第6章 兆し、赤眼が映すモノ \
「さ、私達も行きましょう。」
ティマ達もそう言って、すぐに上への道を探し歩き始める。だが、地下の道はほとんど真っ暗で足元もよく見えない。ティマが先頭を歩き、杖で先に障害物がないかを確認しながら進む。気をつけなければ、こんな視界の悪いところで知らぬうちに魔物に接近されて攻撃を受ける、という可能性もある。この状況でマリーとチャークを守りながら、というのは厳しい。そのチャークといえば、先程穴から落ちたことで懲りたのか、驚くほど静かにし、マリーにぴったりとくっついていた。その様子に気がついたラミーが、少しからかいの入った口調で話しかける。
「チャーク、どうした?暗いから怖いのか?」
「ち、違うやい!」
だがその声は少し震えている。どうやら大人しい理由はこれらしい。ラミーは微笑み、大丈夫だ、と励ました。そのラミーも、それ以上に騒いだりはしなかった。こっちはティマと同じく、状況を理解しているからである。
「なぁ、マリーさん。さっきカイウス達に『上に出れる道があるはず』だって言ってただろう?どこで聞いたんだ?」
騒ぎはしないが、ラミーはマリーに話題を振った。
「昔の行商仲間からです。一人でこの洞窟を進んでいて、私達と同じように落ちてしまって…。それで上に出れる道が見つかって、なんとかなったみたいですよ。」
「マリーさんも商人だったんですか?」
「ええ。結婚する前まで。」
マリーはにこやかに話してくれた。その話を聞いたティマは興味深そうにしていた。そんなティマを見て、ラミーはいつものにやりとした笑みを浮かべる。
「そういえばさ、ティマって好きな人いないの?ロインとはどういう関係?」
「え!?」
突然の話に、ティマは思わず大声を上げてしまった。慌ててラミーがしーっとティマの口をふさぐ。ティマが「ごめん」と手を合わせて謝ると、ラミーはその手をどかした。
「べ…別に、友達だよ?ただそれだけ…」
ティマは小声でそう言う。しかしラミーから顔をそらし、言葉もなんとなくぎこちない。歩きながら、ラミーはその話題を続けようとする。
「そうか?でも、ロインってあんたが絡むと色々態度変わらない?」
「それは、たぶん『約束』のせい…」
「『約束』?何それ?」
ラミーの顔が生き生きと輝く。口調や態度に男勝りなところが見られる彼女も、女の子らしく恋愛トークには興味があるらしい。ティマはその追跡から逃れようとするが、ラミーはしつこく静かに尋ねてくる。マリーに視線で助けを求めるが、むこうはどうしたらいいかわからない、という顔をするだけだった。ティマは諦め、ため息をついた。
「…小さい頃にロインが、オレがティマを守ってやる、って言ったの。ロインにとっては、それは今も続く約束の一つみたい。それだけの話だよ。」
『ロインにとっては』と言ったが、ティマもそう思っていた。数年経った今でも、有事の際にはロインが助けてくれると信じている。ただ、自分も何かあればロインの力になりたい、とも思っている。ラミーはそこまでは気付かず、ふ〜んと納得している。
「ティマにとって、ロインは騎士様ってわけか。いいんじゃない?そういう関係も。」
ラミーは軽く笑いながら言った。だがティマは、しばらくその言葉が頭から離れなかった。
―――騎士様。そうだ。ロインは騎士の家系の生まれなんだった。
ティマはふと思い出す。そして、ロインの母は直接マウディーラ王らを守護する立場だった。そんな彼は何も知らないうちに、変わった境遇ではあるが、ただの少女を守ろうとしていた。
(…なんか変なの。)
ティマは思わずくすっと笑った。だがその直後に思い浮かんだのは、グレシア・ウルノアが近衛騎士を続けていれば、自分と同い年のティマリア姫が誘拐されていなければ、という仮定。もしかしたら、今頃ロインは母と同じように近衛騎士の一員となり、一国の姫を―――自分の知らない別の女の子を守っていたのかもしれない。それを考えると、ティマはほんの少し不愉快に感じた。それが本来の彼の姿なのだろう、と思うと、ロインの存在が遠ざかる気がした。そう感じる理由がわからず、ティマはもやもやとした気分になった。急にロインの気持ちが気になりだした。
「…そういうラミーは?好きな人とかいないわけ?」
ティマは気を紛らわそうとラミーに聞き返した。が、
「いないね。ま、あたいより強い男がいたら考えてもいいけど。」
とあっさり返されてしまった。しかも動揺も何も感じられない口調だった。どうやら恋愛話に興味はあっても、恋愛そのものに興味はない様子。ティマは思わず「何それ…」と心の中でつっこんでいた。
そう話している間にもだいぶ歩いた。しかしそれらしい道は見つからない。暗闇に目がなれ、少しなら遠くの影がわかるようになった頃だった。コツっとティマの杖に何かが当たった。固い物らしいが、壁や岩のそれとは違う感覚だった。足を止め、その物体の正体を知ろうと手を触れる。平面上に細い縄のようなものが巻きついている。その縄に沿って手を滑らしていくと、ティマの杖が触れた物体は、いくつかの物体を重ねて置いてあるようだった。
「ひょっとして…積荷か何か?」
ティマがそう呟くと、後ろからマリーもやってきてその物体を確かめる。しばらくするとマリーは頷いた。
「そう、みたいです。でもどうしてこんなところに?」
ティマとマリーは不審に思い、しばらくその場に立っていた。
「いいから先に行こう。急いでカイウス達と合流しないと。」
いつの間にかラミーとチャークが先におり、2人にそう促した。確かにそのとおりだ。ティマとマリーが歩き出そうとした瞬間だった。
「! ラミー!何かいる!!」
ラミーの影とは違う影が彼女の背後にあった。しかしすでに遅く、ラミーが振り向くのと同時に、影はラミーの腕を背に回して動きを封じた。隣にいたチャークも別の影に捕まっている。
「なっ!?離せ!離せってば!」
ラミーは必死で抵抗する。その時、ティマとマリーの背後にも別の影が迫っているのに気がついた。
「2人とも、後ろ!!」
「え?」
「きゃあっ!!」
だがこちらも気付くのが遅く、ティマはラミーと同じように動きを封じられ、マリーは口をふさがれた。ティマの杖がカランと音を立てて彼女の手から落ちたのが聞こえた。
「なんだ?ただのガキか?」
「『ただの』ってことはないでしょ?あんたが抑えてる小娘、銃とか持ってんじゃん。」
必死で抵抗を続けていると、そう話す声がした。男の声だった。女の声もした。状況を考えると、盗賊の可能性が高い。
(迂闊だった。こんなとこにもいたなんて…!)
ラミーは唇を噛んだ。必死で抵抗するが抜け出せない。ラミー達を捕らえているその人間達は、そのまま彼らをひきずって横道へと入っていった。
ティマ達もそう言って、すぐに上への道を探し歩き始める。だが、地下の道はほとんど真っ暗で足元もよく見えない。ティマが先頭を歩き、杖で先に障害物がないかを確認しながら進む。気をつけなければ、こんな視界の悪いところで知らぬうちに魔物に接近されて攻撃を受ける、という可能性もある。この状況でマリーとチャークを守りながら、というのは厳しい。そのチャークといえば、先程穴から落ちたことで懲りたのか、驚くほど静かにし、マリーにぴったりとくっついていた。その様子に気がついたラミーが、少しからかいの入った口調で話しかける。
「チャーク、どうした?暗いから怖いのか?」
「ち、違うやい!」
だがその声は少し震えている。どうやら大人しい理由はこれらしい。ラミーは微笑み、大丈夫だ、と励ました。そのラミーも、それ以上に騒いだりはしなかった。こっちはティマと同じく、状況を理解しているからである。
「なぁ、マリーさん。さっきカイウス達に『上に出れる道があるはず』だって言ってただろう?どこで聞いたんだ?」
騒ぎはしないが、ラミーはマリーに話題を振った。
「昔の行商仲間からです。一人でこの洞窟を進んでいて、私達と同じように落ちてしまって…。それで上に出れる道が見つかって、なんとかなったみたいですよ。」
「マリーさんも商人だったんですか?」
「ええ。結婚する前まで。」
マリーはにこやかに話してくれた。その話を聞いたティマは興味深そうにしていた。そんなティマを見て、ラミーはいつものにやりとした笑みを浮かべる。
「そういえばさ、ティマって好きな人いないの?ロインとはどういう関係?」
「え!?」
突然の話に、ティマは思わず大声を上げてしまった。慌ててラミーがしーっとティマの口をふさぐ。ティマが「ごめん」と手を合わせて謝ると、ラミーはその手をどかした。
「べ…別に、友達だよ?ただそれだけ…」
ティマは小声でそう言う。しかしラミーから顔をそらし、言葉もなんとなくぎこちない。歩きながら、ラミーはその話題を続けようとする。
「そうか?でも、ロインってあんたが絡むと色々態度変わらない?」
「それは、たぶん『約束』のせい…」
「『約束』?何それ?」
ラミーの顔が生き生きと輝く。口調や態度に男勝りなところが見られる彼女も、女の子らしく恋愛トークには興味があるらしい。ティマはその追跡から逃れようとするが、ラミーはしつこく静かに尋ねてくる。マリーに視線で助けを求めるが、むこうはどうしたらいいかわからない、という顔をするだけだった。ティマは諦め、ため息をついた。
「…小さい頃にロインが、オレがティマを守ってやる、って言ったの。ロインにとっては、それは今も続く約束の一つみたい。それだけの話だよ。」
『ロインにとっては』と言ったが、ティマもそう思っていた。数年経った今でも、有事の際にはロインが助けてくれると信じている。ただ、自分も何かあればロインの力になりたい、とも思っている。ラミーはそこまでは気付かず、ふ〜んと納得している。
「ティマにとって、ロインは騎士様ってわけか。いいんじゃない?そういう関係も。」
ラミーは軽く笑いながら言った。だがティマは、しばらくその言葉が頭から離れなかった。
―――騎士様。そうだ。ロインは騎士の家系の生まれなんだった。
ティマはふと思い出す。そして、ロインの母は直接マウディーラ王らを守護する立場だった。そんな彼は何も知らないうちに、変わった境遇ではあるが、ただの少女を守ろうとしていた。
(…なんか変なの。)
ティマは思わずくすっと笑った。だがその直後に思い浮かんだのは、グレシア・ウルノアが近衛騎士を続けていれば、自分と同い年のティマリア姫が誘拐されていなければ、という仮定。もしかしたら、今頃ロインは母と同じように近衛騎士の一員となり、一国の姫を―――自分の知らない別の女の子を守っていたのかもしれない。それを考えると、ティマはほんの少し不愉快に感じた。それが本来の彼の姿なのだろう、と思うと、ロインの存在が遠ざかる気がした。そう感じる理由がわからず、ティマはもやもやとした気分になった。急にロインの気持ちが気になりだした。
「…そういうラミーは?好きな人とかいないわけ?」
ティマは気を紛らわそうとラミーに聞き返した。が、
「いないね。ま、あたいより強い男がいたら考えてもいいけど。」
とあっさり返されてしまった。しかも動揺も何も感じられない口調だった。どうやら恋愛話に興味はあっても、恋愛そのものに興味はない様子。ティマは思わず「何それ…」と心の中でつっこんでいた。
そう話している間にもだいぶ歩いた。しかしそれらしい道は見つからない。暗闇に目がなれ、少しなら遠くの影がわかるようになった頃だった。コツっとティマの杖に何かが当たった。固い物らしいが、壁や岩のそれとは違う感覚だった。足を止め、その物体の正体を知ろうと手を触れる。平面上に細い縄のようなものが巻きついている。その縄に沿って手を滑らしていくと、ティマの杖が触れた物体は、いくつかの物体を重ねて置いてあるようだった。
「ひょっとして…積荷か何か?」
ティマがそう呟くと、後ろからマリーもやってきてその物体を確かめる。しばらくするとマリーは頷いた。
「そう、みたいです。でもどうしてこんなところに?」
ティマとマリーは不審に思い、しばらくその場に立っていた。
「いいから先に行こう。急いでカイウス達と合流しないと。」
いつの間にかラミーとチャークが先におり、2人にそう促した。確かにそのとおりだ。ティマとマリーが歩き出そうとした瞬間だった。
「! ラミー!何かいる!!」
ラミーの影とは違う影が彼女の背後にあった。しかしすでに遅く、ラミーが振り向くのと同時に、影はラミーの腕を背に回して動きを封じた。隣にいたチャークも別の影に捕まっている。
「なっ!?離せ!離せってば!」
ラミーは必死で抵抗する。その時、ティマとマリーの背後にも別の影が迫っているのに気がついた。
「2人とも、後ろ!!」
「え?」
「きゃあっ!!」
だがこちらも気付くのが遅く、ティマはラミーと同じように動きを封じられ、マリーは口をふさがれた。ティマの杖がカランと音を立てて彼女の手から落ちたのが聞こえた。
「なんだ?ただのガキか?」
「『ただの』ってことはないでしょ?あんたが抑えてる小娘、銃とか持ってんじゃん。」
必死で抵抗を続けていると、そう話す声がした。男の声だった。女の声もした。状況を考えると、盗賊の可能性が高い。
(迂闊だった。こんなとこにもいたなんて…!)
ラミーは唇を噛んだ。必死で抵抗するが抜け出せない。ラミー達を捕らえているその人間達は、そのまま彼らをひきずって横道へと入っていった。