第6章 兆し、赤眼が映すモノ ]U
一行は地下を駆け続け、そして上のフロアに出る頃になると歩みは次第にゆっくりになって行った。
「ここまで来れば大丈夫だろう。」
わずかに荒い息でロインがそう言うと、一行はいったん立ち止まった。
「ふう。それで、あそこで何があったんだ?」
カイウスが四人に尋ねた。それに答えたのはラミーだった。突然盗賊らしき一味に襲われたこと。何とか逃げ出そうとした時、ティマのペンダントとラミーのピアスが突然光りだしたこと。直後に魔物の大群が押し寄せたこと。それを退けようとティマ詠唱をした時、再びペンダントとピアスが光りだしたこと。三人は食い入るように話を聞いていた。特に最後の話題について、ルビアは信じられないとでも言うような顔で聞いていた。そしてラミーの話が終わると、ルビアはティマに心配そうな表情で飛びついた。
「ティマ!あなた、体大丈夫?あのプリセプツ、相当魔力を消費するものだったでしょう?」
「え?ええっと…少し疲れたけど、でも平気よ。」
ティマはそう言って笑顔を見せた。確かに無理をしているような様子はない。ルビアは「調子が悪かったら無理しないでね?」と言い、ティマから離れた。それと入れ替わるように、カイウスが腕を組んだまま話題を振った。
「それにしても、ティマのペンダントとラミーのピアスが同じ光を放っただって?…なんだか、ペイシェントみたいだな。」
その言葉を聞いたルビアははっとし、他の面々は頭上に疑問符が浮かんだ。
「あの、“ペイシェント”ってなんですか?」
マリーがおずおずと尋ねると、カイウスは彼女を見て答えた。
「アレウーラ大陸で起きた『獣人戦争』と呼ばれる出来事の時に作られた赤い結晶です。多くのレイモーンの民の命を犠牲に生まれた、高い魔力を秘めた物です。」
言いながら、カイウスは自身の胸を服の上から強く握った。2年前まで、カイウスの母の形見のペンダントがそこにあった。そのペンダントもペイシェントでできており、別のペイシェントと近づけた時、揺らめく炎のような輝きを放ち、共鳴したのだ。カイウスとルビアはそのことを思い出し、皆に説明した。そして、カイウスはティマへと視線を向けた。
「ティマ。もしかしてそのペンダント、白い結晶が使われているんじゃないのか?」
ティマはそう問われた瞬間、なぜか今までに見たことのない動揺を見せた。ドキッと身体が反応し、カイウスから目をそらす。その態度を不審に思っていると、ティマはよそよそしく「私…何も知らない…」と呟き、それ以上口を開こうとしないのだった。
「…まぁいいさ。それより、そろそろマウベロに向かおう。マリーさんとチャークも急がなきゃならないんだしさ。」
カイウスは肩をすくめてそう言い、再び歩き出した。ティマはその行動にほっとした様子を見せ、ロインの横をついて歩き出した。そんな彼女をラミーが後ろからじっと見つめる。
「なぁ、ルビア。さっき、ティマの何を気にしてたんだ?」
ラミーはルビアを呼び止め、一行の後ろについてひそっと尋ねた。ルビアはティマを一瞥し、ラミー以外の誰にも聞こえないように答えた。
「身の丈に合わないプリセプツの施行は、術者の身体に大きく影響を及ぼすの。最悪、目が覚めなくなることだってあるわ。」
そう話すルビアの顔は真剣そのものだった。そしてこれは、ルビア自身がかつて体験したことでもあった。幼い頃に上級治癒術に手を出して倒れ、2年前の戦いの際には自分が自分でなくなるような未曾有の恐怖と戦った。今のルビアなら、上級魔法ひとつ放ったところでそのようなことになりはしない。だから、ティマがその点平気だったということに驚きを隠せなかったのだ。ラミーはそれを理解すると、より不思議なものでも見るようにティマを見ていた。
しばらく歩くと出口が見えてきた。外の眩い光に目を細めながら、一行は洞窟の外へと足を踏み出す。すると、目の前には赤い夕日、そして夕日に照らされた港町があった。
「あれがマウベロ港さ。もうすぐ着くよ。」
ラミーが明るい声で一行に伝える。それを聞いたチャークは瞳を輝かせた。
「あそこにパパと姉ちゃんがいるんだよね?ママ、隊長、早く行こうよ!」
チャークはそう言ってマリーとラミーの手を引っ張って駆け出す。マリーはそれに慌て、ラミーは一緒に笑いながら走っていく。それを見て、ティマはくすくす笑いをこぼした。
「ラミー、すっかりチャークに気に入られたみたいね。」
「あいつも子供っぽいしな。」
そう言うロインは少しため息交じりの様子だった。彼が騒いだせいでいろいろ手間取ったせいだろう。と、その時。
「ティマ、お前!その傷どうしたんだよ!?」
ロインが指したのはティマの腹部の切り裂けた部分だった。ドレスに食らった傷を見て、ティマはあははと誤魔化し笑いをした。
「あの盗賊っぽい人にやられたやつ。大丈夫。そんなにひどい傷じゃないし。」
「お前な!さっきまで暗かったからよく見えなかったけど、もし戦闘でそこやられたらどうするんだ!?」
「そ、そんなに怒らなくても…」
実際、ファーストエイド程度の治癒術で治せる傷であった。が、ロインはまるで一生残る傷跡を見たかのように、ティマにしつこく説教をくらわした。
(『騎士』っていうより、こうるさい保護者だな、これじゃ…)
ティマは傷を治しながら苦笑した。同時に、人嫌いのロイン・エイバスがここまで他人を心配する様子が面白く思えた。
「おーい!2人とも、早くしろよー!」
いつの間にかカイウスとルビアも先を進み、残されていたのはロインとティマだけだった。ティマは返事をし、ロインの手をひいて走り出そうとした。その時、
「…さっきはありがとうな、約束守ってくれて。」
「え?」
ロインはティマの耳元でボソッと呟いた。ティマがその言葉に驚いて一瞬動きをとめると、今度はロインがティマの手を引っ張って走り出した。
「さっさと行こうぜ。じゃねぇと、あいつらまた魔物呼び出して面倒になりそうだ。」
ロインがそう言うと、ティマは笑顔で頷き、返事をした。
スディアナの城の一室。手当てした傷に触れながら、ガルザは窓の外遠くを眺めていた。その時、彼のいる部屋の戸がノックされた。
「入れ。」
ガルザの一言の後、フレアとガルザの部下の一人が姿を現した。ガルザは窓から室内へと視線を向ける。
「どうした?」
「はい。先程伝令がありまして、あの者がマウディーラ島の北にある孤島に向かうという情報が入りました。」
「そうか。」
「それと、もうひとつ…。」
フレアの目がまっすぐガルザを見据える。
「王がイーバオ襲撃の件について調査しております。先程、調査隊がイーバオ港から戻りました。しかし、何者かに襲われ負傷、調査資料を強奪されたようです。」
「ふむ。これであと少しの間は調査が滞るな。」
ガルザはそう言い、再び視線を窓の外に向けた。それを合図に、フレアは隣にいる同僚に目配せした。それに気がつくと、その部下は一礼した後、部屋を後にした。
「…あの方はなんと言っていた?」
ガルザは窓の外を見たまま尋ねた。フレアはまっすぐガルザの背を見て答える。
「はい。『白晶の装具(クリスタル・トゥール)』を早く全てそろえるように、そうすれば、望みを叶える準備はすぐにでもできる、と仰っていました。」
それを聞き、ガルザは拳を強く握り締めた。
「我が手にはすでに3つの『白晶の装具』がそろっている。あとは、ウルノアの『白晶の首飾(クリスタル・ペンダント)』を残すのみ、か。」
そう呟くガルザを、夕日が紅く照らした。フレアはそんなガルザを見て、尊敬と不安の入り混じった感情を抱いていた。
「フレア、支度をしろ。あと、奴を連れて来い。目的地は北の孤島だ。」
「はっ。」
夕日が首都を照らし出す。街はいつものように活気に満ちている。その空の上を、一羽の鳥が颯爽と沖へと飛んでいった。
「ここまで来れば大丈夫だろう。」
わずかに荒い息でロインがそう言うと、一行はいったん立ち止まった。
「ふう。それで、あそこで何があったんだ?」
カイウスが四人に尋ねた。それに答えたのはラミーだった。突然盗賊らしき一味に襲われたこと。何とか逃げ出そうとした時、ティマのペンダントとラミーのピアスが突然光りだしたこと。直後に魔物の大群が押し寄せたこと。それを退けようとティマ詠唱をした時、再びペンダントとピアスが光りだしたこと。三人は食い入るように話を聞いていた。特に最後の話題について、ルビアは信じられないとでも言うような顔で聞いていた。そしてラミーの話が終わると、ルビアはティマに心配そうな表情で飛びついた。
「ティマ!あなた、体大丈夫?あのプリセプツ、相当魔力を消費するものだったでしょう?」
「え?ええっと…少し疲れたけど、でも平気よ。」
ティマはそう言って笑顔を見せた。確かに無理をしているような様子はない。ルビアは「調子が悪かったら無理しないでね?」と言い、ティマから離れた。それと入れ替わるように、カイウスが腕を組んだまま話題を振った。
「それにしても、ティマのペンダントとラミーのピアスが同じ光を放っただって?…なんだか、ペイシェントみたいだな。」
その言葉を聞いたルビアははっとし、他の面々は頭上に疑問符が浮かんだ。
「あの、“ペイシェント”ってなんですか?」
マリーがおずおずと尋ねると、カイウスは彼女を見て答えた。
「アレウーラ大陸で起きた『獣人戦争』と呼ばれる出来事の時に作られた赤い結晶です。多くのレイモーンの民の命を犠牲に生まれた、高い魔力を秘めた物です。」
言いながら、カイウスは自身の胸を服の上から強く握った。2年前まで、カイウスの母の形見のペンダントがそこにあった。そのペンダントもペイシェントでできており、別のペイシェントと近づけた時、揺らめく炎のような輝きを放ち、共鳴したのだ。カイウスとルビアはそのことを思い出し、皆に説明した。そして、カイウスはティマへと視線を向けた。
「ティマ。もしかしてそのペンダント、白い結晶が使われているんじゃないのか?」
ティマはそう問われた瞬間、なぜか今までに見たことのない動揺を見せた。ドキッと身体が反応し、カイウスから目をそらす。その態度を不審に思っていると、ティマはよそよそしく「私…何も知らない…」と呟き、それ以上口を開こうとしないのだった。
「…まぁいいさ。それより、そろそろマウベロに向かおう。マリーさんとチャークも急がなきゃならないんだしさ。」
カイウスは肩をすくめてそう言い、再び歩き出した。ティマはその行動にほっとした様子を見せ、ロインの横をついて歩き出した。そんな彼女をラミーが後ろからじっと見つめる。
「なぁ、ルビア。さっき、ティマの何を気にしてたんだ?」
ラミーはルビアを呼び止め、一行の後ろについてひそっと尋ねた。ルビアはティマを一瞥し、ラミー以外の誰にも聞こえないように答えた。
「身の丈に合わないプリセプツの施行は、術者の身体に大きく影響を及ぼすの。最悪、目が覚めなくなることだってあるわ。」
そう話すルビアの顔は真剣そのものだった。そしてこれは、ルビア自身がかつて体験したことでもあった。幼い頃に上級治癒術に手を出して倒れ、2年前の戦いの際には自分が自分でなくなるような未曾有の恐怖と戦った。今のルビアなら、上級魔法ひとつ放ったところでそのようなことになりはしない。だから、ティマがその点平気だったということに驚きを隠せなかったのだ。ラミーはそれを理解すると、より不思議なものでも見るようにティマを見ていた。
しばらく歩くと出口が見えてきた。外の眩い光に目を細めながら、一行は洞窟の外へと足を踏み出す。すると、目の前には赤い夕日、そして夕日に照らされた港町があった。
「あれがマウベロ港さ。もうすぐ着くよ。」
ラミーが明るい声で一行に伝える。それを聞いたチャークは瞳を輝かせた。
「あそこにパパと姉ちゃんがいるんだよね?ママ、隊長、早く行こうよ!」
チャークはそう言ってマリーとラミーの手を引っ張って駆け出す。マリーはそれに慌て、ラミーは一緒に笑いながら走っていく。それを見て、ティマはくすくす笑いをこぼした。
「ラミー、すっかりチャークに気に入られたみたいね。」
「あいつも子供っぽいしな。」
そう言うロインは少しため息交じりの様子だった。彼が騒いだせいでいろいろ手間取ったせいだろう。と、その時。
「ティマ、お前!その傷どうしたんだよ!?」
ロインが指したのはティマの腹部の切り裂けた部分だった。ドレスに食らった傷を見て、ティマはあははと誤魔化し笑いをした。
「あの盗賊っぽい人にやられたやつ。大丈夫。そんなにひどい傷じゃないし。」
「お前な!さっきまで暗かったからよく見えなかったけど、もし戦闘でそこやられたらどうするんだ!?」
「そ、そんなに怒らなくても…」
実際、ファーストエイド程度の治癒術で治せる傷であった。が、ロインはまるで一生残る傷跡を見たかのように、ティマにしつこく説教をくらわした。
(『騎士』っていうより、こうるさい保護者だな、これじゃ…)
ティマは傷を治しながら苦笑した。同時に、人嫌いのロイン・エイバスがここまで他人を心配する様子が面白く思えた。
「おーい!2人とも、早くしろよー!」
いつの間にかカイウスとルビアも先を進み、残されていたのはロインとティマだけだった。ティマは返事をし、ロインの手をひいて走り出そうとした。その時、
「…さっきはありがとうな、約束守ってくれて。」
「え?」
ロインはティマの耳元でボソッと呟いた。ティマがその言葉に驚いて一瞬動きをとめると、今度はロインがティマの手を引っ張って走り出した。
「さっさと行こうぜ。じゃねぇと、あいつらまた魔物呼び出して面倒になりそうだ。」
ロインがそう言うと、ティマは笑顔で頷き、返事をした。
スディアナの城の一室。手当てした傷に触れながら、ガルザは窓の外遠くを眺めていた。その時、彼のいる部屋の戸がノックされた。
「入れ。」
ガルザの一言の後、フレアとガルザの部下の一人が姿を現した。ガルザは窓から室内へと視線を向ける。
「どうした?」
「はい。先程伝令がありまして、あの者がマウディーラ島の北にある孤島に向かうという情報が入りました。」
「そうか。」
「それと、もうひとつ…。」
フレアの目がまっすぐガルザを見据える。
「王がイーバオ襲撃の件について調査しております。先程、調査隊がイーバオ港から戻りました。しかし、何者かに襲われ負傷、調査資料を強奪されたようです。」
「ふむ。これであと少しの間は調査が滞るな。」
ガルザはそう言い、再び視線を窓の外に向けた。それを合図に、フレアは隣にいる同僚に目配せした。それに気がつくと、その部下は一礼した後、部屋を後にした。
「…あの方はなんと言っていた?」
ガルザは窓の外を見たまま尋ねた。フレアはまっすぐガルザの背を見て答える。
「はい。『白晶の装具(クリスタル・トゥール)』を早く全てそろえるように、そうすれば、望みを叶える準備はすぐにでもできる、と仰っていました。」
それを聞き、ガルザは拳を強く握り締めた。
「我が手にはすでに3つの『白晶の装具』がそろっている。あとは、ウルノアの『白晶の首飾(クリスタル・ペンダント)』を残すのみ、か。」
そう呟くガルザを、夕日が紅く照らした。フレアはそんなガルザを見て、尊敬と不安の入り混じった感情を抱いていた。
「フレア、支度をしろ。あと、奴を連れて来い。目的地は北の孤島だ。」
「はっ。」
夕日が首都を照らし出す。街はいつものように活気に満ちている。その空の上を、一羽の鳥が颯爽と沖へと飛んでいった。