞれが預けた品を受け取りに家を出た。全員で行くこともないだろうということで、付き添いを申し出たラミーとベディー以外は先に港で待つことにして。
目的地であるハクの店の前まで行けば、すでにファイナスもそこで待ってくれていた。
「ファイナスおじさん!」
「ティマちゃん。ほら、できたよ」
ティマが元気な声をかければ、普段通りの笑顔を見せて挨拶をくれたファイナス。その手の中には、昨日までただの結晶の欠片だったそれが、三点のアクセサリーへと姿を変えていた。欠片自体を加工することはかなわないため、それぞれの形にぴったりと合わせた透明な容器の中に結晶を入れることで金具と繋ぎとめやすくしたようだ。ブレスレット、耳飾り、そして首飾りの形をとった白い結晶たちを見て、ティマはぱあっと瞳を輝かせた。
「すごい! ファイナスおじさん、ありがとう!」
「はは。喜んでもらえて良かったよ」
満面の笑みでお礼を言うティマにファイナスはアクセサリーを手渡した。その後ろからようやくハクも姿を現した。
「おっ? ファイナスの方はお気に召したようだな。じゃあ次は俺の番だ」
そう言って、彼は手にしていた剣をロインの前へと差し出した。
「ちゃんとロイン用に打ち直してやったぜ。その名も“リコッルド”だ!」
「リコッルド……」
「ああ。これにその白い結晶を取り付ければ、その力を引き出せるように細工してみたぜ」
それを聞いた瞬間、ロインら四人の顔が驚きに満ちた。その言葉を確かめるために、ロインはさやから剣を引き抜いた。
ロインに合わせて長さを変えた細身の刀身は、それでも以前より少し幅が広くなったようだ。以前の姿と比べると特殊な加工は一見なく、両刃のすらりとした波紋は美しいままに、刃に沿うように細い溝が掘られたようなデザインが加わっていた。そして形見であった証のイニシャルがそのまま残されていた濃い赤茶色の鍔に、ハクの言うその部分があった。
「ラミー。あなたの持ってる欠片、ちょっと貸して」
同様に気がついたティマは、それを見て咄嗟にラミーへと声をかけていた。ラミーが頷いて未加工のままの欠片をポケットから取り出せば、彼女は耳飾りに変わった欠片と交換でそれを受け取った。そしてそのままロインへと欠片を手渡すと、彼は頷いて、欠片を鍔のくぼみにはめ込んだ。
すると、欠片が一瞬淡く光を発した。それに目を見開いた次の瞬間、刀身に刻まれていた溝が、水が流れ込むように光り出したのだ。白い結晶が放つ淡く白い光とは違い、太陽の光のような眩さを抑えたような、まるで確かな意思を宿したような強い光。思わず目を奪われるその光景に、ハクは満足そうに言った。
「おっ。上手くいったいった! これでティマちゃんだけじゃなく、ロインも白い結晶の力の恩恵を受けることが出来るようになったはずだぜ」
「ハクさん、どこでそんな技術を……」
「ん? 昔、大陸の師匠が似たような技術持ってたなと思って。ちょっとやってみた」
「いや、やってみたじゃないですって」
「はははっ。まあ、ちょうど手に入った素材があったからちょっと、な。これ以上は素材がないから作れないけどよ」
確かに、白晶岩の力を引き出す技術が全くないとは、今まで誰も言わなかった。だが、まさかそんな技術が存在するとも、誰も思っていなかったのだ。
あっけらかんとして言うハクに、ベディーは思わず呆れに似た視線を向け、何も言えなくなってしまう。そのやりとりに思わず笑い声を上げたラミーが、「まあいいじゃないか」と間に入った。
「せっかくだし、ありがたく頂いていこうぜ。さあ、他に用がないならそろそろ行こうぜ。カイウス達を待たせちゃ悪いしな」
「うん。二人とも、どうもありがとう!」
感謝を告げるティマの隣で、ロインは小さく鼻を鳴らしながら剣を腰に下げた。言葉にしないものの、気に入らなかったわけではないようだ。ハクはそれだけで十分だというように笑って見せ、踵を返したその姿に手を振った。
そしてその時、少年たちに続いて行こうとしたベディーを、ファイナスが呼び止めた。
「これが最後の戦いなんだろう? クルーダ」
「全部終わったら、今度こそ帰ってこいよ。またどっかに雲隠れするんじゃなくて、この町に、マリワナちゃんのもとに。な?」
彼とハクにそう言われ、ベディーは答えるのに一瞬躊躇う素振りを見せた。が、すぐに仕方ないと笑みを浮かべ、「わかった」と短く返した。
温かな友人に見送られて、彼もまた長かった戦いの幕を下ろすため、町を後にしたのだった。
「……ほう?」
「姫様、いかがされまし――ぐぅ!?」
玉座に掛けたまま、アーレスは僅かに表情を動かした。気付いたジオートは、何事かと恭しく尋ねようとした。
だが、言葉が終わるその前に、彼はプリセプツに襲われた。さほど強くない術とはいえ、不意に食らったダメージに呻き声が上がる。おそるおそる面を上げれば、主は不愉快そうに瞳を細めていた。
「ワラワはもう姫ではない。新世界の王ぞ」
「申し訳ございません。お許しを……」
許しを請い低く低く頭を差し出せば、アーレスはふんと鼻を鳴らす。そして脚を組みかえながら、視線を余所へやりつつ口を開いた。
「駒は役立たずだったようじゃ。小賢しいねずみ共め……」
「すぐにねずみ共を仕留めてご覧に入れます」
「よい」
使いの影から報せに、ジオートはすぐに行動に移そうと身じろぐ。だが、彼女はわざわざそれを止めた。声色から不機嫌ではないとわかるが、一体どういうつもりか。老人は真意を図ろうと顔を上げ、自身を見下ろす目があった。
「どうせなら、万全で挑みに来たところでその鼻っ柱を折る方が面白い」
アーレスはそう不敵に笑み、宮殿に僅かに光を呼ぶステンドグラスの向こうを、妖艶に光る紅の瞳を細めて眺めていた。
目的地であるハクの店の前まで行けば、すでにファイナスもそこで待ってくれていた。
「ファイナスおじさん!」
「ティマちゃん。ほら、できたよ」
ティマが元気な声をかければ、普段通りの笑顔を見せて挨拶をくれたファイナス。その手の中には、昨日までただの結晶の欠片だったそれが、三点のアクセサリーへと姿を変えていた。欠片自体を加工することはかなわないため、それぞれの形にぴったりと合わせた透明な容器の中に結晶を入れることで金具と繋ぎとめやすくしたようだ。ブレスレット、耳飾り、そして首飾りの形をとった白い結晶たちを見て、ティマはぱあっと瞳を輝かせた。
「すごい! ファイナスおじさん、ありがとう!」
「はは。喜んでもらえて良かったよ」
満面の笑みでお礼を言うティマにファイナスはアクセサリーを手渡した。その後ろからようやくハクも姿を現した。
「おっ? ファイナスの方はお気に召したようだな。じゃあ次は俺の番だ」
そう言って、彼は手にしていた剣をロインの前へと差し出した。
「ちゃんとロイン用に打ち直してやったぜ。その名も“リコッルド”だ!」
「リコッルド……」
「ああ。これにその白い結晶を取り付ければ、その力を引き出せるように細工してみたぜ」
それを聞いた瞬間、ロインら四人の顔が驚きに満ちた。その言葉を確かめるために、ロインはさやから剣を引き抜いた。
ロインに合わせて長さを変えた細身の刀身は、それでも以前より少し幅が広くなったようだ。以前の姿と比べると特殊な加工は一見なく、両刃のすらりとした波紋は美しいままに、刃に沿うように細い溝が掘られたようなデザインが加わっていた。そして形見であった証のイニシャルがそのまま残されていた濃い赤茶色の鍔に、ハクの言うその部分があった。
「ラミー。あなたの持ってる欠片、ちょっと貸して」
同様に気がついたティマは、それを見て咄嗟にラミーへと声をかけていた。ラミーが頷いて未加工のままの欠片をポケットから取り出せば、彼女は耳飾りに変わった欠片と交換でそれを受け取った。そしてそのままロインへと欠片を手渡すと、彼は頷いて、欠片を鍔のくぼみにはめ込んだ。
すると、欠片が一瞬淡く光を発した。それに目を見開いた次の瞬間、刀身に刻まれていた溝が、水が流れ込むように光り出したのだ。白い結晶が放つ淡く白い光とは違い、太陽の光のような眩さを抑えたような、まるで確かな意思を宿したような強い光。思わず目を奪われるその光景に、ハクは満足そうに言った。
「おっ。上手くいったいった! これでティマちゃんだけじゃなく、ロインも白い結晶の力の恩恵を受けることが出来るようになったはずだぜ」
「ハクさん、どこでそんな技術を……」
「ん? 昔、大陸の師匠が似たような技術持ってたなと思って。ちょっとやってみた」
「いや、やってみたじゃないですって」
「はははっ。まあ、ちょうど手に入った素材があったからちょっと、な。これ以上は素材がないから作れないけどよ」
確かに、白晶岩の力を引き出す技術が全くないとは、今まで誰も言わなかった。だが、まさかそんな技術が存在するとも、誰も思っていなかったのだ。
あっけらかんとして言うハクに、ベディーは思わず呆れに似た視線を向け、何も言えなくなってしまう。そのやりとりに思わず笑い声を上げたラミーが、「まあいいじゃないか」と間に入った。
「せっかくだし、ありがたく頂いていこうぜ。さあ、他に用がないならそろそろ行こうぜ。カイウス達を待たせちゃ悪いしな」
「うん。二人とも、どうもありがとう!」
感謝を告げるティマの隣で、ロインは小さく鼻を鳴らしながら剣を腰に下げた。言葉にしないものの、気に入らなかったわけではないようだ。ハクはそれだけで十分だというように笑って見せ、踵を返したその姿に手を振った。
そしてその時、少年たちに続いて行こうとしたベディーを、ファイナスが呼び止めた。
「これが最後の戦いなんだろう? クルーダ」
「全部終わったら、今度こそ帰ってこいよ。またどっかに雲隠れするんじゃなくて、この町に、マリワナちゃんのもとに。な?」
彼とハクにそう言われ、ベディーは答えるのに一瞬躊躇う素振りを見せた。が、すぐに仕方ないと笑みを浮かべ、「わかった」と短く返した。
温かな友人に見送られて、彼もまた長かった戦いの幕を下ろすため、町を後にしたのだった。
「……ほう?」
「姫様、いかがされまし――ぐぅ!?」
玉座に掛けたまま、アーレスは僅かに表情を動かした。気付いたジオートは、何事かと恭しく尋ねようとした。
だが、言葉が終わるその前に、彼はプリセプツに襲われた。さほど強くない術とはいえ、不意に食らったダメージに呻き声が上がる。おそるおそる面を上げれば、主は不愉快そうに瞳を細めていた。
「ワラワはもう姫ではない。新世界の王ぞ」
「申し訳ございません。お許しを……」
許しを請い低く低く頭を差し出せば、アーレスはふんと鼻を鳴らす。そして脚を組みかえながら、視線を余所へやりつつ口を開いた。
「駒は役立たずだったようじゃ。小賢しいねずみ共め……」
「すぐにねずみ共を仕留めてご覧に入れます」
「よい」
使いの影から報せに、ジオートはすぐに行動に移そうと身じろぐ。だが、彼女はわざわざそれを止めた。声色から不機嫌ではないとわかるが、一体どういうつもりか。老人は真意を図ろうと顔を上げ、自身を見下ろす目があった。
「どうせなら、万全で挑みに来たところでその鼻っ柱を折る方が面白い」
アーレスはそう不敵に笑み、宮殿に僅かに光を呼ぶステンドグラスの向こうを、妖艶に光る紅の瞳を細めて眺めていた。
■作者メッセージ
おまけスキット
【証の代わりに】
ティマ「ベディーさん。これを」
ベディー「ファイナスさんの作ったブレスレット……。僕に、どうして?」
ティマ「お守りの代わりにでも、と思って。ロインみたい力を得たり、ラミーみたいに体調が良くなったりとか、そういうのはないかもしれない。でも、ここまでずっと一緒に戦ってきてくれたあなたに、残りの一つは持っていてほしいんです」
ベディー「それなら別に僕じゃなくても、カイウスやルビアでも良かったんじゃ?」
ティマ「それも考えたんだけど、喧嘩になっちゃうかなと思って。それに、ベディーさんは私たちよりも長い間戦い続けてきたでしょ? だから、受け取ってもらえるならベディーさんに、って」
ベディー「……わかった。ありがとう、ティマリア」
ティマ「はい! 絶対に勝って帰りましょうね!」
ベディー「もちろんだ」
【鍵の素材】
ルビア「それにしても、白晶岩の魔力を引き出す技術があったなんて驚きね」
ラミー「たぶん、ケルテッティアの花を使ったんだと思うぜ」
カイウス「ケルテッティアって、あの秘境にあった花だろ?」
ラミー「ああ。あれなら白晶岩の魔力を引き出すことだって可能だと思う。それだけの価値があるからな、あの素材には」
カイウス「けど、希少な素材だって言ったのはラミーじゃないか。そんなのをなんでハクさんが持ってるんだ?」
ラミー「言っとくけど、あたいは何も知らないよ? たまたまじゃないのか……」
ルビア「ラミー?」
ラミー「あ。いや、なんでもない」
ラミー(……まさか、な)
【証の代わりに】
ティマ「ベディーさん。これを」
ベディー「ファイナスさんの作ったブレスレット……。僕に、どうして?」
ティマ「お守りの代わりにでも、と思って。ロインみたい力を得たり、ラミーみたいに体調が良くなったりとか、そういうのはないかもしれない。でも、ここまでずっと一緒に戦ってきてくれたあなたに、残りの一つは持っていてほしいんです」
ベディー「それなら別に僕じゃなくても、カイウスやルビアでも良かったんじゃ?」
ティマ「それも考えたんだけど、喧嘩になっちゃうかなと思って。それに、ベディーさんは私たちよりも長い間戦い続けてきたでしょ? だから、受け取ってもらえるならベディーさんに、って」
ベディー「……わかった。ありがとう、ティマリア」
ティマ「はい! 絶対に勝って帰りましょうね!」
ベディー「もちろんだ」
【鍵の素材】
ルビア「それにしても、白晶岩の魔力を引き出す技術があったなんて驚きね」
ラミー「たぶん、ケルテッティアの花を使ったんだと思うぜ」
カイウス「ケルテッティアって、あの秘境にあった花だろ?」
ラミー「ああ。あれなら白晶岩の魔力を引き出すことだって可能だと思う。それだけの価値があるからな、あの素材には」
カイウス「けど、希少な素材だって言ったのはラミーじゃないか。そんなのをなんでハクさんが持ってるんだ?」
ラミー「言っとくけど、あたいは何も知らないよ? たまたまじゃないのか……」
ルビア「ラミー?」
ラミー「あ。いや、なんでもない」
ラミー(……まさか、な)