第5章 騎士と思い出 ]
日はすっかり沈み、ケノンに夜が訪れた。一軒の建物の中では、仕事を終えた男達や旅人が酒を酌み交わしている。照明と同じ、いや、それ以上に明るい笑い声が酒場に響き、それに負けないくらい大きな声で女性が受け答え、男が厨房で調理を進める。そしてまた店の扉についている鈴が鳴った。
「いらっしゃい!!」
女性の明るい声が新たな客を向かえた。直後、女性の表情が今までのそれと変わった。
「ロイン君!」
女性の驚いた声を聞き、酒場の一部が静まり返った。今まで酒を飲んでいた男達は手を止め、顔を見合わせながらロインに目をやった。
「…ロイン?」
「ロインって、ドーチェ・エイバスんとこのロインか?」
「7年ぶりか!!覚えてるか、ロイン?道具屋のワイズリーだ。」
幼い頃のロインを知る大人達がそう口々に言葉をかけながら彼のまわりに集まってきた。酒を片手に嬉しそうにぞろぞろと寄って来る十数人の大人たち。この町を出る以前のロインであれば、共に笑って久しぶりなどと言葉を交わしたことだろう。だが、ロインは自分目掛けて押し寄せてくる大人達に警戒以外の何も感じていない。反射的に目つきがきつくなり、右手が腰に回される。しかし、何者かの手が辛うじて剣を抜く前にロインの手を抑えた。
「元気みたいだな、ロイン!!ドーチェは元気か?」
「! トルド…おじさん……」
ロインの動きを止めた主は近づいてきたどの男達よりも大きな声で笑っていた。ロインの手はまだ剣から離れていない。それを客に気付かせないように、トルドはロインの隣に立ち、ロインの肩を叩いた。その隙にリーサは客たちを笑顔で席にかえしていく。幸い、酔いのおかげか大人達はロインの変化に気付かなかったらしく、懐かしい顔に出会えたことに喜び、さらに陽気になって酒を飲んでいた。
「…まだ、あの時のままみたいだな。」
「悪いか?それと、父さんなら3年前に死んだよ。病気で。」
「そ、そりゃ悪かったな…。」
ロインはふん、とトルドから離れた。右手はもう剣から離れている。トルドがそれを確認し厨房に戻ろうとした時だった。
「聞きたいことがある。母さん…ウルノアについてだ。」
『ウルノア』。ロインの口から出たその言葉に一瞬驚いた表情を見せたトルド。だが、すぐに平静に戻った。
「お前からその名を聞くなんてな。いいぜ。外の友達とカウンターの席に来な。」
トルドはそう言い、厨房に戻った。今度はロインがトルドの発言に驚かされた。が、その驚きもすぐにおさまり、トルドに背を向け、店の戸を開けた。そこにはカイウス、ティマ、ルビアが立っていた。
「話、してくれると。」
「よかったぁ!」
「ふぅー。お前が騒ぎを起こすんじゃないかってヒヤヒヤしたぜ。」
「それにしてもあのトルドって人、ただの一般人じゃないわね。」
「そうだね。ロインのこと、簡単に止めちゃたし。」
「気になるなら本人に聞いてみろよ。行くぜ。」
そう言うロインを先頭に、カイウス達は店の中に入っていった。
ロインの家を後にした4人は、宿を探してケノンの町中を歩いていた。そんな中、ロインは3人にさっきの話に出てきたトルドとリーサが営む宿屋はどうかと訪ねた。ロインは7年前のことがあるので気まずいのではないか、とティマとルビアは気にしたが、当の本人はグレシアの『ウルノア』としての顔を知っているかもしれない、と平気そうにしている。カイウスも何か情報が得られる可能性があるならとその提案に賛成したのだった。
「それにしても混んでるね。」
ティマがお店を見渡して言った。とても活気があり、皆酒でテンションが高かった。その雰囲気で、ティマはイーバオの活気を思い出していた。カウンター席はちょうどロイン達四人分の席が空けられていた。そこに座ると、間もなくリーサがホットミルクを運んできた。
「あ…昼間の。」
「いらっしゃい。ゆっくりしていって。」
リーサが昼間ウルノアの行方を探して声をかけた女性であることに気付いて、ティマは軽く頭を下げた。リーサもそれに笑顔で答え、すぐ接客に戻っていった。そして、入れ替わるようにしてトルドが4人の前に立った。
「いらっしゃい。…で?何が聞きたいんだったっけ?」
「『ウルノア』のこと。それに、スディアナ事件について知ってること全部。」
「できれば、トルドさんが何者なのかも…」
付け加えるようにティマが言うと、トルドは少し困った顔になった。
「自分のこと話すの、あんまり好きじゃないんだが…。まぁいいさ。俺はドーチェのダチで、昔軍で働いていた。グレシアとは職務仲間だったのさ。」
「軍ってことは兵士だったんですか?」
「ああ。今はこうやって、リーサと二人で酒場と宿屋を営んでるがな。…で、『ウルノア』のことだったな?」
簡単な自己紹介が終わり、いよいよ本題。4人の表情が緊張で強張った。トルドも真面目な顔になり、4人を真っ直ぐ見て話し出した。
「『ウルノア』ってのは代々マウディーラ王家に仕える『三騎士』って呼ばれる騎士の家系のひとつだ。グレシアは歴代の『ウルノア』の騎士の中でも若く美しく、そして強く優しい人だった。王妃様もグレシアを特に信頼していた。スディアナ事件でティマリア様の行方がわからなくなった時、グレシアは部下を引き連れて数ヶ月間国中を探し回ったよ。」
「え?責任を感じて騎士を辞めたんじゃ?」
「いや、そうじゃない。騎士を…首都を追放された、と聞いた。」
「「「「!?」」」」
首都で聞いた話と違う。辞職と追放では事情がかなり変わる。4人は顔を見合わせた。
「…一体、誰に?」
ルビアが尋ねる。だが、トルドは首を横に振る。
「悪いが、詳しくは聞いていない。その時俺はもう軍を辞めていたし、グレシアも話したがらなかった。」
「そう、ですか。」
「ああ。…それで、ドーチェが住むこの町で静かに暮らしていたんだが、9年前に突然剣を学びたいと言う青年がやって来た。それが」
「…ガルザ。」
ロインが憎悪のこもった声で呟く。トルドは少し哀しそうな顔で頷き、言葉を続ける。
「…そうだ、ロイン。グレシアは彼からよく首都の事情を聞いていた。何かの機会を窺っていたように俺には見えたがな。結局、その辺の事情は話してくれなかった。そして、7年前にエルナの森で殺された。…俺が思うに、グレシアはスディアナ事件で何かを知り、それを知ってしまったから殺されたんじゃないかと思う。それなら俺に何も話してくれなかったのも合点がいく。あいつは周囲を危険に巻き込むのを嫌ったからな。」
「ガルザは『望みを叶える』ために母さんを斬った。それに、母さんの首飾りを狙ってた。」
ロインはトルドの言葉を否定するようにそう言った。トルドはその言葉に目の色を変えた。
「首飾り?『白晶の首飾(クリスタル・ペンダント)』のことか?」
「! 知ってるんですか?」
ティマが弾かれたように席を立ち、トルドに食いついた。
「ああ。さっき言った『三騎士』には、王家から白い結晶のついたアクセサリーが送られているんだ。『ウルノア』が持つのが『白晶の首飾』。ガルザはなんでそれを…?」
「さあな。それより、スディアナ事件について何か知らないのか?」
話にガルザが出てきたせいか、ロインの声はやや不機嫌だった。それに気付きながらも何事もなかったようにトルドは振る舞い、そして首を横に振った。
「残念だが、一般的に知られてる以上の情報は持ってないな。さっきも言ったが、グレシアは話してくれなかった。」
「そう、ですか。」
ティマは肩を落として俯いた。だがその直後、トルドは何かを思い出したようにあっ、と声を出した。
「そうだ。あそこにいる客なら何か知ってると思うぞ?ギルドの首領らしくて、マウディーラのあちこちに行ったことがあるらしいからな。」
「いらっしゃい!!」
女性の明るい声が新たな客を向かえた。直後、女性の表情が今までのそれと変わった。
「ロイン君!」
女性の驚いた声を聞き、酒場の一部が静まり返った。今まで酒を飲んでいた男達は手を止め、顔を見合わせながらロインに目をやった。
「…ロイン?」
「ロインって、ドーチェ・エイバスんとこのロインか?」
「7年ぶりか!!覚えてるか、ロイン?道具屋のワイズリーだ。」
幼い頃のロインを知る大人達がそう口々に言葉をかけながら彼のまわりに集まってきた。酒を片手に嬉しそうにぞろぞろと寄って来る十数人の大人たち。この町を出る以前のロインであれば、共に笑って久しぶりなどと言葉を交わしたことだろう。だが、ロインは自分目掛けて押し寄せてくる大人達に警戒以外の何も感じていない。反射的に目つきがきつくなり、右手が腰に回される。しかし、何者かの手が辛うじて剣を抜く前にロインの手を抑えた。
「元気みたいだな、ロイン!!ドーチェは元気か?」
「! トルド…おじさん……」
ロインの動きを止めた主は近づいてきたどの男達よりも大きな声で笑っていた。ロインの手はまだ剣から離れていない。それを客に気付かせないように、トルドはロインの隣に立ち、ロインの肩を叩いた。その隙にリーサは客たちを笑顔で席にかえしていく。幸い、酔いのおかげか大人達はロインの変化に気付かなかったらしく、懐かしい顔に出会えたことに喜び、さらに陽気になって酒を飲んでいた。
「…まだ、あの時のままみたいだな。」
「悪いか?それと、父さんなら3年前に死んだよ。病気で。」
「そ、そりゃ悪かったな…。」
ロインはふん、とトルドから離れた。右手はもう剣から離れている。トルドがそれを確認し厨房に戻ろうとした時だった。
「聞きたいことがある。母さん…ウルノアについてだ。」
『ウルノア』。ロインの口から出たその言葉に一瞬驚いた表情を見せたトルド。だが、すぐに平静に戻った。
「お前からその名を聞くなんてな。いいぜ。外の友達とカウンターの席に来な。」
トルドはそう言い、厨房に戻った。今度はロインがトルドの発言に驚かされた。が、その驚きもすぐにおさまり、トルドに背を向け、店の戸を開けた。そこにはカイウス、ティマ、ルビアが立っていた。
「話、してくれると。」
「よかったぁ!」
「ふぅー。お前が騒ぎを起こすんじゃないかってヒヤヒヤしたぜ。」
「それにしてもあのトルドって人、ただの一般人じゃないわね。」
「そうだね。ロインのこと、簡単に止めちゃたし。」
「気になるなら本人に聞いてみろよ。行くぜ。」
そう言うロインを先頭に、カイウス達は店の中に入っていった。
ロインの家を後にした4人は、宿を探してケノンの町中を歩いていた。そんな中、ロインは3人にさっきの話に出てきたトルドとリーサが営む宿屋はどうかと訪ねた。ロインは7年前のことがあるので気まずいのではないか、とティマとルビアは気にしたが、当の本人はグレシアの『ウルノア』としての顔を知っているかもしれない、と平気そうにしている。カイウスも何か情報が得られる可能性があるならとその提案に賛成したのだった。
「それにしても混んでるね。」
ティマがお店を見渡して言った。とても活気があり、皆酒でテンションが高かった。その雰囲気で、ティマはイーバオの活気を思い出していた。カウンター席はちょうどロイン達四人分の席が空けられていた。そこに座ると、間もなくリーサがホットミルクを運んできた。
「あ…昼間の。」
「いらっしゃい。ゆっくりしていって。」
リーサが昼間ウルノアの行方を探して声をかけた女性であることに気付いて、ティマは軽く頭を下げた。リーサもそれに笑顔で答え、すぐ接客に戻っていった。そして、入れ替わるようにしてトルドが4人の前に立った。
「いらっしゃい。…で?何が聞きたいんだったっけ?」
「『ウルノア』のこと。それに、スディアナ事件について知ってること全部。」
「できれば、トルドさんが何者なのかも…」
付け加えるようにティマが言うと、トルドは少し困った顔になった。
「自分のこと話すの、あんまり好きじゃないんだが…。まぁいいさ。俺はドーチェのダチで、昔軍で働いていた。グレシアとは職務仲間だったのさ。」
「軍ってことは兵士だったんですか?」
「ああ。今はこうやって、リーサと二人で酒場と宿屋を営んでるがな。…で、『ウルノア』のことだったな?」
簡単な自己紹介が終わり、いよいよ本題。4人の表情が緊張で強張った。トルドも真面目な顔になり、4人を真っ直ぐ見て話し出した。
「『ウルノア』ってのは代々マウディーラ王家に仕える『三騎士』って呼ばれる騎士の家系のひとつだ。グレシアは歴代の『ウルノア』の騎士の中でも若く美しく、そして強く優しい人だった。王妃様もグレシアを特に信頼していた。スディアナ事件でティマリア様の行方がわからなくなった時、グレシアは部下を引き連れて数ヶ月間国中を探し回ったよ。」
「え?責任を感じて騎士を辞めたんじゃ?」
「いや、そうじゃない。騎士を…首都を追放された、と聞いた。」
「「「「!?」」」」
首都で聞いた話と違う。辞職と追放では事情がかなり変わる。4人は顔を見合わせた。
「…一体、誰に?」
ルビアが尋ねる。だが、トルドは首を横に振る。
「悪いが、詳しくは聞いていない。その時俺はもう軍を辞めていたし、グレシアも話したがらなかった。」
「そう、ですか。」
「ああ。…それで、ドーチェが住むこの町で静かに暮らしていたんだが、9年前に突然剣を学びたいと言う青年がやって来た。それが」
「…ガルザ。」
ロインが憎悪のこもった声で呟く。トルドは少し哀しそうな顔で頷き、言葉を続ける。
「…そうだ、ロイン。グレシアは彼からよく首都の事情を聞いていた。何かの機会を窺っていたように俺には見えたがな。結局、その辺の事情は話してくれなかった。そして、7年前にエルナの森で殺された。…俺が思うに、グレシアはスディアナ事件で何かを知り、それを知ってしまったから殺されたんじゃないかと思う。それなら俺に何も話してくれなかったのも合点がいく。あいつは周囲を危険に巻き込むのを嫌ったからな。」
「ガルザは『望みを叶える』ために母さんを斬った。それに、母さんの首飾りを狙ってた。」
ロインはトルドの言葉を否定するようにそう言った。トルドはその言葉に目の色を変えた。
「首飾り?『白晶の首飾(クリスタル・ペンダント)』のことか?」
「! 知ってるんですか?」
ティマが弾かれたように席を立ち、トルドに食いついた。
「ああ。さっき言った『三騎士』には、王家から白い結晶のついたアクセサリーが送られているんだ。『ウルノア』が持つのが『白晶の首飾』。ガルザはなんでそれを…?」
「さあな。それより、スディアナ事件について何か知らないのか?」
話にガルザが出てきたせいか、ロインの声はやや不機嫌だった。それに気付きながらも何事もなかったようにトルドは振る舞い、そして首を横に振った。
「残念だが、一般的に知られてる以上の情報は持ってないな。さっきも言ったが、グレシアは話してくれなかった。」
「そう、ですか。」
ティマは肩を落として俯いた。だがその直後、トルドは何かを思い出したようにあっ、と声を出した。
「そうだ。あそこにいる客なら何か知ってると思うぞ?ギルドの首領らしくて、マウディーラのあちこちに行ったことがあるらしいからな。」