外伝1 「ママ」が「おばさん」になった日 V
ハクに抱かれながら震えるティマ。
獣人化した私を恐ろしく思ったんだろう。
私はそう思った。ヒトは自分とは異質なものを恐れ、除外しようとする。純粋な子供であれば、その感情はすぐ表に出る。そして…「リカンツ」として嫌われる。アレウーラにいた頃からわかっていた。だからショックよりも、やっぱりか、という失望に近い感情を抱いただけだった。私は膝をつき、ティマと同じ目線になって言った。
「…ティマ。これでわかったでしょ?私はあなたの『ママ』じゃないって。」
「……い」
「?」
「すごいすごい!!かっこいい!!わたしもあんなふうにまものボコボコってしたい!!」
「「…え?」」
顔をあげて私を真っ直ぐ見つめるその瞳は、今まで見たことがないくらいにキラキラしてた。予想外の反応に驚きつつ、「この子は天然なの!?」とつっこみたい衝動に駆られる。まあそんな性格に育ったのは大方私のせいなのだが…。ハクも思わぬティマの反応に目が点になっていた。
「…ぷっ!あっはははは!!」
突然笑い出した私にティマはきょとんとした顔を見せる。私はそんなティマが可笑しくて仕方なかった。お腹が痛くなるくらい思いっきり笑った。笑った後で、ティマの頭を優しく撫でた。
「ママ?」
「『ママ』じゃないって言ってるでしょ?ティマ。私は『レイモーンの民』っていう種族なの。でもティマは違う。だからあなたはさっきみたいに出来ないのよ。あなたがどんなに望んでも。」
「ええー。やだやだ!わたしもまものボコボコってするー!!」
ボコボコにするって…。女の子がそんなことを口にしていいとは思わないが、私も人のことは言えない。なにしろ、故郷では毎日のように魔物を倒していたのだから。まあそう言ったところでティマは言う事を聞かなさそうだ。ずっとハクに抱かれたまま、だだをこねている。私は仕方ないか、と溜息をついた。
「…なら、槍を教えてあげる。これでも魔物ボコボコにできるわよ?」
「ほんとう!?」
「ええ。…そういうわけだから、ハク、帰ったらこの子の槍を作ってちょうだい。無・償・で・ね?」
「はあ!?」
「そしたらお説教は無しにしてあげる。ティマも、ね。」
「ハクおじさん、やり!やり!」
ハクもティマの笑顔には抵抗できないらしく、マジかよ〜と溜息をついた。ティマは大喜びであたりを跳ね回っていた。私もティマをみてくすっと笑っていた。ティマが嬉しそうだったから。
…それもそうだけど、レイモーンの民をすんなりと受け入れたこの幼い少女に感謝の気持ちを抱いたから。この子がいつか、レイモーンの民が普通に暮らせる世界を作ってくれそうな気がしたから。そんな未来を何故か想い、気持ちが雲のように軽くなったのを感じた。
ティマの槍は翌日には出来上がった。ハクがファイナスを連れてやってきて、ティマに新品の槍を手渡した。ティマは大喜びで槍を持って駆け回り、ハクに抱きついている。
「マリワナが槍を教えたら、ティマちゃん、きっと強い槍使いになるね。」
「あら、どうして?」
「ハクから聞いたよ。マリワナ、故郷じゃ相当な槍の使い手として有名だったんだろう?ついたあだ名が『槍獣のマリワナ』。」
「あ、あんのアホハク!突き殺す!!」
「ま、まあ落ち着いて…。」
「槍」を得意とするレイモーンの民―――「獣」人化する種族―――ということで昔ついたあだ名。別に隠していたつもりはないけれど、わざわざそれを知らないファイナスに教えた。そう思うと、なんとなくだがハクに対して怒りが込み上げてくる。そんな時、ティマが自分の槍を持って私に近づいてきた。
「ありがとう!!……お、おばさん。」
「はいはい。だから……え!?」
いつもの調子で訂正をかけようとした。でも、今ティマは―――照れくさそうだったけれども、確かに私を「おばさん」と言った。そのことに驚いていると、ティマは顔を赤らめてハクの後ろに隠れた。ハクはティマの頭をよしよしと撫でた。そしてハクに促され、ティマは外に逃げるようにして出て行った。
「俺が説得したんだ。ティマちゃん、マリワナちゃんと距離ができるみたいで『おばさん』って呼びたくなかったみたい。だけど、そんなことないよ、マリワナちゃんは本当の親じゃないのに『ママ』って呼ばれるのが照れくさいから『おばさん』って呼んで欲しいんだ、そう言ったら納得したよ。」
「私、別にそういうつもりじゃ」
「わかってる。でも、理由はどうでもそうしたほうがいいんだろ?マリワナちゃんとしては。」
ハクはそう言って笑顔を見せた。それを見ると、今回ばかりはハクに感謝すべきみたいだと感じ、肩をすくめた。
「…全く、ハクは余計なことしかしないんだから。どうせなら『バカクー』を連れて来なさいよ。」
「マリワナ。いつも思ってたけど、『クルーダ』のことそう言わなくても…」
「いいのよ。私の弟だし、バカなんだから『バカクー』で。ほんとにどこにいるんだか…」
私は言いながら、窓の外を見て溜息をついた。最後に見た弟はまだ幼かった。今頃どこで何をしているのやら…。そんなことを考えていると、扉がギイと開いてティマが戻ってきた。
「マ…お、おばさん。やり、おしえて?」
「あ!今また『ママ』って言おうとしたでしょ!?」
「い、いってないもん!!」
「嘘つきは、こうしてやるんだから!!」
私は「きゃあ!」と逃げようとしたティマを両手でガッと捕まえて体をくすぐった。ティマが「やめて〜」と笑いながら悲鳴をあげても気にしない。ハクとファイナスはそれを見て笑っている。私もティマを抱きしめながら笑った。種族を気にしないで、私たちはずっと笑っていた。
ティマには「おばさん」と呼ばせている。でも、それはティマにいつか訪れる別れを拒絶させない為じゃない。私とティマは他人だということを忘れないようにするため。いつか必ず来る別れを、私が素直に受け入れるようにするため。
そう。ただの保護者。
だから…「ママ」とは呼ばせない。
獣人化した私を恐ろしく思ったんだろう。
私はそう思った。ヒトは自分とは異質なものを恐れ、除外しようとする。純粋な子供であれば、その感情はすぐ表に出る。そして…「リカンツ」として嫌われる。アレウーラにいた頃からわかっていた。だからショックよりも、やっぱりか、という失望に近い感情を抱いただけだった。私は膝をつき、ティマと同じ目線になって言った。
「…ティマ。これでわかったでしょ?私はあなたの『ママ』じゃないって。」
「……い」
「?」
「すごいすごい!!かっこいい!!わたしもあんなふうにまものボコボコってしたい!!」
「「…え?」」
顔をあげて私を真っ直ぐ見つめるその瞳は、今まで見たことがないくらいにキラキラしてた。予想外の反応に驚きつつ、「この子は天然なの!?」とつっこみたい衝動に駆られる。まあそんな性格に育ったのは大方私のせいなのだが…。ハクも思わぬティマの反応に目が点になっていた。
「…ぷっ!あっはははは!!」
突然笑い出した私にティマはきょとんとした顔を見せる。私はそんなティマが可笑しくて仕方なかった。お腹が痛くなるくらい思いっきり笑った。笑った後で、ティマの頭を優しく撫でた。
「ママ?」
「『ママ』じゃないって言ってるでしょ?ティマ。私は『レイモーンの民』っていう種族なの。でもティマは違う。だからあなたはさっきみたいに出来ないのよ。あなたがどんなに望んでも。」
「ええー。やだやだ!わたしもまものボコボコってするー!!」
ボコボコにするって…。女の子がそんなことを口にしていいとは思わないが、私も人のことは言えない。なにしろ、故郷では毎日のように魔物を倒していたのだから。まあそう言ったところでティマは言う事を聞かなさそうだ。ずっとハクに抱かれたまま、だだをこねている。私は仕方ないか、と溜息をついた。
「…なら、槍を教えてあげる。これでも魔物ボコボコにできるわよ?」
「ほんとう!?」
「ええ。…そういうわけだから、ハク、帰ったらこの子の槍を作ってちょうだい。無・償・で・ね?」
「はあ!?」
「そしたらお説教は無しにしてあげる。ティマも、ね。」
「ハクおじさん、やり!やり!」
ハクもティマの笑顔には抵抗できないらしく、マジかよ〜と溜息をついた。ティマは大喜びであたりを跳ね回っていた。私もティマをみてくすっと笑っていた。ティマが嬉しそうだったから。
…それもそうだけど、レイモーンの民をすんなりと受け入れたこの幼い少女に感謝の気持ちを抱いたから。この子がいつか、レイモーンの民が普通に暮らせる世界を作ってくれそうな気がしたから。そんな未来を何故か想い、気持ちが雲のように軽くなったのを感じた。
ティマの槍は翌日には出来上がった。ハクがファイナスを連れてやってきて、ティマに新品の槍を手渡した。ティマは大喜びで槍を持って駆け回り、ハクに抱きついている。
「マリワナが槍を教えたら、ティマちゃん、きっと強い槍使いになるね。」
「あら、どうして?」
「ハクから聞いたよ。マリワナ、故郷じゃ相当な槍の使い手として有名だったんだろう?ついたあだ名が『槍獣のマリワナ』。」
「あ、あんのアホハク!突き殺す!!」
「ま、まあ落ち着いて…。」
「槍」を得意とするレイモーンの民―――「獣」人化する種族―――ということで昔ついたあだ名。別に隠していたつもりはないけれど、わざわざそれを知らないファイナスに教えた。そう思うと、なんとなくだがハクに対して怒りが込み上げてくる。そんな時、ティマが自分の槍を持って私に近づいてきた。
「ありがとう!!……お、おばさん。」
「はいはい。だから……え!?」
いつもの調子で訂正をかけようとした。でも、今ティマは―――照れくさそうだったけれども、確かに私を「おばさん」と言った。そのことに驚いていると、ティマは顔を赤らめてハクの後ろに隠れた。ハクはティマの頭をよしよしと撫でた。そしてハクに促され、ティマは外に逃げるようにして出て行った。
「俺が説得したんだ。ティマちゃん、マリワナちゃんと距離ができるみたいで『おばさん』って呼びたくなかったみたい。だけど、そんなことないよ、マリワナちゃんは本当の親じゃないのに『ママ』って呼ばれるのが照れくさいから『おばさん』って呼んで欲しいんだ、そう言ったら納得したよ。」
「私、別にそういうつもりじゃ」
「わかってる。でも、理由はどうでもそうしたほうがいいんだろ?マリワナちゃんとしては。」
ハクはそう言って笑顔を見せた。それを見ると、今回ばかりはハクに感謝すべきみたいだと感じ、肩をすくめた。
「…全く、ハクは余計なことしかしないんだから。どうせなら『バカクー』を連れて来なさいよ。」
「マリワナ。いつも思ってたけど、『クルーダ』のことそう言わなくても…」
「いいのよ。私の弟だし、バカなんだから『バカクー』で。ほんとにどこにいるんだか…」
私は言いながら、窓の外を見て溜息をついた。最後に見た弟はまだ幼かった。今頃どこで何をしているのやら…。そんなことを考えていると、扉がギイと開いてティマが戻ってきた。
「マ…お、おばさん。やり、おしえて?」
「あ!今また『ママ』って言おうとしたでしょ!?」
「い、いってないもん!!」
「嘘つきは、こうしてやるんだから!!」
私は「きゃあ!」と逃げようとしたティマを両手でガッと捕まえて体をくすぐった。ティマが「やめて〜」と笑いながら悲鳴をあげても気にしない。ハクとファイナスはそれを見て笑っている。私もティマを抱きしめながら笑った。種族を気にしないで、私たちはずっと笑っていた。
ティマには「おばさん」と呼ばせている。でも、それはティマにいつか訪れる別れを拒絶させない為じゃない。私とティマは他人だということを忘れないようにするため。いつか必ず来る別れを、私が素直に受け入れるようにするため。
そう。ただの保護者。
だから…「ママ」とは呼ばせない。