第5章 騎士と思い出 T
日が高く昇った頃、彼らは緑豊かな町ケノンに到着した。ラミーとアインスは、町についた途端「用事があるから」と言い、ロイン達に別れを告げた。
「さ〜て、あたし達も用事を済ませましょう。」
フレアという兵からもらった「ウルノア」という人物の情報。彼女に会うそのためにここに来た。ルビアの声に張り切る様子のティマとカイウス。ただ一人、ロインだけが暗い表情なのに3人は気付いていなかった。
「すみません。ウルノアという人を探しているんですが…」
捜索を始めて約30分。町の中を行き交う人々にこうして何度も尋ねたが、さあ、と首を傾げられるだけであった。
「ねぇ、確かにケノンだって聞いたのよね?」
「ああ。」
「じゃあなんで皆知らないんだ?同じ町の人間くらい知ってても良さそうなのに。」
「そうよね。元王家近衛騎士っていう人だもの。おかしいわ。」
予想外の展開に困った顔になる4人。仮にフレアの情報が偽りのものであるなら、彼らはスディアナ事件の首謀者と姫を探し出す手がかりを失ってしまう可能性があった。
「こうなったら、片っ端から声をかけてやるんだから!」
ティマはそう言うと、近くで花壇の手入れをしている女性に声をかけにいった。
「どこからくるんだ、あのやる気は?」
「…オレに聞くな。」
こっちが聞きたい、とでも言いたげな表情でロインは答えた。そして、カイウス、ルビアと共にティマが声をかけた女性のもとに向かおうとした時、彼の身体が硬直した。
「…ウルノア?あなたたち、あの人に会いに来たの?」
「ご存知なんですか?」
女性の言葉に、3人の瞳に期待が宿った。だが、それはすぐに絶望へと変わった。
「残念だけど…亡くなったわ。7年前に。」
「「「え?」」」
「詳しいことは知らないけど、『殺された』って噂よ。」
「そんな…あの、ウルノアさんの家族は?いらっしゃいましたよね?」
「ええ。けど、その後町から出て行って、今どこにいるのかは…」
当時を詳しく知るものがいない。そのことに3人はショックを受けた。そんな様子を見て、女性は申し訳なさそうにしていた。その時、ふと遠くにいるロインの姿が目に入ると、信じられないというような表情を見せた。
「…ロイン君?」
女性の呟きにティマ達は驚き、女性とロインを交互に見た。
「お知り合い、ですか?」
恐る恐る尋ねると、女性は「ええ」と笑顔で答えた。
「あの子は、ロイン君はウルノアさんの一人息子なのよ。」
女性のその一言に、3人は驚きを隠せなかった。だが、それ以上に驚いた様子を見せるのが1人いた。
「ま、待てよ!!そんなの、初めて聞いたぞ!?」
ロインはそう言いながら女性に大股で歩み寄った。
「オレの母さんの名前は『グレシア』だ。『ウルノア』なんて、聞いたことが無い!」
「『ウルノア』はグレシアさんのファミリー・ネームよ。それに、あの人はこの町でその名を使おうとしなかった。知らないのも無理ないわ。」
女性は落ち着いて、優しくロインに言った。だが、突然の事実にロインは混乱しているのだろう、彼女の言葉を冷静に受け止めることが出来ず、どこかへ走り去ってしまった。その後をカイウスが彼の名を呼びながら追いかけていった。ティマとルビアも、遅れて走り出した。
「くそっ!見失っちまった。」
道角を曲がったとき、ロインは3人の視界から消えていた。どうにかして彼を探そうとするが、土地勘の無い彼らはどこへ向かえばよいか判らなかった。
「それにしても、さっきの話、どういうこと?」
「私達の探してた『ウルノア』って人はロインのお母さんで、ロインはお母さんが亡くなるまでここに住んでたってこと?」
「しかも、『ウルノア』の名前も、マウディーラ王家に仕えてた近衛騎士だったことも知らなかった…か。」
思えば、フレアたちがウルノアの名を口にしても、ロインは何も反応を示さなかった。その時は、ただの偶然程度にすら思ってもいなかったのだろう。
「そんなことより、ロインを探そう。なんか知らないが、あいつの様子、少しおかしかった。」
カイウスの言葉に2人は頷いた。
町の奥にある一軒の古びた家。その家の住人は長い間戻っていないのか、あちこちが荒れ、くもの巣が張っていた。その家に入ってすぐの位置に、木で出来た長机と四脚の椅子が並んでいる。その一番手前の椅子には誰かが座り、ほこりのかぶった写真たてを手にしていた。
突然、ぎいと鈍い音を立て、家の戸がゆっくり開いた。顔をあげ訪問者を見上げると、そこには見知った顔が3人いた。
「ロイン、やっと見つけた。」
ほっと胸をなでおろすティマ。町の人にロインの行方を尋ね、ようやくここにたどり着いたのだった。
「お前、一人で勝手に行動する癖、治したほうがいいぞ。」
やや疲れた顔でカイウスは言うが、ロインは何も返さなかった。代わりに、ルビアが別の質問を投げかけた。
「ねえ、ここ、誰の家?ずいぶん荒れ果ててるようだけど。」
「…昔のオレの家だ。」
しばらく沈黙した後、呟くようにしてロインは答えた。そして、手にしていた写真たてをテーブルの上に置く。そのほこりをかぶった写真の中に、ティマは見覚えのある人物を見つけた。イーバオに来たばかりの頃より少し幼い笑顔を見せるロインと、彼と同じ翡翠色の瞳を持つ優しそうな男性、ロインの父親だった。他に2人―――この2人をティマは知らないが―――美しいウェーブのかかった髪の女性と、20代前半に見える青年が写っていた。
「もしかして、この人がお母さん?」
写真の中で笑顔を見せる女性を指差しながら、おずおずとティマは尋ね、ロインは「ああ」と返事した。
そうすると、一緒に写っているこの男は…。
ティマは無意識のうちに、その人物がロインから信じる心を奪った男だと認識していた。そんなティマをよそに、カイウスが再び口を開いた。
「ロイン、何でここに?」
「…ここにくれば、少しは落ち着けるかと思ってさ。」
ロインはそう言って、何もない天井を見上げた。
「…けど駄目だった。『あいつ』との思い出まで蘇ってきやがる。」
椅子にもたれかかり、ロインは目を閉じて、静かに話し出した。
「母さんは…『グレシア・エイバス』は強い人だった……。」
「さ〜て、あたし達も用事を済ませましょう。」
フレアという兵からもらった「ウルノア」という人物の情報。彼女に会うそのためにここに来た。ルビアの声に張り切る様子のティマとカイウス。ただ一人、ロインだけが暗い表情なのに3人は気付いていなかった。
「すみません。ウルノアという人を探しているんですが…」
捜索を始めて約30分。町の中を行き交う人々にこうして何度も尋ねたが、さあ、と首を傾げられるだけであった。
「ねぇ、確かにケノンだって聞いたのよね?」
「ああ。」
「じゃあなんで皆知らないんだ?同じ町の人間くらい知ってても良さそうなのに。」
「そうよね。元王家近衛騎士っていう人だもの。おかしいわ。」
予想外の展開に困った顔になる4人。仮にフレアの情報が偽りのものであるなら、彼らはスディアナ事件の首謀者と姫を探し出す手がかりを失ってしまう可能性があった。
「こうなったら、片っ端から声をかけてやるんだから!」
ティマはそう言うと、近くで花壇の手入れをしている女性に声をかけにいった。
「どこからくるんだ、あのやる気は?」
「…オレに聞くな。」
こっちが聞きたい、とでも言いたげな表情でロインは答えた。そして、カイウス、ルビアと共にティマが声をかけた女性のもとに向かおうとした時、彼の身体が硬直した。
「…ウルノア?あなたたち、あの人に会いに来たの?」
「ご存知なんですか?」
女性の言葉に、3人の瞳に期待が宿った。だが、それはすぐに絶望へと変わった。
「残念だけど…亡くなったわ。7年前に。」
「「「え?」」」
「詳しいことは知らないけど、『殺された』って噂よ。」
「そんな…あの、ウルノアさんの家族は?いらっしゃいましたよね?」
「ええ。けど、その後町から出て行って、今どこにいるのかは…」
当時を詳しく知るものがいない。そのことに3人はショックを受けた。そんな様子を見て、女性は申し訳なさそうにしていた。その時、ふと遠くにいるロインの姿が目に入ると、信じられないというような表情を見せた。
「…ロイン君?」
女性の呟きにティマ達は驚き、女性とロインを交互に見た。
「お知り合い、ですか?」
恐る恐る尋ねると、女性は「ええ」と笑顔で答えた。
「あの子は、ロイン君はウルノアさんの一人息子なのよ。」
女性のその一言に、3人は驚きを隠せなかった。だが、それ以上に驚いた様子を見せるのが1人いた。
「ま、待てよ!!そんなの、初めて聞いたぞ!?」
ロインはそう言いながら女性に大股で歩み寄った。
「オレの母さんの名前は『グレシア』だ。『ウルノア』なんて、聞いたことが無い!」
「『ウルノア』はグレシアさんのファミリー・ネームよ。それに、あの人はこの町でその名を使おうとしなかった。知らないのも無理ないわ。」
女性は落ち着いて、優しくロインに言った。だが、突然の事実にロインは混乱しているのだろう、彼女の言葉を冷静に受け止めることが出来ず、どこかへ走り去ってしまった。その後をカイウスが彼の名を呼びながら追いかけていった。ティマとルビアも、遅れて走り出した。
「くそっ!見失っちまった。」
道角を曲がったとき、ロインは3人の視界から消えていた。どうにかして彼を探そうとするが、土地勘の無い彼らはどこへ向かえばよいか判らなかった。
「それにしても、さっきの話、どういうこと?」
「私達の探してた『ウルノア』って人はロインのお母さんで、ロインはお母さんが亡くなるまでここに住んでたってこと?」
「しかも、『ウルノア』の名前も、マウディーラ王家に仕えてた近衛騎士だったことも知らなかった…か。」
思えば、フレアたちがウルノアの名を口にしても、ロインは何も反応を示さなかった。その時は、ただの偶然程度にすら思ってもいなかったのだろう。
「そんなことより、ロインを探そう。なんか知らないが、あいつの様子、少しおかしかった。」
カイウスの言葉に2人は頷いた。
町の奥にある一軒の古びた家。その家の住人は長い間戻っていないのか、あちこちが荒れ、くもの巣が張っていた。その家に入ってすぐの位置に、木で出来た長机と四脚の椅子が並んでいる。その一番手前の椅子には誰かが座り、ほこりのかぶった写真たてを手にしていた。
突然、ぎいと鈍い音を立て、家の戸がゆっくり開いた。顔をあげ訪問者を見上げると、そこには見知った顔が3人いた。
「ロイン、やっと見つけた。」
ほっと胸をなでおろすティマ。町の人にロインの行方を尋ね、ようやくここにたどり着いたのだった。
「お前、一人で勝手に行動する癖、治したほうがいいぞ。」
やや疲れた顔でカイウスは言うが、ロインは何も返さなかった。代わりに、ルビアが別の質問を投げかけた。
「ねえ、ここ、誰の家?ずいぶん荒れ果ててるようだけど。」
「…昔のオレの家だ。」
しばらく沈黙した後、呟くようにしてロインは答えた。そして、手にしていた写真たてをテーブルの上に置く。そのほこりをかぶった写真の中に、ティマは見覚えのある人物を見つけた。イーバオに来たばかりの頃より少し幼い笑顔を見せるロインと、彼と同じ翡翠色の瞳を持つ優しそうな男性、ロインの父親だった。他に2人―――この2人をティマは知らないが―――美しいウェーブのかかった髪の女性と、20代前半に見える青年が写っていた。
「もしかして、この人がお母さん?」
写真の中で笑顔を見せる女性を指差しながら、おずおずとティマは尋ね、ロインは「ああ」と返事した。
そうすると、一緒に写っているこの男は…。
ティマは無意識のうちに、その人物がロインから信じる心を奪った男だと認識していた。そんなティマをよそに、カイウスが再び口を開いた。
「ロイン、何でここに?」
「…ここにくれば、少しは落ち着けるかと思ってさ。」
ロインはそう言って、何もない天井を見上げた。
「…けど駄目だった。『あいつ』との思い出まで蘇ってきやがる。」
椅子にもたれかかり、ロインは目を閉じて、静かに話し出した。
「母さんは…『グレシア・エイバス』は強い人だった……。」