外伝6 いつか紡ぐ明日へ U
必死に叫ぶ声は、虚しく響いて消えていった。ぐわっと開かれた真っ赤な口が迫って、オレは恐怖で目を閉じることもできないで、ただ悲鳴を上げていた。
「うおおおおおおっ!」
その時だった。
ズバッと何かを鋭く裂いた音と同時に、突然浮遊感に襲われた。
「うわあ!?」
驚いて、思わず悲鳴が出た。けど、次にオレの身体を受け止めた柔らかい衝撃で、短く止まった。何が起きたかわからないまま、思わずつぶってしまった目を、おそるおそる開ける。
最初に見えたのはガルザの横顔だった。
そこで気がついた。オレはガルザに片腕で抱えられていて、オレを捕まえていた黒くて不気味な触手は斬り落とされて地面に転がっていた。魔物は攻撃に驚いたのか、斬られた部位が痛いのか暴れていて、耳を劈く鳴き声と大きな水音で辺りはいっぱいだ。
「大丈夫か?」
「あっ……ああ……」
徐々に状況を理解していくオレの頭上から、ガルザの心配する声が降ってきた。
――さっきからずっと「助けて」って言ってたのに、一体どこにいたんだよ!
聞きたいこと、言いたいことはいっぱいあったはずなのに、何か言おうと口を開いても言葉にならなくて、震えた声だけが漏れ出ていった。「あれ?」っと思った時には、ついさっきまで全身が強ばっていたのが嘘みたいに、力が抜けてしまったみたいに感覚がなくて、頭もまた真っ白になっていた。ガルザの支えがなかったら、きっとその場に崩れてる。
そんなオレの様子に、ガルザは何を思ったんだろう。オレを少し離れた場所に下ろすと、まるで安心させるように頭に手をのせてきた。
「……待ってろ。すぐに終わる」
そしてそれだけを言うと、オレに背を向けて一気に走り出した。
さっきの攻撃に怒ったのか、魔物は水から上がってきて、その全身が明らかになる。巨大で平たい、ごわごわとした胴体。そこから、短い足みたいなものと、長い腕みたいなものが何本か伸びていた。まだ斬り落とされていないそれをガルザに向けて素早く伸ばそうとしたのに気づいて、オレは咄嗟に声を上げた。
けれど、ガルザは構わずに魔物に正面から迫り、巨大な獅子戦吼を叩きつけた。さらに獅子の闘気に乗るようにして、敵の懐へ一気に飛び込んでいった。そこから先は、何が起きているのかがわからないくらいに速く、速く進んでいった。ガルザの姿は目で追えなくて、かわりに魔物を斬り裂きあっという間に増えていくた軌跡だけが、オレに何が起きているのかを伝えてくれる。そして次にオレがガルザの姿を捉えられた時、彼の剣が白い光に包まれていた。
「堕ちろ! 魔王閃衝陣!」
光はさらに輝きを増して、剣を一回り大きくする。ガルザはその剣で、巨大な魔物を浮かすほどの勢いで斬り上げた。そして巨体が落ちる前に剣を地面に突き刺した瞬間、ガルザを中心に外へと広がる、とてつもない威力の衝撃波が放たれた。魔物はまるで石ころみたいに吹き飛ばされて、大きな水飛沫を上げて数回水の上を転がっていった。そして最後は盛大に水柱をあげて、そのまま沈んでいった。
オレが見ていられたのは、そこまでだった。
「ロイン!」
ガルザの焦った声が聞こえた気がした。けれど、それを確かめるよりも、オレの気が遠くなっていくのが先だった。
がくがくと強く身体が揺さぶられる。痛いくらいのそれに、思わず眉を寄せた。
「…イン……ロイン!」
すると、今度は耳元で大声が聞こえてきた。うるさいくらいの、でもなぜか安心する声に、オレはゆっくりと目を開けてみた。
「ロイン!」
「……母さん?」
――何があったんだっけ?
オレはどうやら母さんに抱きかかえられているらしい。だけど、どうしてそんなことになっているのか、母さんがひどくほっとした表情でオレを見ているのか、まったくわからなかった。頭は混乱しているのか、まるで睡魔に襲われた時みたいにぼんやりとして動かない。身体が冷えているのか、オレの頭や頬を撫でる母さんの手が温かい。
「ガルザは?」
そんな状態で、無意識に尋ねていた気がする。オレの声に、母さんははっと表情を変えた。困った時の顔だった。
「ガルザ、どうかしたのか? まさか、怪我でもした?」
それに気づいて、一気に不安が押し寄せてきた。思わず母さんの腕をつかんで、ひたすらガルザの安否を問い質そうとした。
「……ロイン?」
けれど、母さんが答えるよりも早く、答えは目の前に現れた。
「ガルザ!」
ガルザの姿が視界に入った途端、オレは何も考えずに飛び出した。母さんが何か言いたそうにしていた気がするけれど、そんなことは後回しだ。
オレを見る赤い目はいつになく弱気で、そんなガルザを見たことなんかなくって。オレはやっぱりどこか怪我でもしたんじゃないかって、心配になる一方だった。身長差のせいでガルザのお腹に抱きつく格好になりながら、オレは顔を上げて矢継ぎ早に問い質した。
「ガルザ! どこ行ってたんだよ! ケガとかないよな? なあ、ガルザ!」
「……悪かった」
「――ガルザ?」
心配だった。
とにかくその思いでいっぱいなオレに返された言葉は、今この場で最もふさわしいようで、ふさわしくなかった。オレの心配に、ではない。何か別の事情に対して、だとわかった。けれど一体何を謝っているのかはわからなくて、首を傾げるしかなかった。
だけど、ガルザはオレにその意味を理解することなんて求めていなかったらしい。次にガルザは、オレの前に一輪の白い花を差し出した。思わずきょとんとした直後、それがなんなのかに気づいた。
「これ……もしかして、アスパルーフ?」
「ああ。やるよ、ロインに」
「本当!?」
嬉しそうに目を輝かせて、オレはガルザから花を受け取った。途端にそれまでの心配なんか一瞬で吹き飛んで、ただ目の前の花に喜んだ。
結局あの日に何があったのか、詳しいことはよくわからないままだった。
けれど、ただひとつ、確実に言えることがある。
あの日以来、ガルザとオレはにらめっこをしなくなった。そして、本当の兄弟のように笑い合うようになったんだ。その理由は、ガルザが手渡してくれたあのアスパルーフの花が教えてくれた。そしてそれこそが「彼の想い」であったんだと、後にオレは知ることになった。
六枚の白い花弁を持つ花。ひとつひとつの花は小さいが、一斉に咲き誇れば、赤く彩られる季節の中では一番目を引く存在だ。ゆえに由来した花言葉は――親愛と絆、何ものよりも想いを寄せる。
「うおおおおおおっ!」
その時だった。
ズバッと何かを鋭く裂いた音と同時に、突然浮遊感に襲われた。
「うわあ!?」
驚いて、思わず悲鳴が出た。けど、次にオレの身体を受け止めた柔らかい衝撃で、短く止まった。何が起きたかわからないまま、思わずつぶってしまった目を、おそるおそる開ける。
最初に見えたのはガルザの横顔だった。
そこで気がついた。オレはガルザに片腕で抱えられていて、オレを捕まえていた黒くて不気味な触手は斬り落とされて地面に転がっていた。魔物は攻撃に驚いたのか、斬られた部位が痛いのか暴れていて、耳を劈く鳴き声と大きな水音で辺りはいっぱいだ。
「大丈夫か?」
「あっ……ああ……」
徐々に状況を理解していくオレの頭上から、ガルザの心配する声が降ってきた。
――さっきからずっと「助けて」って言ってたのに、一体どこにいたんだよ!
聞きたいこと、言いたいことはいっぱいあったはずなのに、何か言おうと口を開いても言葉にならなくて、震えた声だけが漏れ出ていった。「あれ?」っと思った時には、ついさっきまで全身が強ばっていたのが嘘みたいに、力が抜けてしまったみたいに感覚がなくて、頭もまた真っ白になっていた。ガルザの支えがなかったら、きっとその場に崩れてる。
そんなオレの様子に、ガルザは何を思ったんだろう。オレを少し離れた場所に下ろすと、まるで安心させるように頭に手をのせてきた。
「……待ってろ。すぐに終わる」
そしてそれだけを言うと、オレに背を向けて一気に走り出した。
さっきの攻撃に怒ったのか、魔物は水から上がってきて、その全身が明らかになる。巨大で平たい、ごわごわとした胴体。そこから、短い足みたいなものと、長い腕みたいなものが何本か伸びていた。まだ斬り落とされていないそれをガルザに向けて素早く伸ばそうとしたのに気づいて、オレは咄嗟に声を上げた。
けれど、ガルザは構わずに魔物に正面から迫り、巨大な獅子戦吼を叩きつけた。さらに獅子の闘気に乗るようにして、敵の懐へ一気に飛び込んでいった。そこから先は、何が起きているのかがわからないくらいに速く、速く進んでいった。ガルザの姿は目で追えなくて、かわりに魔物を斬り裂きあっという間に増えていくた軌跡だけが、オレに何が起きているのかを伝えてくれる。そして次にオレがガルザの姿を捉えられた時、彼の剣が白い光に包まれていた。
「堕ちろ! 魔王閃衝陣!」
光はさらに輝きを増して、剣を一回り大きくする。ガルザはその剣で、巨大な魔物を浮かすほどの勢いで斬り上げた。そして巨体が落ちる前に剣を地面に突き刺した瞬間、ガルザを中心に外へと広がる、とてつもない威力の衝撃波が放たれた。魔物はまるで石ころみたいに吹き飛ばされて、大きな水飛沫を上げて数回水の上を転がっていった。そして最後は盛大に水柱をあげて、そのまま沈んでいった。
オレが見ていられたのは、そこまでだった。
「ロイン!」
ガルザの焦った声が聞こえた気がした。けれど、それを確かめるよりも、オレの気が遠くなっていくのが先だった。
がくがくと強く身体が揺さぶられる。痛いくらいのそれに、思わず眉を寄せた。
「…イン……ロイン!」
すると、今度は耳元で大声が聞こえてきた。うるさいくらいの、でもなぜか安心する声に、オレはゆっくりと目を開けてみた。
「ロイン!」
「……母さん?」
――何があったんだっけ?
オレはどうやら母さんに抱きかかえられているらしい。だけど、どうしてそんなことになっているのか、母さんがひどくほっとした表情でオレを見ているのか、まったくわからなかった。頭は混乱しているのか、まるで睡魔に襲われた時みたいにぼんやりとして動かない。身体が冷えているのか、オレの頭や頬を撫でる母さんの手が温かい。
「ガルザは?」
そんな状態で、無意識に尋ねていた気がする。オレの声に、母さんははっと表情を変えた。困った時の顔だった。
「ガルザ、どうかしたのか? まさか、怪我でもした?」
それに気づいて、一気に不安が押し寄せてきた。思わず母さんの腕をつかんで、ひたすらガルザの安否を問い質そうとした。
「……ロイン?」
けれど、母さんが答えるよりも早く、答えは目の前に現れた。
「ガルザ!」
ガルザの姿が視界に入った途端、オレは何も考えずに飛び出した。母さんが何か言いたそうにしていた気がするけれど、そんなことは後回しだ。
オレを見る赤い目はいつになく弱気で、そんなガルザを見たことなんかなくって。オレはやっぱりどこか怪我でもしたんじゃないかって、心配になる一方だった。身長差のせいでガルザのお腹に抱きつく格好になりながら、オレは顔を上げて矢継ぎ早に問い質した。
「ガルザ! どこ行ってたんだよ! ケガとかないよな? なあ、ガルザ!」
「……悪かった」
「――ガルザ?」
心配だった。
とにかくその思いでいっぱいなオレに返された言葉は、今この場で最もふさわしいようで、ふさわしくなかった。オレの心配に、ではない。何か別の事情に対して、だとわかった。けれど一体何を謝っているのかはわからなくて、首を傾げるしかなかった。
だけど、ガルザはオレにその意味を理解することなんて求めていなかったらしい。次にガルザは、オレの前に一輪の白い花を差し出した。思わずきょとんとした直後、それがなんなのかに気づいた。
「これ……もしかして、アスパルーフ?」
「ああ。やるよ、ロインに」
「本当!?」
嬉しそうに目を輝かせて、オレはガルザから花を受け取った。途端にそれまでの心配なんか一瞬で吹き飛んで、ただ目の前の花に喜んだ。
結局あの日に何があったのか、詳しいことはよくわからないままだった。
けれど、ただひとつ、確実に言えることがある。
あの日以来、ガルザとオレはにらめっこをしなくなった。そして、本当の兄弟のように笑い合うようになったんだ。その理由は、ガルザが手渡してくれたあのアスパルーフの花が教えてくれた。そしてそれこそが「彼の想い」であったんだと、後にオレは知ることになった。
六枚の白い花弁を持つ花。ひとつひとつの花は小さいが、一斉に咲き誇れば、赤く彩られる季節の中では一番目を引く存在だ。ゆえに由来した花言葉は――親愛と絆、何ものよりも想いを寄せる。