第2章 萌える丘と蒼き海 Z
「…自分だけが不幸だと思うな。」
カイウスの口からそう言葉が漏れた時、やっとロインの意識が現実に帰ってきた。そして、一体の魔物の死骸と、左腕に裂かれたような傷を負ったカイウスが目に映った。あまりにも突然の出来事だったため、ロインは状況把握に時間がかかった。だが、徐々に数秒前の出来事が鮮明に思い出された。
カイウスが剣を抜き、自分めがけて駆けて来た。だが、その眼には自分の姿ではなく、自分の背後に現れた魔物が映し出されていた。それは先ほど、カイウスが倒した魔物の中の生き残りだった。カイウスは体当たりで自分の体を突き飛ばし、飛び掛ってきた魔物から助けてくれた。その後、すぐに魔物の息の根を止めたが、左腕にその傷を負ってしまったのだった。
「家族を奪われた怒りや悲しみ、憎しみなら、オレとルビアも知ってる。」
「え…?」
未だにしりもちをついたままの状態で呆けいているロインに、カイウスは右手で傷口を抑えながら、ボソッと言った。彼は近くの木まで歩いていき、そこに腰掛けると、再び口を開いた。
「オレは、アレウーラの辺境で父さんと二人で暮らしてた。でも、2年前に『リカンツ狩り』にあって、父さんは村に現れた二人の『異端審問官』に連れて行かれた。その時に、ルビアの両親は教会の人間だったのに、異端審問官の一人に殺された。その罪を父さんになすりつけて…。オレは父さんを助ける為に村を出た。けど、助け出した時、呪縛の魔法(プリセプツ)で操られていた父さんは、獣人化して、オレと仲間を殺そうとしたんだ。なんとか魔法は解けたけど、その直後に魂を抜かれて死んでしまった。」
あの時の事は忘れられなかった。父さんを殺された怒りで、自分は初めて獣人化したのだから…。
口にはしない思いが、カイウスの中を駆けた。一方ロインは、想像もしなかったカイウスとルビアの過去に言葉を失っていた。教会の人間が殺人をするはずがない。だが、とても作り話とは思えない。そんな複雑な思いが、彼の中に現れていた。
「悪いが、先に休ませてくれ。力を使ったから疲れた…。」
木にもたれかかりながら、カイウスはそう言ってまぶたを閉じ始めた。だがロインは、待ってくれ、とでも言うように言葉を放った。
「そういえばさっきの力…あれは『獣人化』だろ?なんでお前が使えるんだ!?『ザンクトゥ』はなかったはずなのに…。」
しかし、その言葉はもう届いていなかった。カイウスはすでに、傷ついた腕を抱えるようにして眠りに落ちていた。ロインは地面に落ちている自分の剣を拾い、鞘に収めると、眠っているカイウスに近づいた。見たところ、左腕の傷は浅く、自然治癒に任せられそうだった。それがわかると、ロインはどこかほっとしたような表情を見せ、カイウスがもたれている木の隣にあった木に身を寄せた。
ふと空を見上げると、月は高く昇り、星々の輝きは増していた。落ち着いた気持ちでこうして夜空を見たのが、もう何年も昔のことのように感じられた。
「自分だけが不幸だと思うな。」
カイウスに言われた言葉が頭から離れず、胸に焼き付いていた。
ロインは思った。
あの二人は、今の時間を生きている。
だが、自分の中の時間は、あの日から止まっている。
オレは…いつまで立ち止まっているのだろうか?
「あ〜、やっと抜けられたぁ。」
疲れと喜びの入り混じった表情をしながら、ルビアは声を上げた。
戦いの夜が明けてから、二人の少女はすぐに体を起こし、東へ歩き始めた。そして、陽が真上に上る頃、ようやくバオイの丘を抜けたのであった。二人がいる場所からは、広大な海、そして一行が目指していた東の港町「セビア」が見えた。だが、まだそこに向かうわけには行かなかった。
「ロイン、いつ来るかな…」
ティマは不安そうに、先ほど通ってきた道を振り返った。2日前の夜以来姿を見ていない仲間といつ合流できるのか、それだけを気にしていた。気丈に振舞うルビアも、内心は幼なじみを心配していた。だが、彼女はすぐに思い直した。
自分達だってこの丘抜けられた。カイウス達が抜けられないはずはない!それにカイウスは、あの時の激しい戦いを戦い抜いたんだもの。…大丈夫に決まってる。
「二人はきっと大丈夫!だから、待とう。」
2年前の出来事を思い出しながら、ルビアはティマに言った。その言葉にティマが頷いた、その時だった。突然、二人の視界が何かによって遮られた。驚いた二人だったが、ルビアはすぐにそれが何かわかった。
「ちょっと、カイウスでしょ!?手を離して!!」
「なんだ。もうバレたか。」
少し残念そうに、けれどもどこか面白がっているような調子の声が聞こえた。その直後、再び視界が広がり、ルビアは自分の背後に立っている幼なじみを見た。そしてティマを見ると、彼女も同じように、背後に立つ人物の手で目を覆われていた。それが解け、後ろにいるのが誰かわかると、ティマは言葉を失い、その場に立ち呆けた。
「…ロイン。」
「ああ。心配かけたな。」
ロインがそう言葉をかけると、ティマの目から涙がこぼれ始めた。突然泣き始めた彼女に驚き、混乱するロイン。とにかく、彼女を泣き止ませようと必死になっていた。
「あ、そうだ!コレ、取り返してきたぞ。」
そう言って、彼はポケットからペンダントを取り出し、彼女の手に渡した。ティマはそれを見つめ、大事そうに握りしめた。これで泣き止むかな。ロインがそう思った瞬間、ティマが彼の胸に飛び込んできた。
「ロインのバカぁ!!どんだけ心配したと…思ってるのよ…!!」
「うおっ!?わ、悪かったって!だから泣くなよ!」
「バカ…バカぁ!!」
再び泣きじゃくるティマに、どうしたらいいかわからず、ロインは戸惑うばかりだった。ただ、自分を心配してくれていた彼女に感謝し、優しくその背中をたたいた。
「ふふ、良かったわね、ティマ。」
そんな二人を、カイウスとルビアはそっと見守っていた。
「それで、ロインとは仲良くなれたの?」
「ダメだな。簡単にいきそうもないぜ、あいつは。」
ルビアの問いに、カイウスは溜息をついた。だが、彼がどこかすっきりしたような表情をしていたのに、ルビアは気がついた。そして、彼らなりに何か進展があったのだろうと理解した。
「ゆっくり仲良くなるしかない。そういうことね?」
「まぁな。」
そう結論を出した頃、ティマはようやく涙が収まってきたらしく、ロインから離れだした。その様子を見て、カイウスは声をかけた。
「そろそろ行こうぜ!今日中にセビアに着くぞ!」
そう言うが早いか、カイウスとルビアは二人を置いて先に駆け出した。それを見て、ティマは慌てて二人の後を追った。だが、ロインはすぐには駆け出さなかった。遠くに見える海に、どこか見慣れた物が目に映ったからだった。
「…あれは…まさか、な。」
「ロイン!急がないと置いてかれちゃうよ!」
ティマが大声でロインを呼んだ。それにロインは答え、先を進む三人の後に続いた。
カイウスの口からそう言葉が漏れた時、やっとロインの意識が現実に帰ってきた。そして、一体の魔物の死骸と、左腕に裂かれたような傷を負ったカイウスが目に映った。あまりにも突然の出来事だったため、ロインは状況把握に時間がかかった。だが、徐々に数秒前の出来事が鮮明に思い出された。
カイウスが剣を抜き、自分めがけて駆けて来た。だが、その眼には自分の姿ではなく、自分の背後に現れた魔物が映し出されていた。それは先ほど、カイウスが倒した魔物の中の生き残りだった。カイウスは体当たりで自分の体を突き飛ばし、飛び掛ってきた魔物から助けてくれた。その後、すぐに魔物の息の根を止めたが、左腕にその傷を負ってしまったのだった。
「家族を奪われた怒りや悲しみ、憎しみなら、オレとルビアも知ってる。」
「え…?」
未だにしりもちをついたままの状態で呆けいているロインに、カイウスは右手で傷口を抑えながら、ボソッと言った。彼は近くの木まで歩いていき、そこに腰掛けると、再び口を開いた。
「オレは、アレウーラの辺境で父さんと二人で暮らしてた。でも、2年前に『リカンツ狩り』にあって、父さんは村に現れた二人の『異端審問官』に連れて行かれた。その時に、ルビアの両親は教会の人間だったのに、異端審問官の一人に殺された。その罪を父さんになすりつけて…。オレは父さんを助ける為に村を出た。けど、助け出した時、呪縛の魔法(プリセプツ)で操られていた父さんは、獣人化して、オレと仲間を殺そうとしたんだ。なんとか魔法は解けたけど、その直後に魂を抜かれて死んでしまった。」
あの時の事は忘れられなかった。父さんを殺された怒りで、自分は初めて獣人化したのだから…。
口にはしない思いが、カイウスの中を駆けた。一方ロインは、想像もしなかったカイウスとルビアの過去に言葉を失っていた。教会の人間が殺人をするはずがない。だが、とても作り話とは思えない。そんな複雑な思いが、彼の中に現れていた。
「悪いが、先に休ませてくれ。力を使ったから疲れた…。」
木にもたれかかりながら、カイウスはそう言ってまぶたを閉じ始めた。だがロインは、待ってくれ、とでも言うように言葉を放った。
「そういえばさっきの力…あれは『獣人化』だろ?なんでお前が使えるんだ!?『ザンクトゥ』はなかったはずなのに…。」
しかし、その言葉はもう届いていなかった。カイウスはすでに、傷ついた腕を抱えるようにして眠りに落ちていた。ロインは地面に落ちている自分の剣を拾い、鞘に収めると、眠っているカイウスに近づいた。見たところ、左腕の傷は浅く、自然治癒に任せられそうだった。それがわかると、ロインはどこかほっとしたような表情を見せ、カイウスがもたれている木の隣にあった木に身を寄せた。
ふと空を見上げると、月は高く昇り、星々の輝きは増していた。落ち着いた気持ちでこうして夜空を見たのが、もう何年も昔のことのように感じられた。
「自分だけが不幸だと思うな。」
カイウスに言われた言葉が頭から離れず、胸に焼き付いていた。
ロインは思った。
あの二人は、今の時間を生きている。
だが、自分の中の時間は、あの日から止まっている。
オレは…いつまで立ち止まっているのだろうか?
「あ〜、やっと抜けられたぁ。」
疲れと喜びの入り混じった表情をしながら、ルビアは声を上げた。
戦いの夜が明けてから、二人の少女はすぐに体を起こし、東へ歩き始めた。そして、陽が真上に上る頃、ようやくバオイの丘を抜けたのであった。二人がいる場所からは、広大な海、そして一行が目指していた東の港町「セビア」が見えた。だが、まだそこに向かうわけには行かなかった。
「ロイン、いつ来るかな…」
ティマは不安そうに、先ほど通ってきた道を振り返った。2日前の夜以来姿を見ていない仲間といつ合流できるのか、それだけを気にしていた。気丈に振舞うルビアも、内心は幼なじみを心配していた。だが、彼女はすぐに思い直した。
自分達だってこの丘抜けられた。カイウス達が抜けられないはずはない!それにカイウスは、あの時の激しい戦いを戦い抜いたんだもの。…大丈夫に決まってる。
「二人はきっと大丈夫!だから、待とう。」
2年前の出来事を思い出しながら、ルビアはティマに言った。その言葉にティマが頷いた、その時だった。突然、二人の視界が何かによって遮られた。驚いた二人だったが、ルビアはすぐにそれが何かわかった。
「ちょっと、カイウスでしょ!?手を離して!!」
「なんだ。もうバレたか。」
少し残念そうに、けれどもどこか面白がっているような調子の声が聞こえた。その直後、再び視界が広がり、ルビアは自分の背後に立っている幼なじみを見た。そしてティマを見ると、彼女も同じように、背後に立つ人物の手で目を覆われていた。それが解け、後ろにいるのが誰かわかると、ティマは言葉を失い、その場に立ち呆けた。
「…ロイン。」
「ああ。心配かけたな。」
ロインがそう言葉をかけると、ティマの目から涙がこぼれ始めた。突然泣き始めた彼女に驚き、混乱するロイン。とにかく、彼女を泣き止ませようと必死になっていた。
「あ、そうだ!コレ、取り返してきたぞ。」
そう言って、彼はポケットからペンダントを取り出し、彼女の手に渡した。ティマはそれを見つめ、大事そうに握りしめた。これで泣き止むかな。ロインがそう思った瞬間、ティマが彼の胸に飛び込んできた。
「ロインのバカぁ!!どんだけ心配したと…思ってるのよ…!!」
「うおっ!?わ、悪かったって!だから泣くなよ!」
「バカ…バカぁ!!」
再び泣きじゃくるティマに、どうしたらいいかわからず、ロインは戸惑うばかりだった。ただ、自分を心配してくれていた彼女に感謝し、優しくその背中をたたいた。
「ふふ、良かったわね、ティマ。」
そんな二人を、カイウスとルビアはそっと見守っていた。
「それで、ロインとは仲良くなれたの?」
「ダメだな。簡単にいきそうもないぜ、あいつは。」
ルビアの問いに、カイウスは溜息をついた。だが、彼がどこかすっきりしたような表情をしていたのに、ルビアは気がついた。そして、彼らなりに何か進展があったのだろうと理解した。
「ゆっくり仲良くなるしかない。そういうことね?」
「まぁな。」
そう結論を出した頃、ティマはようやく涙が収まってきたらしく、ロインから離れだした。その様子を見て、カイウスは声をかけた。
「そろそろ行こうぜ!今日中にセビアに着くぞ!」
そう言うが早いか、カイウスとルビアは二人を置いて先に駆け出した。それを見て、ティマは慌てて二人の後を追った。だが、ロインはすぐには駆け出さなかった。遠くに見える海に、どこか見慣れた物が目に映ったからだった。
「…あれは…まさか、な。」
「ロイン!急がないと置いてかれちゃうよ!」
ティマが大声でロインを呼んだ。それにロインは答え、先を進む三人の後に続いた。
■作者メッセージ
おまけスキット
【意外に…】
カイウス「へへっ。さっきは驚いたか?」
ルビア「当然よ!あれがどこかの変人だったらと思うと…想像したくないけど。」
カイウス「変人って…(汗)」
ルビア「そういえば、よくロインがあんなくだらないことに付き合ったわね?」
カイウス「案外ノリノリだったぞ?そういうの、実は好きなんじゃないのか?」
ロイン「…誰がノリノリだって?」
カイウス「!」
ロイン「勝手なこと言ってんじゃねえ!!」
カイウス「ロイン、ちょっと待てって!!うわぁああ!!」
ルビア「…ねえ、ティマ。実際のところどうなの?」
ティマ「う〜ん。イーバオのお祭りとかはよく来てたし、そうなんじゃないのかな?」
ルビア「へえ〜。ロインも人の子だったのね♪」
ティマ「一体なんだと思ってたんですか?」
【意外に…】
カイウス「へへっ。さっきは驚いたか?」
ルビア「当然よ!あれがどこかの変人だったらと思うと…想像したくないけど。」
カイウス「変人って…(汗)」
ルビア「そういえば、よくロインがあんなくだらないことに付き合ったわね?」
カイウス「案外ノリノリだったぞ?そういうの、実は好きなんじゃないのか?」
ロイン「…誰がノリノリだって?」
カイウス「!」
ロイン「勝手なこと言ってんじゃねえ!!」
カイウス「ロイン、ちょっと待てって!!うわぁああ!!」
ルビア「…ねえ、ティマ。実際のところどうなの?」
ティマ「う〜ん。イーバオのお祭りとかはよく来てたし、そうなんじゃないのかな?」
ルビア「へえ〜。ロインも人の子だったのね♪」
ティマ「一体なんだと思ってたんですか?」