第8章 閑話〜過去から今と戦いへ〜 T
ざぁああ、と波が押し寄せ、沖へ戻る音が繰り返される。広大な海の中を走る一艘の船。掲げる旗には、荒れ狂う波の中心に美しい女神が描かれている。ギルド『女神の従者(マリアのしもべ)』の仲間達は、船内を忙しなく動き回っている。活気が溢れる船の中を、1人の少女が静かに船長室へ向かっていた。そしてノックをし、返事が来る前に扉を開けて中へと入る。そこには、彼女よりも少し濃い赤色の髪と瞳をした男性がいた。
「あのさ親父、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…痛っ!?」
ラミーの言葉は途中で消え、代わりに小さな悲鳴が飛んだ。彼女の頭に拳骨を落としたヴァニアス・オーバックは、その拳にはぁ、と息を吐きかける。
「仕事中は『船長』または『首領(ボス)』と呼べ、と言ってるだろ?それに、女の子がそんな言葉遣いでいいのか?」
「うるせぇ!余計なお世話だ。海の男が細かいこと気にしてんじゃないよ。それより、こっちの質問に答えやがれ!」
「まだ何も言ってねぇだろ、お前。」
涙目になりつつ、しかもタメ口で抗議する娘に、ヴァニアスはただ呆れて溜息をついていた。
「…最近、よく船を空けるだろ?一体どこで何してんだ?」
殴られたところをさすりながら尋ねる。すると、ヴァニアスは彼女から目をそらし、腕を組んで言った。
「なぁに、俺がいなくとも、おまえ達がちゃんとギルドを動かしていけるか試してるだけだ。」
「本当かよ?」
ラミーは怪しい、というようにじっと父の顔を覗き込む。ヴァニアスはそんな娘の顔を見つめ返してみせ、がははと大声をあげて笑うだけだった。
夜空が映っている静かな海面。ラミーは船の甲板からその光景を眺め、物心ついたころから両耳にある白い結晶を弄んでいる。そこへ聞きなれた足音が近づいてきた。それがラミーの横に並ぶと、彼女と同じ方角を見て語りかけた。
「…なぁ、ラミー。お前、陸の生活に憧れたりしないのか?」
「はあ?」
「もしも、お前は良家の娘だって言う奴らが現れて、お前を連れ戻そうとしてきたら…その時はどうする?」
父ヴァニアスは静かに尋ねた。ラミーは思いがけない質問に面食らったが、彼が真面目な表情をしているのを見ると、目を閉じ、真剣に考えた。そして目をそっと開けると、彼女は海を見つめながら答えた。
「…そうだね。その時は、ここにいるのが飽きたら出てく。けどさ、こんな忙しいギルド、辞めるヒマがないだろ?」
彼女はそう言って、イタズラっぽく笑った。要するに、海から離れるつもりは無い、そう言っていた。それを確認すると、ヴァニアスはふっと微笑を浮かべた。そしてラミーが気がついた時には、いつもの陽気なヴァニアスが戻っていた。
「よし!ならばラミー、お前に改めて話がある。」
「今度は何さ?」
「明日から、お前は『女神の従者』の2代目首領な。」
「はい!?」
ラミーは、またもいきなりの発言に驚き、それまで海に向けていた視線を、父へと移す。対してヴァニアスは、愉快そうな顔で娘を見ている。何でいきなり!?ラミーはずっとそんな疑問を抱いた顔をしている。
「そして俺のことは『先代』と呼ぶように。…前から一度呼ばれてみたかったんだよな♪」
「って、自分の欲求のためかよ!?」
最後の小声の一言に、ラミーは思わず頭に血が上った。少女は怒りの混じった突っ込みと飛び蹴りをヴァニアスに放った。しかも、わざと角度を変えて勢いよく蹴り飛ばしたのだ。ヴァニアスは海へと突き落とされ、バシャーンと水しぶきが上がった。その音を聞きつけ、何事かと仲間達が駆けつけた時には、海面目掛けて銃撃をしているラミーの姿があり、さらにその先を見ると、銃撃されて海の中で逃げ回っている『先代』首領の姿があった。
「……ま…ラミー様。」
少女は肩を強く揺さぶられ、夢の世界から帰還した。頭を上げると、そこにはアインスの姿があった。どうやら、自室で机に向かったまま、うたた寝をしてしまったらしい。目をこすり、ラミーは改めてアインスに顔を向けた。
「ああ、悪い、アインス。寝ちまったみたいだ。」
「お疲れなのでしょう。一度まとまった休みをとられては?」
「平気さ。」
そう言って笑顔を見せる。アインスはまだ心配そうな表情を見せているが、ラミーはそれを無視した。
「それより、ヤスカまであとどれくらいだい?」
「順調なら、明日中には上陸可能です。」
「わかった。…アインス、悪いけど、ロイン達を呼んできてくれ。話がある。」
ラミーがそう頼むと、アインスは承知した、と頭を下げ、部屋から出て行った。扉が閉まり、ラミー独りだけになると、彼女はふーっと長い息を吐き、椅子を傾けた。
アインスの言う通り、疲れているのかもしれない…。
天井を見上げて、彼女は心の中で呟く。夢で見た光景。それは、実父と永遠の別れを告げることになる少し前のやりとりだった。彼がこの世からいなくなった、という事実が、彼女の心労となり、こうして夢に表れたのだろう。ついでにもうひとつ、過去の映像を再生するために、ラミーは再び目を閉じた。
自分達を取り囲む青い鎧の集団。船というテリトリーに侵入してきただけではなく、何故か彼らといるアインスを人質に、他の仲間達の動きも封じた。幼い首領は何もできず、ただ歯がゆく思うだけだった。そんな彼女の前に、集団の頭と思われる黒髪の男が立っている。
「あたいが姫?このピアスが証拠?…関係ないね。あたいは『女神の従者』2代目党首ラミー・オーバック!人違いだよ。仲間を放して、さっさと失せろ!」
その男―――ガルザからの言葉を、ラミーは全面から拒絶した。白い結晶のピアスは、行方不明の姫の所持品。それを持つラミーは王族だ。そんな馬鹿げた話だった。信じられるはずも無い。だが、ガルザは余裕の笑みを浮かべ続けている。気味が悪い。ラミーはそう感じた。
「ならば『ラミー・オーバック』」
ガルザはそう切り出した。
「このギルドが、スディアナ事件に関与していることは知っているか?」
「何…?」
ラミーの眉がピクリと動いた。
「お前の言う『先代』は、リカンツを逃がす足になった。そして、王がリカンツの要求を呑んだにも関わらず、姫は帰ってこない。そして奴は城へ侵入し、何かを探っていた。そこの若造と一緒にな。」
まさかと思い、ラミーはアインスを見た。彼は少女から目をそらし、俯いた。それはすなわち、ガルザの言葉を肯定していた。ラミーの顔が僅かに青ざめる。
「ここまで言えば、理解できるだろう?奴は事件の共犯者だ。そして姫を王へ返さないのは、奴らがまだ何かを企んでる証拠だ。姫を自らの監視下に置いていたとしても、何ら不思議はあるまい?」
「さっきから言わせとけば…適当なこと言ってんじゃねぇ!!」
ラミーはヴァニアスを悪人呼ばわりされたことに怒り、武器を取り、ガルザに攻撃を仕掛けた。スディアナ事件に関わったことも、度々船から離れ、城に忍び込んでいたのも事実かもしれない。だが、これまで自分を育ててくれた父の愛情に、あの曇りのない笑顔に嘘は無い。彼はそのようなことを考える人ではない。ラミーはガルザの脳天に銃を向け、発砲した。ガルザはそれをかわし、あっという間に彼女の懐まで距離を詰める。それに驚いた一瞬に、闘気が彼女を襲った。マストに叩きつけられたラミーは倒れ、苦痛に顔を歪めた。
「…止めた方がいい。リカンツどもが死んでも構わんのなら、止めはしないがな。」
「なん…だと…?」
咳き込みながら顔をあげる。ガルザは嘲笑していた。
「そうだろう?“姫”が変わり果てた姿で見つかれば、王は怒り狂って、リカンツどもを大陸へ送り返すか、或いは処刑してしまうだろうな。…おっと、ソレをはずしても同じだ。なんとでも言いようはあるのだからな。」
ピアスへ手を伸ばすラミーを見て、ガルザはそう付け加えた。ラミーは舌打ちをし、ガルザを見上げる。幼い首領は手も足も出せなかった。
「…何が目的だ?」
低い声でラミーは問うた。
「答えろっ!てめぇの目的は何だ?先代は何処だ!?仲間を放せっ!!」
結果、ガルザの言いなりとなるしかなかったラミーは、彼の指示に従い続けた。そしてロイン達を欺き、里の掟を破り、ティマを―――本物のティマリア姫を連れ去られてしまうこととなった。そして、いつしか実父にも疑念を抱くようになってしまい、信じられなくなってしまっていた。全ては自分が弱いせい。ラミーはそう自分を責めた。
「…だからこそ、絶対に助ける。」
意志のこもった声で、ラミーは呟いた。疑いを抱いたことを謝りたくとも、父にはもう会えない。ならば、せめてもの償いに、自分のせいで危険な目にあっている少女を救い出す。ラミーは亡き父に誓った。
ちょうどその時、部屋の扉がノックされ、ロイン達が現れた。
「あのさ親父、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…痛っ!?」
ラミーの言葉は途中で消え、代わりに小さな悲鳴が飛んだ。彼女の頭に拳骨を落としたヴァニアス・オーバックは、その拳にはぁ、と息を吐きかける。
「仕事中は『船長』または『首領(ボス)』と呼べ、と言ってるだろ?それに、女の子がそんな言葉遣いでいいのか?」
「うるせぇ!余計なお世話だ。海の男が細かいこと気にしてんじゃないよ。それより、こっちの質問に答えやがれ!」
「まだ何も言ってねぇだろ、お前。」
涙目になりつつ、しかもタメ口で抗議する娘に、ヴァニアスはただ呆れて溜息をついていた。
「…最近、よく船を空けるだろ?一体どこで何してんだ?」
殴られたところをさすりながら尋ねる。すると、ヴァニアスは彼女から目をそらし、腕を組んで言った。
「なぁに、俺がいなくとも、おまえ達がちゃんとギルドを動かしていけるか試してるだけだ。」
「本当かよ?」
ラミーは怪しい、というようにじっと父の顔を覗き込む。ヴァニアスはそんな娘の顔を見つめ返してみせ、がははと大声をあげて笑うだけだった。
夜空が映っている静かな海面。ラミーは船の甲板からその光景を眺め、物心ついたころから両耳にある白い結晶を弄んでいる。そこへ聞きなれた足音が近づいてきた。それがラミーの横に並ぶと、彼女と同じ方角を見て語りかけた。
「…なぁ、ラミー。お前、陸の生活に憧れたりしないのか?」
「はあ?」
「もしも、お前は良家の娘だって言う奴らが現れて、お前を連れ戻そうとしてきたら…その時はどうする?」
父ヴァニアスは静かに尋ねた。ラミーは思いがけない質問に面食らったが、彼が真面目な表情をしているのを見ると、目を閉じ、真剣に考えた。そして目をそっと開けると、彼女は海を見つめながら答えた。
「…そうだね。その時は、ここにいるのが飽きたら出てく。けどさ、こんな忙しいギルド、辞めるヒマがないだろ?」
彼女はそう言って、イタズラっぽく笑った。要するに、海から離れるつもりは無い、そう言っていた。それを確認すると、ヴァニアスはふっと微笑を浮かべた。そしてラミーが気がついた時には、いつもの陽気なヴァニアスが戻っていた。
「よし!ならばラミー、お前に改めて話がある。」
「今度は何さ?」
「明日から、お前は『女神の従者』の2代目首領な。」
「はい!?」
ラミーは、またもいきなりの発言に驚き、それまで海に向けていた視線を、父へと移す。対してヴァニアスは、愉快そうな顔で娘を見ている。何でいきなり!?ラミーはずっとそんな疑問を抱いた顔をしている。
「そして俺のことは『先代』と呼ぶように。…前から一度呼ばれてみたかったんだよな♪」
「って、自分の欲求のためかよ!?」
最後の小声の一言に、ラミーは思わず頭に血が上った。少女は怒りの混じった突っ込みと飛び蹴りをヴァニアスに放った。しかも、わざと角度を変えて勢いよく蹴り飛ばしたのだ。ヴァニアスは海へと突き落とされ、バシャーンと水しぶきが上がった。その音を聞きつけ、何事かと仲間達が駆けつけた時には、海面目掛けて銃撃をしているラミーの姿があり、さらにその先を見ると、銃撃されて海の中で逃げ回っている『先代』首領の姿があった。
「……ま…ラミー様。」
少女は肩を強く揺さぶられ、夢の世界から帰還した。頭を上げると、そこにはアインスの姿があった。どうやら、自室で机に向かったまま、うたた寝をしてしまったらしい。目をこすり、ラミーは改めてアインスに顔を向けた。
「ああ、悪い、アインス。寝ちまったみたいだ。」
「お疲れなのでしょう。一度まとまった休みをとられては?」
「平気さ。」
そう言って笑顔を見せる。アインスはまだ心配そうな表情を見せているが、ラミーはそれを無視した。
「それより、ヤスカまであとどれくらいだい?」
「順調なら、明日中には上陸可能です。」
「わかった。…アインス、悪いけど、ロイン達を呼んできてくれ。話がある。」
ラミーがそう頼むと、アインスは承知した、と頭を下げ、部屋から出て行った。扉が閉まり、ラミー独りだけになると、彼女はふーっと長い息を吐き、椅子を傾けた。
アインスの言う通り、疲れているのかもしれない…。
天井を見上げて、彼女は心の中で呟く。夢で見た光景。それは、実父と永遠の別れを告げることになる少し前のやりとりだった。彼がこの世からいなくなった、という事実が、彼女の心労となり、こうして夢に表れたのだろう。ついでにもうひとつ、過去の映像を再生するために、ラミーは再び目を閉じた。
自分達を取り囲む青い鎧の集団。船というテリトリーに侵入してきただけではなく、何故か彼らといるアインスを人質に、他の仲間達の動きも封じた。幼い首領は何もできず、ただ歯がゆく思うだけだった。そんな彼女の前に、集団の頭と思われる黒髪の男が立っている。
「あたいが姫?このピアスが証拠?…関係ないね。あたいは『女神の従者』2代目党首ラミー・オーバック!人違いだよ。仲間を放して、さっさと失せろ!」
その男―――ガルザからの言葉を、ラミーは全面から拒絶した。白い結晶のピアスは、行方不明の姫の所持品。それを持つラミーは王族だ。そんな馬鹿げた話だった。信じられるはずも無い。だが、ガルザは余裕の笑みを浮かべ続けている。気味が悪い。ラミーはそう感じた。
「ならば『ラミー・オーバック』」
ガルザはそう切り出した。
「このギルドが、スディアナ事件に関与していることは知っているか?」
「何…?」
ラミーの眉がピクリと動いた。
「お前の言う『先代』は、リカンツを逃がす足になった。そして、王がリカンツの要求を呑んだにも関わらず、姫は帰ってこない。そして奴は城へ侵入し、何かを探っていた。そこの若造と一緒にな。」
まさかと思い、ラミーはアインスを見た。彼は少女から目をそらし、俯いた。それはすなわち、ガルザの言葉を肯定していた。ラミーの顔が僅かに青ざめる。
「ここまで言えば、理解できるだろう?奴は事件の共犯者だ。そして姫を王へ返さないのは、奴らがまだ何かを企んでる証拠だ。姫を自らの監視下に置いていたとしても、何ら不思議はあるまい?」
「さっきから言わせとけば…適当なこと言ってんじゃねぇ!!」
ラミーはヴァニアスを悪人呼ばわりされたことに怒り、武器を取り、ガルザに攻撃を仕掛けた。スディアナ事件に関わったことも、度々船から離れ、城に忍び込んでいたのも事実かもしれない。だが、これまで自分を育ててくれた父の愛情に、あの曇りのない笑顔に嘘は無い。彼はそのようなことを考える人ではない。ラミーはガルザの脳天に銃を向け、発砲した。ガルザはそれをかわし、あっという間に彼女の懐まで距離を詰める。それに驚いた一瞬に、闘気が彼女を襲った。マストに叩きつけられたラミーは倒れ、苦痛に顔を歪めた。
「…止めた方がいい。リカンツどもが死んでも構わんのなら、止めはしないがな。」
「なん…だと…?」
咳き込みながら顔をあげる。ガルザは嘲笑していた。
「そうだろう?“姫”が変わり果てた姿で見つかれば、王は怒り狂って、リカンツどもを大陸へ送り返すか、或いは処刑してしまうだろうな。…おっと、ソレをはずしても同じだ。なんとでも言いようはあるのだからな。」
ピアスへ手を伸ばすラミーを見て、ガルザはそう付け加えた。ラミーは舌打ちをし、ガルザを見上げる。幼い首領は手も足も出せなかった。
「…何が目的だ?」
低い声でラミーは問うた。
「答えろっ!てめぇの目的は何だ?先代は何処だ!?仲間を放せっ!!」
結果、ガルザの言いなりとなるしかなかったラミーは、彼の指示に従い続けた。そしてロイン達を欺き、里の掟を破り、ティマを―――本物のティマリア姫を連れ去られてしまうこととなった。そして、いつしか実父にも疑念を抱くようになってしまい、信じられなくなってしまっていた。全ては自分が弱いせい。ラミーはそう自分を責めた。
「…だからこそ、絶対に助ける。」
意志のこもった声で、ラミーは呟いた。疑いを抱いたことを謝りたくとも、父にはもう会えない。ならば、せめてもの償いに、自分のせいで危険な目にあっている少女を救い出す。ラミーは亡き父に誓った。
ちょうどその時、部屋の扉がノックされ、ロイン達が現れた。