第3章 首都の過去 V
首都へ向かって歩きつづけること数日。彼らが通っている『ティメーア街道』は、平原の中にある道だった。バオイの丘とは違い、周りを囲むような木々はなく、魔物が潜めるような影となる場所も少なかった。故に、魔物と遭遇することも滅多に無く、安心して旅をすることができた。唯一の心配といえば、ティマの体力がもつかどうかであった。
「ねぇ、あれ見て!」
太陽が沈み始めた頃、先頭を歩いていたルビアが何かを見つけ、駆け寄った。三人もその後を追うと、そこには分かれ道の間に行き先を示す看板が立てられており、その1つに「首都 スディアナ」の文字があった。その道の先を見ると、高くそびえる建物の影が目に入った。一見すると城のように見えなくもない。
「ここまで来たら、半日もすればスディアナだな。」
ロインがそう言うと、三人の口から歓喜の声が出た。
「あと少しね、ティマ。」
「うん。」
「けど、今日はもう暗くなってきたな。この辺でテントを張って、明日の朝早くに行こうぜ。」
「そうね。」
「ロインもそれでいいな。」
「…好きにしろ。」
ロインはそう返事をするが、カイウスの方を見ようとはしなかった。だが、カイウスにとってはそれで十分だったらしく、顔に笑みを浮かべ、ルビアとティマの方に向き直り、テントの準備を始めた。
陽が沈み、月が再び空に昇った。テントから少し離れた場所で、ティマは一人、夜風にあたっていた。その手には、一度バオイの丘で失くしたペンダントが握られていた。
「何やってんだ。」
ふいに、ロインが後ろから近づき声をかけた。ロインは地面に座っているティマの横に立ち、彼女の顔を見下ろした。ティマもロインの顔を見上げ、再び視線をペンダントに戻した。
「うん。おばさん達元気かな、って思って。」
故郷を懐かしむようにティマは言う。ロインも瞼を閉じ、残された町の人の事を考えた。しばらく沈黙した後、ロインはそっと口を開いた。
「おばさんなら大丈夫だろ。他の奴らもきっと、な。」
そうティマに向けた言葉には、ただの励まし以上の思いがこもっていた。ロインにとって、イーバオの住民は心を閉ざしている対象であった。それでも、嫌でも同じ時間を過ごしてきた人たちである。どういう性格や根性をしているか、彼はよく知っていた。それを知ってか知らずか、ティマの表情も明るくなった。
「…ロイン、変わった?」
「え?」
「前より明るくなった、そんな気がする。」
「き、気のせいだろ。」
ロインはそう言って、少し動揺していた。そんな様子を見て、ティマは笑い声を上げた。
「うん。やっぱり変わった。」
そう言って、ティマは夜空を見上げた。
「明日、なんだね。」
「ん?」
「マウディーラ王に会って、イーバオがどうしてあんな目にあったのか、ちゃんと聞いて…」
「ああ、そうだな。」
「…帰れるよね?」
「え?」
「私、ちゃんと帰れるよね?おばさんの所に。」
ティマはペンダントを強く握りしめ、かすかに震えていた。ロインは、イーバオが襲撃された夜にティマが、このままイーバオに帰れない気がする、と言っていたのを思い出した。しかし、何が彼女を不安にさせているのかはわからない。ロインは心配ないと言うだけで、ティマを心から安心させることはできなかった。
王の住む城の広い回廊。白い鎧をまとった兵士が多くいる中、青い鎧をまとう男が一人歩いていた。兵達はその男とすれ違う度に、礼儀正しく挨拶をしている。そんな中、その者に向かってくる足音が聞こえた。
「ガルザ隊長!」
その声に男は振り返ると、同じ青い鎧を着た女が駆け寄ってくるのが目に入った。
「フレア、どうかしたのか?」
「いえ。ただ、隊長が遠出なさるとお聞きしたので。」
「ああ。例の物の調査に、な。」
ガルザがそう言うと、フレアは顔を少し曇らせた。
「姫君と共に消えたアレを探しにですか?それとも、昔隊長が奪い損ねたあの」
「フレア、少し口を慎め。」
「申し訳ありません。ですが…」
「王には、治安の悪い町の様子を見に行くと言ってある。余計なことは言うな。」
「…はい。」
ガルザはそれだけ言うと、踵を返して行ってしまった。その姿を見つめながら、フレアは手を胸の前で強く握りしめた。
「…どうしても、血塗られた道を歩まれるのですか?」
フレアは誰にも届かない声で呟き、その場を去った。
ロイン達が首都にたどり着く数時間前の出来事であった。
「ねぇ、あれ見て!」
太陽が沈み始めた頃、先頭を歩いていたルビアが何かを見つけ、駆け寄った。三人もその後を追うと、そこには分かれ道の間に行き先を示す看板が立てられており、その1つに「首都 スディアナ」の文字があった。その道の先を見ると、高くそびえる建物の影が目に入った。一見すると城のように見えなくもない。
「ここまで来たら、半日もすればスディアナだな。」
ロインがそう言うと、三人の口から歓喜の声が出た。
「あと少しね、ティマ。」
「うん。」
「けど、今日はもう暗くなってきたな。この辺でテントを張って、明日の朝早くに行こうぜ。」
「そうね。」
「ロインもそれでいいな。」
「…好きにしろ。」
ロインはそう返事をするが、カイウスの方を見ようとはしなかった。だが、カイウスにとってはそれで十分だったらしく、顔に笑みを浮かべ、ルビアとティマの方に向き直り、テントの準備を始めた。
陽が沈み、月が再び空に昇った。テントから少し離れた場所で、ティマは一人、夜風にあたっていた。その手には、一度バオイの丘で失くしたペンダントが握られていた。
「何やってんだ。」
ふいに、ロインが後ろから近づき声をかけた。ロインは地面に座っているティマの横に立ち、彼女の顔を見下ろした。ティマもロインの顔を見上げ、再び視線をペンダントに戻した。
「うん。おばさん達元気かな、って思って。」
故郷を懐かしむようにティマは言う。ロインも瞼を閉じ、残された町の人の事を考えた。しばらく沈黙した後、ロインはそっと口を開いた。
「おばさんなら大丈夫だろ。他の奴らもきっと、な。」
そうティマに向けた言葉には、ただの励まし以上の思いがこもっていた。ロインにとって、イーバオの住民は心を閉ざしている対象であった。それでも、嫌でも同じ時間を過ごしてきた人たちである。どういう性格や根性をしているか、彼はよく知っていた。それを知ってか知らずか、ティマの表情も明るくなった。
「…ロイン、変わった?」
「え?」
「前より明るくなった、そんな気がする。」
「き、気のせいだろ。」
ロインはそう言って、少し動揺していた。そんな様子を見て、ティマは笑い声を上げた。
「うん。やっぱり変わった。」
そう言って、ティマは夜空を見上げた。
「明日、なんだね。」
「ん?」
「マウディーラ王に会って、イーバオがどうしてあんな目にあったのか、ちゃんと聞いて…」
「ああ、そうだな。」
「…帰れるよね?」
「え?」
「私、ちゃんと帰れるよね?おばさんの所に。」
ティマはペンダントを強く握りしめ、かすかに震えていた。ロインは、イーバオが襲撃された夜にティマが、このままイーバオに帰れない気がする、と言っていたのを思い出した。しかし、何が彼女を不安にさせているのかはわからない。ロインは心配ないと言うだけで、ティマを心から安心させることはできなかった。
王の住む城の広い回廊。白い鎧をまとった兵士が多くいる中、青い鎧をまとう男が一人歩いていた。兵達はその男とすれ違う度に、礼儀正しく挨拶をしている。そんな中、その者に向かってくる足音が聞こえた。
「ガルザ隊長!」
その声に男は振り返ると、同じ青い鎧を着た女が駆け寄ってくるのが目に入った。
「フレア、どうかしたのか?」
「いえ。ただ、隊長が遠出なさるとお聞きしたので。」
「ああ。例の物の調査に、な。」
ガルザがそう言うと、フレアは顔を少し曇らせた。
「姫君と共に消えたアレを探しにですか?それとも、昔隊長が奪い損ねたあの」
「フレア、少し口を慎め。」
「申し訳ありません。ですが…」
「王には、治安の悪い町の様子を見に行くと言ってある。余計なことは言うな。」
「…はい。」
ガルザはそれだけ言うと、踵を返して行ってしまった。その姿を見つめながら、フレアは手を胸の前で強く握りしめた。
「…どうしても、血塗られた道を歩まれるのですか?」
フレアは誰にも届かない声で呟き、その場を去った。
ロイン達が首都にたどり着く数時間前の出来事であった。