第3章 首都の過去 Y
その夜は雨が降り、雷が鳴っていた。そんな中、城の警備につく兵が数名、見えぬ何かに備えている様子が見えた。だが、その様子を遠くから観察している影に気づくものは、誰一人としていなかった。
「…此処に居られましたか。」
そう言って、王室の扉をあけて入ってくる者が一人。美しい金髪に淡い緑の鎧を着た女騎士。彼女は焦りの表情を浮かべ、荒い息をしながら、部屋にいる王と后を見つめた。
「ウルノア、一体何事ですか。」
穏やかな声で、しかし、その騎士の表情からただ事ではないことを察した女王が尋ねた。
「はい。先ほど、北の城門を守っていた兵2名が、何者かに倒されていたのを発見いたしました。その者は城内に侵入している可能性があります。急ぎ安全な場所へ避難願います。」
ウルノアと呼ばれた騎士はその場に跪き、二人に事の事態を伝えた。二人は彼女の言葉に頷いた。その時、二人の後ろから泣き声があがった。三人はその声に驚き、その主を見た。先まで揺りかごの中で眠っていたその子は、暗い窓の外で鳴り響く雷に驚いたのか、顔を歪ませて泣いていた。
「あらあら…どうしたのかしら?」
「雷の音に驚いたのかもしれんな。」
女王は優しくその子を抱き上げあやそうとするが、泣き止む様子は全くない。困り果てている二人のもとに、ウルノアが手を差し出した。女王がその手にその子を預けると、ウルノアは優しくその子を抱きしめ、あやし始めた。すると、先ほどまでの大泣きが嘘のように、その子は笑顔を見せ始めた。その様子に、王と后はほっとした表情を見せた。
「さすがだな、ウルノア。」
「いえ、そんなことは」
「貴女に子育ての経験があって助かりました。」
「…お役に立てて何よりです。」
ウルノアはそう言うと、その子を女王の腕の中へと帰した。母に抱かれたその子は嬉しそうに笑っていた。その様子に安心した三人は、部屋を後にした。
その様子を窓の外から、何者かの目が見ていた。
城の中央部にある広間。そこに窓はなく、出入りできるのは2箇所の通路のみ。そしてその2箇所には、それぞれ十数人もの兵がいた。この守りを崩せるものなど、そういないだろう。そんな広間の中央には王と后、そしてその腕の中で無邪気に笑顔を見せる二人の子が、ウルノアと、彼女と同じ色の鎧をまとった数人の騎士に守られていた。
「ウルノア…」
緊張した空気の中、女王が口を開き、彼女の名を呼んだ。ウルノアは女王の正面を向き、跪いた。
「ウルノア、侵入者は本当に現れるのでしょうか。」
「わかりません。しかし、可能性がないわけではありません。」
「…」
女王がその返答に不安を見せた刹那、兵が叫び声を上げ次々と倒れていった。驚き、振り向くと、2箇所の出入り口うち一方から、何者かが兵を倒して侵入していた。
「陛下、お下がりください!!」
ウルノアの一声で、周囲の騎士達は戦闘態勢になり、目の前にいる薄汚いローブのようなものを身にまとった侵入者に殺意を向けた。だが、侵入者はそれを気にすることなく、一歩ずつ王達に近づいていく。ウルノア達は剣を向け、その者へと斬りかかっていった。
…その時だった。
侵入者の全身から異常なオーラが放たれ、その姿は光に包まれた。そして、薄汚いローブは脱ぎ捨てられ、美しい銀色の体毛の獣が姿を表した。
「『獣人化』だと!?まずい、退け!」
ウルノアが声をあげる。だが、遅かった。豹に似たその獣は、襲い掛かってくる騎士達を振り払い、ウルノアの頭上を飛び越え、王と后に飛び掛った。
「陛下!!」
急ぎ王のもとに向かうと、獣は後ろに退いた。どうやら、王と后に外傷はないらしい。それがわかると、ウルノアは獣へと剣を向けた。しかし、そんな彼女を止める声があった。
「ウルノア、やめて!!」
叫び声をあげた女王を見たウルノアは、一瞬驚いたが、すぐにその静止の理由を理解した。
女王の腕の中に、あの子がいない。
再び獣に目を向けると、そこには獣に銜えられたあの子の姿があった。突然の出来事に混乱しているのか、大声で泣いている。だが、ウルノア達にその子をあやすことはできない。近づけば、その子がどんな危険な目に合うかわからないからだ。獣はそのままその子を人質に、脱ぎ捨てたローブの元に行き、人の姿に戻った。その姿を隠すようにうローブを着込むと、侵入者はその子を抱いたままその場を去ろうとした。
「待て!!」
その声に、侵入者は足を止めた。振り返ると、ウルノアが剣を向け、侵入者をその瞳に捕らえていた。
「貴様、ティマリア姫を放せ!!」
ウルノアの叫び声に、その者は姫の泣き顔を覗き込んだ。
「…そうか。君は『ティマリア』っていうのか。」
ローブの下から、かすかに若い声が聞こえた。その若さにウルノアが驚いている隙に、その者は城から走り去っていった。
「ああ…そんな!!」
女王が悲痛な声をあげ、その場に崩れた。
「あの者を捕らえよ!ティマリアを取り戻すのだ!!」
王が怒りを込めた声で動ける兵たちに命令を下した。
ひどい雨がやみ、朝陽と共に青空が現れた。
しかし、姫はその日から城に戻る事はなかった。
「…此処に居られましたか。」
そう言って、王室の扉をあけて入ってくる者が一人。美しい金髪に淡い緑の鎧を着た女騎士。彼女は焦りの表情を浮かべ、荒い息をしながら、部屋にいる王と后を見つめた。
「ウルノア、一体何事ですか。」
穏やかな声で、しかし、その騎士の表情からただ事ではないことを察した女王が尋ねた。
「はい。先ほど、北の城門を守っていた兵2名が、何者かに倒されていたのを発見いたしました。その者は城内に侵入している可能性があります。急ぎ安全な場所へ避難願います。」
ウルノアと呼ばれた騎士はその場に跪き、二人に事の事態を伝えた。二人は彼女の言葉に頷いた。その時、二人の後ろから泣き声があがった。三人はその声に驚き、その主を見た。先まで揺りかごの中で眠っていたその子は、暗い窓の外で鳴り響く雷に驚いたのか、顔を歪ませて泣いていた。
「あらあら…どうしたのかしら?」
「雷の音に驚いたのかもしれんな。」
女王は優しくその子を抱き上げあやそうとするが、泣き止む様子は全くない。困り果てている二人のもとに、ウルノアが手を差し出した。女王がその手にその子を預けると、ウルノアは優しくその子を抱きしめ、あやし始めた。すると、先ほどまでの大泣きが嘘のように、その子は笑顔を見せ始めた。その様子に、王と后はほっとした表情を見せた。
「さすがだな、ウルノア。」
「いえ、そんなことは」
「貴女に子育ての経験があって助かりました。」
「…お役に立てて何よりです。」
ウルノアはそう言うと、その子を女王の腕の中へと帰した。母に抱かれたその子は嬉しそうに笑っていた。その様子に安心した三人は、部屋を後にした。
その様子を窓の外から、何者かの目が見ていた。
城の中央部にある広間。そこに窓はなく、出入りできるのは2箇所の通路のみ。そしてその2箇所には、それぞれ十数人もの兵がいた。この守りを崩せるものなど、そういないだろう。そんな広間の中央には王と后、そしてその腕の中で無邪気に笑顔を見せる二人の子が、ウルノアと、彼女と同じ色の鎧をまとった数人の騎士に守られていた。
「ウルノア…」
緊張した空気の中、女王が口を開き、彼女の名を呼んだ。ウルノアは女王の正面を向き、跪いた。
「ウルノア、侵入者は本当に現れるのでしょうか。」
「わかりません。しかし、可能性がないわけではありません。」
「…」
女王がその返答に不安を見せた刹那、兵が叫び声を上げ次々と倒れていった。驚き、振り向くと、2箇所の出入り口うち一方から、何者かが兵を倒して侵入していた。
「陛下、お下がりください!!」
ウルノアの一声で、周囲の騎士達は戦闘態勢になり、目の前にいる薄汚いローブのようなものを身にまとった侵入者に殺意を向けた。だが、侵入者はそれを気にすることなく、一歩ずつ王達に近づいていく。ウルノア達は剣を向け、その者へと斬りかかっていった。
…その時だった。
侵入者の全身から異常なオーラが放たれ、その姿は光に包まれた。そして、薄汚いローブは脱ぎ捨てられ、美しい銀色の体毛の獣が姿を表した。
「『獣人化』だと!?まずい、退け!」
ウルノアが声をあげる。だが、遅かった。豹に似たその獣は、襲い掛かってくる騎士達を振り払い、ウルノアの頭上を飛び越え、王と后に飛び掛った。
「陛下!!」
急ぎ王のもとに向かうと、獣は後ろに退いた。どうやら、王と后に外傷はないらしい。それがわかると、ウルノアは獣へと剣を向けた。しかし、そんな彼女を止める声があった。
「ウルノア、やめて!!」
叫び声をあげた女王を見たウルノアは、一瞬驚いたが、すぐにその静止の理由を理解した。
女王の腕の中に、あの子がいない。
再び獣に目を向けると、そこには獣に銜えられたあの子の姿があった。突然の出来事に混乱しているのか、大声で泣いている。だが、ウルノア達にその子をあやすことはできない。近づけば、その子がどんな危険な目に合うかわからないからだ。獣はそのままその子を人質に、脱ぎ捨てたローブの元に行き、人の姿に戻った。その姿を隠すようにうローブを着込むと、侵入者はその子を抱いたままその場を去ろうとした。
「待て!!」
その声に、侵入者は足を止めた。振り返ると、ウルノアが剣を向け、侵入者をその瞳に捕らえていた。
「貴様、ティマリア姫を放せ!!」
ウルノアの叫び声に、その者は姫の泣き顔を覗き込んだ。
「…そうか。君は『ティマリア』っていうのか。」
ローブの下から、かすかに若い声が聞こえた。その若さにウルノアが驚いている隙に、その者は城から走り去っていった。
「ああ…そんな!!」
女王が悲痛な声をあげ、その場に崩れた。
「あの者を捕らえよ!ティマリアを取り戻すのだ!!」
王が怒りを込めた声で動ける兵たちに命令を下した。
ひどい雨がやみ、朝陽と共に青空が現れた。
しかし、姫はその日から城に戻る事はなかった。