第18章 そして影は消え…… U
「カイウス、ルビア。ロイン達と先に行け」
その姿を映した途端、静かな声でフォレストは言った。そして答えを待つよりも先に、彼は戦斧を手に最前線へと進み出る。
「どのみち、奴らとも雌雄を決さねばならなかったのだ。だが、全員で相手にしている時間が惜しい。お前たちは先にアーレスのもとへと向かえ」
「アーリア、きみも先に行くんだ。アーレスらと戦うには、きみの持つテンペストが必要だ」
「……わかったわ」
彼らが交わしたやりとりは、それだけだった。
前触れ無くヴォイドが地を蹴り、先手をとった。遅れて、バージェスが柄に手をかけながら一気に距離を縮めにくる。
それぞれ迎え撃ったのは、フォレストにティルキスだ。それぞれの拳が、刃が激しくぶつかりあう音が響く。
その一瞬に、彼らは二手に分かれた。
この場を振り返ることなく走っていったロイン、ティマ、カイウス、ルビア、アーリア、ラミー。その場から動くことなく、瞬時にプリセプツを唱えたルキウス。そしてベディーはバージェスらの背後をとり、拳を握った。
「ライトニング!」
「双撞掌底破!」
「裂空斬!」
雷が頭上から、ベディーの技が背後から二人を狙う。バージェスは焦った様子もなく、剣を振り回し前方のティルキスら、そしてベディーを同時に遠ざけた。同時にヴォイドと共にその場を跳躍して離れ、間一髪のところでルキウスの術から逃れてみせたのだった。
「ははっ! 久しぶりだなぁ、フォレスト! さすがに十年以上経てば、あの時のまま、ってわけにはいかないみたいだがな」
「……話には聞いていた。またお前に会えるとは思っていなかったぞ、ヴォイド」
高揚した調子でフォレストへ話しかけるヴォイド。スポットゾンビとして再びこの世に現れたことはカイウスらから聞いていたが、実際に彼らが対面したのはこれが初めてだった。フォレストは少しの哀れみ、そして懐かしさを思わず胸に抱いた。
そして彼と同様に初めて出会うヴォイドを見るティルキス、それぞれと初対面と果たすルキウスも、それぞれの胸中に思うところがあった。
十六年前、ヴォイドはフォレストの仲間の一人だった。ジャンナ事件があったあの日、フォレストは拘束されていた教会の牢屋から逃げ出した後、彼らの逃亡の手助けをしたリロイ司祭とヴォイドら六人のレイモーンの民とは別行動をとった。そして交渉決裂した国王の下からトールスと共に逃げてくると、リロイはヴォイドらの手にかかり、すでにただの肉塊となっていた。そしてそれを知ったバージェスによって、彼らもあの世へと送られた後だった。
そんな彼らは、いわばジャンナ事件の象徴。互いの種族を憎みあってきた、アレウーラの姿そのものと言ってもいい。彼らが互いに殺め合うようなことがなければ、フォレストはセンシビアへ渡り、ティルキスと会うこともなかっただろう。そして、ルキウスや彼の父が種族間の問題で苦悩し、『生命の法』に縋ることも、おそらくなかったはずだ。
「ふうん? 生前は殺しあった仲だって聞いてたが、その割にはやけに仲がいいじゃないか。互いに手を取って、こうして俺たちを殺しにくるなんてな」
フォレストから昔話を耳にしたことのあるティルキスは、挑発的に笑った。
彼らは最期まで、ヒトとレイモーンの民の共存は不可能だと叫んでいた。そして互いにの存在に対する憎しみが、スポットをその身に宿すことになったはずだ。隙を作るとすれば、その根源――ヒトとレイモーンの共存の否定する心理――を叩けばいい。
「挑発したところで無駄だ。弟を倒した時のような手は通用しない」
「ここは故郷とやらに一番近い。そのせいか、身体の奥から力が溢れて止まらないんだよ!」
そう思っていたのだが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。
二人の言葉からするに、“門”を通じて流れてくるスポット界の気が、彼らの内にいるスポットの力を増幅させているようだ。そのため、スポットを引き寄せた彼ら自身が持つ負の強さに影響されなくなっているらしい。現に、気のせいでなければ、彼らの赤い瞳が以前よりも禍々しい黒味を帯びているように見える。
だが、互いの抱く感情まで、内なるスポットに押さえつけられているわけではないらしい。その身に宿っている影のせいでアーレスらの指示に逆らえないとはいえ、無意識にだろうか、両者の距離は、共闘にしては遠い。
ならばと、ティルキスらは即座に陣形を変えた。心理的揺さぶりを目的としたものから、個への攻撃に重きを置いたものへと。
宮に入った途端、ロインたちは呼吸が苦しくなるのを感じた。あの日のまま開かれた“門”から漂う、暗く禍々しい空気。それがこの世界とは明らかに異質なこの空間を作り上げ、玉座から六人を見下ろすアーレスは、むしろ心地よさそうに瞳を細めていた。
「来タか、鼠ドモめ」
「バキラ……いえ、スポット・ジオート!」
そしてその玉座の下。階段の影から、かつて白髪の老人の姿だった名残をかろうじて見せているスポットが現れた。
当然、ロインたちは身構えた。得物を持つ手にぎりっと力が入るのを自覚しつつ、ティマはその者を睨みつけ、真名を呼び捨てた。途端、赤い眼が不快に歪んだようだったが、それを気にする間もなく女王が口を開いた。
「よく来た。そろそろ余興が欲しいと思っていたところ。歓迎しよう、ねずみども」
「そいつはどうも。なら、早速こちらの歓迎も受けてもらおうか?」
互いの口調はのんびりとしたものだったが、そこに込められた思いはもちろん裏腹で。言うが早いか、ラミーは今にも飛びかかれる体勢をとった。それに倣い、仲間たちも次々と臨戦体勢になる。
「アーレス。今からでも、この世界から手をひいてはもらえない?」
その中で、最後まで言葉を交わそうとしたのはティマだった。
本来ならば邂逅することすらなかった存在。傷ついたのはお互い様。
怒り。悲しみ。憎しみ。絶望。
それ以上の思いを、血を流したのは両者。だからこそ、最後の希望に賭けた。
しかし、アーレスは彼女の言葉に嘲笑するばかりだった。その仕草さえ優雅なのだが、同時に畏怖も覚えずにいられない。にたりと浮かぶ笑みには、復讐などといった感情はどこにもなかった。父の仇など、もはや彼女にとってただの名目に過ぎないのだと知った瞬間だった。
「ワラワを楽しませてみよ!」
それこそが彼女の本心。支配欲を持て余す、影の女王の戯れ。
もはや、言葉など不要。
高らかに宣言し、身体を優雅に宙へと浮かばせるアーレス。階下のジオートも、同時に本来のスポットの姿へと、完全な変化を遂げた。フォレストよりも巨大な身体。両の腕はだらりと垂れ下がった長い鞭のようで、先が指のように枝分かれしている。ロインたちは、以前その腕にカイウスが負わされた怪我を思い出す。
「今度こそ、決着をつける!」
「今まで受けた借り、きっちり返させてもらう!」
その言葉が合図となった。
ロインとカイウスが同時に飛び出し、決戦の火蓋は切られた。
その姿を映した途端、静かな声でフォレストは言った。そして答えを待つよりも先に、彼は戦斧を手に最前線へと進み出る。
「どのみち、奴らとも雌雄を決さねばならなかったのだ。だが、全員で相手にしている時間が惜しい。お前たちは先にアーレスのもとへと向かえ」
「アーリア、きみも先に行くんだ。アーレスらと戦うには、きみの持つテンペストが必要だ」
「……わかったわ」
彼らが交わしたやりとりは、それだけだった。
前触れ無くヴォイドが地を蹴り、先手をとった。遅れて、バージェスが柄に手をかけながら一気に距離を縮めにくる。
それぞれ迎え撃ったのは、フォレストにティルキスだ。それぞれの拳が、刃が激しくぶつかりあう音が響く。
その一瞬に、彼らは二手に分かれた。
この場を振り返ることなく走っていったロイン、ティマ、カイウス、ルビア、アーリア、ラミー。その場から動くことなく、瞬時にプリセプツを唱えたルキウス。そしてベディーはバージェスらの背後をとり、拳を握った。
「ライトニング!」
「双撞掌底破!」
「裂空斬!」
雷が頭上から、ベディーの技が背後から二人を狙う。バージェスは焦った様子もなく、剣を振り回し前方のティルキスら、そしてベディーを同時に遠ざけた。同時にヴォイドと共にその場を跳躍して離れ、間一髪のところでルキウスの術から逃れてみせたのだった。
「ははっ! 久しぶりだなぁ、フォレスト! さすがに十年以上経てば、あの時のまま、ってわけにはいかないみたいだがな」
「……話には聞いていた。またお前に会えるとは思っていなかったぞ、ヴォイド」
高揚した調子でフォレストへ話しかけるヴォイド。スポットゾンビとして再びこの世に現れたことはカイウスらから聞いていたが、実際に彼らが対面したのはこれが初めてだった。フォレストは少しの哀れみ、そして懐かしさを思わず胸に抱いた。
そして彼と同様に初めて出会うヴォイドを見るティルキス、それぞれと初対面と果たすルキウスも、それぞれの胸中に思うところがあった。
十六年前、ヴォイドはフォレストの仲間の一人だった。ジャンナ事件があったあの日、フォレストは拘束されていた教会の牢屋から逃げ出した後、彼らの逃亡の手助けをしたリロイ司祭とヴォイドら六人のレイモーンの民とは別行動をとった。そして交渉決裂した国王の下からトールスと共に逃げてくると、リロイはヴォイドらの手にかかり、すでにただの肉塊となっていた。そしてそれを知ったバージェスによって、彼らもあの世へと送られた後だった。
そんな彼らは、いわばジャンナ事件の象徴。互いの種族を憎みあってきた、アレウーラの姿そのものと言ってもいい。彼らが互いに殺め合うようなことがなければ、フォレストはセンシビアへ渡り、ティルキスと会うこともなかっただろう。そして、ルキウスや彼の父が種族間の問題で苦悩し、『生命の法』に縋ることも、おそらくなかったはずだ。
「ふうん? 生前は殺しあった仲だって聞いてたが、その割にはやけに仲がいいじゃないか。互いに手を取って、こうして俺たちを殺しにくるなんてな」
フォレストから昔話を耳にしたことのあるティルキスは、挑発的に笑った。
彼らは最期まで、ヒトとレイモーンの民の共存は不可能だと叫んでいた。そして互いにの存在に対する憎しみが、スポットをその身に宿すことになったはずだ。隙を作るとすれば、その根源――ヒトとレイモーンの共存の否定する心理――を叩けばいい。
「挑発したところで無駄だ。弟を倒した時のような手は通用しない」
「ここは故郷とやらに一番近い。そのせいか、身体の奥から力が溢れて止まらないんだよ!」
そう思っていたのだが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。
二人の言葉からするに、“門”を通じて流れてくるスポット界の気が、彼らの内にいるスポットの力を増幅させているようだ。そのため、スポットを引き寄せた彼ら自身が持つ負の強さに影響されなくなっているらしい。現に、気のせいでなければ、彼らの赤い瞳が以前よりも禍々しい黒味を帯びているように見える。
だが、互いの抱く感情まで、内なるスポットに押さえつけられているわけではないらしい。その身に宿っている影のせいでアーレスらの指示に逆らえないとはいえ、無意識にだろうか、両者の距離は、共闘にしては遠い。
ならばと、ティルキスらは即座に陣形を変えた。心理的揺さぶりを目的としたものから、個への攻撃に重きを置いたものへと。
宮に入った途端、ロインたちは呼吸が苦しくなるのを感じた。あの日のまま開かれた“門”から漂う、暗く禍々しい空気。それがこの世界とは明らかに異質なこの空間を作り上げ、玉座から六人を見下ろすアーレスは、むしろ心地よさそうに瞳を細めていた。
「来タか、鼠ドモめ」
「バキラ……いえ、スポット・ジオート!」
そしてその玉座の下。階段の影から、かつて白髪の老人の姿だった名残をかろうじて見せているスポットが現れた。
当然、ロインたちは身構えた。得物を持つ手にぎりっと力が入るのを自覚しつつ、ティマはその者を睨みつけ、真名を呼び捨てた。途端、赤い眼が不快に歪んだようだったが、それを気にする間もなく女王が口を開いた。
「よく来た。そろそろ余興が欲しいと思っていたところ。歓迎しよう、ねずみども」
「そいつはどうも。なら、早速こちらの歓迎も受けてもらおうか?」
互いの口調はのんびりとしたものだったが、そこに込められた思いはもちろん裏腹で。言うが早いか、ラミーは今にも飛びかかれる体勢をとった。それに倣い、仲間たちも次々と臨戦体勢になる。
「アーレス。今からでも、この世界から手をひいてはもらえない?」
その中で、最後まで言葉を交わそうとしたのはティマだった。
本来ならば邂逅することすらなかった存在。傷ついたのはお互い様。
怒り。悲しみ。憎しみ。絶望。
それ以上の思いを、血を流したのは両者。だからこそ、最後の希望に賭けた。
しかし、アーレスは彼女の言葉に嘲笑するばかりだった。その仕草さえ優雅なのだが、同時に畏怖も覚えずにいられない。にたりと浮かぶ笑みには、復讐などといった感情はどこにもなかった。父の仇など、もはや彼女にとってただの名目に過ぎないのだと知った瞬間だった。
「ワラワを楽しませてみよ!」
それこそが彼女の本心。支配欲を持て余す、影の女王の戯れ。
もはや、言葉など不要。
高らかに宣言し、身体を優雅に宙へと浮かばせるアーレス。階下のジオートも、同時に本来のスポットの姿へと、完全な変化を遂げた。フォレストよりも巨大な身体。両の腕はだらりと垂れ下がった長い鞭のようで、先が指のように枝分かれしている。ロインたちは、以前その腕にカイウスが負わされた怪我を思い出す。
「今度こそ、決着をつける!」
「今まで受けた借り、きっちり返させてもらう!」
その言葉が合図となった。
ロインとカイウスが同時に飛び出し、決戦の火蓋は切られた。