第9章 影と真と W
キィインとカイウスの手から小剣が弾け飛び、持ち主の体は血にまみれながら地面を転がった。その方向と反対側に、青い鎧の男が静かにたたずんでいる。
「カイウス!ロイン!」
ルビアの悲鳴が聞こえる。カイウスは足に力をいれてそれ以上転げまいとし、そしてガルザを睨みつけた。今までとは桁違いの強さと殺気を纏った彼に、ロインとカイウスは手も足も出せずにいた。雄叫びを上げなら2人同時に突っ込んで行くも、彼の闘気に吹き飛ばされ、また立ち上がって向かっていくも、自身の剣速を超える速さで斬りつけられ、為す術もなくやられてしまうのだ。
「どうした。この程度か、小僧共?」
離れたところで地面に伏しているロインを見下しながら、ガルザは言う。そのロインは、右の腹から出血し、服が血を吸って赤に染まっている。
「くそっ、なめんな…っ!」
左手で負傷したところを抑え、右手は強く剣を握り締める。減らず口をたたきつつ起き上がろうとするが、負ったダメージが動きを鈍らせる。それを嘲笑いながら、ガルザは一気に彼との間合いをつめ、剣を振り下ろした。
「ロイン!!」
カイウスの声が上がった。ガルザの剣がロインの命を奪ってしまう、誰もがそう思った。
だが次の瞬間、彼の剣はロインにあたる寸前で止まった。思わず瞬きをし、ロインは急に動きを止めた彼に目を向けた。何故か顔を必死に歪め、剣を持つ手はカタカタと小さく震えている。ロインはわけがわからず、ただ額に汗し、荒い呼吸を続けるだけだった。
「フォトン!」
そこへ2人の間に割って入るように光が収束し、小爆発を起こした。ガルザは咄嗟に身構えるも間に合わず、ルビアが放ったフォトンにダメージを負い、数メートル吹き飛ばされた。今まで繰り出された技の中で、直撃を受けたのはこれがほぼ初めてに等しかった。そのためだろうか、ガルザの表情はこれまでよりも険しくなり、若干うめき声がもれた。その時には、カイウスは自身の剣を取り戻し、再び彼目掛けて駆け出していた。少し遅れて、ロインも痛みを堪えて剣を向けて走り出す。
「…目障りだ。」
そんな2人の少年を冷ややかに見つめ、ガルザは低く苛立った声で言い、静かに両手で剣を握った。それまでとは異なる構えに、精神統一をする様。何かをする気なのは明白だった。だが、少年剣士2人は足を止めようとしない。ガルザが行動を起こす前に、そう思ってより速く駆けて行くのだ。だが、遠くで見ていたルビアは、空気が一変したことに悪い予感がし、考えるよりも先にプリセプツを唱え始めていた。そして花形のロッドが小さく光を発し、ガルザの周囲に霧を生み、彼の視界を遮った。だが、
「無駄だ。」
ディープミストの中から、不気味な低い声と赤い輝きが2つした。ルビアは背筋がゾッとし、さすがにロインとカイウスも危険を感じて、霧の中で足を止めた。…だが、遅かった。
「散れ!我が望みの前に!」
一瞬だった。それが最も適当だろう。ガルザの声が聞こえたと同時に、ディープミストが掻き消され、ロインとカイウスは闇に飲み込まれた。突然視界が奪われ驚いている隙に、正面から巨大な何かが激突する。続いて鋭い物に体を斬り裂かれてゆき、鮮血が舞い散っていく。そして全身から血を噴き出している2人の視界は、また一瞬のうちに鮮明になり、黒い靄のようなものをまとった剣を手にしたガルザの姿が映し出される。
「墜ちよ!魔王獄殺陣!!」
一撃。靄の量が一気に増加し、剣のリーチが急激に長くなる。ガルザはそれで2人の胴を切り裂き、そして、その身体が床へ叩きつけられる前に、剣を床に突き刺し、彼を中心に剛・魔神剣に似た、しかしそれとは比べ物にならないほどの威力を持った衝撃波を外へ放った。その衝撃波は遠く離れたルビアにまで届き、彼女は咄嗟にフィールドバリアーを展開することでダメージを抑えた。だが、身体中に無数の、それも大きく深い傷を負い、あちこちから血を流している2人は、そんなことできるはずもない。止めの一撃を食らい、吐血しながら力なく倒れてしまった。ルビアは声にならない叫びを呑み込み、すぐさま治癒術の詠唱に入る。初・中級の術では彼らは十分に戦えない。そう感じた彼女は、上級治癒術であるリザレクションを唱える。だが上級術ほど詠唱時間は長くなりがちである。一秒でも早く詠唱を終えようと、彼女の口はいつもより速く動く。しかし、それを鼻で笑いながら、ガルザが大股でゆっくりと彼女に近寄っていく。剣に纏わりついていた靄を払い、倒れ伏した少年2人には目もくれない。術者としてしか戦えないルビアを相手に、余裕の証なのか、急いで走ってくる気配はない。そんなガルザが一歩、また一歩と近づく度にルビアの焦りは募っていく。
あと10秒、8…
―――ガルザとの距離は縮まる一方だ
6…4…
―――詠唱が完成したところで彼女に為す術はない、次の詠唱には間に合わない範囲まで近づかれてしまった
3、2…
―――ガルザの剣が届く範囲に入ってしまった、剣がルビアに襲い掛かる…!
「魔神剣!!」
ルビアが思わず目を閉じてしまったその時、ガルザの背後から魔神剣が放たれた。突然の奇襲に、さすがにガルザは反応できなかったようだ。青の鎧ごと体は切り裂かれ、血が床にぽたぽたと流れ出た。振り返れば、ボロボロの身体で今にも倒れそうなのにも関わらず立ち上がり、剣を強く握り締め、瞳に強い光を宿したロインがいた。その側には、彼と一緒に倒れ伏していたはずのカイウスの姿はない。ガルザがその行方を捜そうと視線を動かした直後、突然横からガッ、と骨まで響く強い衝撃に突き飛ばされた。その場から十数メートルも吹き飛ばされ、地面を転がる。そこから態勢を立て直し、顔を上げると、ルビアの隣に茶色の体毛を血で赤く染めた獣―――獣人化したカイウスが立っていた。もはや動くことなどできないと思っていた少年らの反撃に、ガルザはただ苛立った表情を見せ、ペッと血反吐を吐いた。
「ルビア、回復はいい。一気に攻めるぞ!」
カイウスはそうルビアに告げた。しかし、肩で荒い呼吸をし続け、ボタボタと血を流し続ける幼馴染に、ルビアは素直に首を縦に振らなかった。
「そのままじゃ無理よ!…応急処置くらいさせて。」
そう言って、彼女はファーストエイドを素早く完成させ、2人にかけた。もちろん、これくらいで彼らの負担が軽くなるとは考えられない。だが一時凌ぎならば、ほんの僅かな間動けるようにするだけなら、それで良かった。多少なりとも出血は抑えられ、傷も小さなものはふさがっていく。それだけの回復でしかなかったが、ルビアはそれ以上の治癒を放棄した。2人が気力で立ち上がることが可能なうちに決着をつける。それに全てを賭ける準備を3人は終えた。
「ロイン!オレが動きを止める!」
「ああ、頼む!」
ようやく交わされた互いの言葉。それに微笑を浮かべながら、カイウスは咆哮を上げ、ガルザ目掛けて飛び出した。獣化し、戦闘能力が上がった彼に、僅かながらも目を見開くガルザ。その一瞬の隙にカイウスの拳がガルザを捉える。顔面を強打され、頭蓋全体に衝撃が響く。手負いとはいえ、獣人化したレイモーンの民の一撃である。大ダメージにならないはずがない。それでもガルザは倒れそうになるのを堪え、剣を振るい反撃する。カイウスはそれを常人離れした跳躍でかわし、さらに攻撃を加える。
「リカンツめが…っ!」
ガルザが顔を大きく歪めて悪態をつくと、ルビアの高い声が返ってきた。
「違うわ、“レイモーンの民”よ!」
その言葉と同時に放たれた閃光。光のプリセプツ「レイ」がガルザに襲い掛かる。ガルザが纏う禍々しいオーラを浄化するように、光は彼の力を奪っていく。苦しそうに身をよじらせているガルザ目掛け、カイウスはそこに、これまでの中で最も重たい一撃を与えた。
「ロイン、今だ!」
カイウスの声が響く。ガルザが振り向くと、自分目掛けて全速で駆けてくるロインが映る。このままやられはしない。ガルザはそう言うように剣を握り締め、ロイン目掛け、全力で振り下ろす。
「うぉぉおおおおっ!!」
ロインも、持てる力全てを、最後の一撃にかけた。
ラミー対セイルの戦いはまだ続く。ベディーとフレアは互いのパートナーの補助に回りがちになり、相手の攻撃を防ぎ、妨げていく。
(くそっ…身体が…重い!)
その時、ラミーは自身の身体に起きた異変に足を引っ張られていた。いつもならまだ余裕があるはずの体力が、今は底が見え出している。
山頂という地形のせいで、酸素が上手く全身に行渡らないからだろう。
ラミーはそう自分に言い聞かせ、セイルに変化を気付かせまいと振る舞い、相変わらず術技を放っていく。対するセイルの方も、限界が近づいてきたのだろうか、頻繁に膝をつくようになり、表情に疲労が見え始めていた。
「ラミー!そろそろロイン達のもとへ行かないと。」
「わかってる!…次で決めてやるよ!」
「セイル。」
「はいはい。フレア先輩の仰せの通りに。」
互いのパートナーの現状を認識してか、ベディーとフレアはほぼ同時に声を上げた。
次で決める。
4人が同じ認識をし、対峙した。そこから一歩後退し、フレアが最初に動いた。
「…万象を成しえる根源たる力……」
静かにプリセプツの詠唱が始まる。ゲームは始まった。制限時間は、フレアが術を完成させるまで。それまでに相手を戦闘不能にできれば勝利。いたってシンプルなルールだ。号令をかけ、ラミーとベディーは同時に地を蹴った。セイルは剣を構えなおし、2人を相手に立ち向かっていく。両者はその中間にあたる位置で交差し、そのまま接戦へと持ち込んだ。ラミーとセイルの2人より素早さの劣るベディーは、逆にその時間差を利用し、ラミーに続いて攻撃を繰り出していく。
「飛燕連脚!」
華麗な足技で立ち向かう。セイルはそれを、呻き声を上げながらも防いでみせるが、その時に生じた小さな隙を狙い、ラミーが銃撃する。
「くそっ!獅子戦吼!」
獅子の形の闘気を叩きつけ、急所へ弾が中るのをなんとか防ぎ、ステップを用いてベディーと距離を置く。体術は剣よりもリーチは短い。その範囲を超えてしまえば、いくら強力な技であっても意味を成さない。ベディーは間合いから彼を逃すまいとしたが、僅かに遅かった。セイルはすでに間合いからはずれ、踏み込み、ベディーの喉元目掛け剣を一閃させていた。間一髪、前方に倒れるようにして回避に成功するが、そのまま態勢は崩れ、次の動きに続けることは不可能だった。
「ベディー、肩貸せ!」
その時、少女の乱暴な声が聞こえたかと思うと、ベディーの両肩にドンと一気に重量が増した。彼目掛けて駆けて来たラミーは、そのままの勢いで彼の背中に飛び乗り、踏み台にして空中へと飛び上がった。そこから繰り出される技に警戒し、セイルが身構える。だが次の瞬間、それは間違いであると気付かされたのだ。
「こっちだ!散華猛襲脚!!」
ラミーの踏み台になってからの僅かな間に、地上にいるベディーは態勢を立て直してセイル目掛けて猛攻を仕掛けた。頭上に気を取られていたセイルは反応が遅れる。まともに食らい、空中へと投げ出される。そして
「虎乱連弾!!」
空中で回転しながら食らわす強烈な2発の蹴り。そして勢いを止めず、ラミーはそのまま再び飛び上がり、がら空きの背中に可能なだけ双銃で撃ち込んだ。体を捻らせて繰り出す重い一撃に加えて発射される無数の銃弾。セイルは彼女の止めの技に血飛沫を上げ、その場に崩れた。それを見たフレアの動きが一瞬固まる。そしてその一瞬の間に、ベディーの拳が彼女の顔の目の前に突き出された。
「カイウス!ロイン!」
ルビアの悲鳴が聞こえる。カイウスは足に力をいれてそれ以上転げまいとし、そしてガルザを睨みつけた。今までとは桁違いの強さと殺気を纏った彼に、ロインとカイウスは手も足も出せずにいた。雄叫びを上げなら2人同時に突っ込んで行くも、彼の闘気に吹き飛ばされ、また立ち上がって向かっていくも、自身の剣速を超える速さで斬りつけられ、為す術もなくやられてしまうのだ。
「どうした。この程度か、小僧共?」
離れたところで地面に伏しているロインを見下しながら、ガルザは言う。そのロインは、右の腹から出血し、服が血を吸って赤に染まっている。
「くそっ、なめんな…っ!」
左手で負傷したところを抑え、右手は強く剣を握り締める。減らず口をたたきつつ起き上がろうとするが、負ったダメージが動きを鈍らせる。それを嘲笑いながら、ガルザは一気に彼との間合いをつめ、剣を振り下ろした。
「ロイン!!」
カイウスの声が上がった。ガルザの剣がロインの命を奪ってしまう、誰もがそう思った。
だが次の瞬間、彼の剣はロインにあたる寸前で止まった。思わず瞬きをし、ロインは急に動きを止めた彼に目を向けた。何故か顔を必死に歪め、剣を持つ手はカタカタと小さく震えている。ロインはわけがわからず、ただ額に汗し、荒い呼吸を続けるだけだった。
「フォトン!」
そこへ2人の間に割って入るように光が収束し、小爆発を起こした。ガルザは咄嗟に身構えるも間に合わず、ルビアが放ったフォトンにダメージを負い、数メートル吹き飛ばされた。今まで繰り出された技の中で、直撃を受けたのはこれがほぼ初めてに等しかった。そのためだろうか、ガルザの表情はこれまでよりも険しくなり、若干うめき声がもれた。その時には、カイウスは自身の剣を取り戻し、再び彼目掛けて駆け出していた。少し遅れて、ロインも痛みを堪えて剣を向けて走り出す。
「…目障りだ。」
そんな2人の少年を冷ややかに見つめ、ガルザは低く苛立った声で言い、静かに両手で剣を握った。それまでとは異なる構えに、精神統一をする様。何かをする気なのは明白だった。だが、少年剣士2人は足を止めようとしない。ガルザが行動を起こす前に、そう思ってより速く駆けて行くのだ。だが、遠くで見ていたルビアは、空気が一変したことに悪い予感がし、考えるよりも先にプリセプツを唱え始めていた。そして花形のロッドが小さく光を発し、ガルザの周囲に霧を生み、彼の視界を遮った。だが、
「無駄だ。」
ディープミストの中から、不気味な低い声と赤い輝きが2つした。ルビアは背筋がゾッとし、さすがにロインとカイウスも危険を感じて、霧の中で足を止めた。…だが、遅かった。
「散れ!我が望みの前に!」
一瞬だった。それが最も適当だろう。ガルザの声が聞こえたと同時に、ディープミストが掻き消され、ロインとカイウスは闇に飲み込まれた。突然視界が奪われ驚いている隙に、正面から巨大な何かが激突する。続いて鋭い物に体を斬り裂かれてゆき、鮮血が舞い散っていく。そして全身から血を噴き出している2人の視界は、また一瞬のうちに鮮明になり、黒い靄のようなものをまとった剣を手にしたガルザの姿が映し出される。
「墜ちよ!魔王獄殺陣!!」
一撃。靄の量が一気に増加し、剣のリーチが急激に長くなる。ガルザはそれで2人の胴を切り裂き、そして、その身体が床へ叩きつけられる前に、剣を床に突き刺し、彼を中心に剛・魔神剣に似た、しかしそれとは比べ物にならないほどの威力を持った衝撃波を外へ放った。その衝撃波は遠く離れたルビアにまで届き、彼女は咄嗟にフィールドバリアーを展開することでダメージを抑えた。だが、身体中に無数の、それも大きく深い傷を負い、あちこちから血を流している2人は、そんなことできるはずもない。止めの一撃を食らい、吐血しながら力なく倒れてしまった。ルビアは声にならない叫びを呑み込み、すぐさま治癒術の詠唱に入る。初・中級の術では彼らは十分に戦えない。そう感じた彼女は、上級治癒術であるリザレクションを唱える。だが上級術ほど詠唱時間は長くなりがちである。一秒でも早く詠唱を終えようと、彼女の口はいつもより速く動く。しかし、それを鼻で笑いながら、ガルザが大股でゆっくりと彼女に近寄っていく。剣に纏わりついていた靄を払い、倒れ伏した少年2人には目もくれない。術者としてしか戦えないルビアを相手に、余裕の証なのか、急いで走ってくる気配はない。そんなガルザが一歩、また一歩と近づく度にルビアの焦りは募っていく。
あと10秒、8…
―――ガルザとの距離は縮まる一方だ
6…4…
―――詠唱が完成したところで彼女に為す術はない、次の詠唱には間に合わない範囲まで近づかれてしまった
3、2…
―――ガルザの剣が届く範囲に入ってしまった、剣がルビアに襲い掛かる…!
「魔神剣!!」
ルビアが思わず目を閉じてしまったその時、ガルザの背後から魔神剣が放たれた。突然の奇襲に、さすがにガルザは反応できなかったようだ。青の鎧ごと体は切り裂かれ、血が床にぽたぽたと流れ出た。振り返れば、ボロボロの身体で今にも倒れそうなのにも関わらず立ち上がり、剣を強く握り締め、瞳に強い光を宿したロインがいた。その側には、彼と一緒に倒れ伏していたはずのカイウスの姿はない。ガルザがその行方を捜そうと視線を動かした直後、突然横からガッ、と骨まで響く強い衝撃に突き飛ばされた。その場から十数メートルも吹き飛ばされ、地面を転がる。そこから態勢を立て直し、顔を上げると、ルビアの隣に茶色の体毛を血で赤く染めた獣―――獣人化したカイウスが立っていた。もはや動くことなどできないと思っていた少年らの反撃に、ガルザはただ苛立った表情を見せ、ペッと血反吐を吐いた。
「ルビア、回復はいい。一気に攻めるぞ!」
カイウスはそうルビアに告げた。しかし、肩で荒い呼吸をし続け、ボタボタと血を流し続ける幼馴染に、ルビアは素直に首を縦に振らなかった。
「そのままじゃ無理よ!…応急処置くらいさせて。」
そう言って、彼女はファーストエイドを素早く完成させ、2人にかけた。もちろん、これくらいで彼らの負担が軽くなるとは考えられない。だが一時凌ぎならば、ほんの僅かな間動けるようにするだけなら、それで良かった。多少なりとも出血は抑えられ、傷も小さなものはふさがっていく。それだけの回復でしかなかったが、ルビアはそれ以上の治癒を放棄した。2人が気力で立ち上がることが可能なうちに決着をつける。それに全てを賭ける準備を3人は終えた。
「ロイン!オレが動きを止める!」
「ああ、頼む!」
ようやく交わされた互いの言葉。それに微笑を浮かべながら、カイウスは咆哮を上げ、ガルザ目掛けて飛び出した。獣化し、戦闘能力が上がった彼に、僅かながらも目を見開くガルザ。その一瞬の隙にカイウスの拳がガルザを捉える。顔面を強打され、頭蓋全体に衝撃が響く。手負いとはいえ、獣人化したレイモーンの民の一撃である。大ダメージにならないはずがない。それでもガルザは倒れそうになるのを堪え、剣を振るい反撃する。カイウスはそれを常人離れした跳躍でかわし、さらに攻撃を加える。
「リカンツめが…っ!」
ガルザが顔を大きく歪めて悪態をつくと、ルビアの高い声が返ってきた。
「違うわ、“レイモーンの民”よ!」
その言葉と同時に放たれた閃光。光のプリセプツ「レイ」がガルザに襲い掛かる。ガルザが纏う禍々しいオーラを浄化するように、光は彼の力を奪っていく。苦しそうに身をよじらせているガルザ目掛け、カイウスはそこに、これまでの中で最も重たい一撃を与えた。
「ロイン、今だ!」
カイウスの声が響く。ガルザが振り向くと、自分目掛けて全速で駆けてくるロインが映る。このままやられはしない。ガルザはそう言うように剣を握り締め、ロイン目掛け、全力で振り下ろす。
「うぉぉおおおおっ!!」
ロインも、持てる力全てを、最後の一撃にかけた。
ラミー対セイルの戦いはまだ続く。ベディーとフレアは互いのパートナーの補助に回りがちになり、相手の攻撃を防ぎ、妨げていく。
(くそっ…身体が…重い!)
その時、ラミーは自身の身体に起きた異変に足を引っ張られていた。いつもならまだ余裕があるはずの体力が、今は底が見え出している。
山頂という地形のせいで、酸素が上手く全身に行渡らないからだろう。
ラミーはそう自分に言い聞かせ、セイルに変化を気付かせまいと振る舞い、相変わらず術技を放っていく。対するセイルの方も、限界が近づいてきたのだろうか、頻繁に膝をつくようになり、表情に疲労が見え始めていた。
「ラミー!そろそろロイン達のもとへ行かないと。」
「わかってる!…次で決めてやるよ!」
「セイル。」
「はいはい。フレア先輩の仰せの通りに。」
互いのパートナーの現状を認識してか、ベディーとフレアはほぼ同時に声を上げた。
次で決める。
4人が同じ認識をし、対峙した。そこから一歩後退し、フレアが最初に動いた。
「…万象を成しえる根源たる力……」
静かにプリセプツの詠唱が始まる。ゲームは始まった。制限時間は、フレアが術を完成させるまで。それまでに相手を戦闘不能にできれば勝利。いたってシンプルなルールだ。号令をかけ、ラミーとベディーは同時に地を蹴った。セイルは剣を構えなおし、2人を相手に立ち向かっていく。両者はその中間にあたる位置で交差し、そのまま接戦へと持ち込んだ。ラミーとセイルの2人より素早さの劣るベディーは、逆にその時間差を利用し、ラミーに続いて攻撃を繰り出していく。
「飛燕連脚!」
華麗な足技で立ち向かう。セイルはそれを、呻き声を上げながらも防いでみせるが、その時に生じた小さな隙を狙い、ラミーが銃撃する。
「くそっ!獅子戦吼!」
獅子の形の闘気を叩きつけ、急所へ弾が中るのをなんとか防ぎ、ステップを用いてベディーと距離を置く。体術は剣よりもリーチは短い。その範囲を超えてしまえば、いくら強力な技であっても意味を成さない。ベディーは間合いから彼を逃すまいとしたが、僅かに遅かった。セイルはすでに間合いからはずれ、踏み込み、ベディーの喉元目掛け剣を一閃させていた。間一髪、前方に倒れるようにして回避に成功するが、そのまま態勢は崩れ、次の動きに続けることは不可能だった。
「ベディー、肩貸せ!」
その時、少女の乱暴な声が聞こえたかと思うと、ベディーの両肩にドンと一気に重量が増した。彼目掛けて駆けて来たラミーは、そのままの勢いで彼の背中に飛び乗り、踏み台にして空中へと飛び上がった。そこから繰り出される技に警戒し、セイルが身構える。だが次の瞬間、それは間違いであると気付かされたのだ。
「こっちだ!散華猛襲脚!!」
ラミーの踏み台になってからの僅かな間に、地上にいるベディーは態勢を立て直してセイル目掛けて猛攻を仕掛けた。頭上に気を取られていたセイルは反応が遅れる。まともに食らい、空中へと投げ出される。そして
「虎乱連弾!!」
空中で回転しながら食らわす強烈な2発の蹴り。そして勢いを止めず、ラミーはそのまま再び飛び上がり、がら空きの背中に可能なだけ双銃で撃ち込んだ。体を捻らせて繰り出す重い一撃に加えて発射される無数の銃弾。セイルは彼女の止めの技に血飛沫を上げ、その場に崩れた。それを見たフレアの動きが一瞬固まる。そしてその一瞬の間に、ベディーの拳が彼女の顔の目の前に突き出された。