第7章 トガビト U
それから3日間、ロインとカイウスは船の掃除を、ティマとルビアは厨房で食事の支度を手伝っていた。途中、何度か船が海の魔物に襲われるというハプニングが起きたが、その度にすかさず『女神の従者』のメンバーが退治しにかかった。その手際のよさにロイン達は息を呑み、手を出すヒマもなかった。『雷嵐の波(ストーム・ウェーブ)』としての顔を持つだけあり、船員の皆が戦闘慣れしているようだ。あの料理係のアハトもフライパンなどを武器に戦闘を行えており、さらにはティマやラミーより年下だという少女船員も、魔法を駆使して見事に戦っているのだから驚きだ。そんな航海の中、視界はずっと青が映り、空にはあのトクナガがカモメと共に飛び交っていた。そして4日後の昼間になると、ラミーのあの威勢のいい声が響き渡った。
「夕方になったら上陸するよ!各自準備を済ませな!!」
それを聞いたティマの表情が輝いた。
もうすぐ、姫をさらったレイモーンの民に会えるかもしれない。
半分は不安、もう半分は期待が募る。ティマは別に、首謀者を捕まえ、王家に突き出すことを目的としているわけではない。仮に首謀者を突き出さなくても、行方不明の姫の居場所がわかり、彼女を城に連れ帰ることができればそれでいい。そして、それによってあの老司祭にレイモーンの民を侮辱したことを謝罪させることができればいいのだ。だがそのために、近衛騎士らを蹴散らすだけの力を持ったレイモーンの民に会わなければならない。レイモーンの民自体に抵抗はないが、その者の人格次第ではこちらに危険が及ぶ。ティマはこれから会えるであろう人物が、話を聞いてくれるような人物であることを願った。
「よし!先に注意事項を言うから聞けよ?」
船は夕方前になるとどこかの島に泊まった。そして日が暮れてから、上陸する前に、とラミーが4人を甲板に呼び集めた。
「これから行く『アルミネの里』って場所は、かつて国から見捨てられた奴らが集まって出来た集落だ。だからこそ、奴らは掟に背く奴を許さない。…別に脅してるわけじゃないよ。ただ、そういう場所に行くってことを意識しとけってこと。大丈夫だって。客人にはある程度優しいはずさ。っていうか、皆陽気な良い連中だよ。」
ラミーは最後にそう付け加え笑い飛ばした。今の話を聞き、特に強張った表情になったティマの肩をポンと叩くと、ラミーは仲間達に留守番を言いつけて一番に船を降りた。その後をカイウスとルビアが続いて行く。
「…大丈夫か?」
まだ緊張した顔をしているティマに、やや呆れた表情でロインが聞く。すると、
「あはは…。ちょっと、怖くなっちゃった。」
ティマは引きつり笑いをして答えた。
上陸した島は、温暖な気候と森林に囲まれた場所であった。魔物も少なからず生息しており、闇夜にまぎれて襲撃を仕掛けるものもいる。そうした魔物達を薙倒しながら、5人は森林の奥へと進んで行く。
「ここ、暑いわね…。」
ふとルビアが嘆息する。先頭を歩き、道案内をしているラミーが笑って振り返った。
「そんな暑苦しい服装してたら無理ないって。この島って火山があるし、気候も暖かいんだしさ。」
「火山があるのか?」
その発言に興味を示したのはカイウスだった。立ち止まり、それらしい山は見えないかと辺りをキョロキョロ見回す。ラミーは後ろを向いた状態で進みながらその質問に答えた。
「そうさ。火山の奥には凶暴なドラゴンが棲んでるって話もあってね。そのドラゴンの鱗がいろんな特効薬になるんだ、ってニックが言ってた。」
「ニック?」
「里にいる名医さ。あたいも何度か風邪ひいて、その度に治療してもらったもんさ。」
そう話すラミーの顔は明るかった。と、そんな彼女の背後に怪しい影が。
「ラミー、前!!」
カイウスが叫び、剣を抜きながら駆ける。だが影がラミーに襲い掛かる方が早い。カイウスも他の仲間達も間にあわない。だが当のラミーは慌てることなく、しかも振り返ることなく拳を頭上に突き出し、背後の影に一撃を加えた。ガンッといういい音が響き、影は地面にのたうちまわった。
「…せっかく誉めてんだから、もっと優しく歓迎しろよ?ニック。」
ラミーは手を腰に回しながら振り向く。そこにいたのは、顎を抑え、声にしないで叫んでいる大人の男。やがてゆっくりと立ちあがり、月明かりに照らされると、右に額から頬にかけて大きな傷をつけている壮年の顔が見えた。ロイン達が呆然としていると、ラミーが彼を紹介した。
「ああ。こいつがさっき言った医師のニック。ニック、こいつらはあたいの客人だよ。」
((((医者が人襲うのかよ!!?))))
ニックとラミー以外のメンバーが心の奥で突っ込みを入れた。それにまるで気付かず、ニックはまだ顎を抑えながらロイン達に一礼する。そして再びラミーを見て口を開いた。
「いてて…。久々だな、ラミー。」
「そうだな。…こいつら、里の人間に用があるんだ。とりあえず、あたいの家に入れてもいいだろ?」
ラミーがそう言うと、ニックは少しの間ロイン達を見つめ、それから頷いた。そして一行の先を歩きだした。ラミーがそのあとに続き、ロイン達を手招きする。どうやら里へ立ち入ることを正式に許された、と考えてよさそうだ。4人は先程よりも肩の力を抜き、二人の後を軽やかな足取りで追った。
再び歩き出して間もなく、一行はとある家の前に辿り着く。木造の三角屋根の家で、大きいとも小さいとも言えないが、ロイン達5人が入るには十分な広さがありそうだった。ニックはそこまで来ると踵を返し、ラミーに一言残して闇の中へ消えていった。ラミーはニックの姿が見えなくなると4人を見て口を開いた。
「ここがあたいの家。さ、入った入った。」
ラミーに促され、4人は家の中へと入っていく。長く戻っていなかった様子にも関わらず、家の中は片付いており、掃除もされていた。留守の間、誰かが家を守っていてくれたらしい。ラミーはあたりから適当に毛布や寝袋を引っ張り出して4人に渡し、その日の夜を過ごした。
「ラミーじゃねぇか!いつ戻った?」
「昨日の晩さ。客人がいるから昼に来れなかったんだよ。」
翌朝、ロイン達は『アルミネの里』を案内されていた。里には若い男女からしわの寄った老人までが暮らしている。数は多いわけではないが、ひとつの共同体としては十分な人間がいる。ラミーの姿を見かけた住人が何度か声をかけてきた。ラミーは彼らといつもよりも笑顔で接しているように見えた。そうして里を歩き回り、一軒の家の前にやってきた。
「ここは?」
ルビアが尋ね、ラミーは振り返って説明した。
「里長の家。客人や新しい住人は、必ず里長に顔を合わせるんだ。変な輩が里に紛れ込まないように、ね。」
それが一度国に捨てられた彼らが安息して生きる為の掟だ、とラミーは言った。4人は納得し、静かに里長の家へとむかう。里長。やはり年長の厳かな雰囲気を持つ人物なのだろうか。そう思うと4人は少し緊張した。だがラミーはノックもせず、しかも勢いよく扉を開けて家に入っていく。かなり無遠慮な行動だ。彼女の性格か、あるいはそれを許すおおらかな里長なのか、4人は判断できず、困惑した顔になった。
「里長ー。いるー?」
ラミーは勝手に玄関に上がり、家の中を見渡す。4人も遠慮がちに家の中に足を踏み入れた。部屋の中央には来客用と思われるテーブルとイスがきれいに並べられ、奥には執務用らしい机の上に書類がのっかっている。二階へと続く階段もあり、おそらくそっちはプライベート用の空間だろうと思われた。そんな広い家の中はシーンとし、気配ひとつない。
「留守か?ったく、どこにいるんだ?」
ラミーは頭を掻きながらぼやく。そんなラミーにティマが声をかけた。
「ねぇラミー。里長ってどんな人?」
「知らねぇよ。」
即答だった。まさかの返答に4人は仰天し、「え!?」と声をあげた。問い質そうとすると、先にラミーが口を開いた。
「定期的に里長は替わるんだ。それも掟なんだけど…。まぁいいや。あたいと一緒に行動してれば問題ないはずだし。先に例のレイモーンの男を探そうぜ。」
そう言うと、ラミーはさっさと家を出て行った。ロイン達はそんなラミーの行動に呆気にとられつつ、すぐにその後を追って里長の家を後にする。
「なんだかいい加減だな、おい…。」
そんなラミーに呆れ果てたのか、とうとうロインが口に出して突っ込んだ。すると、
「あ、ロインが突っ込んだ。」
カイウスがロインの方を見て微笑む。ロインはそんなカイウスをキッと睨むが、カイウスはそれに動じなくなっていた。逆に歯を見せて笑って返してみせ、ロインがそれに戸惑い顔を逸らす結果となった。そんな光景をティマとルビアが笑って見ていた。
「夕方になったら上陸するよ!各自準備を済ませな!!」
それを聞いたティマの表情が輝いた。
もうすぐ、姫をさらったレイモーンの民に会えるかもしれない。
半分は不安、もう半分は期待が募る。ティマは別に、首謀者を捕まえ、王家に突き出すことを目的としているわけではない。仮に首謀者を突き出さなくても、行方不明の姫の居場所がわかり、彼女を城に連れ帰ることができればそれでいい。そして、それによってあの老司祭にレイモーンの民を侮辱したことを謝罪させることができればいいのだ。だがそのために、近衛騎士らを蹴散らすだけの力を持ったレイモーンの民に会わなければならない。レイモーンの民自体に抵抗はないが、その者の人格次第ではこちらに危険が及ぶ。ティマはこれから会えるであろう人物が、話を聞いてくれるような人物であることを願った。
「よし!先に注意事項を言うから聞けよ?」
船は夕方前になるとどこかの島に泊まった。そして日が暮れてから、上陸する前に、とラミーが4人を甲板に呼び集めた。
「これから行く『アルミネの里』って場所は、かつて国から見捨てられた奴らが集まって出来た集落だ。だからこそ、奴らは掟に背く奴を許さない。…別に脅してるわけじゃないよ。ただ、そういう場所に行くってことを意識しとけってこと。大丈夫だって。客人にはある程度優しいはずさ。っていうか、皆陽気な良い連中だよ。」
ラミーは最後にそう付け加え笑い飛ばした。今の話を聞き、特に強張った表情になったティマの肩をポンと叩くと、ラミーは仲間達に留守番を言いつけて一番に船を降りた。その後をカイウスとルビアが続いて行く。
「…大丈夫か?」
まだ緊張した顔をしているティマに、やや呆れた表情でロインが聞く。すると、
「あはは…。ちょっと、怖くなっちゃった。」
ティマは引きつり笑いをして答えた。
上陸した島は、温暖な気候と森林に囲まれた場所であった。魔物も少なからず生息しており、闇夜にまぎれて襲撃を仕掛けるものもいる。そうした魔物達を薙倒しながら、5人は森林の奥へと進んで行く。
「ここ、暑いわね…。」
ふとルビアが嘆息する。先頭を歩き、道案内をしているラミーが笑って振り返った。
「そんな暑苦しい服装してたら無理ないって。この島って火山があるし、気候も暖かいんだしさ。」
「火山があるのか?」
その発言に興味を示したのはカイウスだった。立ち止まり、それらしい山は見えないかと辺りをキョロキョロ見回す。ラミーは後ろを向いた状態で進みながらその質問に答えた。
「そうさ。火山の奥には凶暴なドラゴンが棲んでるって話もあってね。そのドラゴンの鱗がいろんな特効薬になるんだ、ってニックが言ってた。」
「ニック?」
「里にいる名医さ。あたいも何度か風邪ひいて、その度に治療してもらったもんさ。」
そう話すラミーの顔は明るかった。と、そんな彼女の背後に怪しい影が。
「ラミー、前!!」
カイウスが叫び、剣を抜きながら駆ける。だが影がラミーに襲い掛かる方が早い。カイウスも他の仲間達も間にあわない。だが当のラミーは慌てることなく、しかも振り返ることなく拳を頭上に突き出し、背後の影に一撃を加えた。ガンッといういい音が響き、影は地面にのたうちまわった。
「…せっかく誉めてんだから、もっと優しく歓迎しろよ?ニック。」
ラミーは手を腰に回しながら振り向く。そこにいたのは、顎を抑え、声にしないで叫んでいる大人の男。やがてゆっくりと立ちあがり、月明かりに照らされると、右に額から頬にかけて大きな傷をつけている壮年の顔が見えた。ロイン達が呆然としていると、ラミーが彼を紹介した。
「ああ。こいつがさっき言った医師のニック。ニック、こいつらはあたいの客人だよ。」
((((医者が人襲うのかよ!!?))))
ニックとラミー以外のメンバーが心の奥で突っ込みを入れた。それにまるで気付かず、ニックはまだ顎を抑えながらロイン達に一礼する。そして再びラミーを見て口を開いた。
「いてて…。久々だな、ラミー。」
「そうだな。…こいつら、里の人間に用があるんだ。とりあえず、あたいの家に入れてもいいだろ?」
ラミーがそう言うと、ニックは少しの間ロイン達を見つめ、それから頷いた。そして一行の先を歩きだした。ラミーがそのあとに続き、ロイン達を手招きする。どうやら里へ立ち入ることを正式に許された、と考えてよさそうだ。4人は先程よりも肩の力を抜き、二人の後を軽やかな足取りで追った。
再び歩き出して間もなく、一行はとある家の前に辿り着く。木造の三角屋根の家で、大きいとも小さいとも言えないが、ロイン達5人が入るには十分な広さがありそうだった。ニックはそこまで来ると踵を返し、ラミーに一言残して闇の中へ消えていった。ラミーはニックの姿が見えなくなると4人を見て口を開いた。
「ここがあたいの家。さ、入った入った。」
ラミーに促され、4人は家の中へと入っていく。長く戻っていなかった様子にも関わらず、家の中は片付いており、掃除もされていた。留守の間、誰かが家を守っていてくれたらしい。ラミーはあたりから適当に毛布や寝袋を引っ張り出して4人に渡し、その日の夜を過ごした。
「ラミーじゃねぇか!いつ戻った?」
「昨日の晩さ。客人がいるから昼に来れなかったんだよ。」
翌朝、ロイン達は『アルミネの里』を案内されていた。里には若い男女からしわの寄った老人までが暮らしている。数は多いわけではないが、ひとつの共同体としては十分な人間がいる。ラミーの姿を見かけた住人が何度か声をかけてきた。ラミーは彼らといつもよりも笑顔で接しているように見えた。そうして里を歩き回り、一軒の家の前にやってきた。
「ここは?」
ルビアが尋ね、ラミーは振り返って説明した。
「里長の家。客人や新しい住人は、必ず里長に顔を合わせるんだ。変な輩が里に紛れ込まないように、ね。」
それが一度国に捨てられた彼らが安息して生きる為の掟だ、とラミーは言った。4人は納得し、静かに里長の家へとむかう。里長。やはり年長の厳かな雰囲気を持つ人物なのだろうか。そう思うと4人は少し緊張した。だがラミーはノックもせず、しかも勢いよく扉を開けて家に入っていく。かなり無遠慮な行動だ。彼女の性格か、あるいはそれを許すおおらかな里長なのか、4人は判断できず、困惑した顔になった。
「里長ー。いるー?」
ラミーは勝手に玄関に上がり、家の中を見渡す。4人も遠慮がちに家の中に足を踏み入れた。部屋の中央には来客用と思われるテーブルとイスがきれいに並べられ、奥には執務用らしい机の上に書類がのっかっている。二階へと続く階段もあり、おそらくそっちはプライベート用の空間だろうと思われた。そんな広い家の中はシーンとし、気配ひとつない。
「留守か?ったく、どこにいるんだ?」
ラミーは頭を掻きながらぼやく。そんなラミーにティマが声をかけた。
「ねぇラミー。里長ってどんな人?」
「知らねぇよ。」
即答だった。まさかの返答に4人は仰天し、「え!?」と声をあげた。問い質そうとすると、先にラミーが口を開いた。
「定期的に里長は替わるんだ。それも掟なんだけど…。まぁいいや。あたいと一緒に行動してれば問題ないはずだし。先に例のレイモーンの男を探そうぜ。」
そう言うと、ラミーはさっさと家を出て行った。ロイン達はそんなラミーの行動に呆気にとられつつ、すぐにその後を追って里長の家を後にする。
「なんだかいい加減だな、おい…。」
そんなラミーに呆れ果てたのか、とうとうロインが口に出して突っ込んだ。すると、
「あ、ロインが突っ込んだ。」
カイウスがロインの方を見て微笑む。ロインはそんなカイウスをキッと睨むが、カイウスはそれに動じなくなっていた。逆に歯を見せて笑って返してみせ、ロインがそれに戸惑い顔を逸らす結果となった。そんな光景をティマとルビアが笑って見ていた。