第7章 トガビト \
一度は約束を果たそうとした。だが、思わぬ妨害にあい、成し遂げられずに十数年の月日が経った。その過程でグレシアは首都を追われ、ベディーに協力することとなった。
予想していなかった過去の事件。思わぬ繋がり。ロイン達より事情を知っていそうなラミーですら、この事実に驚きを隠せずにいた。ベディーが話し終え、しばらくあたりは沈黙に包まれた。
「…その友人と姫はどこにいる?ラミーがつけているピアスは、何か関係あるのか?」
やがて、ロインが静かに問うた。しかし、ベディーは首を横に振り、返答を拒絶した。
「話しただろう?僕は、僕自身の手で約束を果たさなければいけない。たとえ、どれだけの時間がかかろうとも。悪いが、それには答えられないよ。」
予想できた答えだった。だが、ラミーは食いつくように尋ねた。
「このピアスがどういうもんかくらいはいいだろう?これが本物だとしても、あたいが姫本人だって証拠にはならないはずだ。」
「…そうだな。偽物。または、囮として君に着けさせた。そんなところだろう。」
「答えになってねぇっつーの!!」
テーブルをダンッと叩き、つっこみを入れる。それでもベディーは目を閉じたまま、閉口し続けた。これ以上話す気はないようだ。
「今度はこっちの質問に答えて欲しい。ロイン、グレシアさんは…君のお母さんは今どうしている?そしてラミー、ヴァニアス船長は?」
その質問に、2人は俯き、しばし沈黙した。ティマ達も、やや気まずそうに黙ってロインを見つめる。そして、先に口を開いたのはロインだった。
「…死んだ。7年前に、だ。」
「なんだって!?」
ベディーは驚愕の声をあげる。続いて出たラミーの答えも、彼を失望させるものであった。
「先代なら、今行方不明だよ。そうなる直前に、あたいは『女神の従者』の2代目首領を任されたんだ。」
「そんな!ヴァニアス船長まで…」
拳を握り締め、ベディーはうな垂れた。再び沈黙に場を支配され、数分が経過した。
「…あの、ベディーさん?」
ティマがそっと話しかけた。
「ロインのお母さんとヴァニアスさんが協力するはずだったこと、私達に手伝わせていただけませんか?」
思わぬ発言に、その場にいた全員がティマを見た。彼女の瞳は真剣だった。
「私、王様に頼みます!ベディーさんの話を伝えて、機会をくれるようにお願いします。…レイモーンの民が苦しい思いをしてきたってことは、私も知っています。だから、何か手伝えることがあったら…」
「…ティマ。」
老司祭に謝罪させる、という当初の目的を忘れ、ティマは考え付く限りのことをベディーに提案した。ベディーとグレシア達がどのような作戦を立てたかはわからない。だが、肝心の外部と繋がる2人がいなくなった今、現状を変えるには、他の誰かがその役目を引き継ぐしかない。ティマはそれを引き受けたいと申し出た。すると、ベディーの表情はやや明るくなり、そして冷静に戻った。
「そうだな…。ティマ、君の提案を受け入れたほうがいいのかもしれない。」
「! じゃあ…」
その答えにティマの表情が明るくなる。ベディーはその場に立ち上がり、5人の顔を見下ろした。
「一日、考える時間をくれないか?これからどうするか、考えをまとめたい。それに、次の里長を決めておく必要もあるだろうから、その準備もしなくては。」
「里長を決める?」
思わずカイウスが疑問の声をあげる。ラミーがそれに答えてくれた。
「言ったろ?定期的に里長を変えるって。長が不動の地位になったら、中には独裁をとる奴だっているかもしれない。そしたら、傷だらけの人が住むこの里じゃ、何が起きるかわかったもんじゃないだろ?だから、原則となる掟を定めて、それを監督する長を無作為に選び出すシステムを作ったんだ。」
「なるほど。確かに、それなら好き勝手し難いわね。」
ルビアが感嘆すると、ラミーもその場から立ち上がった。
「そういうこった。さ、今日はもう引き上げよう。」
「ええ。…ベディーさん、話してくれて、ありがとうございました。」
ラミーの声に応じ、4人は外へと向かった。ティマが去り際に礼を述べると、ベディーは微笑み、手を振って見送った。
「…優しい子に育ったんだね、ティマリア。」
玄関の戸が完全に閉まると、ベディーはボソッと呟き、何もない天井を見上げた。
ラミーの家に戻ると、ティマはやたらとロインとラミーを見ていた。その様子に誰もが不思議に思い、尋ねてみた。すると
「さっきの話。ロインのお母さんとラミーのお父さんって知り合いだったんだよね?2人はこのこと、知ってたの?」
人差し指を口の横にあてながら、ティマは2人を交互に見つめながら問うた。ロインとラミーは、お互いの顔を見ると、ほぼ同時に首を横に振った。
「あたい達は会ったことないよ。けど、先代はエルナの森にある友人のお墓参りに、あたいを連れて行ってたんだ。今思えば、あれってロインの母さんだったんだね。」
その発言に、ロインは目を丸くした。
「それじゃ、墓に備えてあった花って、お前が…?」
「ん?ああ、あれか。そうだよ。その後でボロボロのロインに再会したんだっけか?」
「…礼を言おうと思ったが、止めた。」
「それくらいで怒んなってっ!」
ふてくされたロイン。思わずラミーやティマ達は苦笑した。そうして夜が訪れ、一行は眠りについた。そして、真夜中を過ぎた頃だった。
(…?)
ふと、物音で目を覚ましたルビア。目をこすりながら家の中を見回してみる。左隣には、寝息を立てて眠っているカイウスがいる。そして右隣には、同じように眠っているラミーの姿が…
(あら、ラミーがいない…?)
暗闇に慣れてきた緑色の瞳に、少女の姿は映らなかった。むくっと起き上がり、その姿を探してみる。すると、月明かりが差し込む窓の外に、誰かが駆けて行くのが見えた。ルビアは簡単に身なりを整え、そっと家を出て、後を追ってみる。
その上空を、一羽の鳥が同じ方角へ向かって羽ばたいていた。
予想していなかった過去の事件。思わぬ繋がり。ロイン達より事情を知っていそうなラミーですら、この事実に驚きを隠せずにいた。ベディーが話し終え、しばらくあたりは沈黙に包まれた。
「…その友人と姫はどこにいる?ラミーがつけているピアスは、何か関係あるのか?」
やがて、ロインが静かに問うた。しかし、ベディーは首を横に振り、返答を拒絶した。
「話しただろう?僕は、僕自身の手で約束を果たさなければいけない。たとえ、どれだけの時間がかかろうとも。悪いが、それには答えられないよ。」
予想できた答えだった。だが、ラミーは食いつくように尋ねた。
「このピアスがどういうもんかくらいはいいだろう?これが本物だとしても、あたいが姫本人だって証拠にはならないはずだ。」
「…そうだな。偽物。または、囮として君に着けさせた。そんなところだろう。」
「答えになってねぇっつーの!!」
テーブルをダンッと叩き、つっこみを入れる。それでもベディーは目を閉じたまま、閉口し続けた。これ以上話す気はないようだ。
「今度はこっちの質問に答えて欲しい。ロイン、グレシアさんは…君のお母さんは今どうしている?そしてラミー、ヴァニアス船長は?」
その質問に、2人は俯き、しばし沈黙した。ティマ達も、やや気まずそうに黙ってロインを見つめる。そして、先に口を開いたのはロインだった。
「…死んだ。7年前に、だ。」
「なんだって!?」
ベディーは驚愕の声をあげる。続いて出たラミーの答えも、彼を失望させるものであった。
「先代なら、今行方不明だよ。そうなる直前に、あたいは『女神の従者』の2代目首領を任されたんだ。」
「そんな!ヴァニアス船長まで…」
拳を握り締め、ベディーはうな垂れた。再び沈黙に場を支配され、数分が経過した。
「…あの、ベディーさん?」
ティマがそっと話しかけた。
「ロインのお母さんとヴァニアスさんが協力するはずだったこと、私達に手伝わせていただけませんか?」
思わぬ発言に、その場にいた全員がティマを見た。彼女の瞳は真剣だった。
「私、王様に頼みます!ベディーさんの話を伝えて、機会をくれるようにお願いします。…レイモーンの民が苦しい思いをしてきたってことは、私も知っています。だから、何か手伝えることがあったら…」
「…ティマ。」
老司祭に謝罪させる、という当初の目的を忘れ、ティマは考え付く限りのことをベディーに提案した。ベディーとグレシア達がどのような作戦を立てたかはわからない。だが、肝心の外部と繋がる2人がいなくなった今、現状を変えるには、他の誰かがその役目を引き継ぐしかない。ティマはそれを引き受けたいと申し出た。すると、ベディーの表情はやや明るくなり、そして冷静に戻った。
「そうだな…。ティマ、君の提案を受け入れたほうがいいのかもしれない。」
「! じゃあ…」
その答えにティマの表情が明るくなる。ベディーはその場に立ち上がり、5人の顔を見下ろした。
「一日、考える時間をくれないか?これからどうするか、考えをまとめたい。それに、次の里長を決めておく必要もあるだろうから、その準備もしなくては。」
「里長を決める?」
思わずカイウスが疑問の声をあげる。ラミーがそれに答えてくれた。
「言ったろ?定期的に里長を変えるって。長が不動の地位になったら、中には独裁をとる奴だっているかもしれない。そしたら、傷だらけの人が住むこの里じゃ、何が起きるかわかったもんじゃないだろ?だから、原則となる掟を定めて、それを監督する長を無作為に選び出すシステムを作ったんだ。」
「なるほど。確かに、それなら好き勝手し難いわね。」
ルビアが感嘆すると、ラミーもその場から立ち上がった。
「そういうこった。さ、今日はもう引き上げよう。」
「ええ。…ベディーさん、話してくれて、ありがとうございました。」
ラミーの声に応じ、4人は外へと向かった。ティマが去り際に礼を述べると、ベディーは微笑み、手を振って見送った。
「…優しい子に育ったんだね、ティマリア。」
玄関の戸が完全に閉まると、ベディーはボソッと呟き、何もない天井を見上げた。
ラミーの家に戻ると、ティマはやたらとロインとラミーを見ていた。その様子に誰もが不思議に思い、尋ねてみた。すると
「さっきの話。ロインのお母さんとラミーのお父さんって知り合いだったんだよね?2人はこのこと、知ってたの?」
人差し指を口の横にあてながら、ティマは2人を交互に見つめながら問うた。ロインとラミーは、お互いの顔を見ると、ほぼ同時に首を横に振った。
「あたい達は会ったことないよ。けど、先代はエルナの森にある友人のお墓参りに、あたいを連れて行ってたんだ。今思えば、あれってロインの母さんだったんだね。」
その発言に、ロインは目を丸くした。
「それじゃ、墓に備えてあった花って、お前が…?」
「ん?ああ、あれか。そうだよ。その後でボロボロのロインに再会したんだっけか?」
「…礼を言おうと思ったが、止めた。」
「それくらいで怒んなってっ!」
ふてくされたロイン。思わずラミーやティマ達は苦笑した。そうして夜が訪れ、一行は眠りについた。そして、真夜中を過ぎた頃だった。
(…?)
ふと、物音で目を覚ましたルビア。目をこすりながら家の中を見回してみる。左隣には、寝息を立てて眠っているカイウスがいる。そして右隣には、同じように眠っているラミーの姿が…
(あら、ラミーがいない…?)
暗闇に慣れてきた緑色の瞳に、少女の姿は映らなかった。むくっと起き上がり、その姿を探してみる。すると、月明かりが差し込む窓の外に、誰かが駆けて行くのが見えた。ルビアは簡単に身なりを整え、そっと家を出て、後を追ってみる。
その上空を、一羽の鳥が同じ方角へ向かって羽ばたいていた。