第3章 首都の過去 T
目の前にあるのは、ただただ広い海の青。空には海鳥が飛び交い、吹き渡る風は巨大な船の帆を力強く押している。その船からは、武器と武器とがぶつかり合う音が響いていた。
甲板の中央で二人の人物が武器を構え、お互いの技をぶつけ合っていた。その様子を見守るように、数名が甲板の端に立っていた。闘っているのは、真紅の髪と瞳をしたこの船の若き船長ラミーと、その翡翠色の瞳に闘気を宿したロインだった。ロインの剣が上・下・左・右様々な方向から振り下ろされる。ラミーはそれらを軽々とかわし、右手に持った小刀で反撃に出る。全身を使って繰り出した一撃は、見た目以上に重く、ロインは剣を両手で構え、それを受け止めた。攻撃を防がれたラミーは、素早くバックステップで体勢を立て直そうとする。だが、ロインはその隙を与えまいと魔神剣を放つ。ラミーはそれをギリギリのところでかわした。お互いに一歩も引かない攻防が続く。両者の頬を伝う汗の量が、闘いの壮絶さを物語る。それを見守る者達の眼も、いつしか真剣なものとなっていた。
そんな中、カンカンッと鈍い音が甲板中に響き渡った。ロインとラミーは動きを止め、その場にいる全員がその音のした方に顔を向けた。そこには、フライパンとお玉を両手に持った、三十代前半くらいの女性船員の姿があった。
「はいはい!手合わせは一旦終わり。昼ご飯の用意ができたよ〜!!」
女性のはきはきとした声が聞こえると、船員らは船内にある食堂へと移動を始めた。ロインとラミーも武器を収める。
「アハト、せっかくいいところだったのに〜。」
「すみません。でも、早くしないとせっかくの料理が冷めてしまいますので。」
「いいよ。わかってるから。」
汗を拭い冗談を口にしながら、ラミーは他の船員達と一緒に甲板をあとにした。その背中を見送った後、アハトと呼ばれた船員は、甲板に残った二人の人物に声をかけた。
「ロイン君とティマちゃんも、早くいらっしゃいな。」
武器を収め、汗を拭っていたロインの元に、船員達と一緒に二人の闘いを見ていたティマが駆け寄っていた。ティマは返事をすると、ロインの手をひいて船内へと向かった。
セビアを発って三日目。予定通りなら、今日の夕方前にはマウディーラ島に上陸できるそうだ。首都付近の海には凶暴な魔物がおり、今は近づくことができないため、首都近くの港まで送り届けてくれることになっていた。
だが、もちろんタダではなかった。
ティマとラミーの間で、航海中ラミーの暇潰しの相手になる、という条件で交渉がされていた。そして、その暇潰しとは…
「よ〜し。カイウス、あと三分以内に飯終わらせろよ。」
「は?」
「『は?』じゃないよ。次の暇潰し相手、頼んだよ♪」
「ちょ、ちょっふぉまふぇ!!」
口に食べ物をつめこんだ状態で慌てているカイウスをよそに、ラミーは上機嫌に食堂を出て行った。暇潰し、もとい、決闘遊びにつき合わされるロイン達は、そこそこ疲労が見え始めていた。ラミーの実力は『雷嵐の波(ストーム・ウェーブ)』『女神の従者(マリアのしもべ)』という組織を統べる者として不足はなかった。今までに壮絶な死闘を潜り抜けてきたカイウスとルビアでさえ、少しでも手を抜けば劣勢となりかねないほどである。彼らを一番驚かせるのは、それほどの強さを持つ者が、まだ幼さの残る少女だという事実だった。
陽が海に沈み始めた頃、船はマウディーラ島へと到着した。島の南に位置する港町『バーリ』に船を泊め、ロイン達は船を降りた。
「首都は、『ティメーア街道』を沿っていけばすぐさ。」
ラミーは船員の一人と一緒に、ロイン達を見送りに出ていた。首都への道を教えると、ティマが丁寧に礼を述べた。それに対し、ラミーは依頼をこなしただけだ、と笑って返した。
「…あいつら、どう見えた?ツヴァイ。」
ロイン達が町の中へと姿を消した後、ラミーは自分の後ろに立つ船員に尋ねた。ツヴァイと呼ばれた男は、今はもう見えない彼らの影を眺めるように、遠くを見つめて答えた。
「相当な実力と精神を持っている。私にはそう見えました。」
「ああ。そうだな。特に…」
ラミーは船に戻りながら言葉を続ける。
「ロインは内側の闇がかなりのもんだった。セビアであたいに切りかかってきたルビアも、相当なもんだったけど。」
「内側の闇…ですか。」
「ああ。たぶん、あの中で一番甘いのは、ティマだね。今まで、キレイなものばっか見て育ったんだろうよ。」
一行の心のうちを見透かしているかのように、ラミーは淡々とツヴァイに語った。そんな彼女に、ツヴァイはどこか尊敬のような、恐れのような感情を抱いていた。一度戦っただけで、相手がどんな生き方をしてきたか察することができる。ラミーには、そんな特殊能力のような特技があった。彼らに「暇潰し」と言って闘いを挑んだのは、どんな人物なのかを測るためでもあった。
「さ〜て。あいつらの旅がこれからどうなるか、期待しようじゃないの。」
そう言ってラミーは振り返り、バーリの町を一望した。セビアとは違う穏やかな港町に、夕焼けはとてもよく似合っていた。その夕焼けに、ラミーの白い結晶のピアスが美しく反射していた。
甲板の中央で二人の人物が武器を構え、お互いの技をぶつけ合っていた。その様子を見守るように、数名が甲板の端に立っていた。闘っているのは、真紅の髪と瞳をしたこの船の若き船長ラミーと、その翡翠色の瞳に闘気を宿したロインだった。ロインの剣が上・下・左・右様々な方向から振り下ろされる。ラミーはそれらを軽々とかわし、右手に持った小刀で反撃に出る。全身を使って繰り出した一撃は、見た目以上に重く、ロインは剣を両手で構え、それを受け止めた。攻撃を防がれたラミーは、素早くバックステップで体勢を立て直そうとする。だが、ロインはその隙を与えまいと魔神剣を放つ。ラミーはそれをギリギリのところでかわした。お互いに一歩も引かない攻防が続く。両者の頬を伝う汗の量が、闘いの壮絶さを物語る。それを見守る者達の眼も、いつしか真剣なものとなっていた。
そんな中、カンカンッと鈍い音が甲板中に響き渡った。ロインとラミーは動きを止め、その場にいる全員がその音のした方に顔を向けた。そこには、フライパンとお玉を両手に持った、三十代前半くらいの女性船員の姿があった。
「はいはい!手合わせは一旦終わり。昼ご飯の用意ができたよ〜!!」
女性のはきはきとした声が聞こえると、船員らは船内にある食堂へと移動を始めた。ロインとラミーも武器を収める。
「アハト、せっかくいいところだったのに〜。」
「すみません。でも、早くしないとせっかくの料理が冷めてしまいますので。」
「いいよ。わかってるから。」
汗を拭い冗談を口にしながら、ラミーは他の船員達と一緒に甲板をあとにした。その背中を見送った後、アハトと呼ばれた船員は、甲板に残った二人の人物に声をかけた。
「ロイン君とティマちゃんも、早くいらっしゃいな。」
武器を収め、汗を拭っていたロインの元に、船員達と一緒に二人の闘いを見ていたティマが駆け寄っていた。ティマは返事をすると、ロインの手をひいて船内へと向かった。
セビアを発って三日目。予定通りなら、今日の夕方前にはマウディーラ島に上陸できるそうだ。首都付近の海には凶暴な魔物がおり、今は近づくことができないため、首都近くの港まで送り届けてくれることになっていた。
だが、もちろんタダではなかった。
ティマとラミーの間で、航海中ラミーの暇潰しの相手になる、という条件で交渉がされていた。そして、その暇潰しとは…
「よ〜し。カイウス、あと三分以内に飯終わらせろよ。」
「は?」
「『は?』じゃないよ。次の暇潰し相手、頼んだよ♪」
「ちょ、ちょっふぉまふぇ!!」
口に食べ物をつめこんだ状態で慌てているカイウスをよそに、ラミーは上機嫌に食堂を出て行った。暇潰し、もとい、決闘遊びにつき合わされるロイン達は、そこそこ疲労が見え始めていた。ラミーの実力は『雷嵐の波(ストーム・ウェーブ)』『女神の従者(マリアのしもべ)』という組織を統べる者として不足はなかった。今までに壮絶な死闘を潜り抜けてきたカイウスとルビアでさえ、少しでも手を抜けば劣勢となりかねないほどである。彼らを一番驚かせるのは、それほどの強さを持つ者が、まだ幼さの残る少女だという事実だった。
陽が海に沈み始めた頃、船はマウディーラ島へと到着した。島の南に位置する港町『バーリ』に船を泊め、ロイン達は船を降りた。
「首都は、『ティメーア街道』を沿っていけばすぐさ。」
ラミーは船員の一人と一緒に、ロイン達を見送りに出ていた。首都への道を教えると、ティマが丁寧に礼を述べた。それに対し、ラミーは依頼をこなしただけだ、と笑って返した。
「…あいつら、どう見えた?ツヴァイ。」
ロイン達が町の中へと姿を消した後、ラミーは自分の後ろに立つ船員に尋ねた。ツヴァイと呼ばれた男は、今はもう見えない彼らの影を眺めるように、遠くを見つめて答えた。
「相当な実力と精神を持っている。私にはそう見えました。」
「ああ。そうだな。特に…」
ラミーは船に戻りながら言葉を続ける。
「ロインは内側の闇がかなりのもんだった。セビアであたいに切りかかってきたルビアも、相当なもんだったけど。」
「内側の闇…ですか。」
「ああ。たぶん、あの中で一番甘いのは、ティマだね。今まで、キレイなものばっか見て育ったんだろうよ。」
一行の心のうちを見透かしているかのように、ラミーは淡々とツヴァイに語った。そんな彼女に、ツヴァイはどこか尊敬のような、恐れのような感情を抱いていた。一度戦っただけで、相手がどんな生き方をしてきたか察することができる。ラミーには、そんな特殊能力のような特技があった。彼らに「暇潰し」と言って闘いを挑んだのは、どんな人物なのかを測るためでもあった。
「さ〜て。あいつらの旅がこれからどうなるか、期待しようじゃないの。」
そう言ってラミーは振り返り、バーリの町を一望した。セビアとは違う穏やかな港町に、夕焼けはとてもよく似合っていた。その夕焼けに、ラミーの白い結晶のピアスが美しく反射していた。