第18章 そして影は消え…… Y
自分の望む光景が手に入り、優越に浸っていたのだろう。その状況を瞬時に覆されてしまっては、まるで面白くない。むしろ腹立たしく思ったに違いない。
憎々しげに一行を睨みつけ、アーレスは再び腕を掲げた。
「いでよ! プリズムソード!」
彼女を取り囲むように、召喚された七本の虹色の剣。一斉にロインら目掛け落ちてくるそれらを、彼らはばらばらの方角へ飛び散り回避する。
が、攻撃はそれだけはない。ラミーとカイウスが転がった先にはジオートが待ち構えており、二人は振り下ろされる腕を、寸でのところで跳んでかわした。
「ピコピコハンマー!」
「魔神剣・双牙!」
そしてステップを利用しながら体勢を整えると、二人は反撃に出た。さらにロイン、ティルキス、フォレストが追い撃ちをかければ、さすがにジオートもあしらいきれなかったようだ。頭上から降ってくるハンマーを叩き落とすも、二撃ある衝撃波のうち、一方をその身に受けてしまう。それに怯んだ隙をロインの剣が捉えたことで、ここにきて、ようやく彼らはまともな一撃を与えることに成功したのだ。
しかし、ジオートはすぐに反撃に出た。長い腕を振り回しロインを殴り飛ばすと、後続の二人も寄せ付けまいと暴れさせる。まるで抵抗するような攻撃に彼らが無理せずに引き下がった、その時だ。
「黒曜の輝き、散らせ! デモンズランス!」
再びアーレスのプリセプツが発動し、黒い槍が全体に降り注いだ。それぞれ直撃は避けていくものの、彼女はその間に次の詠唱を始めていく。気づいたベディーは、詠唱を阻止すべく再び彼女に飛びかかっていった。
だが、同じ手はそうやすやすと通用しない。アーレスは彼の狙いに気づいてか、苛立ちを隠すことなく、真っ先に彼目掛けプリセプツを放った。
「ぐわぁっ!」
「ベディーさん!」
空中で回避することはできず、直撃を受けたベディーはそのまま床に落下してしまった。ティマは急ぎ駆け寄ると、拍子に獣化が解けてしまった彼へと治癒術をかけ始める。仲間たちも二人のもとへ集い、彼らを庇うように陣形をとった。その視線はアーレスとぶつかり合い、頭は必死に現状を打破するための策を求めて回転していた。
最も必要なのは、アーレスの動きを封じる決定的手段だ。
ジオートも強力な術者であるにも関わらず、これまでの戦闘で彼が物理的な攻撃に重点をおくのは、本来のその姿に馴染むからなのか。いずれにしろ、このままであればジオートは力押しでなんとかなりそうだ。しかし、厄介なテレポート能力を持つアーレスが後ろにいる以上、このままではそれすらもうまくいきそうにない。
誰もがその考えにたどり着きながら、その答えを持ち合わせていなかった。
ところが、ティマだけは違った。彼女は自身の中で確かな結論を出すよりも早く、口に出していた。
「みんな、時間をちょうだい」
「ティマ、まさか……」
その意味を真っ先に理解したのは、ロインだった。その声音には、彼女がこれから為そうとしていることへの確信と戸惑いが入り混じっている。
だが、ティマに躊躇は一切なかった。
さっきまでは、この空間の理自体が彼らにとって全力を出すことを阻む不利なものだった。アーレスの強力な術を押さえ込む決定的な手段もなく、ジオートの攻撃すら防ぐので手一杯だった。
だが、今は違う。理は正常を取り戻し、仲間の援護も十分に受けられる状態だ。一番の決定打は、アーレスが多少とはいえ冷静さを欠いていること。
今ならやれる――いや、今しかないのだ。
「大丈夫。だから、信じて!」
ベディーの治癒を終えると、ティマはロインの答えを聞くことなく、次の詠唱に向けて杖を構えた。紡いだ言葉に込められたのは、懇願ではなく確固たる意志と信頼。それを聞いた瞬間、ロインから最後の戸惑いが消えた。
「ルビア! アーリア!」
「ええ!」
「了解!」
最初に合図を送ったのは、彼女と同じく切り札を持つ二人だった。詠唱のため集中を始めたティマの隣に並び、彼女たちも同様に杖を構えた。
「ルキウス! フォレスト! ティルキス!」
「わかった!」
「うむ!」
「ああ!」
呼ばれた三人はロインに応えると、ジオート、そしてアーレスから彼女たちを庇うように陣取った。同時に、ルキウスもなにやらプリセプツを唱え始める。
「ベディー! ラミー!」
「任せろ! ラミー!」
「おう!」
二人は互いに視線を送ると、床を蹴りアーレスへと飛びかかっていった。アーレスはまたかとうんざりしながら、火の粉を払うように彼らの攻撃をかわしていく。
だが、それでいいと言うように、ロインはかまうことなく剣を握り直した。翡翠が捉える先にはジオート。そして彼の隣に並ぶのは、カイウスだ。
「行くぞ、カイウス!」
「遅れるなよ、ロイン!」
少年たちは互いを見ることはなく、同時にジオートへ斬りかかった。息の合った攻撃に、少しばかり押されるジオート。アーレスもベディーの拳や蹴り、そしてラミーの銃撃を難なくかわしながらも、隙のない連携にプリセプツの構築を妨害されていた。
しかし、ロインが敷いた布陣は、敵を仕留めるため、攻めるためのものではない。何かから遠ざけ、時間を稼ぐためのものだ。アーレスらがそれに気づくのに、時間はかからなかった。そして同時に、彼らが自分達から最も遠ざけたがっているものへと注目した。
ティマだ。
なにやら難しい表情でプリセプツを唱えている彼女の周囲、大気の流れが激しく渦巻き出していることに気づく。すると、ジオートは少年たちを振り払うように、乱暴に腕を振るった。
「ぐあっ!」
腹部を強打され、玉座へ続く階段へ叩きつけられたロインたち。上がった彼らの呻き声を耳にしても、ティマは表情ひとつ変えることなく詠唱を続ける。ジオートはそんな彼女を狙って腕を伸ばした。
それを見越していたのだろう。ティルキスとフォレストは前へ出て、盾となった。少年らよりもパワーのある二人は、それ以上ジオートを近づけさせず、押し返していく。そこに体勢を整え直したロインとカイウスも加わって、ジオートは返って四人を一斉に相手するはめになってしまった。
「来たれ、終焉を告げし氷姫!」
その間に、徐々にティマの詠唱は完成しつつあった。だが、今度はそこへ、ベディーとラミーを撒いたアーレスによってデモンズランスが放たれた。先ほどと違ってティマたちを集中して狙うプリセプツに、今度こそ邪魔できる者はいまいと彼女は確信した。
そして次の瞬間、ドォンと衝撃音が響き、巻き上がった砂埃で彼女たちの姿は見えなくなった。
だが、煙が晴れてみればどうだろう。そこには傷ついたルキウスの姿しかいなかった。
予想外の光景に、アーレスは目を見張った。だが、その視界の隅に旋風が映ると、彼女は何が起きたのかを瞬時に悟った。
ルキウスはあらかじめ、杖に転移の魔法を宿していたのだ。詠唱中は動けない彼女たちを、その場から逃がすために。
(けど、もう魔力が……!)
先の戦闘でだいぶ消耗してしまっていたのか、彼女たちを逃すだけでぎりぎりだったのだろう。ルキウスは負ったダメージに耐え切れず、膝をついた。
「統べ、砕き賜いて――」
だが、そのおかげで旋風の跡地から現れた少女たちは、なおも順調にプリセプツを構築している。そんな仲間たちの援護を目に焼きつけ、ティマはさらに魔力を込めた。
実力は、おそらくルビアよりも劣っている。『白晶の装具』の力を持ってしても、成功するとは限らない。それでもこの術を放てるのは、彼らがティマを信頼して任せてくれているとわかるから。その信頼が、その信頼に答えようとする想いが、ティマを支える。
それこそが、マリワナがこの術と共に教えてくれた「本当に必要な鍵」であり、切り札だった。
「――深淵に一縷の光をかざせ!」
そしてついに、ティマは最後の節を唱え終えた。
憎々しげに一行を睨みつけ、アーレスは再び腕を掲げた。
「いでよ! プリズムソード!」
彼女を取り囲むように、召喚された七本の虹色の剣。一斉にロインら目掛け落ちてくるそれらを、彼らはばらばらの方角へ飛び散り回避する。
が、攻撃はそれだけはない。ラミーとカイウスが転がった先にはジオートが待ち構えており、二人は振り下ろされる腕を、寸でのところで跳んでかわした。
「ピコピコハンマー!」
「魔神剣・双牙!」
そしてステップを利用しながら体勢を整えると、二人は反撃に出た。さらにロイン、ティルキス、フォレストが追い撃ちをかければ、さすがにジオートもあしらいきれなかったようだ。頭上から降ってくるハンマーを叩き落とすも、二撃ある衝撃波のうち、一方をその身に受けてしまう。それに怯んだ隙をロインの剣が捉えたことで、ここにきて、ようやく彼らはまともな一撃を与えることに成功したのだ。
しかし、ジオートはすぐに反撃に出た。長い腕を振り回しロインを殴り飛ばすと、後続の二人も寄せ付けまいと暴れさせる。まるで抵抗するような攻撃に彼らが無理せずに引き下がった、その時だ。
「黒曜の輝き、散らせ! デモンズランス!」
再びアーレスのプリセプツが発動し、黒い槍が全体に降り注いだ。それぞれ直撃は避けていくものの、彼女はその間に次の詠唱を始めていく。気づいたベディーは、詠唱を阻止すべく再び彼女に飛びかかっていった。
だが、同じ手はそうやすやすと通用しない。アーレスは彼の狙いに気づいてか、苛立ちを隠すことなく、真っ先に彼目掛けプリセプツを放った。
「ぐわぁっ!」
「ベディーさん!」
空中で回避することはできず、直撃を受けたベディーはそのまま床に落下してしまった。ティマは急ぎ駆け寄ると、拍子に獣化が解けてしまった彼へと治癒術をかけ始める。仲間たちも二人のもとへ集い、彼らを庇うように陣形をとった。その視線はアーレスとぶつかり合い、頭は必死に現状を打破するための策を求めて回転していた。
最も必要なのは、アーレスの動きを封じる決定的手段だ。
ジオートも強力な術者であるにも関わらず、これまでの戦闘で彼が物理的な攻撃に重点をおくのは、本来のその姿に馴染むからなのか。いずれにしろ、このままであればジオートは力押しでなんとかなりそうだ。しかし、厄介なテレポート能力を持つアーレスが後ろにいる以上、このままではそれすらもうまくいきそうにない。
誰もがその考えにたどり着きながら、その答えを持ち合わせていなかった。
ところが、ティマだけは違った。彼女は自身の中で確かな結論を出すよりも早く、口に出していた。
「みんな、時間をちょうだい」
「ティマ、まさか……」
その意味を真っ先に理解したのは、ロインだった。その声音には、彼女がこれから為そうとしていることへの確信と戸惑いが入り混じっている。
だが、ティマに躊躇は一切なかった。
さっきまでは、この空間の理自体が彼らにとって全力を出すことを阻む不利なものだった。アーレスの強力な術を押さえ込む決定的な手段もなく、ジオートの攻撃すら防ぐので手一杯だった。
だが、今は違う。理は正常を取り戻し、仲間の援護も十分に受けられる状態だ。一番の決定打は、アーレスが多少とはいえ冷静さを欠いていること。
今ならやれる――いや、今しかないのだ。
「大丈夫。だから、信じて!」
ベディーの治癒を終えると、ティマはロインの答えを聞くことなく、次の詠唱に向けて杖を構えた。紡いだ言葉に込められたのは、懇願ではなく確固たる意志と信頼。それを聞いた瞬間、ロインから最後の戸惑いが消えた。
「ルビア! アーリア!」
「ええ!」
「了解!」
最初に合図を送ったのは、彼女と同じく切り札を持つ二人だった。詠唱のため集中を始めたティマの隣に並び、彼女たちも同様に杖を構えた。
「ルキウス! フォレスト! ティルキス!」
「わかった!」
「うむ!」
「ああ!」
呼ばれた三人はロインに応えると、ジオート、そしてアーレスから彼女たちを庇うように陣取った。同時に、ルキウスもなにやらプリセプツを唱え始める。
「ベディー! ラミー!」
「任せろ! ラミー!」
「おう!」
二人は互いに視線を送ると、床を蹴りアーレスへと飛びかかっていった。アーレスはまたかとうんざりしながら、火の粉を払うように彼らの攻撃をかわしていく。
だが、それでいいと言うように、ロインはかまうことなく剣を握り直した。翡翠が捉える先にはジオート。そして彼の隣に並ぶのは、カイウスだ。
「行くぞ、カイウス!」
「遅れるなよ、ロイン!」
少年たちは互いを見ることはなく、同時にジオートへ斬りかかった。息の合った攻撃に、少しばかり押されるジオート。アーレスもベディーの拳や蹴り、そしてラミーの銃撃を難なくかわしながらも、隙のない連携にプリセプツの構築を妨害されていた。
しかし、ロインが敷いた布陣は、敵を仕留めるため、攻めるためのものではない。何かから遠ざけ、時間を稼ぐためのものだ。アーレスらがそれに気づくのに、時間はかからなかった。そして同時に、彼らが自分達から最も遠ざけたがっているものへと注目した。
ティマだ。
なにやら難しい表情でプリセプツを唱えている彼女の周囲、大気の流れが激しく渦巻き出していることに気づく。すると、ジオートは少年たちを振り払うように、乱暴に腕を振るった。
「ぐあっ!」
腹部を強打され、玉座へ続く階段へ叩きつけられたロインたち。上がった彼らの呻き声を耳にしても、ティマは表情ひとつ変えることなく詠唱を続ける。ジオートはそんな彼女を狙って腕を伸ばした。
それを見越していたのだろう。ティルキスとフォレストは前へ出て、盾となった。少年らよりもパワーのある二人は、それ以上ジオートを近づけさせず、押し返していく。そこに体勢を整え直したロインとカイウスも加わって、ジオートは返って四人を一斉に相手するはめになってしまった。
「来たれ、終焉を告げし氷姫!」
その間に、徐々にティマの詠唱は完成しつつあった。だが、今度はそこへ、ベディーとラミーを撒いたアーレスによってデモンズランスが放たれた。先ほどと違ってティマたちを集中して狙うプリセプツに、今度こそ邪魔できる者はいまいと彼女は確信した。
そして次の瞬間、ドォンと衝撃音が響き、巻き上がった砂埃で彼女たちの姿は見えなくなった。
だが、煙が晴れてみればどうだろう。そこには傷ついたルキウスの姿しかいなかった。
予想外の光景に、アーレスは目を見張った。だが、その視界の隅に旋風が映ると、彼女は何が起きたのかを瞬時に悟った。
ルキウスはあらかじめ、杖に転移の魔法を宿していたのだ。詠唱中は動けない彼女たちを、その場から逃がすために。
(けど、もう魔力が……!)
先の戦闘でだいぶ消耗してしまっていたのか、彼女たちを逃すだけでぎりぎりだったのだろう。ルキウスは負ったダメージに耐え切れず、膝をついた。
「統べ、砕き賜いて――」
だが、そのおかげで旋風の跡地から現れた少女たちは、なおも順調にプリセプツを構築している。そんな仲間たちの援護を目に焼きつけ、ティマはさらに魔力を込めた。
実力は、おそらくルビアよりも劣っている。『白晶の装具』の力を持ってしても、成功するとは限らない。それでもこの術を放てるのは、彼らがティマを信頼して任せてくれているとわかるから。その信頼が、その信頼に答えようとする想いが、ティマを支える。
それこそが、マリワナがこの術と共に教えてくれた「本当に必要な鍵」であり、切り札だった。
「――深淵に一縷の光をかざせ!」
そしてついに、ティマは最後の節を唱え終えた。