第18章 そして影は消え…… X
「マだ形ガ残ッてイタか」
術の余波で小さな炎がまだくすぶっているものの、衝撃による黒煙は大方消えた。目を凝らせば、術の影響で発生したクレーターを中心に六人が倒れていた。耳をすませば、まだかすかにうめき声が聞こえてくる。
ジオートは感心したように、それでいて鬱蒼しそうに赤目を細めると、どすどすと音を立ててロインたちへと近づいていった。
生きているとはいえ、床に倒れた彼らは満身創痍だった。辛うじて意識を保っている状態とも言え、起き上がる力はもはや残されていなかった。先にアーレスのプリセプツを受けていたアーリアに至っては、ピクリとも動いていない。
状況のまずさと、にたりと下卑た笑みで見下ろしてくるジオートに、彼らの視界が悔しさに滲んでいく。その光景を見下ろすアーレスは、満足気な微笑みを浮かべ、ゆるやかに玉座へ鎮座した。
「ジオート。あとは好きにしてよいぞ」
そして、無慈悲な宣告が下った。
瞬間、彼らの顔がぎくりとこわばった。これまでと比にならないほど、嫌な汗が伝う。迫る危機は、まず一番近くにいたティマに狙いを定めた。
やめろと叫びたい。
身を呈してでも庇わなければ。
そう思うのに、何もできない。声はかすかに溢れる息に紛れ、力を入れても鉛のように重い身体は応えない。銃撃も、魔法も、術者が動けなければ意味を持たないのだ。
「ぐっ……ティ、マ……!」
その手を伸ばすロイン。翡翠の瞳は、まだ彼女を救うことを諦めていない。
だが、当然届くことのないその先で、ついに、ジオートの腕が振り下ろされた。
思わず息を飲み、ティマは衝撃にそなえて固く目を閉じた。
だが、いつになっても与えられるはずの衝撃が一向にない。おそるおそる広げたティマの視界は、次の瞬間、ジオートの腕を受け止める頼もしい背中を捉えた。
「ティルキス! フォレストさん!」
「ベディー! ルキウス!」
苦しさで掠れる声に、精一杯の安堵と歓喜をのせる。ジオートの腕を受け止めたティルキスとフォレストは、同時にそれを跳ね返すと、一気に攻撃を仕掛けた。
「ベディー、アーリアを優先して処置しろ!」
「ああ!」
寸前、ティルキスは振り返ることなくベディーへと指示を出していった。彼は彼女の容態を素早く確認すると、気功による治癒を開始した。
その隙に、ルキウスは傷ついた仲間達へ駆けつけ、彼らを一ヶ所に退避させていった。
「みんな、待ってて! 今回復するから!」
「ははっ。おいしいとこ、持って行きやがって!」
「ヒーローは遅れてやってくる、だろ?」
「それにしても、遅刻しすぎよ」
頼もしい仲間たちの到着に、いくらか緊張の糸が緩んだのだろう。満足に動かない状態にも関わらず、ラミーとルビアは軽口を叩いた。その様子にルキウスは一度微笑を浮かべた後、杖に宿していた何かのプリセプツを発動させた。
すると、ロインたち六人は淡い光に包まれた。一瞬にしてその光が収まると、彼らはふと怪我によるものとは別に、息苦しさから解放されたように感じた。
「これで条件は一緒だ」
ルキウスはそう、アーレスへと挑むように視線を向けた。その意味を理解したのだろう。アーレスは不愉快そうに口元を歪め、「おのれ……」と小さく吐き捨て、腰を浮かした。
「僕が行く!」
彼女の一挙一動に警戒を強める中、前線へ飛び出していったのはベディーだった。
アーリアの治癒をしていたはずの彼の行動に、ロインたちは思わず目を見開く。だがその時、隣で誰かがゆっくりと起き上がる気配があった。
「ドケエっ!」
「誰が聞くかよっ!」
ジオートは目先のティルキスとフォレストを始末しようと、鞭のように太い腕を自在に振り回す。彼らはそれを受け止め、かわし続けることに集中し、隙をついては反撃を食らわせることを繰り返した。
一方、アーレスは動けないロインらに狙いを定め、止めを刺さんとばかりに腕を伸ばす。そんな彼女の前に、そうはさせまいとベディーが飛びかかった。しかし彼の拳が届く寸前、彼女は得意のテレポートで瞬時に逃れてしまった。
だが、彼はそれを見越していた。途端に獣化を遂げると、崖をも飛び越える強靭な脚力で、再び一気にその距離を縮めにかかった。それはアーレスが術の焦点を定め直すよりも速く、だがまたしても寸でのところでテレポートで回避されてしまう。それでも、一度ならず二度、三度と同じことを繰り返されれば、次第にアーレスは思うように術を放てない煩わしさに苛立ちを見せた。
「ええい、邪魔するでない!」
やがて耐え切れずに攻撃対象をベディーへと切り替え、中級レベルの雷のプリセプツをお見舞いさせた。彼女に向かって飛びかかっていたベディーは、空中でかわすことなどできずに直撃を受けてしまい、そのまま雷に叩きつけられるように落下していってしまった。
だが、ベディーの顔にあったのは、勝ち誇ったような笑みだった。
「再誕の御光が彼の者に降り注がんことを! 追憶の血涙を対価に願い奉るは……エンジェルハイロゥ!」
その時、プリセプツの発動を知らせる声が響き、宮のある一点に柔らかな光が降り注いだ。聖なる光の加護と福音に包まれ、その場にいたロイン達の傷はみるみるうちに塞がっていく。ようやく身体の自由を取り戻した彼らは、術者であるアーリアに礼を述べて次々と立ち上がっていった。
ベディーはすでに、アーリアが術を発動できるだけの最低限の回復を終えていたのだ。そして詠唱の間、ジオートを引き付ける役目はティルキスとフォレストが、動けない仲間たちの守備はルキウスが担い、自分は厄介なテレポートに対抗するために、ラミーの次に誇る俊敏さを武器にアーレスに挑んだのだ。
あと一瞬アーレスが術を放つのが早ければ、アーリアの治癒術も間に合わなかったかもしれない。リスクは十分に高かった。だが、彼らはその賭けに勝ったのだ。それだけで、まだ運はこちらに味方していると自負できる。
彼らが目に見えるダメージだけではなく、士気までも回復させていくことに気づいたアーレスとジオートの表情は、さらに不愉快に染まっていった。
アレウーラの総力をぶつけても、もはや限界だった。こちらの兵は疲弊し、劣勢に追い込まれているのが目に見えてわかってしまう。それだというのに、相手は次々と湧き出てはなだれ込み、絶えることなく大陸を飲み込まんとしているではないか。苦しい状況は、ますます苦しくなる一方だった。
諦観など抱くつもりは毛頭ない。それでも、パルナミスは思わず山頂を見上げ、まだかと問いかけずにはいられなかった。
その時だった。
突然、戦場に大量の光の槍が降り注いだ。パルナミスは新手による奇襲かと肝を冷やした。だが、術は影なるものだけを対象としていることにすぐに気づく。
「これは――」
「ここの指揮官はあなたですか?」
驚いている彼の耳に、凛とした声が届いた。振り返れば、一組の男女がこちらに歩み寄ってくるところだった。その後ろには二色に彩られた何千という兵士が隊列を成し、いつ指示が下りてもいいよう臨戦態勢で待機している。
突然のことに思わず目を丸くするパルナミスに、先ほど声をかけてきた優男風の青年が再び口を開いた。
「私は、マウディーラ国防衛軍団長、スフォルツ・ナズノットと申します。こちらは――」
「マウディーラ国内統率軍団長代理、フレア・ヴァンジーノです。マウディーラ国王の命により、加勢に参りました」
その頼もしい言葉を理解すると、パルナミスは即座に気を持ち直した。そして彼は二人に短く返答すると、新たに指示を繰り出した。
術の余波で小さな炎がまだくすぶっているものの、衝撃による黒煙は大方消えた。目を凝らせば、術の影響で発生したクレーターを中心に六人が倒れていた。耳をすませば、まだかすかにうめき声が聞こえてくる。
ジオートは感心したように、それでいて鬱蒼しそうに赤目を細めると、どすどすと音を立ててロインたちへと近づいていった。
生きているとはいえ、床に倒れた彼らは満身創痍だった。辛うじて意識を保っている状態とも言え、起き上がる力はもはや残されていなかった。先にアーレスのプリセプツを受けていたアーリアに至っては、ピクリとも動いていない。
状況のまずさと、にたりと下卑た笑みで見下ろしてくるジオートに、彼らの視界が悔しさに滲んでいく。その光景を見下ろすアーレスは、満足気な微笑みを浮かべ、ゆるやかに玉座へ鎮座した。
「ジオート。あとは好きにしてよいぞ」
そして、無慈悲な宣告が下った。
瞬間、彼らの顔がぎくりとこわばった。これまでと比にならないほど、嫌な汗が伝う。迫る危機は、まず一番近くにいたティマに狙いを定めた。
やめろと叫びたい。
身を呈してでも庇わなければ。
そう思うのに、何もできない。声はかすかに溢れる息に紛れ、力を入れても鉛のように重い身体は応えない。銃撃も、魔法も、術者が動けなければ意味を持たないのだ。
「ぐっ……ティ、マ……!」
その手を伸ばすロイン。翡翠の瞳は、まだ彼女を救うことを諦めていない。
だが、当然届くことのないその先で、ついに、ジオートの腕が振り下ろされた。
思わず息を飲み、ティマは衝撃にそなえて固く目を閉じた。
だが、いつになっても与えられるはずの衝撃が一向にない。おそるおそる広げたティマの視界は、次の瞬間、ジオートの腕を受け止める頼もしい背中を捉えた。
「ティルキス! フォレストさん!」
「ベディー! ルキウス!」
苦しさで掠れる声に、精一杯の安堵と歓喜をのせる。ジオートの腕を受け止めたティルキスとフォレストは、同時にそれを跳ね返すと、一気に攻撃を仕掛けた。
「ベディー、アーリアを優先して処置しろ!」
「ああ!」
寸前、ティルキスは振り返ることなくベディーへと指示を出していった。彼は彼女の容態を素早く確認すると、気功による治癒を開始した。
その隙に、ルキウスは傷ついた仲間達へ駆けつけ、彼らを一ヶ所に退避させていった。
「みんな、待ってて! 今回復するから!」
「ははっ。おいしいとこ、持って行きやがって!」
「ヒーローは遅れてやってくる、だろ?」
「それにしても、遅刻しすぎよ」
頼もしい仲間たちの到着に、いくらか緊張の糸が緩んだのだろう。満足に動かない状態にも関わらず、ラミーとルビアは軽口を叩いた。その様子にルキウスは一度微笑を浮かべた後、杖に宿していた何かのプリセプツを発動させた。
すると、ロインたち六人は淡い光に包まれた。一瞬にしてその光が収まると、彼らはふと怪我によるものとは別に、息苦しさから解放されたように感じた。
「これで条件は一緒だ」
ルキウスはそう、アーレスへと挑むように視線を向けた。その意味を理解したのだろう。アーレスは不愉快そうに口元を歪め、「おのれ……」と小さく吐き捨て、腰を浮かした。
「僕が行く!」
彼女の一挙一動に警戒を強める中、前線へ飛び出していったのはベディーだった。
アーリアの治癒をしていたはずの彼の行動に、ロインたちは思わず目を見開く。だがその時、隣で誰かがゆっくりと起き上がる気配があった。
「ドケエっ!」
「誰が聞くかよっ!」
ジオートは目先のティルキスとフォレストを始末しようと、鞭のように太い腕を自在に振り回す。彼らはそれを受け止め、かわし続けることに集中し、隙をついては反撃を食らわせることを繰り返した。
一方、アーレスは動けないロインらに狙いを定め、止めを刺さんとばかりに腕を伸ばす。そんな彼女の前に、そうはさせまいとベディーが飛びかかった。しかし彼の拳が届く寸前、彼女は得意のテレポートで瞬時に逃れてしまった。
だが、彼はそれを見越していた。途端に獣化を遂げると、崖をも飛び越える強靭な脚力で、再び一気にその距離を縮めにかかった。それはアーレスが術の焦点を定め直すよりも速く、だがまたしても寸でのところでテレポートで回避されてしまう。それでも、一度ならず二度、三度と同じことを繰り返されれば、次第にアーレスは思うように術を放てない煩わしさに苛立ちを見せた。
「ええい、邪魔するでない!」
やがて耐え切れずに攻撃対象をベディーへと切り替え、中級レベルの雷のプリセプツをお見舞いさせた。彼女に向かって飛びかかっていたベディーは、空中でかわすことなどできずに直撃を受けてしまい、そのまま雷に叩きつけられるように落下していってしまった。
だが、ベディーの顔にあったのは、勝ち誇ったような笑みだった。
「再誕の御光が彼の者に降り注がんことを! 追憶の血涙を対価に願い奉るは……エンジェルハイロゥ!」
その時、プリセプツの発動を知らせる声が響き、宮のある一点に柔らかな光が降り注いだ。聖なる光の加護と福音に包まれ、その場にいたロイン達の傷はみるみるうちに塞がっていく。ようやく身体の自由を取り戻した彼らは、術者であるアーリアに礼を述べて次々と立ち上がっていった。
ベディーはすでに、アーリアが術を発動できるだけの最低限の回復を終えていたのだ。そして詠唱の間、ジオートを引き付ける役目はティルキスとフォレストが、動けない仲間たちの守備はルキウスが担い、自分は厄介なテレポートに対抗するために、ラミーの次に誇る俊敏さを武器にアーレスに挑んだのだ。
あと一瞬アーレスが術を放つのが早ければ、アーリアの治癒術も間に合わなかったかもしれない。リスクは十分に高かった。だが、彼らはその賭けに勝ったのだ。それだけで、まだ運はこちらに味方していると自負できる。
彼らが目に見えるダメージだけではなく、士気までも回復させていくことに気づいたアーレスとジオートの表情は、さらに不愉快に染まっていった。
アレウーラの総力をぶつけても、もはや限界だった。こちらの兵は疲弊し、劣勢に追い込まれているのが目に見えてわかってしまう。それだというのに、相手は次々と湧き出てはなだれ込み、絶えることなく大陸を飲み込まんとしているではないか。苦しい状況は、ますます苦しくなる一方だった。
諦観など抱くつもりは毛頭ない。それでも、パルナミスは思わず山頂を見上げ、まだかと問いかけずにはいられなかった。
その時だった。
突然、戦場に大量の光の槍が降り注いだ。パルナミスは新手による奇襲かと肝を冷やした。だが、術は影なるものだけを対象としていることにすぐに気づく。
「これは――」
「ここの指揮官はあなたですか?」
驚いている彼の耳に、凛とした声が届いた。振り返れば、一組の男女がこちらに歩み寄ってくるところだった。その後ろには二色に彩られた何千という兵士が隊列を成し、いつ指示が下りてもいいよう臨戦態勢で待機している。
突然のことに思わず目を丸くするパルナミスに、先ほど声をかけてきた優男風の青年が再び口を開いた。
「私は、マウディーラ国防衛軍団長、スフォルツ・ナズノットと申します。こちらは――」
「マウディーラ国内統率軍団長代理、フレア・ヴァンジーノです。マウディーラ国王の命により、加勢に参りました」
その頼もしい言葉を理解すると、パルナミスは即座に気を持ち直した。そして彼は二人に短く返答すると、新たに指示を繰り出した。