第4章 復讐の闇 Z
謎の声を追って、薄暗い森の中を駆け続けるティマ。どこに向かっているのか、自分でもわからない。ただ風にのって聞こえてきた、頭に響く声に従うだけ。
だが、その声は突然消えた。それと同時に、ティマの足も止まる。肩で息をしながら周囲を見ると、声が聞こえていたときよりも森の中が暗くなっているような気がしてきた。
「ここに何が……きゃあ!!」
悲鳴と共にティマは前に仰け反るようにして倒れた。後ろから何かが勢いよく衝突したのだ。驚いて振り向くと、そこにはルビアをまきぞいにして倒れていたカイウスがいた。
「痛っつぅ〜。急に止まるなよ、ティマ。」
「カ、カイウス!ルビアも!いたの?」
「気づいてなかったのかよ!?」
「ご、ごめん。声に夢中で…」
そう言いながら、双方は立ち上がり、服についた土をほろった。
「声?」
「ええ。さっきまで聞こえていたでしょ?」
「そんなの聞いたか?」
「ううん。」
「…え?」
二人の返答にティマは疑問に思った。
自分にはあんなにはっきり聞こえていたのに、二人には聞こえなかった。まさか幻聴だったというのだろうか。
顎に手を当てながら、そう考えていたときだった。何かが草を踏み、近づいてくる音がティマの耳に入った。ティマは顔を上げ、二人を見た。すると、カイウスとルビアにも聞こえたらしく、首をわずかに振ってティマに合図すると、音のした方角に向け、武器を構えた。足音が徐々に近づくと同時に、周囲の空気が張り詰めていく。その緊張感が最高潮にまで達したとき、そのモノは姿を現した。
「「「ロイン!!?」」」
その姿が目に入った瞬間、三人はほぼ同時に叫んだ。体格のいい男に抱えられた、傷つき、弱りきったロインの姿。最後に姿を見た時と比べると、その有様はひどかった。動揺したティマは杖を地面に放り投げ、一目散にロインに駆け寄った。すると、男はロインをゆっくりと地面に横たわらせ、数歩下がった。
「ロイン!ねぇしっかりして!何があったの!?」
ティマは必死の様子でロインに返事を求めるが、虫の息の彼が答えることは無理だった。その状況を理解すればするほど、ティマはますます必死に、半泣きになりながらロインを起こそうと彼の体を揺さぶった。
「ティマ、どけ!ルビア!!」
「わかってる!」
冷静な判断力を失ったティマを、無理やりロインから引き離したカイウス。その隙に、ルビアが彼に近づき、集中し、詠唱をする。
「…レイズデッド!!」
そう言い放つと、彼女の杖先から暖かい光が放たれ、ゆっくりとロインに向かって降りていく。やがてその光はロインを包み込み、その傷を癒していった。同時に、ロインの表情がわずかに和らいでいく。
「これで大丈夫。でも、しばらく安静にしてたほうがいいわ。」
「ほ…本当?」
光が収まった頃、ルビアはティマを見て、笑顔で言った。その言葉にほっとしたのか、ティマは糸が切れた人形のように地面にヘナヘナと座り込んだ。カイウスもほっとした表情を見せると、彼らから少し離れた場で事態を見守っていた男に目を向けた。
「仲間を連れてきてくれてありがとう。」
「いや、礼なら首領(ボス)に…」
「首領?そういえば、あなたどこかで見たような…」
「そりゃそうさ。何日も同じ船に乗っていたんだから。」
ルビアがそう口にした瞬間、聞き覚えのある声が聞こえた。驚いていると、男の後ろから赤髪の少女が姿を現した。
「「ラミー!」」
彼女を見た瞬間、カイウスとルビアが同時に叫んだ。驚く彼らの表情が可笑しかったのか、ラミーはくすっと笑いながら手を上げた。
「どーも♪で、こんな薄暗いとこで何してんだい?」
「えっと…この森を抜けた先の町に用があって、それで」
「それで、なんでこいつがこんな目にあってんだい?あんた達、一緒じゃなかったのか?」
そう言いながら、ラミーは穏やかな表情になりつつあるロインを指差した。
「『一人にして欲しい』って言われて、別行動だったんだ。」
「なるほど。そん時に不運にも因縁の相手に出会ったってわけか。」
ラミーの独り言のような発言に、ティマは目を丸くし、突然立ち上がり、ラミーの両肩をつかんだ。
「因縁の相手って、ロインのお母さんを殺した人!?」
「そ、そんな事情知らないね。本人に直接聞きな。」
突然問い詰められたことに戸惑いを見せるラミーだったが、すぐにその手を振りほどき、再びロインを指差して言った。ティマは我に返ったように申し訳なさそうにラミーに謝り、そしてロインを見つめた。
今まで、母親が殺されたときの状況について、ロインが詳しく話してくれたことはない。彼の父からも聞いたことはなかった。余程心に負った傷が深かったせいだろう。それを、今になって話してくれるとは、ティマには思えなかった。
「………げて……に…かまわ…ず……」
「イヤだ!」
暗い森の中。
冷たい雨が、だんだん冷えていく身体を余計に、氷のように冷たくしていく。
透明な水に混じって、ぬるっとした、臭いのする水が手に触れる。
小さい身体で引きずるには大きすぎる身体を、『彼』は必死に守ろうとしていた。
だが、やがて力尽き、そばにあった大きな木に、二人は身をゆだねた。
「だいじょうぶ。こんな視界の中で追ってこられるわけないよ。『あいつ』は犬じゃないんだし。」
「はぁ…はぁ……にげ…て」
「イヤだ!!一人で逃げるなんてできないよ!」
「逃げ…るの……と……さ…を…ひとりに…しちゃ…ゲホゲホッ…!!」
「父さんよりも自分の心配してよ…!!」
瀕死のその人の前に立ち、金切り声をあげる『彼』に、もはや何物も映さぬ虚ろな瞳が目に入った。その瞬間、『彼』は何かを、この世で一番ほど遠いと感じていたものを感じてしまった。
「にげる…のよ……『ソレ』を…わたし…ちゃ…ダ…メ…」
「…わかってる!だから…だから…!!」
喉まで出掛かっている言葉を、『彼』は口に出せなかった。そんな『彼』の頬を、血にまみれた大きな手が優しくなでた。
「……いいこ…ね………ろ…いん…わたしの…ほこ………り…………」
ふっとかすかに笑みを見せたその顔は、カクンとうなだれて、髪で見えなくなった。
同時に、頬にあったはずの冷たい手が、トサッと地面に滑り落ちた。
もはや動かないとわかっているその身体がもう一度起き上がりはしないかと、『彼』は切に願った。
しかし、静寂が増し、雨の降る音が強くなるだけであった。
「い…やだ……嫌だぁ!!母さぁーーーーーーーーーーーーーーん!!!」
だが、その声は突然消えた。それと同時に、ティマの足も止まる。肩で息をしながら周囲を見ると、声が聞こえていたときよりも森の中が暗くなっているような気がしてきた。
「ここに何が……きゃあ!!」
悲鳴と共にティマは前に仰け反るようにして倒れた。後ろから何かが勢いよく衝突したのだ。驚いて振り向くと、そこにはルビアをまきぞいにして倒れていたカイウスがいた。
「痛っつぅ〜。急に止まるなよ、ティマ。」
「カ、カイウス!ルビアも!いたの?」
「気づいてなかったのかよ!?」
「ご、ごめん。声に夢中で…」
そう言いながら、双方は立ち上がり、服についた土をほろった。
「声?」
「ええ。さっきまで聞こえていたでしょ?」
「そんなの聞いたか?」
「ううん。」
「…え?」
二人の返答にティマは疑問に思った。
自分にはあんなにはっきり聞こえていたのに、二人には聞こえなかった。まさか幻聴だったというのだろうか。
顎に手を当てながら、そう考えていたときだった。何かが草を踏み、近づいてくる音がティマの耳に入った。ティマは顔を上げ、二人を見た。すると、カイウスとルビアにも聞こえたらしく、首をわずかに振ってティマに合図すると、音のした方角に向け、武器を構えた。足音が徐々に近づくと同時に、周囲の空気が張り詰めていく。その緊張感が最高潮にまで達したとき、そのモノは姿を現した。
「「「ロイン!!?」」」
その姿が目に入った瞬間、三人はほぼ同時に叫んだ。体格のいい男に抱えられた、傷つき、弱りきったロインの姿。最後に姿を見た時と比べると、その有様はひどかった。動揺したティマは杖を地面に放り投げ、一目散にロインに駆け寄った。すると、男はロインをゆっくりと地面に横たわらせ、数歩下がった。
「ロイン!ねぇしっかりして!何があったの!?」
ティマは必死の様子でロインに返事を求めるが、虫の息の彼が答えることは無理だった。その状況を理解すればするほど、ティマはますます必死に、半泣きになりながらロインを起こそうと彼の体を揺さぶった。
「ティマ、どけ!ルビア!!」
「わかってる!」
冷静な判断力を失ったティマを、無理やりロインから引き離したカイウス。その隙に、ルビアが彼に近づき、集中し、詠唱をする。
「…レイズデッド!!」
そう言い放つと、彼女の杖先から暖かい光が放たれ、ゆっくりとロインに向かって降りていく。やがてその光はロインを包み込み、その傷を癒していった。同時に、ロインの表情がわずかに和らいでいく。
「これで大丈夫。でも、しばらく安静にしてたほうがいいわ。」
「ほ…本当?」
光が収まった頃、ルビアはティマを見て、笑顔で言った。その言葉にほっとしたのか、ティマは糸が切れた人形のように地面にヘナヘナと座り込んだ。カイウスもほっとした表情を見せると、彼らから少し離れた場で事態を見守っていた男に目を向けた。
「仲間を連れてきてくれてありがとう。」
「いや、礼なら首領(ボス)に…」
「首領?そういえば、あなたどこかで見たような…」
「そりゃそうさ。何日も同じ船に乗っていたんだから。」
ルビアがそう口にした瞬間、聞き覚えのある声が聞こえた。驚いていると、男の後ろから赤髪の少女が姿を現した。
「「ラミー!」」
彼女を見た瞬間、カイウスとルビアが同時に叫んだ。驚く彼らの表情が可笑しかったのか、ラミーはくすっと笑いながら手を上げた。
「どーも♪で、こんな薄暗いとこで何してんだい?」
「えっと…この森を抜けた先の町に用があって、それで」
「それで、なんでこいつがこんな目にあってんだい?あんた達、一緒じゃなかったのか?」
そう言いながら、ラミーは穏やかな表情になりつつあるロインを指差した。
「『一人にして欲しい』って言われて、別行動だったんだ。」
「なるほど。そん時に不運にも因縁の相手に出会ったってわけか。」
ラミーの独り言のような発言に、ティマは目を丸くし、突然立ち上がり、ラミーの両肩をつかんだ。
「因縁の相手って、ロインのお母さんを殺した人!?」
「そ、そんな事情知らないね。本人に直接聞きな。」
突然問い詰められたことに戸惑いを見せるラミーだったが、すぐにその手を振りほどき、再びロインを指差して言った。ティマは我に返ったように申し訳なさそうにラミーに謝り、そしてロインを見つめた。
今まで、母親が殺されたときの状況について、ロインが詳しく話してくれたことはない。彼の父からも聞いたことはなかった。余程心に負った傷が深かったせいだろう。それを、今になって話してくれるとは、ティマには思えなかった。
「………げて……に…かまわ…ず……」
「イヤだ!」
暗い森の中。
冷たい雨が、だんだん冷えていく身体を余計に、氷のように冷たくしていく。
透明な水に混じって、ぬるっとした、臭いのする水が手に触れる。
小さい身体で引きずるには大きすぎる身体を、『彼』は必死に守ろうとしていた。
だが、やがて力尽き、そばにあった大きな木に、二人は身をゆだねた。
「だいじょうぶ。こんな視界の中で追ってこられるわけないよ。『あいつ』は犬じゃないんだし。」
「はぁ…はぁ……にげ…て」
「イヤだ!!一人で逃げるなんてできないよ!」
「逃げ…るの……と……さ…を…ひとりに…しちゃ…ゲホゲホッ…!!」
「父さんよりも自分の心配してよ…!!」
瀕死のその人の前に立ち、金切り声をあげる『彼』に、もはや何物も映さぬ虚ろな瞳が目に入った。その瞬間、『彼』は何かを、この世で一番ほど遠いと感じていたものを感じてしまった。
「にげる…のよ……『ソレ』を…わたし…ちゃ…ダ…メ…」
「…わかってる!だから…だから…!!」
喉まで出掛かっている言葉を、『彼』は口に出せなかった。そんな『彼』の頬を、血にまみれた大きな手が優しくなでた。
「……いいこ…ね………ろ…いん…わたしの…ほこ………り…………」
ふっとかすかに笑みを見せたその顔は、カクンとうなだれて、髪で見えなくなった。
同時に、頬にあったはずの冷たい手が、トサッと地面に滑り落ちた。
もはや動かないとわかっているその身体がもう一度起き上がりはしないかと、『彼』は切に願った。
しかし、静寂が増し、雨の降る音が強くなるだけであった。
「い…やだ……嫌だぁ!!母さぁーーーーーーーーーーーーーーん!!!」