第18章 そして影は消え…… V
刃と刃がぶつかり合う。火花が止まぬ間に次の火花が生まれ、ぎりぎりと刃を立て合う音が耳に響いた。
力は互角。ただし数で押しているため、分はティルキスらにあった。
「フラクレスブロウ!」
「秋沙雨!」
ティルキスとバージェスの剣が再び交差する。それが離れた瞬間、フォレストの戦斧はヴォイドを捉えていた。ヴァイドは軽い身のこなしでそれをかわしてみせるが、その先にはベディーが待ち構えていた。そして彼らの拳がぶつかり合う寸前、ルキウスのプリセプツがバージェスを襲った。
わずかに攻撃のタイミングをずらすことで、二人をうまいこと連携させぬようにと仕掛けていたティルキスら。しかし、どうも互いをかばおうとする気配が見えない。ティルキスらにとっては都合の良いことだが、相手の立場からすればあまり考えられないことだ。
どうやら彼らの予想は的中していたらしい。かつて憎みあった末に殺し、殺された関係にある者が肩を並べるというのも滑稽な話だが、手を取り合えない故に、彼らは再び身を滅ぼす結果となる。そう考えると、敵として相対する関係にありながら、彼らに同情を覚えた。
「不運だな。心を理解しない者が主だなんて」
そう口にしながらも、ベディーは容赦なくヴォイドへ拳を叩き込んだ。
「ふん。だからどうした? 理解したところでどうなる?」
そのダメージに怯むことなく、ヴォイドは半身をひねり彼の頭へ蹴りを放つ。ベディーがそれを腕で受け止めた刹那、フォレストが再び戦斧を振り下ろそうとした。
「理解したところで、分かり合えるわけがない!」
「ぐはっ!」
「フォレスト! ベディー! ――っ!」
その瞬間、ヴォイドは吠えるように叫び、獣化を遂げた。それに驚いた一瞬を突かれ、二人は同時に殴り飛ばされてしまう。彼らへ目を向けたティルキスも、バージェスに剣を弾かれると同時に反撃を受け、その場から僅かに後退させられた。
幸い、誰もたいしたダメージは負っていない。すぐさま体勢を整え直そうとした、その時だ。
「おわっ!?」
一瞬にしてヴォイドが距離を詰め、ティルキスの顔を狙って拳を突き出してきた。驚きながらも咄嗟に剣を盾にして攻撃を防いた。直後、今度はバージェスがフォレストへと狙いを定め、攻撃を仕掛けてきた。
「二人とも!」
「ルキウス、下がれ!」
その様は、狂気に駆られたように異常さに満ちていた。ベディーの背に庇われながら、ルキウスは彼らの突然の変化に目を剥く。それまで相手にしていた人物にはまったく目を向けず、全身から溢れ出る殺気に委ねるが如く襲いかかるバージェスとヴォイド。瞳の色は、さらに禍々しく濃い赤に染まっていた。
「……まさか、呑まれたのか? スポットに」
「なんだと!?」
そこから導き出された可能性に、ルキウスははっとする。思わずこぼした言葉に、ベディーは彼を見た。
だが、言われてみればとても納得のいく答えだ。自分たちにはわからないが、“門”から溢れる気が、彼らに影響を与えているのだろう。こちらの世界が向こうの世界の理に蝕まれれば蝕まれるほど、スポットたちは環境の違いによって抑制されていた本来の力を取り戻していく。
(兄さんたちが危険だ!)
決して信用していないわけではない。だが、宮で待ち構えている相手は、向こうの総大将なのだ。時間が経てば経つほど、不利な状況に持ち込まれるのは目に見えていた。
「ベディー、二人を彼らから引き離してくれ!」
――一瞬で片をつける。
もはやここにいることすらもどかしい。ルキウスは詠唱のため、杖を掲げた。それを見たベディーは、すぐさま戦いの中へ身を投じた。
「二人とも、離れろ!」
叫び、ティルキスへ飛びかかろうとしていたヴォイドの腹めがけ突進する。ベディーはそのまま、彼の頭を狙って回し蹴りを放った。突然のことに反応が遅れたのか、ヴォイドは攻撃を防ぐこともなく、そのまま吹き飛んでいった。その間に、ティルキスはフォレストの助けへと向かい、バージェスの剣を受け止めていた。
「ビショップスリング!」
「双旋連斧!」
そして同時にバージェスへと攻撃すれば、さすがに二人分は受け止めきれなかったのだろう、彼はうめき声と共に後方へ弾くように飛ばされた。
「地より這い出し虚無の使者よ! 天を駆けし雷王の獅子よ! 我が手に宿り、破壊の牙と化せ!」
直後、ルキウスの詠唱が耳に届いた。
大地から収束させた闇の力、そして天から落ちる雷がうずまき合い、杖を持った彼の腕ごと、徐々に巨大な牙へと有様を変えていく。
それを見た三人は、一斉にその場から散った。ルキウスとバージェス、ヴォイドの間に立ち塞がる者は誰もいない。だが、彼は転移のプリセプツも同時に発動させていたに違いない。直後、ルキウスの姿はそこから消え、彼らの頭上へと移っていた。
「ゼロ・ボルティックファング!!」
まるで、獣が獲物を仕留める光景だった。
振り下ろされた牙に貫かれ、襲い来る重圧と電撃に、彼らは為すすべもなく声を上げりしかなかった。衝撃で足元は抉れ、突風がフォレストたちをも襲う。思わず顔を背けそうになりそうな中で目を凝らした時、彼らは思いがけないものを目にした。
「ルキウス、その姿……!」
いつも柔らかく流れていた黒髪は逆立ち、八重歯は牙のように鋭さを増していた。それだけではない。彼の首や腕、服の下から、獣の体毛がのぞいたのだ。それは同じ血の流れるカイウスは平然と為してきながら、彼には一度も現れなかった力――獣人化の兆しだった。
だがそれは一瞬のことで、彼が地に舞い降りた時には、すでに変化は解けていた。
「……ボクの中には教皇様と、レイモーン王家のメリッサさんの血が流れている。――ヒトとレイモーンの民は共に生きていける! そういう世界を作ってみせる! ボク自身が、その証明だ」
ルキウスは技の反動なのか荒い息をして、伏し倒れた二人を見下ろした。そして彼らに向かって口にした言葉は、過去の犠牲に対する誓いのようであった。
ティルキスら三人は、ゆっくり少年のもとへと歩み寄っていった。
「……認めないぞ」
その時、バージェスが絞り出すように拒絶を紡いだ。彼は眉をよせるルキウスへと、緩慢な動作で視線を向けた。
「貴様も、こちらに来るまでに絶望を知るだろうよ。その時を楽しみに待っていてやる……」
くくく、と嘲笑う身体からは、アルバートの時と同じように黒いモヤが溢れ出ていた。すでに物言わなくなっていたヴォイドも同様に、今、終焉を迎えていた。
やがてモヤが消えると、四人は屍へと還った二人を、しばしの間見つめていた。そこから最初に動いたのは、フォレストだった。
「ようやく認められたか、己自身を」
彼はルキウスの肩に手を置き、話しかけた。だが、ルキウスはゆるゆると首を振り、自身の手を見つめた。
「正直、まだ怖い。それでも――」
――ヒトとレイモーンの民、両者が共に生きていける世界の可能性。自分を愛してくれる人々。それだけは、信じることができるから。
自身にとってただ一つの真実は胸の中におさめ、ルキウスはぎゅっと手を握り締めると、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「それでも、いつまでも兄さんに遅れを取っているわけにもいかないしね」
そう言った後、彼は表情を一変させ、宮を睨みつけた。
「それより、嫌な予感がする。急ごう!」
その視線につられるように、三人も宮へ視線を向けた。当然彼に反対する者などおらず、彼らは急ぎ宮へと向かっていった。
力は互角。ただし数で押しているため、分はティルキスらにあった。
「フラクレスブロウ!」
「秋沙雨!」
ティルキスとバージェスの剣が再び交差する。それが離れた瞬間、フォレストの戦斧はヴォイドを捉えていた。ヴァイドは軽い身のこなしでそれをかわしてみせるが、その先にはベディーが待ち構えていた。そして彼らの拳がぶつかり合う寸前、ルキウスのプリセプツがバージェスを襲った。
わずかに攻撃のタイミングをずらすことで、二人をうまいこと連携させぬようにと仕掛けていたティルキスら。しかし、どうも互いをかばおうとする気配が見えない。ティルキスらにとっては都合の良いことだが、相手の立場からすればあまり考えられないことだ。
どうやら彼らの予想は的中していたらしい。かつて憎みあった末に殺し、殺された関係にある者が肩を並べるというのも滑稽な話だが、手を取り合えない故に、彼らは再び身を滅ぼす結果となる。そう考えると、敵として相対する関係にありながら、彼らに同情を覚えた。
「不運だな。心を理解しない者が主だなんて」
そう口にしながらも、ベディーは容赦なくヴォイドへ拳を叩き込んだ。
「ふん。だからどうした? 理解したところでどうなる?」
そのダメージに怯むことなく、ヴォイドは半身をひねり彼の頭へ蹴りを放つ。ベディーがそれを腕で受け止めた刹那、フォレストが再び戦斧を振り下ろそうとした。
「理解したところで、分かり合えるわけがない!」
「ぐはっ!」
「フォレスト! ベディー! ――っ!」
その瞬間、ヴォイドは吠えるように叫び、獣化を遂げた。それに驚いた一瞬を突かれ、二人は同時に殴り飛ばされてしまう。彼らへ目を向けたティルキスも、バージェスに剣を弾かれると同時に反撃を受け、その場から僅かに後退させられた。
幸い、誰もたいしたダメージは負っていない。すぐさま体勢を整え直そうとした、その時だ。
「おわっ!?」
一瞬にしてヴォイドが距離を詰め、ティルキスの顔を狙って拳を突き出してきた。驚きながらも咄嗟に剣を盾にして攻撃を防いた。直後、今度はバージェスがフォレストへと狙いを定め、攻撃を仕掛けてきた。
「二人とも!」
「ルキウス、下がれ!」
その様は、狂気に駆られたように異常さに満ちていた。ベディーの背に庇われながら、ルキウスは彼らの突然の変化に目を剥く。それまで相手にしていた人物にはまったく目を向けず、全身から溢れ出る殺気に委ねるが如く襲いかかるバージェスとヴォイド。瞳の色は、さらに禍々しく濃い赤に染まっていた。
「……まさか、呑まれたのか? スポットに」
「なんだと!?」
そこから導き出された可能性に、ルキウスははっとする。思わずこぼした言葉に、ベディーは彼を見た。
だが、言われてみればとても納得のいく答えだ。自分たちにはわからないが、“門”から溢れる気が、彼らに影響を与えているのだろう。こちらの世界が向こうの世界の理に蝕まれれば蝕まれるほど、スポットたちは環境の違いによって抑制されていた本来の力を取り戻していく。
(兄さんたちが危険だ!)
決して信用していないわけではない。だが、宮で待ち構えている相手は、向こうの総大将なのだ。時間が経てば経つほど、不利な状況に持ち込まれるのは目に見えていた。
「ベディー、二人を彼らから引き離してくれ!」
――一瞬で片をつける。
もはやここにいることすらもどかしい。ルキウスは詠唱のため、杖を掲げた。それを見たベディーは、すぐさま戦いの中へ身を投じた。
「二人とも、離れろ!」
叫び、ティルキスへ飛びかかろうとしていたヴォイドの腹めがけ突進する。ベディーはそのまま、彼の頭を狙って回し蹴りを放った。突然のことに反応が遅れたのか、ヴォイドは攻撃を防ぐこともなく、そのまま吹き飛んでいった。その間に、ティルキスはフォレストの助けへと向かい、バージェスの剣を受け止めていた。
「ビショップスリング!」
「双旋連斧!」
そして同時にバージェスへと攻撃すれば、さすがに二人分は受け止めきれなかったのだろう、彼はうめき声と共に後方へ弾くように飛ばされた。
「地より這い出し虚無の使者よ! 天を駆けし雷王の獅子よ! 我が手に宿り、破壊の牙と化せ!」
直後、ルキウスの詠唱が耳に届いた。
大地から収束させた闇の力、そして天から落ちる雷がうずまき合い、杖を持った彼の腕ごと、徐々に巨大な牙へと有様を変えていく。
それを見た三人は、一斉にその場から散った。ルキウスとバージェス、ヴォイドの間に立ち塞がる者は誰もいない。だが、彼は転移のプリセプツも同時に発動させていたに違いない。直後、ルキウスの姿はそこから消え、彼らの頭上へと移っていた。
「ゼロ・ボルティックファング!!」
まるで、獣が獲物を仕留める光景だった。
振り下ろされた牙に貫かれ、襲い来る重圧と電撃に、彼らは為すすべもなく声を上げりしかなかった。衝撃で足元は抉れ、突風がフォレストたちをも襲う。思わず顔を背けそうになりそうな中で目を凝らした時、彼らは思いがけないものを目にした。
「ルキウス、その姿……!」
いつも柔らかく流れていた黒髪は逆立ち、八重歯は牙のように鋭さを増していた。それだけではない。彼の首や腕、服の下から、獣の体毛がのぞいたのだ。それは同じ血の流れるカイウスは平然と為してきながら、彼には一度も現れなかった力――獣人化の兆しだった。
だがそれは一瞬のことで、彼が地に舞い降りた時には、すでに変化は解けていた。
「……ボクの中には教皇様と、レイモーン王家のメリッサさんの血が流れている。――ヒトとレイモーンの民は共に生きていける! そういう世界を作ってみせる! ボク自身が、その証明だ」
ルキウスは技の反動なのか荒い息をして、伏し倒れた二人を見下ろした。そして彼らに向かって口にした言葉は、過去の犠牲に対する誓いのようであった。
ティルキスら三人は、ゆっくり少年のもとへと歩み寄っていった。
「……認めないぞ」
その時、バージェスが絞り出すように拒絶を紡いだ。彼は眉をよせるルキウスへと、緩慢な動作で視線を向けた。
「貴様も、こちらに来るまでに絶望を知るだろうよ。その時を楽しみに待っていてやる……」
くくく、と嘲笑う身体からは、アルバートの時と同じように黒いモヤが溢れ出ていた。すでに物言わなくなっていたヴォイドも同様に、今、終焉を迎えていた。
やがてモヤが消えると、四人は屍へと還った二人を、しばしの間見つめていた。そこから最初に動いたのは、フォレストだった。
「ようやく認められたか、己自身を」
彼はルキウスの肩に手を置き、話しかけた。だが、ルキウスはゆるゆると首を振り、自身の手を見つめた。
「正直、まだ怖い。それでも――」
――ヒトとレイモーンの民、両者が共に生きていける世界の可能性。自分を愛してくれる人々。それだけは、信じることができるから。
自身にとってただ一つの真実は胸の中におさめ、ルキウスはぎゅっと手を握り締めると、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「それでも、いつまでも兄さんに遅れを取っているわけにもいかないしね」
そう言った後、彼は表情を一変させ、宮を睨みつけた。
「それより、嫌な予感がする。急ごう!」
その視線につられるように、三人も宮へ視線を向けた。当然彼に反対する者などおらず、彼らは急ぎ宮へと向かっていった。