第7章 トガビト Y
ニックの診療所に着いたのは、日が沈んだ後だった。急いで火山へ向かっていた時とは違い、里の位置を特定されないよう、敢えてでたらめに道を進んだからだった。
「うん。これでナブの病は治せるな。少し待ってな。即効性の薬だから、早く気がつくだろうし。」
ニックは手渡された鱗を見てそう言い、6人を待合室らしい場所に招き入れた。診察室らしい部屋を覗くことができ、頑丈な鱗を煎じる専用の機器を手にするニックの姿が見える。それからしばらく後、ニックは完成した薬を手に奥の部屋へと入っていった。
「あの医者、大丈夫なんだろうな…?」
ロインが不審の目でラミーとベディーを見る。最初の印象が相当強いのか、他の3人もニックをいい目で見ていなかった。
「本当に平気だって!最初に会った時は、警備に回されていたからあんなことしただけだよ。」
苦笑しながらもラミーは弁護した。ベディーも静かに同意の意をこめて頷く。
「ここに来る前から、医師としては尊敬されていたそうだ。マイペースな奴で不安かもしれないが、腕は確かだ。」
「ラミー、その人に殴りかかられたんですよ?」
「はは。外から来る人間はそういないからな。」
ベディーは他人事のように笑っている。あのニックという人にも負けないくらいのん気な性格なのかもしれない。
「…そういやラミー。彼らは一体何の目的で里に?」
「あ、話してないっけ?実は…」
ラミーが話し出そうとした瞬間だった。
「気がついたぞ〜。」
気の抜けた声でニックが顔を覗かせた。間の悪い奴。ロイン達4人がそう思ったのにも気付かず、ラミーはその場に立ち上がった。
「サンキュ、ニック!…ナブも交えて話そう。もしかしたら、アイツにも関係あることかもしれないんだ。」
簡素なベッドの上に寝ていたのは、茶髪の顔色の悪い――病み上がりなのだから、顔色が悪いのは当然だが――男だった。
「ああ、べディー。おかげで助かったよ。」
低いしっかりとした声が若い里長に向けられる。ベディーは微笑み、ベッドの横に腰を下ろした。
「ナブ、調子はどうだ?」
「まだだるい。が、さっきよりはマシだ。」
「ナブ。目覚めたばかりで悪いけど、聞きたいことがあるんだ。」
2人の会話を遮り、ラミーが切り出した。ナブは彼女へ、そしてその後ろに立っている4人の見慣れぬ少年少女らに目を向けた。
「15年前、若いレイモーンの民が姫をさらった事件を知ってるか?あたいは今、その姫を探す依頼を受けてる。ナブ、あんた何か知らないか?」
ベディーとナブはそれを聞くと目を見開いた。そしてしばらくの沈黙の後、ナブは首を横に振った。
「悪いが、俺は話せねぇ。」
「どうして?私、別にお姫様さえ連れ戻せればいいんです!だから、あなたをどうにかしようとは思ってません。何か知ってるなら…」
「違う、ヒトの娘よ。…それをやったのは俺ではない。」
ナブは静かに、事件の関与を否定した。今度はロイン達が目を丸くした。
「…それを聞きに、彼らを里へ連れてきたのか?」
ベディーが落ち着いた声でラミーに尋ねる。ラミーは頷き、頭をかいた。
「ナブはハズレ、か。そうなると、他に可能性のありそうなレイモーンの民って…」
「…僕だ。」
ベディーはすっと立ち上がり、そして呆然としている5人をまっすぐ見つめた。
「15年前、スディアナ事件を起こしたレイモーンの民は…この僕だ。」
静かに放たれた言葉。その場にいた誰もが沈黙し、ベディーを見た。
「え…ぇええ!!?だ、だってあんた、15年前って言ったら11歳だろ!?若いどころかガキじゃねぇか!!?」
ラミーは驚愕し、ベディーを指差しながら言った。すると、ベディーはふっと笑みをみせた。
「あの頃は、ただ居場所が欲しくて仕方がなかったからな。特に何も考えてなかったな。」
「いくらなんでも、無鉄砲にも程があるだろ!!?」
「…ってことは、母さんは11歳のガキに出し抜かれたってことか…」
まだ事実を受け入れられない、というように騒ぐラミー。それとは対照的に、別の理由でショックを受けているロイン。ティマやカイウスらはその発言を聞いて、すでにショックで放心状態になっているロインに気がつき、慌てて現実へ引き戻そうとした。その時だった。
「『母さん』…?その金髪…もしかして、グレシアさんの息子なのか?」
突然出てきた思いがけない言葉。それにまた別のショックを受け、ロインはベディーに食らいついた。
「お前、なんで母さんのことを!?」
ロインだけでなく、グレシアの事情を知る3人もベディーに問いかけるように視線を向けた。ベディーは少しの沈黙の後、その視線から目をそらした。
「話せば長くなる。…そうだな。明日、里長の家に来るといい。話せるだけ聞かせてやろう。…それに、こっちも聞きたいことがある。」
そういうと、ベディーはロインとラミーの2人を一瞥した。その視線の流れを疑問に思ったものの、ロインは首を縦に振った。
「う〜〜〜ん」
「ティマ、何考えてるんだ?」
ラミーの家に戻り、晩飯を済ませた5人。ティマはニックの診療所を出てから、ずっと腕を組みながらうなっていた。ロインは呆れながらも、ティマに問いかけてみた。
「何でかな?ベディーさん見てると、どこか懐かしい感じがする気がするの。」
「懐かしい?どこかで会ったのか?」
「わかんない。でも、なんか見覚えある気がするの。」
「気のせいじゃないか?じゃなきゃ、きっと誰かに似てるだけだよ。」
「そうかな…?」
ティマは首をかしげ、納得がいかない様子だった。
仮にティマが姫だとしても、赤ん坊の頃に見た顔を覚えているわけがない。
ロインはそう考え、大して気にも留めなかった。それよりも、ロインは別の事項に気をとられていた。
現時点で、自分達が知っているティマリア姫の可能性のある人物は2人。名前が似ている実の親が消息不明のティマと、王家の証の『白晶の耳飾(クリスタル・ピアス)』を持つラミー。どちらかが姫本人であり、また、どちらも違う可能性もある。第三者であった場合、ラミーはどのような経緯で『白晶の耳飾』を手にしたのか。そして、ただ城ですれ違っただけに等しいはずのグレシアをベディーが知っていた。それは何故なのか。そして、聞きたいことがあると言い、自分とラミーに向けた視線はなんだったのか…。
ロインはあまりにも知らな過ぎた。それらのキーワードをどう結びつければよいか見当もつかない。
明日になれば、全てを知ることができるのだろうか…?
ロインは湧き出る疑問を一度封じ込め、ベディーの口からそれを聞けることを願い、眠りに落ちていった。
「うん。これでナブの病は治せるな。少し待ってな。即効性の薬だから、早く気がつくだろうし。」
ニックは手渡された鱗を見てそう言い、6人を待合室らしい場所に招き入れた。診察室らしい部屋を覗くことができ、頑丈な鱗を煎じる専用の機器を手にするニックの姿が見える。それからしばらく後、ニックは完成した薬を手に奥の部屋へと入っていった。
「あの医者、大丈夫なんだろうな…?」
ロインが不審の目でラミーとベディーを見る。最初の印象が相当強いのか、他の3人もニックをいい目で見ていなかった。
「本当に平気だって!最初に会った時は、警備に回されていたからあんなことしただけだよ。」
苦笑しながらもラミーは弁護した。ベディーも静かに同意の意をこめて頷く。
「ここに来る前から、医師としては尊敬されていたそうだ。マイペースな奴で不安かもしれないが、腕は確かだ。」
「ラミー、その人に殴りかかられたんですよ?」
「はは。外から来る人間はそういないからな。」
ベディーは他人事のように笑っている。あのニックという人にも負けないくらいのん気な性格なのかもしれない。
「…そういやラミー。彼らは一体何の目的で里に?」
「あ、話してないっけ?実は…」
ラミーが話し出そうとした瞬間だった。
「気がついたぞ〜。」
気の抜けた声でニックが顔を覗かせた。間の悪い奴。ロイン達4人がそう思ったのにも気付かず、ラミーはその場に立ち上がった。
「サンキュ、ニック!…ナブも交えて話そう。もしかしたら、アイツにも関係あることかもしれないんだ。」
簡素なベッドの上に寝ていたのは、茶髪の顔色の悪い――病み上がりなのだから、顔色が悪いのは当然だが――男だった。
「ああ、べディー。おかげで助かったよ。」
低いしっかりとした声が若い里長に向けられる。ベディーは微笑み、ベッドの横に腰を下ろした。
「ナブ、調子はどうだ?」
「まだだるい。が、さっきよりはマシだ。」
「ナブ。目覚めたばかりで悪いけど、聞きたいことがあるんだ。」
2人の会話を遮り、ラミーが切り出した。ナブは彼女へ、そしてその後ろに立っている4人の見慣れぬ少年少女らに目を向けた。
「15年前、若いレイモーンの民が姫をさらった事件を知ってるか?あたいは今、その姫を探す依頼を受けてる。ナブ、あんた何か知らないか?」
ベディーとナブはそれを聞くと目を見開いた。そしてしばらくの沈黙の後、ナブは首を横に振った。
「悪いが、俺は話せねぇ。」
「どうして?私、別にお姫様さえ連れ戻せればいいんです!だから、あなたをどうにかしようとは思ってません。何か知ってるなら…」
「違う、ヒトの娘よ。…それをやったのは俺ではない。」
ナブは静かに、事件の関与を否定した。今度はロイン達が目を丸くした。
「…それを聞きに、彼らを里へ連れてきたのか?」
ベディーが落ち着いた声でラミーに尋ねる。ラミーは頷き、頭をかいた。
「ナブはハズレ、か。そうなると、他に可能性のありそうなレイモーンの民って…」
「…僕だ。」
ベディーはすっと立ち上がり、そして呆然としている5人をまっすぐ見つめた。
「15年前、スディアナ事件を起こしたレイモーンの民は…この僕だ。」
静かに放たれた言葉。その場にいた誰もが沈黙し、ベディーを見た。
「え…ぇええ!!?だ、だってあんた、15年前って言ったら11歳だろ!?若いどころかガキじゃねぇか!!?」
ラミーは驚愕し、ベディーを指差しながら言った。すると、ベディーはふっと笑みをみせた。
「あの頃は、ただ居場所が欲しくて仕方がなかったからな。特に何も考えてなかったな。」
「いくらなんでも、無鉄砲にも程があるだろ!!?」
「…ってことは、母さんは11歳のガキに出し抜かれたってことか…」
まだ事実を受け入れられない、というように騒ぐラミー。それとは対照的に、別の理由でショックを受けているロイン。ティマやカイウスらはその発言を聞いて、すでにショックで放心状態になっているロインに気がつき、慌てて現実へ引き戻そうとした。その時だった。
「『母さん』…?その金髪…もしかして、グレシアさんの息子なのか?」
突然出てきた思いがけない言葉。それにまた別のショックを受け、ロインはベディーに食らいついた。
「お前、なんで母さんのことを!?」
ロインだけでなく、グレシアの事情を知る3人もベディーに問いかけるように視線を向けた。ベディーは少しの沈黙の後、その視線から目をそらした。
「話せば長くなる。…そうだな。明日、里長の家に来るといい。話せるだけ聞かせてやろう。…それに、こっちも聞きたいことがある。」
そういうと、ベディーはロインとラミーの2人を一瞥した。その視線の流れを疑問に思ったものの、ロインは首を縦に振った。
「う〜〜〜ん」
「ティマ、何考えてるんだ?」
ラミーの家に戻り、晩飯を済ませた5人。ティマはニックの診療所を出てから、ずっと腕を組みながらうなっていた。ロインは呆れながらも、ティマに問いかけてみた。
「何でかな?ベディーさん見てると、どこか懐かしい感じがする気がするの。」
「懐かしい?どこかで会ったのか?」
「わかんない。でも、なんか見覚えある気がするの。」
「気のせいじゃないか?じゃなきゃ、きっと誰かに似てるだけだよ。」
「そうかな…?」
ティマは首をかしげ、納得がいかない様子だった。
仮にティマが姫だとしても、赤ん坊の頃に見た顔を覚えているわけがない。
ロインはそう考え、大して気にも留めなかった。それよりも、ロインは別の事項に気をとられていた。
現時点で、自分達が知っているティマリア姫の可能性のある人物は2人。名前が似ている実の親が消息不明のティマと、王家の証の『白晶の耳飾(クリスタル・ピアス)』を持つラミー。どちらかが姫本人であり、また、どちらも違う可能性もある。第三者であった場合、ラミーはどのような経緯で『白晶の耳飾』を手にしたのか。そして、ただ城ですれ違っただけに等しいはずのグレシアをベディーが知っていた。それは何故なのか。そして、聞きたいことがあると言い、自分とラミーに向けた視線はなんだったのか…。
ロインはあまりにも知らな過ぎた。それらのキーワードをどう結びつければよいか見当もつかない。
明日になれば、全てを知ることができるのだろうか…?
ロインは湧き出る疑問を一度封じ込め、ベディーの口からそれを聞けることを願い、眠りに落ちていった。