第7章 トガビト Z
「15年前のあの日、僕は『女神の従者』に、首都からの脱出用に船を動かしてもらうよう依頼を頼んだんだ。」
翌日、里長の家にやってきたロイン達に、ベディーはそう切り出した。ロイン達は来客用のソファーに座り、静かにべディーの話に耳を傾ける。
「そして姫という人質をとることに成功し、僕達レイモーンの民を受け入れてくれるように頼んだ。王様がそれを受け入れ、マウディーラの各地でレイモーンの民が住処を得たのを確認してから、僕は姫を城に帰そうと首都へもう一度向かった。だけど…」
夜の闇に包まれたスディアナ。初めて訪れたあの日と似た暗い空気が首都を包んでいた。あの日と違うのは、少年の腕の中にすやすやと眠っている赤子がいること。その子を優しく抱きしめ、城へと慎重に向かっていく。
「もうすぐ、お家に帰れるからね?」
少年は小声で赤子に語りかけた。しかし、城へ向かっていた足はふと止まる。少年の前に、青い鎧を着た大男が立ちふさがっている。しばらく様子を窺っていると、男は剣を抜き、少年目掛けて切りかかってきた。こうなる可能性は考えていた。なんと言っても、彼は姫をさらった凶悪犯なのだから。だが、少年はやられるわけにはいかなかった。舌打ちをしながらも、しっかりと腕の中の子を抱きしめ、軽やかに剣をかわしていく。なんとか隙をうかがい、城の中へ逃げ込もうとした。獣人化はしない―――否、できない。レイモーンの民にとって、獣人化は呼吸をするくらい自然に行えること。しかし、それでも多少なりにも集中力が必要となる。だが、男の攻撃に隙を見つけることが出来ず、それをかわすことに精一杯だった。そして攻撃をかわし続けている間に、男の動きがどこかおかしいことに気がつく。最初はそれが何かわからなかったが、時間を経てようやく理解した。
(! ティマリアまでも狙ってる!?)
男は少年だけでなく、姫にまで刃を向けていた。それがわかると、少年は姫をより強く抱きしめ、剣から庇うことに徹底する。何故姫まで襲うのか、理解はできない。しかし、姫を無傷で返さなければ、今回の自分の行動は水の泡となってしまうだろう。そう考えたのと、ほぼ同時のことだった。
「何をしている!?」
鋭く放たれた女性の声。同時に、男目掛けて衝撃波が飛んできた。男はそれを剣で受け止め、横に弾き飛ばした。遠くでその衝撃波が何かにぶつかり、凄まじい音が響き渡る。それを歯牙にもかけず、男と、少年の後ろから突如現れた女性は静かに対峙した。
「ほう。ウルノアか?愛しき姫様は見つかったのか?」
「ええ、たった今ね。…そのティマリア様に刃を向けるとはどういうつもりか、説明してもらおうか?ペトリスカ!」
闇夜の中でも輝く美しい金髪を風に揺らしながら、怒りのこもった瞳でペトリスカを見つめる。剣先をペトリスカに突きつけるが、彼は眉ひとつ動かさず、余裕の表情でグレシアを見ている。少年はそんな2人を傍観していた。今のうちに城へ向かえばよかったのだが、その場の重い空気がそれを許さなかった。思わず一歩後ずさりをした瞬間だった。
「お前、そこを動くな。さもなければ…斬る!」
容赦なく斬撃が少年の前を掠めた。少年はその素早い攻撃にすっかり怯み、その場に立ち尽くしてしまう。ペトリスカはそれを気にとめず、ゆっくり剣先をグレシアに向け、語り出した。
「陛下は、リカンツをこの国に住まわせることを善しとしておられないはず。アレウーラを敵にまわすと、いろいろと厄介になるのは、お前もわかるはずだ。私はただ、大事な一人娘を人質にとられたがために獣の言いなりになられた陛下を、お助けしたいだけなのだよ。そのためには、多少の犠牲も必要となる。それだけではないか?」
「! そのために姫様の命を奪うつもり!?」
「殺す必要などない。…ただ少し、姫様が痛い思いをすればそれでいい。リカンツをマウディーラから追い出す口実は、それだけで足りる。」
ペトリスカは地面を蹴り、再び少年らに斬撃を浴びせようとした。だが、すかさずグレシアが間に入ってそれを防ぎ、姫を守るために応戦する。ペトリスカの剣が左から払われれば、グレシアの剣は右に、上から振り下ろされれば、剣を横に構えて防ぎ、その合間にプリセプツを唱える。突如、ペトリスカの足元から尖った岩が出現し、彼を空高く突き上げた。身体が地面に叩きつけられる前に受身をとり、グレシアと距離をとる。だが休む間もなく、すぐに剣同士はぶつかり合いを始める。グレシアは怒気のこもった瞳でペトリスカを睨み続け、秋沙雨に弧月斬と攻撃の手を休めようとしない。ペトリスカもそれらを剣で受け、魔神剣や虎牙破斬などで反撃する。上下左右に攻撃を食らわし、かわし続け、互角の戦いが続く。しかし、グレシアはプリセプツを扱える。その点が、彼女が戦いを有利に運ぶこととなる。
「闇の力に跪け!!グラビティ!!」
見えない重圧が、ペトリスカを地面に押さえつける。そこから逃れようともがく彼に、グレシアが剣を突きつける。
「抵抗するな。どんな理由でも、ティマリア様に刃を向けたこと、許されると思わないことね。」
突き放すように放たれた言葉。だが、それでもペトリスカはうろたえることなく、それどころか、不気味な笑い声をあげ出した。グレシアの眉がピクリと動く。
「ふふふ…。これで動きを封じたつもりか?あまいな、ウルノア!」
ペトリスカの高らかな声と共に、2人の足元が大きく揺らいだ。グラビティに拘束されながら、剛・魔神剣で地面に強い衝撃を与えたのだ。突然のことに、一瞬グレシアの注意が削がれる。刹那、ペトリスカは地面を強く蹴り、少年目掛けて剣を振った。
「!」
その場に固まる少年。淡紫の瞳に映るのは、剣が肉を斬り、鮮血が闇夜に舞い散る様子。ガクッとペトリスカは膝をつき、グレシアは静かに剣先を下ろす。ガランと剣が音を立ててペトリスカの手から滑り落ち、続いてフッと微笑を浮かべたまま、彼は地面へ倒れ伏した。
(…何故?貴方はこんなことをする方ではなかったはず…。)
苦渋に満ちた表情を浮かべ、グレシアは剣を鞘へ収める。振り返り、動かなくなった男を一瞥する。海から吹く風なのか、一瞬、周囲を不気味な空気が流れた。
翌日、里長の家にやってきたロイン達に、ベディーはそう切り出した。ロイン達は来客用のソファーに座り、静かにべディーの話に耳を傾ける。
「そして姫という人質をとることに成功し、僕達レイモーンの民を受け入れてくれるように頼んだ。王様がそれを受け入れ、マウディーラの各地でレイモーンの民が住処を得たのを確認してから、僕は姫を城に帰そうと首都へもう一度向かった。だけど…」
夜の闇に包まれたスディアナ。初めて訪れたあの日と似た暗い空気が首都を包んでいた。あの日と違うのは、少年の腕の中にすやすやと眠っている赤子がいること。その子を優しく抱きしめ、城へと慎重に向かっていく。
「もうすぐ、お家に帰れるからね?」
少年は小声で赤子に語りかけた。しかし、城へ向かっていた足はふと止まる。少年の前に、青い鎧を着た大男が立ちふさがっている。しばらく様子を窺っていると、男は剣を抜き、少年目掛けて切りかかってきた。こうなる可能性は考えていた。なんと言っても、彼は姫をさらった凶悪犯なのだから。だが、少年はやられるわけにはいかなかった。舌打ちをしながらも、しっかりと腕の中の子を抱きしめ、軽やかに剣をかわしていく。なんとか隙をうかがい、城の中へ逃げ込もうとした。獣人化はしない―――否、できない。レイモーンの民にとって、獣人化は呼吸をするくらい自然に行えること。しかし、それでも多少なりにも集中力が必要となる。だが、男の攻撃に隙を見つけることが出来ず、それをかわすことに精一杯だった。そして攻撃をかわし続けている間に、男の動きがどこかおかしいことに気がつく。最初はそれが何かわからなかったが、時間を経てようやく理解した。
(! ティマリアまでも狙ってる!?)
男は少年だけでなく、姫にまで刃を向けていた。それがわかると、少年は姫をより強く抱きしめ、剣から庇うことに徹底する。何故姫まで襲うのか、理解はできない。しかし、姫を無傷で返さなければ、今回の自分の行動は水の泡となってしまうだろう。そう考えたのと、ほぼ同時のことだった。
「何をしている!?」
鋭く放たれた女性の声。同時に、男目掛けて衝撃波が飛んできた。男はそれを剣で受け止め、横に弾き飛ばした。遠くでその衝撃波が何かにぶつかり、凄まじい音が響き渡る。それを歯牙にもかけず、男と、少年の後ろから突如現れた女性は静かに対峙した。
「ほう。ウルノアか?愛しき姫様は見つかったのか?」
「ええ、たった今ね。…そのティマリア様に刃を向けるとはどういうつもりか、説明してもらおうか?ペトリスカ!」
闇夜の中でも輝く美しい金髪を風に揺らしながら、怒りのこもった瞳でペトリスカを見つめる。剣先をペトリスカに突きつけるが、彼は眉ひとつ動かさず、余裕の表情でグレシアを見ている。少年はそんな2人を傍観していた。今のうちに城へ向かえばよかったのだが、その場の重い空気がそれを許さなかった。思わず一歩後ずさりをした瞬間だった。
「お前、そこを動くな。さもなければ…斬る!」
容赦なく斬撃が少年の前を掠めた。少年はその素早い攻撃にすっかり怯み、その場に立ち尽くしてしまう。ペトリスカはそれを気にとめず、ゆっくり剣先をグレシアに向け、語り出した。
「陛下は、リカンツをこの国に住まわせることを善しとしておられないはず。アレウーラを敵にまわすと、いろいろと厄介になるのは、お前もわかるはずだ。私はただ、大事な一人娘を人質にとられたがために獣の言いなりになられた陛下を、お助けしたいだけなのだよ。そのためには、多少の犠牲も必要となる。それだけではないか?」
「! そのために姫様の命を奪うつもり!?」
「殺す必要などない。…ただ少し、姫様が痛い思いをすればそれでいい。リカンツをマウディーラから追い出す口実は、それだけで足りる。」
ペトリスカは地面を蹴り、再び少年らに斬撃を浴びせようとした。だが、すかさずグレシアが間に入ってそれを防ぎ、姫を守るために応戦する。ペトリスカの剣が左から払われれば、グレシアの剣は右に、上から振り下ろされれば、剣を横に構えて防ぎ、その合間にプリセプツを唱える。突如、ペトリスカの足元から尖った岩が出現し、彼を空高く突き上げた。身体が地面に叩きつけられる前に受身をとり、グレシアと距離をとる。だが休む間もなく、すぐに剣同士はぶつかり合いを始める。グレシアは怒気のこもった瞳でペトリスカを睨み続け、秋沙雨に弧月斬と攻撃の手を休めようとしない。ペトリスカもそれらを剣で受け、魔神剣や虎牙破斬などで反撃する。上下左右に攻撃を食らわし、かわし続け、互角の戦いが続く。しかし、グレシアはプリセプツを扱える。その点が、彼女が戦いを有利に運ぶこととなる。
「闇の力に跪け!!グラビティ!!」
見えない重圧が、ペトリスカを地面に押さえつける。そこから逃れようともがく彼に、グレシアが剣を突きつける。
「抵抗するな。どんな理由でも、ティマリア様に刃を向けたこと、許されると思わないことね。」
突き放すように放たれた言葉。だが、それでもペトリスカはうろたえることなく、それどころか、不気味な笑い声をあげ出した。グレシアの眉がピクリと動く。
「ふふふ…。これで動きを封じたつもりか?あまいな、ウルノア!」
ペトリスカの高らかな声と共に、2人の足元が大きく揺らいだ。グラビティに拘束されながら、剛・魔神剣で地面に強い衝撃を与えたのだ。突然のことに、一瞬グレシアの注意が削がれる。刹那、ペトリスカは地面を強く蹴り、少年目掛けて剣を振った。
「!」
その場に固まる少年。淡紫の瞳に映るのは、剣が肉を斬り、鮮血が闇夜に舞い散る様子。ガクッとペトリスカは膝をつき、グレシアは静かに剣先を下ろす。ガランと剣が音を立ててペトリスカの手から滑り落ち、続いてフッと微笑を浮かべたまま、彼は地面へ倒れ伏した。
(…何故?貴方はこんなことをする方ではなかったはず…。)
苦渋に満ちた表情を浮かべ、グレシアは剣を鞘へ収める。振り返り、動かなくなった男を一瞥する。海から吹く風なのか、一瞬、周囲を不気味な空気が流れた。