第6章 兆し、赤眼が映すモノ Z
夜が訪れた。星と月は変わらず夜空に輝いている。しかし、昨日までその夜空を見上げていたルーロの住人はいない。町は未だに燻っている。ロイン達が助けた母子―――マリーとチャークという名前らしい―――以外にも、偶然町を離れていたために命拾いした住人がいた。しかし、帰るべき家はもうない。家族を失い悲しみにくれる者もいる。彼らは隣町ケノンに身を寄せることにしたらしい。
「私達はマウベロに行きます。夫と娘が行商のためにその港にいるんです。」
マリーはティマとラミーにそう話した。それを聞いた二人は自分達と同行することを勧めた。
「この先の道は盗賊が出るからね。あたいらもマウベロに用があるし、その間の護衛ってことで、ね?」
初めのうちは渋っていたマリーだが、ラミーにそう言われてようやく頷いた。すでに眠りについているチャーク。今はなんとしても息子の身を守らなければならない。母親としての判断だった。そんな女性達を背に、ロインは一人、空を見上げながら物思いに耽っていた。
「ロイン、どうしたんだ?」
カイウスがロインに横に並んで声をかけた。しかしロインは黙ったまま、目をあわせようともしない。カイウスはもう慣れた、というように肩をすくめる。だが見当ならついている。
「…ガルザのことか?」
ロインの表情が強張る。普段は冷静―――無関心とも言える―――であっても、ガルザが絡むと途端に熱くなる。そんなロインに、どうしても2年前の自分達を重ねてしまうカイウス。だからこそ、ロインがガルザを殺そうとしても何もしなかった。そのガルザはルーロを襲い、目の前でレイモーンの民を殺した。正直、そのまま殺されても文句は言えないだろう、とカイウスは感じていた。
「……たい…つが…」
「?」
「イーバオを襲ったのも、絶対アイツが関わってる。」
ロインはそう呟いた。思ってもいなかったロインの言葉にカイウスは目をぱちくりさせた。ロインは独り言のように話し続ける。
「住人を皆殺しにしようとしたところなんか同じだ。それにルーロもレイモーンの民が住んでる。王家が密かに“リカンツ狩り”を行ってるとしか思えない。町を襲ったことがばれないように、オレやティマみたいな証人が出ないように皆殺しにしたんだ。アイツが、その指揮をとってたんだ…。」
「ちょ、ちょっと待てよ。」
カイウスがストップをかけると、ロインがキッときつい目で彼を見た。気のせいか、久々に見た気がするロインの睨みに一瞬怯みながらも、カイウスは口を開いた。
「確かに、ガルザがイーバオも襲わせたかもしれない。けど、それは独断でやったことかもしれない。」
「ガルザは『命令』って言ってた。王家以外に誰が奴らに命令するんだ?」
「そう思わせるように言ったのかもしれない。オレには、あの王様が嘘をつくような人には見えなかった。」
「ふん。なら、お前はそう思ってろ。」
ロインはそう吐き捨てるように言って、立ち上がり、カイウスから離れた。
(他人にはまだ厳しいんだな…)
そう思いため息をついた。だが、一朝一夕に人は変われない。カイウスはもう一度ため息をつき、横になって眠りについた。
翌日、ルビアの意識は戻った。ティマの治癒術が効いたのか、昨日の弱りきっていた姿が嘘のようだった。チャークと手をつなぎ、楽しそうに会話をしている。
「ルビア。そんなにはしゃいで大丈夫か?」
「大丈夫よ。グミも食べたし。あたしが倒れて心配だったの?」
「べ、別にそんなこと…!」
ルビアがそうからかうと、カイウスは顔を真っ赤にした。そんなカイウスを見てルビアはくすくすと笑っている。確かにこの様子なら大丈夫そうだった。実際、何度か戦闘になったが、ルビアはいつもどおりカイウスらをサポートしていた。
ルーロからマウベロに向かう道は木や岩壁に囲まれていた。それらの障害物に隠れるようにして、時々魔物や金目のものを目当てに盗賊が襲ってきた。その度にロインとラミーが前線に立ち、カイウスはティマとルビア、そしてマリーとチャークを守るために後ろについた。ロインもティマも、イーバオを出た頃より格段に強くなっていた。バオイの丘などにいた魔物よりも格段に強い魔物が相手でもちゃんと戦えている。
「それにしても、このあたりに出てくる魔物ってなんか不思議だな。」
カイウスはそう口にした。この街道では、主に山などの高地に生息する魔物と、森に生息する魔物が出現する。時にはその両方が同時に襲ってくることもある。
「この街道は、ちょうど『エルナの森』と『オスルカ山』の間を通ってますからね。」
そう答えたのはマリーだ。それを聞いたティマが驚きの声を上げた。
「『エルナの森』って、こんなところまで続いてるんですか?」
「ええ。かなり広い森ですよ。この街道を通らなくても首都スディアナの近くに出ることもできます。ただ、暗くて危険ですし、昼間しか進めないのであまりお勧めしませんけど。」
確かに、ルーロの近くからたくさんの木々が見えた。エルナの森を進めば、ケノンを経由しなくてもルーロに着ける。
「…ガルザはその道を使ったのか。」
ロインの顔が険しくなるのが判った。事情を知らないマリーとチャーク以外のメンバーは、ロインの機嫌が悪くなったのではないか、と不安を感じた。その時、鳥の鳴き声が聞こえた。その声の主は段々一行に近づいている。
「あ!こっち来るよ!」
ふと空を見上げたチャークが指をさした。チャークの言うとおり、茶色の大きく翼を広げた鳥がこちらに向かってくる。やがてその鳥は彼らの近くにあった木の低い枝にとまった。その鳥を見た瞬間、ラミーの表情が明るくなった。
「トクナガ!」
まるで旧友にでも会ったかのように、ラミーは笑顔で鳥に近づいた。
「ラミー。その鳥って、もしかして鷹?『トクナガ』って?」
ティマの質問に、ラミーは何か作業をしながら答えた。
「ん?まぁそんなとこ。『トクナガ』ってのはこいつの名前。『女神の従者』が伝書用に飼ってるんだ。って言っても、普段は放し飼いで、餌とかはこいつが勝手に取ってきて食べてるんだけどね。」
そう言ってトクナガの足にくくりつけられていた手紙をはずし、一行にほら、と見せる。
「ちょうど良かった。あいつらに連絡することがあったんだ。悪いけど、ちょっと時間くんない?すぐ終わらせるからさ。」
「今じゃなきゃできないことか?」
ロインがトゲのある言い方で聞く。しかしラミーはそんなことなど気にしていない様子。
「すぐ先に洞窟があるんだ。そこを抜けたらマウベロまですぐだけど、抜けるまでにどれだけ時間がいるかわからないからね。悪い!すぐ済ませるから。」
それだけ言うと、ラミーは一行から離れていった。おそらく、内容が『女神の従者』や『雷嵐の波(ストームウェーブ)』の活動内容に関するものであるため、部外者には見せたくないのだろう。ロイン達はラミーを一人にし、彼女が手紙を読み、返事を書き終えるまでの間休憩をとることにした。
「私達はマウベロに行きます。夫と娘が行商のためにその港にいるんです。」
マリーはティマとラミーにそう話した。それを聞いた二人は自分達と同行することを勧めた。
「この先の道は盗賊が出るからね。あたいらもマウベロに用があるし、その間の護衛ってことで、ね?」
初めのうちは渋っていたマリーだが、ラミーにそう言われてようやく頷いた。すでに眠りについているチャーク。今はなんとしても息子の身を守らなければならない。母親としての判断だった。そんな女性達を背に、ロインは一人、空を見上げながら物思いに耽っていた。
「ロイン、どうしたんだ?」
カイウスがロインに横に並んで声をかけた。しかしロインは黙ったまま、目をあわせようともしない。カイウスはもう慣れた、というように肩をすくめる。だが見当ならついている。
「…ガルザのことか?」
ロインの表情が強張る。普段は冷静―――無関心とも言える―――であっても、ガルザが絡むと途端に熱くなる。そんなロインに、どうしても2年前の自分達を重ねてしまうカイウス。だからこそ、ロインがガルザを殺そうとしても何もしなかった。そのガルザはルーロを襲い、目の前でレイモーンの民を殺した。正直、そのまま殺されても文句は言えないだろう、とカイウスは感じていた。
「……たい…つが…」
「?」
「イーバオを襲ったのも、絶対アイツが関わってる。」
ロインはそう呟いた。思ってもいなかったロインの言葉にカイウスは目をぱちくりさせた。ロインは独り言のように話し続ける。
「住人を皆殺しにしようとしたところなんか同じだ。それにルーロもレイモーンの民が住んでる。王家が密かに“リカンツ狩り”を行ってるとしか思えない。町を襲ったことがばれないように、オレやティマみたいな証人が出ないように皆殺しにしたんだ。アイツが、その指揮をとってたんだ…。」
「ちょ、ちょっと待てよ。」
カイウスがストップをかけると、ロインがキッときつい目で彼を見た。気のせいか、久々に見た気がするロインの睨みに一瞬怯みながらも、カイウスは口を開いた。
「確かに、ガルザがイーバオも襲わせたかもしれない。けど、それは独断でやったことかもしれない。」
「ガルザは『命令』って言ってた。王家以外に誰が奴らに命令するんだ?」
「そう思わせるように言ったのかもしれない。オレには、あの王様が嘘をつくような人には見えなかった。」
「ふん。なら、お前はそう思ってろ。」
ロインはそう吐き捨てるように言って、立ち上がり、カイウスから離れた。
(他人にはまだ厳しいんだな…)
そう思いため息をついた。だが、一朝一夕に人は変われない。カイウスはもう一度ため息をつき、横になって眠りについた。
翌日、ルビアの意識は戻った。ティマの治癒術が効いたのか、昨日の弱りきっていた姿が嘘のようだった。チャークと手をつなぎ、楽しそうに会話をしている。
「ルビア。そんなにはしゃいで大丈夫か?」
「大丈夫よ。グミも食べたし。あたしが倒れて心配だったの?」
「べ、別にそんなこと…!」
ルビアがそうからかうと、カイウスは顔を真っ赤にした。そんなカイウスを見てルビアはくすくすと笑っている。確かにこの様子なら大丈夫そうだった。実際、何度か戦闘になったが、ルビアはいつもどおりカイウスらをサポートしていた。
ルーロからマウベロに向かう道は木や岩壁に囲まれていた。それらの障害物に隠れるようにして、時々魔物や金目のものを目当てに盗賊が襲ってきた。その度にロインとラミーが前線に立ち、カイウスはティマとルビア、そしてマリーとチャークを守るために後ろについた。ロインもティマも、イーバオを出た頃より格段に強くなっていた。バオイの丘などにいた魔物よりも格段に強い魔物が相手でもちゃんと戦えている。
「それにしても、このあたりに出てくる魔物ってなんか不思議だな。」
カイウスはそう口にした。この街道では、主に山などの高地に生息する魔物と、森に生息する魔物が出現する。時にはその両方が同時に襲ってくることもある。
「この街道は、ちょうど『エルナの森』と『オスルカ山』の間を通ってますからね。」
そう答えたのはマリーだ。それを聞いたティマが驚きの声を上げた。
「『エルナの森』って、こんなところまで続いてるんですか?」
「ええ。かなり広い森ですよ。この街道を通らなくても首都スディアナの近くに出ることもできます。ただ、暗くて危険ですし、昼間しか進めないのであまりお勧めしませんけど。」
確かに、ルーロの近くからたくさんの木々が見えた。エルナの森を進めば、ケノンを経由しなくてもルーロに着ける。
「…ガルザはその道を使ったのか。」
ロインの顔が険しくなるのが判った。事情を知らないマリーとチャーク以外のメンバーは、ロインの機嫌が悪くなったのではないか、と不安を感じた。その時、鳥の鳴き声が聞こえた。その声の主は段々一行に近づいている。
「あ!こっち来るよ!」
ふと空を見上げたチャークが指をさした。チャークの言うとおり、茶色の大きく翼を広げた鳥がこちらに向かってくる。やがてその鳥は彼らの近くにあった木の低い枝にとまった。その鳥を見た瞬間、ラミーの表情が明るくなった。
「トクナガ!」
まるで旧友にでも会ったかのように、ラミーは笑顔で鳥に近づいた。
「ラミー。その鳥って、もしかして鷹?『トクナガ』って?」
ティマの質問に、ラミーは何か作業をしながら答えた。
「ん?まぁそんなとこ。『トクナガ』ってのはこいつの名前。『女神の従者』が伝書用に飼ってるんだ。って言っても、普段は放し飼いで、餌とかはこいつが勝手に取ってきて食べてるんだけどね。」
そう言ってトクナガの足にくくりつけられていた手紙をはずし、一行にほら、と見せる。
「ちょうど良かった。あいつらに連絡することがあったんだ。悪いけど、ちょっと時間くんない?すぐ終わらせるからさ。」
「今じゃなきゃできないことか?」
ロインがトゲのある言い方で聞く。しかしラミーはそんなことなど気にしていない様子。
「すぐ先に洞窟があるんだ。そこを抜けたらマウベロまですぐだけど、抜けるまでにどれだけ時間がいるかわからないからね。悪い!すぐ済ませるから。」
それだけ言うと、ラミーは一行から離れていった。おそらく、内容が『女神の従者』や『雷嵐の波(ストームウェーブ)』の活動内容に関するものであるため、部外者には見せたくないのだろう。ロイン達はラミーを一人にし、彼女が手紙を読み、返事を書き終えるまでの間休憩をとることにした。