第7章 トガビト ]V
「…いつまでそうしてるつもりだ?」
バサッと音がして、ラミーを縛る縄が切れた。ラミーは弾かれたようにロインを見上げる。彼は剣を収め、ラミーを真っ直ぐ見下ろしていた。
「『ただでやられるラミー・オーバック様じゃねぇ』んだろ?セビアで出会った頃の勢いはどこに行きやがった?てめぇは、やられるだけやられて終わるような奴だったのかよ?」
「…!」
乱暴に言葉を放つロイン。その一言一言が、ラミーの胸の奥で反響する。拳を強く握りしめ、ギルドの仲間達の顔を見回す。その時、ロインはラミーの胸倉を掴み、無理矢理その場から起立させた。
「お前のせいで、ティマは連れて行かれた。その落とし前はつけてもらう。…ティマを助け出したあとでな。」
それだけ言うと、ロインはラミーの肩を強く突き飛ばし、里の外へ向かって歩いていった。ラミーが戸惑いの表情を浮かべていると、カイウスとルビアは顔を見合わせ、彼女に歩み寄った。
「ラミー、お前が船を出してくれなきゃ、オレ達はガルザを追えない。力を貸してくれ。」
カイウスが優しく話し掛けた。ラミーはますます困惑した顔になる。
「な…にを…?どういうつもりだ。あたいはお前らを裏切ってたんだよ!?なのに、なんで…」
わけがわからない、そう言うように、ラミーは声を荒げた。そんな彼女を、ルビアは優しく撫でた。
「…わかってる。正直、あたしも頭にきたわ。だけど、それ以上に、あなたを苦しめたガルザが許せない。あなたも、ガルザの事許せないんじゃないの?」
「それは…」
「要はそう言う事よ。それに、しおらしくしてるなんて、ラミーらしくないんじゃないの?」
「ま、ロインのあの態度じゃ、ティマが帰ってきた後で相当痛い目に合わされるかもしれないけどな。」
「ルビア…カイウス…。」
彼らが言わんとすることを理解し、思わず胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。ラミーは下を向き、手の甲で目の辺りを強くこすった。
「…ふん。なんだよ!結局、皆あたいを便利な道具だと思ってるんだろ!?…上等じゃないのっ!」
バッと顔をあげたラミー。そこには、先程までの彼女はおらず、いつもの『女神の従者』と『雷嵐の波』を統べる若き首領がいた。そして、一呼吸置いて、べディーの方を真っ直ぐ見つめた。
「里長。悪いけど、あたいの処罰は少し待ってくんない?新しい依頼が入ったんだ。ちゃんと帰ってくる事を条件に、仕事に行かせて欲しい。」
べディーもラミーを真っ直ぐ見つめ返す。そして、少しの沈黙のあと、彼はふっと力を抜いた。
「だめだ。そう言って、結局戻ってこなかったんじゃ、簡単にここを出られない僕らには何もできないからな。」
「なっ!?べディー、てめぇ!ちゃんと帰ってくるって言ってんじゃねぇかよ!?」
「…どうしても、というなら、こちらにも考えがある。」
べディーはそう言って、食って掛かるラミーに脅し文句を放つ。カイウスとルビアは切実な瞳で2人を見守る。周囲を取り囲む里の者達も、思わず固唾を飲んだ。
「僕が、監視役として君について行く。その間、里長代行はナブに任せる。君の言う仕事が全て終わったら、一度この里に戻り、改めて処罰を決めよう。…この条件を飲めるなら、君がギルドの仕事に戻るのを許そう。」
思ってもいなかった発言に、全員の表情がぱっと明るくなった。べディーはイタズラっぽく微笑んで見せ、ラミーは大きく首を振った。
べディーを仲間に加え、カイウス達はロインを追って船へ戻ってきた。ロインは船の前に立って、彼らを待ち構えていた。そんな彼の前にラミーが駆け寄り、言葉をかけた。
「ロイン、あの…さっきはごめん。」
「…それで?」
「え?」
「ガルザが向かった行き先は聞いてねぇのか?」
ラミーの言葉とは別に、ロインはたんたんと尋ねる。ラミーはそれに戸惑いつつも、頭を掻きながら答えた。
「あ、ああ。それなら、アインス達が奴らの部下が話していたのを聞いてるよ。」
「どこだ?」
「…『アール山』。アレウーラ大陸にある、アレウーラ王の第2の住処があるって言われてる場所さ。」
それを聞いて驚愕したのはカイウスとルビア。それもそのはず。アール山は、2年前の旅で訪れた因縁の地である。2人は、突然現れたこの地名に胸がざわつくのを感じた。
「な、なんだって!?」
「どうしてガルザはそんなところに…?」
そんな2人を、他の面々は不審な顔で見つめた。思わずべディーが尋ねた。
「カイウス、ルビア、アール山に何かあるのか?」
「…2年前に行ったことがあるんだ。話せば長くなる。」
「なら、船の中で聞こう。そこに一番近い港は何処だい?」
「それなら、ヤスカの街ね。そこからずっと北へ向かったところにアール山はあるの。」
「ヤスカって、アレウーラの西側だったよな?よし。すぐに出航するよ!」
ラミーの一声で、彼女の部下達は素早く所定の位置につく。ロイン達5人も乗船し、船は孤島から離れていった。
「カイウス。ちょっといい?」
甲板に立ち、離れ行く孤島を眺めていたカイウス。その横にルビアが声をかけて並んだ。カイウスはちらとルビアを見て、すぐに景色へ視線を戻した。
「どうした、ルビア?」
「うん。ティマ、無事だといいなって思って…。」
「そうだな。」
そこで会話はいったん途切れる。潮風と波の音、そして忙しく動き回る船員達の声が耳に入ってくる。
「…ロミーのことか?それとも、ガルザがアール山に向かったことのほうか?」
ふとカイウスが呟いた。ルビアは頷く。
「両方ね。ラミーがガルザのスパイだってわかった時、あたし、あの子がロミーと同じように見えた。…カイウスは?」
「正直言うと、オレもだ。違う存在だってわかってても、どうしても重ねてしまう。…ダメだな、オレたち。結局、まだアイツの影に囚われてるってことだもんな。」
そう言って苦笑いするカイウス。ルビアも悲しそうに微笑んだ。
「けど、ラミーはロミーとは違う。そもそも、本来のロミーにあたし達は会ったことはないけれど…。でも、あの子は何十人ものレイモーンの民の命を背負わされていた。今回の件については、ラミーは被害者だわ。それに、ある意味ではロミーも、ね。」
「そうだな。アーリアも言ってたけど、本来のロミーは、ラミーとそう変わらない奴だったかもしれないんだよな。」
「ええ。…それにしても、どうしてガルザはアール山に?マウディーラからだと、結構遠いわ。」
「ああ。オレも気になってた。…理由はどうあれ、急がないと嫌なことが起きそうな気がする。」
カイウスは上空を飛び交うトクナガに視線を移し、遠く彼方を眺める。その表情は真剣そのもので、どこか怖かった。ルビアも同じ気持ちで、手すりを掴む自分の両手をじっと見た。
(お父さん、お母さん、どうか見守っていて…!)
胸の前で固く手を組み、ルビアは亡き両親に祈った。
長い夜が明けた。再び姿を現した太陽は、まるで血を零したような、鮮やかな赤色をしていた。
バサッと音がして、ラミーを縛る縄が切れた。ラミーは弾かれたようにロインを見上げる。彼は剣を収め、ラミーを真っ直ぐ見下ろしていた。
「『ただでやられるラミー・オーバック様じゃねぇ』んだろ?セビアで出会った頃の勢いはどこに行きやがった?てめぇは、やられるだけやられて終わるような奴だったのかよ?」
「…!」
乱暴に言葉を放つロイン。その一言一言が、ラミーの胸の奥で反響する。拳を強く握りしめ、ギルドの仲間達の顔を見回す。その時、ロインはラミーの胸倉を掴み、無理矢理その場から起立させた。
「お前のせいで、ティマは連れて行かれた。その落とし前はつけてもらう。…ティマを助け出したあとでな。」
それだけ言うと、ロインはラミーの肩を強く突き飛ばし、里の外へ向かって歩いていった。ラミーが戸惑いの表情を浮かべていると、カイウスとルビアは顔を見合わせ、彼女に歩み寄った。
「ラミー、お前が船を出してくれなきゃ、オレ達はガルザを追えない。力を貸してくれ。」
カイウスが優しく話し掛けた。ラミーはますます困惑した顔になる。
「な…にを…?どういうつもりだ。あたいはお前らを裏切ってたんだよ!?なのに、なんで…」
わけがわからない、そう言うように、ラミーは声を荒げた。そんな彼女を、ルビアは優しく撫でた。
「…わかってる。正直、あたしも頭にきたわ。だけど、それ以上に、あなたを苦しめたガルザが許せない。あなたも、ガルザの事許せないんじゃないの?」
「それは…」
「要はそう言う事よ。それに、しおらしくしてるなんて、ラミーらしくないんじゃないの?」
「ま、ロインのあの態度じゃ、ティマが帰ってきた後で相当痛い目に合わされるかもしれないけどな。」
「ルビア…カイウス…。」
彼らが言わんとすることを理解し、思わず胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。ラミーは下を向き、手の甲で目の辺りを強くこすった。
「…ふん。なんだよ!結局、皆あたいを便利な道具だと思ってるんだろ!?…上等じゃないのっ!」
バッと顔をあげたラミー。そこには、先程までの彼女はおらず、いつもの『女神の従者』と『雷嵐の波』を統べる若き首領がいた。そして、一呼吸置いて、べディーの方を真っ直ぐ見つめた。
「里長。悪いけど、あたいの処罰は少し待ってくんない?新しい依頼が入ったんだ。ちゃんと帰ってくる事を条件に、仕事に行かせて欲しい。」
べディーもラミーを真っ直ぐ見つめ返す。そして、少しの沈黙のあと、彼はふっと力を抜いた。
「だめだ。そう言って、結局戻ってこなかったんじゃ、簡単にここを出られない僕らには何もできないからな。」
「なっ!?べディー、てめぇ!ちゃんと帰ってくるって言ってんじゃねぇかよ!?」
「…どうしても、というなら、こちらにも考えがある。」
べディーはそう言って、食って掛かるラミーに脅し文句を放つ。カイウスとルビアは切実な瞳で2人を見守る。周囲を取り囲む里の者達も、思わず固唾を飲んだ。
「僕が、監視役として君について行く。その間、里長代行はナブに任せる。君の言う仕事が全て終わったら、一度この里に戻り、改めて処罰を決めよう。…この条件を飲めるなら、君がギルドの仕事に戻るのを許そう。」
思ってもいなかった発言に、全員の表情がぱっと明るくなった。べディーはイタズラっぽく微笑んで見せ、ラミーは大きく首を振った。
べディーを仲間に加え、カイウス達はロインを追って船へ戻ってきた。ロインは船の前に立って、彼らを待ち構えていた。そんな彼の前にラミーが駆け寄り、言葉をかけた。
「ロイン、あの…さっきはごめん。」
「…それで?」
「え?」
「ガルザが向かった行き先は聞いてねぇのか?」
ラミーの言葉とは別に、ロインはたんたんと尋ねる。ラミーはそれに戸惑いつつも、頭を掻きながら答えた。
「あ、ああ。それなら、アインス達が奴らの部下が話していたのを聞いてるよ。」
「どこだ?」
「…『アール山』。アレウーラ大陸にある、アレウーラ王の第2の住処があるって言われてる場所さ。」
それを聞いて驚愕したのはカイウスとルビア。それもそのはず。アール山は、2年前の旅で訪れた因縁の地である。2人は、突然現れたこの地名に胸がざわつくのを感じた。
「な、なんだって!?」
「どうしてガルザはそんなところに…?」
そんな2人を、他の面々は不審な顔で見つめた。思わずべディーが尋ねた。
「カイウス、ルビア、アール山に何かあるのか?」
「…2年前に行ったことがあるんだ。話せば長くなる。」
「なら、船の中で聞こう。そこに一番近い港は何処だい?」
「それなら、ヤスカの街ね。そこからずっと北へ向かったところにアール山はあるの。」
「ヤスカって、アレウーラの西側だったよな?よし。すぐに出航するよ!」
ラミーの一声で、彼女の部下達は素早く所定の位置につく。ロイン達5人も乗船し、船は孤島から離れていった。
「カイウス。ちょっといい?」
甲板に立ち、離れ行く孤島を眺めていたカイウス。その横にルビアが声をかけて並んだ。カイウスはちらとルビアを見て、すぐに景色へ視線を戻した。
「どうした、ルビア?」
「うん。ティマ、無事だといいなって思って…。」
「そうだな。」
そこで会話はいったん途切れる。潮風と波の音、そして忙しく動き回る船員達の声が耳に入ってくる。
「…ロミーのことか?それとも、ガルザがアール山に向かったことのほうか?」
ふとカイウスが呟いた。ルビアは頷く。
「両方ね。ラミーがガルザのスパイだってわかった時、あたし、あの子がロミーと同じように見えた。…カイウスは?」
「正直言うと、オレもだ。違う存在だってわかってても、どうしても重ねてしまう。…ダメだな、オレたち。結局、まだアイツの影に囚われてるってことだもんな。」
そう言って苦笑いするカイウス。ルビアも悲しそうに微笑んだ。
「けど、ラミーはロミーとは違う。そもそも、本来のロミーにあたし達は会ったことはないけれど…。でも、あの子は何十人ものレイモーンの民の命を背負わされていた。今回の件については、ラミーは被害者だわ。それに、ある意味ではロミーも、ね。」
「そうだな。アーリアも言ってたけど、本来のロミーは、ラミーとそう変わらない奴だったかもしれないんだよな。」
「ええ。…それにしても、どうしてガルザはアール山に?マウディーラからだと、結構遠いわ。」
「ああ。オレも気になってた。…理由はどうあれ、急がないと嫌なことが起きそうな気がする。」
カイウスは上空を飛び交うトクナガに視線を移し、遠く彼方を眺める。その表情は真剣そのもので、どこか怖かった。ルビアも同じ気持ちで、手すりを掴む自分の両手をじっと見た。
(お父さん、お母さん、どうか見守っていて…!)
胸の前で固く手を組み、ルビアは亡き両親に祈った。
長い夜が明けた。再び姿を現した太陽は、まるで血を零したような、鮮やかな赤色をしていた。