第8章 閑話〜過去から今と戦いへ〜 U
ラミーに呼び出され、アインスに案内されてやってきたロイン達。部屋へ入ると、なにやら思いつめた表情をしているラミーがいた。だが、その表情は一瞬で消え去り、仲間としての顔になった。
「来たね。まぁ、適当に座りな。」
ラミーがそう言うのと同時に、アインスは部屋を出て行った。そしてロインは扉近くの壁にもたれかかり、カイウスとルビアはラミーの正面の席に座り、ベディーは部屋の奥にあったベッドに腰掛けた。それぞれが適当な位置に落ち着いたのを確認すると、ラミーは話し出した。
「明日にはヤスカに着く。その前に、いろいろと情報を整理したい。まず、アレウーラに着いたら、カイウス、ルビア、あんた達に案内を任せたい。あたいは向こうの地理については、そんなに詳しくないからね。」
「ああ、わかった。」
「それと、もうひとつ…。」
カイウスの了承の声を聞くと、ラミーはベディーを一瞥し、そして2つ目の話題に入った。
「アルミネの里を出発する前、あんたら2人は、アール山について何か知ってるようだったろ?こっちとしては、できるだけの情報が欲しいんだ。話せるだけ話してくれないか?」
ラミーがそう言うと、カイウスとルビアは顔を見合わせ、そして頷いた。
「わかった。ええっと…どこから話すべきだろう?」
「やっぱり、『生命の法』を中心に話していけばいいんじゃないかしら?あれが元凶なんだもの。」
「『生命の法』?」
聞きなれない単語に、ロインは首を傾げた。ラミーとべディーも同様の反応をしている。そんな3人を見て、カイウスは静かに話し始めた。
「結果から言うと、オレ達は2年前、アール山でアレウーラ王と戦ったんだ。その『生命の法』っていうプリセプツを止めるために…。」
『生命の法』。それは多くの人を惑わせ、そして命を奪うこととなったプリセプツである。100年以上昔にアレウーラで起きた『獣人戦争』の正体であり、『異端者狩り』の理由ともなった。『生命の法』を行うには、ペイシェントという巨大な魔力の秘められている赤い結晶を媒介する必要があった。そのペイシェントを生成したのが古代のレイモーンの民であり、彼らはその方法を知っているとされ、囚われ、拷問にかけられてきた。何も知らないレイモーンの民たちは、その結果虐げられ、命を落とすこともあった。ジャンナの教皇は、そうして命を落としたレイモーンの民をも生き返らせ、世界に平和をもたらそうと『生命の法』を行おうとしていた。
「ふざけるな!!」
砂に囲まれたかつてのレイモーンの都。その中央にそびえる塔の中で、カイウスは目の前に立つ仮面の少年少女―――ルキウスとロミーに向かって叫んだ。
「そのために苦しんでる奴がいっぱいいるんだぞ!…どんなに望んでも、死んだ人は生き返らないんだ。」
彼の言葉に、仲間達は頷いた。加えて、『生命の法』によって生み出される魔物の存在。彼らはそれと戦闘経験があり、放っておくことの出来ない存在であることを知っていた。教皇にプリセプツの施行を止めるよう直訴に行くが、そこで教皇にプリセプツを行わせる黒幕の存在があることを知ったのだった。
「今回の実験で、『生命の法』は完成したの。」
教皇の持つペイシェントを奪い、ロミーはそうケラケラ笑いながらアール山へと姿を消した。それを追って出会ったのが、アレウーラ8世であった。
「アール山は、オレ達にとって、ある意味因縁の場所なんだ。そういうことさ。」
かいつまんでの説明に、ロイン達はいくつかの疑問を抱くこととなった。結局曖昧に説明されただけの『生命の法』、そこから生み出された魔物の存在、アレウーラ王、教皇、ルキウス、ロミー…。ただ理解できたのは、その『生命の法』という危険なプリセプツを巡った戦いが、2年前のアール山で起きたと言うこと。そして、カイウス達はその当事者だった。それだけである。そして、新たに彼らの中に疑問が浮かんだ。
「そんな場所に、何故ガルザはわざわざ出向いたんだ?」
ベディーが言うと、皆がそれに同感した。マウディーラから向かうにはとても遠い。何故わざわざその地を目指したのか、誰にもわからないのだ。同時に、そんな曰く付きの地へ連れて行かれたティマの安否が気になる。
「…過去に何があったかなんて、関係ないね。」
重くなった空気を斬り裂くように、ロインの声が響いた。4人全員が彼に目を向けると、ロインは拳を強く握り、瞳はしっかりと前を見据えていた。
「オレは絶対にティマを助ける。たとえ何が起きても。それが、アイツとの“約束”だ。」
「“約束”…。」
力強いロインの言葉を、ラミーは繰り返して呟いた。
『…小さい頃にロインが、オレがティマを守ってやる、って言ったの。ロインにとっては、それは今も続く約束の一つみたい。』
頭の中にティマの声が響いた。洞窟でロイン達と離れ離れになった時に聞いた、2人の過去の一部。それを思い出し、ラミーは決意を改めて固めた。それはカイウス、ルビア、そしてベディーも同様だった。
「よしっ!急いでガルザを追うぞ!さっさとティマを助け出して、マウディーラに戻ろうぜ。」
「そうね。だけど、道は長いわ。準備はしっかり整えて行きましょう。」
「ああ。カイウス、ルビア、道案内頼むよ。」
「よっし!あたいをコケにしたこと、ぜってぇ後悔させてやるぜ!」
天井に拳を突き出し、おーっと声をあげる。ロインだけがそれに加わらなかったが、心は彼らと思いを共有していた。
(…待ってろ、ティマ。今行く!)
目の前の仲間達を見つめながら、ロインは思っていた。
青い鎧の集団が、北の門と呼ばれる場所へ向かって歩いていた。その中には、眠らされているのか意識の無いティマもいる。先頭を歩いているのはガルザである。部隊の全員を引き連れて歩けば、アレウーラから侵略行為と思われ、動き難くなる。それを考えてなのか、人数が十数名ほどしかいない小隊で目的地を目指していた。
「ガルザ隊長。」
その小隊の1人、フレアがガルザに声をかけた。が、彼はフレアを見ることなく、ひたすら歩き続けている。
「あの方は、何故『アール山に行く必要がある』と仰ったのでしょう?隊長は以前、首都で『アレ』を見せていただいたことがあるのでしょう?」
何も言わないガルザに構わず、フレアは疑問を口にした。すると、ガルザは相変わらず前だけを見て答えた。
「わからん。だが、あの方はその必要があると言った。我々は、それに従うだけだ。」
彼はそれだけ言うと、再び黙って歩き出すのだった。フレアも、これ以上聞いても無駄だと判断し、彼の少し後ろについて前へ進んだ。
星が瞬く中、突如短い悲鳴があがり、何かが倒れる音がした。そこにいたのは、大ダメージを負って地面に伏している、3人の屈強なレイモーンの民だった。息はあるものの、意識は途絶えていた。そんな彼らのそばに、大きな影が立ち上がった。ヴォイドである。
「…まったく、こんな鼠ども相手に何をしていたのだ?」
「申し訳ありません。少し興奮しすぎていたようです。」
木々の陰から何者かがヴォイドを咎める。それに対して、ヴォイドは恭しく頭を下げるも、声の調子はそれと一致していない。ニッと笑みを浮かべているのが、月明かりで確認できる。謎の人物は減らず口を、とぼやくと、ヴォイドに言い放った。
「行くぞ。そろそろ、猫どもが準備を整えとるはずだ。」
ヴォイドはその人物に従い、アルミネの里から姿を消した。
「来たね。まぁ、適当に座りな。」
ラミーがそう言うのと同時に、アインスは部屋を出て行った。そしてロインは扉近くの壁にもたれかかり、カイウスとルビアはラミーの正面の席に座り、ベディーは部屋の奥にあったベッドに腰掛けた。それぞれが適当な位置に落ち着いたのを確認すると、ラミーは話し出した。
「明日にはヤスカに着く。その前に、いろいろと情報を整理したい。まず、アレウーラに着いたら、カイウス、ルビア、あんた達に案内を任せたい。あたいは向こうの地理については、そんなに詳しくないからね。」
「ああ、わかった。」
「それと、もうひとつ…。」
カイウスの了承の声を聞くと、ラミーはベディーを一瞥し、そして2つ目の話題に入った。
「アルミネの里を出発する前、あんたら2人は、アール山について何か知ってるようだったろ?こっちとしては、できるだけの情報が欲しいんだ。話せるだけ話してくれないか?」
ラミーがそう言うと、カイウスとルビアは顔を見合わせ、そして頷いた。
「わかった。ええっと…どこから話すべきだろう?」
「やっぱり、『生命の法』を中心に話していけばいいんじゃないかしら?あれが元凶なんだもの。」
「『生命の法』?」
聞きなれない単語に、ロインは首を傾げた。ラミーとべディーも同様の反応をしている。そんな3人を見て、カイウスは静かに話し始めた。
「結果から言うと、オレ達は2年前、アール山でアレウーラ王と戦ったんだ。その『生命の法』っていうプリセプツを止めるために…。」
『生命の法』。それは多くの人を惑わせ、そして命を奪うこととなったプリセプツである。100年以上昔にアレウーラで起きた『獣人戦争』の正体であり、『異端者狩り』の理由ともなった。『生命の法』を行うには、ペイシェントという巨大な魔力の秘められている赤い結晶を媒介する必要があった。そのペイシェントを生成したのが古代のレイモーンの民であり、彼らはその方法を知っているとされ、囚われ、拷問にかけられてきた。何も知らないレイモーンの民たちは、その結果虐げられ、命を落とすこともあった。ジャンナの教皇は、そうして命を落としたレイモーンの民をも生き返らせ、世界に平和をもたらそうと『生命の法』を行おうとしていた。
「ふざけるな!!」
砂に囲まれたかつてのレイモーンの都。その中央にそびえる塔の中で、カイウスは目の前に立つ仮面の少年少女―――ルキウスとロミーに向かって叫んだ。
「そのために苦しんでる奴がいっぱいいるんだぞ!…どんなに望んでも、死んだ人は生き返らないんだ。」
彼の言葉に、仲間達は頷いた。加えて、『生命の法』によって生み出される魔物の存在。彼らはそれと戦闘経験があり、放っておくことの出来ない存在であることを知っていた。教皇にプリセプツの施行を止めるよう直訴に行くが、そこで教皇にプリセプツを行わせる黒幕の存在があることを知ったのだった。
「今回の実験で、『生命の法』は完成したの。」
教皇の持つペイシェントを奪い、ロミーはそうケラケラ笑いながらアール山へと姿を消した。それを追って出会ったのが、アレウーラ8世であった。
「アール山は、オレ達にとって、ある意味因縁の場所なんだ。そういうことさ。」
かいつまんでの説明に、ロイン達はいくつかの疑問を抱くこととなった。結局曖昧に説明されただけの『生命の法』、そこから生み出された魔物の存在、アレウーラ王、教皇、ルキウス、ロミー…。ただ理解できたのは、その『生命の法』という危険なプリセプツを巡った戦いが、2年前のアール山で起きたと言うこと。そして、カイウス達はその当事者だった。それだけである。そして、新たに彼らの中に疑問が浮かんだ。
「そんな場所に、何故ガルザはわざわざ出向いたんだ?」
ベディーが言うと、皆がそれに同感した。マウディーラから向かうにはとても遠い。何故わざわざその地を目指したのか、誰にもわからないのだ。同時に、そんな曰く付きの地へ連れて行かれたティマの安否が気になる。
「…過去に何があったかなんて、関係ないね。」
重くなった空気を斬り裂くように、ロインの声が響いた。4人全員が彼に目を向けると、ロインは拳を強く握り、瞳はしっかりと前を見据えていた。
「オレは絶対にティマを助ける。たとえ何が起きても。それが、アイツとの“約束”だ。」
「“約束”…。」
力強いロインの言葉を、ラミーは繰り返して呟いた。
『…小さい頃にロインが、オレがティマを守ってやる、って言ったの。ロインにとっては、それは今も続く約束の一つみたい。』
頭の中にティマの声が響いた。洞窟でロイン達と離れ離れになった時に聞いた、2人の過去の一部。それを思い出し、ラミーは決意を改めて固めた。それはカイウス、ルビア、そしてベディーも同様だった。
「よしっ!急いでガルザを追うぞ!さっさとティマを助け出して、マウディーラに戻ろうぜ。」
「そうね。だけど、道は長いわ。準備はしっかり整えて行きましょう。」
「ああ。カイウス、ルビア、道案内頼むよ。」
「よっし!あたいをコケにしたこと、ぜってぇ後悔させてやるぜ!」
天井に拳を突き出し、おーっと声をあげる。ロインだけがそれに加わらなかったが、心は彼らと思いを共有していた。
(…待ってろ、ティマ。今行く!)
目の前の仲間達を見つめながら、ロインは思っていた。
青い鎧の集団が、北の門と呼ばれる場所へ向かって歩いていた。その中には、眠らされているのか意識の無いティマもいる。先頭を歩いているのはガルザである。部隊の全員を引き連れて歩けば、アレウーラから侵略行為と思われ、動き難くなる。それを考えてなのか、人数が十数名ほどしかいない小隊で目的地を目指していた。
「ガルザ隊長。」
その小隊の1人、フレアがガルザに声をかけた。が、彼はフレアを見ることなく、ひたすら歩き続けている。
「あの方は、何故『アール山に行く必要がある』と仰ったのでしょう?隊長は以前、首都で『アレ』を見せていただいたことがあるのでしょう?」
何も言わないガルザに構わず、フレアは疑問を口にした。すると、ガルザは相変わらず前だけを見て答えた。
「わからん。だが、あの方はその必要があると言った。我々は、それに従うだけだ。」
彼はそれだけ言うと、再び黙って歩き出すのだった。フレアも、これ以上聞いても無駄だと判断し、彼の少し後ろについて前へ進んだ。
星が瞬く中、突如短い悲鳴があがり、何かが倒れる音がした。そこにいたのは、大ダメージを負って地面に伏している、3人の屈強なレイモーンの民だった。息はあるものの、意識は途絶えていた。そんな彼らのそばに、大きな影が立ち上がった。ヴォイドである。
「…まったく、こんな鼠ども相手に何をしていたのだ?」
「申し訳ありません。少し興奮しすぎていたようです。」
木々の陰から何者かがヴォイドを咎める。それに対して、ヴォイドは恭しく頭を下げるも、声の調子はそれと一致していない。ニッと笑みを浮かべているのが、月明かりで確認できる。謎の人物は減らず口を、とぼやくと、ヴォイドに言い放った。
「行くぞ。そろそろ、猫どもが準備を整えとるはずだ。」
ヴォイドはその人物に従い、アルミネの里から姿を消した。