第5章 騎士と思い出 [
キィィンと金属同士がぶつかる音が響き、ガルザの剣ははじかれた。目の前の出来事にロインは、そしてガルザも驚いていた。致命傷を負っているはずのグレシアが二人の間に割って入り、剣を固く握り締め彼の攻撃を受け止めたのだ。
「ロインに…手を出すな!!」
グレシアは叫びながら魔神剣を放った。怪我人とは思えない動きの速さに圧倒され、ガルザはギリギリ剣で防ぐことしかできなかった。そして彼女は反撃の隙を与えない。ガルザが防御から攻撃に移ろうとした瞬間に、剣の柄で腹に一撃を加える。ガルザはうめき声を上げ、とにかく体勢を整えようとバックステップで後退する。だが、グレシアはそれを許さない。
「秋沙雨!!」
素早い連続した突きでガルザを逃さない。
致命傷を負っている人間が何故ここまで動ける!?
ガルザはそう疑問に思うが、それを考える暇はない。少しでも気を緩め、防御がおろそかになればグレシアの剣が彼を襲う。浅い切り傷が彼の体を次々に刻んでいく。そしてその猛攻の中で、ガルザは気がついた。グレシアが剣を振るいながら何かを唱えているのを。やがて斬撃の雨がやみ、ガルザとグレシアの間に距離ができた。すかさず反撃にでようとするガルザ。だが、グレシアのほうが速かった。
「グラビティ!!」
重力の壁がガルザを地面に叩きつける。必死に抵抗するが、体は重く、頭を持ち上げることすら難しい。この状態では、いつとどめをさされてもおかしくなかった。その事にガルザは焦りを感じていた。だが、いつまでたってもその気配はない。ようやく体に自由が戻り始め、顔をあげると、周囲にはグレシアの姿も、ロインの姿もなかった。
冷たい雨にうたれながら、二人は森の中を必死で駆けた。
(そろそろガルザにかけたプリセプツが解ける。)
グレシアはそう思った。その時、彼女に激痛が走り、そのまま倒れてしまった。
「母さん!?」
先を走っていたロインがそれに気がつき、急ぎ戻った。グレシアは肩の傷口を手で押さえ、激痛と格闘していた。
よく考えれば、致命傷を負った体であれだけの戦闘を行えるはずがなかった。今まであんな動きができたことの方が信じがたいことなのだ。
出血はひどく、服がどんどん血を吸い上げていく。ロインはそんな母を見て軽くパニックになりながらも、助けなければ、と彼女を背負って再び走り出した。とは言っても、それは「走る」とは言えないスピードであった。
(………これまで…ね)
幼い息子に背負われながら、グレシアは悟った。そして、彼の小さな手に何かをそっと握らせた。
「これは?」
ロインは足を止めグレシアに問うた。その手にあるのは、ちいさな白い結晶のついたペンダントだった。グレシアは今にも消えてしまいそうな声で、ロインの耳にささやいた。
「『白晶の首飾(クリスタル・ペンダント)』。ガルザが欲しがった、代々母さんの家が受け継いでいる物よ。」
「ガルザが?なんで?」
「判らない…。でも、今のアイツは普通じゃなかった。絶対に渡さないで…ゴホッ!!」
その言葉を吐ききるとほぼ同時に、グレシアは口から血を吐いた。ロインは悲鳴のように母を呼んだ。その目には涙が浮かび始めていた。そんなロインに、グレシアは静かに言った。
「ロイン…母さんを置いて逃げなさい!……アイツから逃げて…ソレを……守って…!!」
「嫌だぁ!!」
ロインは言うことを聞かなかった。そして再び足を前へと動かし始めた。
絶対に助ける
死なせたくない
ロインの頭にはそれしかなった。その間に、グレシアは何度も自分を置いていくよう諭すが、ロインはそのたびに首を横に振った。
だが、雨が無情にも二人の体力を削っていった。
グレシアの体はどんどん冷え、ロインは前へ進む力を失っていった。
やがて、一本の樹の下で二人は力尽きた。
動かなくなった母の前で、ロインは母の遺した首飾りを握り締め、泣き叫んだ。
その声を掻き消すように、または少年と共に涙するように、雨は激しさを増して降り続けた。
「ロインに…手を出すな!!」
グレシアは叫びながら魔神剣を放った。怪我人とは思えない動きの速さに圧倒され、ガルザはギリギリ剣で防ぐことしかできなかった。そして彼女は反撃の隙を与えない。ガルザが防御から攻撃に移ろうとした瞬間に、剣の柄で腹に一撃を加える。ガルザはうめき声を上げ、とにかく体勢を整えようとバックステップで後退する。だが、グレシアはそれを許さない。
「秋沙雨!!」
素早い連続した突きでガルザを逃さない。
致命傷を負っている人間が何故ここまで動ける!?
ガルザはそう疑問に思うが、それを考える暇はない。少しでも気を緩め、防御がおろそかになればグレシアの剣が彼を襲う。浅い切り傷が彼の体を次々に刻んでいく。そしてその猛攻の中で、ガルザは気がついた。グレシアが剣を振るいながら何かを唱えているのを。やがて斬撃の雨がやみ、ガルザとグレシアの間に距離ができた。すかさず反撃にでようとするガルザ。だが、グレシアのほうが速かった。
「グラビティ!!」
重力の壁がガルザを地面に叩きつける。必死に抵抗するが、体は重く、頭を持ち上げることすら難しい。この状態では、いつとどめをさされてもおかしくなかった。その事にガルザは焦りを感じていた。だが、いつまでたってもその気配はない。ようやく体に自由が戻り始め、顔をあげると、周囲にはグレシアの姿も、ロインの姿もなかった。
冷たい雨にうたれながら、二人は森の中を必死で駆けた。
(そろそろガルザにかけたプリセプツが解ける。)
グレシアはそう思った。その時、彼女に激痛が走り、そのまま倒れてしまった。
「母さん!?」
先を走っていたロインがそれに気がつき、急ぎ戻った。グレシアは肩の傷口を手で押さえ、激痛と格闘していた。
よく考えれば、致命傷を負った体であれだけの戦闘を行えるはずがなかった。今まであんな動きができたことの方が信じがたいことなのだ。
出血はひどく、服がどんどん血を吸い上げていく。ロインはそんな母を見て軽くパニックになりながらも、助けなければ、と彼女を背負って再び走り出した。とは言っても、それは「走る」とは言えないスピードであった。
(………これまで…ね)
幼い息子に背負われながら、グレシアは悟った。そして、彼の小さな手に何かをそっと握らせた。
「これは?」
ロインは足を止めグレシアに問うた。その手にあるのは、ちいさな白い結晶のついたペンダントだった。グレシアは今にも消えてしまいそうな声で、ロインの耳にささやいた。
「『白晶の首飾(クリスタル・ペンダント)』。ガルザが欲しがった、代々母さんの家が受け継いでいる物よ。」
「ガルザが?なんで?」
「判らない…。でも、今のアイツは普通じゃなかった。絶対に渡さないで…ゴホッ!!」
その言葉を吐ききるとほぼ同時に、グレシアは口から血を吐いた。ロインは悲鳴のように母を呼んだ。その目には涙が浮かび始めていた。そんなロインに、グレシアは静かに言った。
「ロイン…母さんを置いて逃げなさい!……アイツから逃げて…ソレを……守って…!!」
「嫌だぁ!!」
ロインは言うことを聞かなかった。そして再び足を前へと動かし始めた。
絶対に助ける
死なせたくない
ロインの頭にはそれしかなった。その間に、グレシアは何度も自分を置いていくよう諭すが、ロインはそのたびに首を横に振った。
だが、雨が無情にも二人の体力を削っていった。
グレシアの体はどんどん冷え、ロインは前へ進む力を失っていった。
やがて、一本の樹の下で二人は力尽きた。
動かなくなった母の前で、ロインは母の遺した首飾りを握り締め、泣き叫んだ。
その声を掻き消すように、または少年と共に涙するように、雨は激しさを増して降り続けた。