Ro.03 ―旧友―
ヒトの流れというのは非常に奇妙だ。ただ一人を対象にしても目的地へ行くのに右に左に曲がっては上ることも下がることもある。
それが複数重なろうものなら奇妙を通り越してややこしくなってくる。特にそれぞれの事情や性格が交わった状況では、個人の意思を貫くことは難しい。
だからヒトは時にその場に合わせた行動をとる。言い変えるなら場の流れに乗るともいう。
身も蓋も無く言うと考えるのが面倒くさいと、そういう思考に陥る者も少なくない。
「そんで? 今オレらってば何処に向かってんの?」
そしてアモスにとって今の状況がそうであるといえる。
「わたしの下宿先だよ、荷物とか武具とかそこに置いてあるから、それとわたしの名前はねー――」
そう言うのはこげ茶フードによって全く顔が見えないが、声からして恐らく少女であろうと推測される現在アモスを悩ませている厄介者だ。
彼女の正体はアモスの育て親が新たに育てた子どもであり、常識に照らし合わせると一応彼の義妹だといえないこともない。
しかもどうやらハンターを志しているようで、(一応)先輩ハンターであるアモスの教えを請いに彼の下までやって来たのだという。
そしてアモスにとって最も厄介なのが、それが育て親からの命令であることだ。
「ふぅん……ところでお前、道分かってんのか?」
「分かってるよ、あの大きな建物がそうだよ、それとわたしの名前なんだけど――」
少女の指差す大きな建物というのは、確かに目の前に見えていた。基本的にどの街も道に沿うように、あるいは建物に沿うようにして作られている。
商店が大通りにひしめくように、裏通りに閑静な住宅街が並ぶように、特に多くの人が集まるような大きな建物は道に沿って歩けば大体着くものだ。
そして、少女のいう大きな建物というのは、ヒトの流れが行き着く場所であった。
「………」
「えぇっと、ホテル『ディアプラス』ってここだよね?」
二人揃って見上げる下宿先。そこには、巨大な建物が立っていた。
Root.3 ―旧友―
ギルドの集会所まで徒歩数分、街で評判の料理店まで徒歩数分、竜車の乗り場まで徒歩数分、鍛冶工房まで徒歩数分、職人による見事な外観と充実の顧客サービス。
これがこの街最大の宿泊施設であり、ハンター、騎士団、貴族に金持ち御用達の超高級ホテル『ディアプラス』である。
「あの頭のネジの外れた奴らめ、どこにそんな金を隠し持ってた……」
ホテルのエントランス、あるいは玄関ともいうべき場所で一人アモスは呟いていた。
外観が豪華だから中も豪華かと思えば、ハンターや騎士団も訪れることを考慮したのか、エントランスは華美というよりも無骨な内装であった。
無論超高級というだけあって置かれているインテリアはどれも無骨なようで洗練された物ばかりであり、言うなれば一切の余計なものを削ぎ落とした機能美というやつである。
ピカピカ光り輝く豪華なホテルには嫌悪感を抱くが、こういった美しさには逆に好感を持つ。特にある程度汚されても構わないという姿勢がアモスは好きだ。
とはいっても、今の彼にそんなことを考える余裕はないのだが。
「なんでオレのとこに送りつけんだよ、オレがやんちゃする可能性とか考えてねえのかよ」
椅子に座って頭を抱える黒尽くめ。先にも言った通りこのホテルを利用するのはハンターだけではなく、一般の客もいる。
壁に立て掛けられた巨大な鎌に威圧されるようにアモスを避けていく人々がそこかしこにいる中、彼に近づいていく者がいた。
「よう、今日も見ているだけで暑くなってくるその衣装は絶対呪われてるだろうから今すぐ売り飛ばしてこいよソーぶふぉっ!」
「これで少しは涼しくなったか? ジョン」
「ジョンじゃねぇよ!?」
コップの水を顔に掛けられた男がそう叫ぶ。突然に起こったその一幕に彼らを見ていた者たちは皆呆然とした目を向けた。
「…………」
「おいこら、人に水かけといてなんの言葉もねえのか、その口は飾りか? うぉい」
「すまん、喋るワイセツ物とは話せない決まりなんだ、土に還ってくれ」
「いきなりツッコミどころが多すぎるわゴラぁっ!! あ、皆さんすいません、私どものことはどうかお気になさらずに――」
大声で怒鳴っては周りに向かって謝る姿を見て、相変わらず大変だな、とアモスはクーラードリンクを口に含みながら思うのだった。
一拍置いて。
「それで? お前がここに居るってことはアレを送って来たのもお前だな?」
「おお、そうだとも、村からここまで二人っきりの旅だ、羨ましかろう?」
そういって笑いかけてくるこの男、ハンターのような体つきに盗賊のような顔つきをしているが一応商人である。
竜車に乗って村から村へと行商をしており、荷台に余裕がある時は人を運ぶこともあるそうだ。ただしか弱い女性であることが条件だと本人は言うが。
「んで? なんでオレのとこに連れて来たよ、他に適確なやつがいるだろ?」
「そんなのお前のために決まってるだろ」
不意にアモスが言った言葉に男の雰囲気が変わる。見ればいつもよりも目が真剣になっているような気がする。
「お前、ギルドじゃ問題ばかり起こしてるんだろ? 味方なんて全くいないのに悪目立ちしてよ、そりゃあレヴァンさん達も心配するだろうさ」
その男の言葉にアモスも顔をしかめる。ただし黒のフードで顔が隠れているため相手には見えないが。
確かに問題行動を取ることは多々あるが、だからといって好きで悪目立ちしているわけではない。
そもそも見た目が問題である。黒尽くめの鎧と外套に何本も剣を吊るし、巨大な鎌が背中に鎮座するその姿は、まるで死に神のようだ。
基本的に一般人にはハンターは気の荒い連中だという印象がある。そこに死に神のような風貌のハンターが居れば誰だって避けてしまうだろう。
「……だからってなんで面倒見る必要がある?」
「お前のその人嫌いを治すためだよ、人を教えるような経験をすりゃちっとは変わるだろうって寸法なんだろうよ」
男のその指摘にアモスは思わず何も言えずに黙ってしまう。心の中では幾つかの言葉が沸いてきたが、それは目の前の人物に言う言葉ではない。
アモスは人が嫌いだ。もう少し正確に言うなら他人のために頑張りたくないのだ。そういった理由もあってソロハンターの道を選んだ。
しかし、複数人で受けるようなクエストをソロでこなすのは非常に難しい。故にクエストをクリアするためにあらゆる手段をとることにした。
気付けば違法な行為を繰り返すようになっており、今の『無法者』という悪名へと繋がったわけである。
そんなわけだからアモスに味方は少ない。敵とも味方とも呼べない相手なら幾らでもいるが、少なくともパーティを組むような相手は全くいない。
なので、友人と呼べる相手はアモスにとって希少な存在であり、目の前の男は数少ない理解者であるといえよう。
「まあそれよりもだな、先にお前に言っておくことがある」
「あぁ?」
瞬間、アオアシラの如き太い腕がアモスの肩を掴み、男の真剣な顔つきがさらに深刻さを増し、熊のような顔が般若のように歪む。
果たして何を言うつもりなのか、非常に碌でもない予感にアモスが囚われる中、男は言った。
「いいか、あの娘はオレが三、四年かけて育てるからな! 手塩に手間暇かけて超美人にするんだからお前、あの娘に手ぇ出したらぶっ潰すからなっ!!!!!」
今までで一番の鬼気迫るその叫びは瞬く間にエントランス中を駆け抜け、そして反響した。
エントランスを包む静寂。驚きで固まる人々。硬直が解けて何やら事情を察した者達。そして降り注ぐ冷たい視線の数々。
やっぱり人付き合いに関してもう少し考えた方が良いかもしれない、そうアモスは思った。
それが複数重なろうものなら奇妙を通り越してややこしくなってくる。特にそれぞれの事情や性格が交わった状況では、個人の意思を貫くことは難しい。
だからヒトは時にその場に合わせた行動をとる。言い変えるなら場の流れに乗るともいう。
身も蓋も無く言うと考えるのが面倒くさいと、そういう思考に陥る者も少なくない。
「そんで? 今オレらってば何処に向かってんの?」
そしてアモスにとって今の状況がそうであるといえる。
「わたしの下宿先だよ、荷物とか武具とかそこに置いてあるから、それとわたしの名前はねー――」
そう言うのはこげ茶フードによって全く顔が見えないが、声からして恐らく少女であろうと推測される現在アモスを悩ませている厄介者だ。
彼女の正体はアモスの育て親が新たに育てた子どもであり、常識に照らし合わせると一応彼の義妹だといえないこともない。
しかもどうやらハンターを志しているようで、(一応)先輩ハンターであるアモスの教えを請いに彼の下までやって来たのだという。
そしてアモスにとって最も厄介なのが、それが育て親からの命令であることだ。
「ふぅん……ところでお前、道分かってんのか?」
「分かってるよ、あの大きな建物がそうだよ、それとわたしの名前なんだけど――」
少女の指差す大きな建物というのは、確かに目の前に見えていた。基本的にどの街も道に沿うように、あるいは建物に沿うようにして作られている。
商店が大通りにひしめくように、裏通りに閑静な住宅街が並ぶように、特に多くの人が集まるような大きな建物は道に沿って歩けば大体着くものだ。
そして、少女のいう大きな建物というのは、ヒトの流れが行き着く場所であった。
「………」
「えぇっと、ホテル『ディアプラス』ってここだよね?」
二人揃って見上げる下宿先。そこには、巨大な建物が立っていた。
Root.3 ―旧友―
ギルドの集会所まで徒歩数分、街で評判の料理店まで徒歩数分、竜車の乗り場まで徒歩数分、鍛冶工房まで徒歩数分、職人による見事な外観と充実の顧客サービス。
これがこの街最大の宿泊施設であり、ハンター、騎士団、貴族に金持ち御用達の超高級ホテル『ディアプラス』である。
「あの頭のネジの外れた奴らめ、どこにそんな金を隠し持ってた……」
ホテルのエントランス、あるいは玄関ともいうべき場所で一人アモスは呟いていた。
外観が豪華だから中も豪華かと思えば、ハンターや騎士団も訪れることを考慮したのか、エントランスは華美というよりも無骨な内装であった。
無論超高級というだけあって置かれているインテリアはどれも無骨なようで洗練された物ばかりであり、言うなれば一切の余計なものを削ぎ落とした機能美というやつである。
ピカピカ光り輝く豪華なホテルには嫌悪感を抱くが、こういった美しさには逆に好感を持つ。特にある程度汚されても構わないという姿勢がアモスは好きだ。
とはいっても、今の彼にそんなことを考える余裕はないのだが。
「なんでオレのとこに送りつけんだよ、オレがやんちゃする可能性とか考えてねえのかよ」
椅子に座って頭を抱える黒尽くめ。先にも言った通りこのホテルを利用するのはハンターだけではなく、一般の客もいる。
壁に立て掛けられた巨大な鎌に威圧されるようにアモスを避けていく人々がそこかしこにいる中、彼に近づいていく者がいた。
「よう、今日も見ているだけで暑くなってくるその衣装は絶対呪われてるだろうから今すぐ売り飛ばしてこいよソーぶふぉっ!」
「これで少しは涼しくなったか? ジョン」
「ジョンじゃねぇよ!?」
コップの水を顔に掛けられた男がそう叫ぶ。突然に起こったその一幕に彼らを見ていた者たちは皆呆然とした目を向けた。
「…………」
「おいこら、人に水かけといてなんの言葉もねえのか、その口は飾りか? うぉい」
「すまん、喋るワイセツ物とは話せない決まりなんだ、土に還ってくれ」
「いきなりツッコミどころが多すぎるわゴラぁっ!! あ、皆さんすいません、私どものことはどうかお気になさらずに――」
大声で怒鳴っては周りに向かって謝る姿を見て、相変わらず大変だな、とアモスはクーラードリンクを口に含みながら思うのだった。
一拍置いて。
「それで? お前がここに居るってことはアレを送って来たのもお前だな?」
「おお、そうだとも、村からここまで二人っきりの旅だ、羨ましかろう?」
そういって笑いかけてくるこの男、ハンターのような体つきに盗賊のような顔つきをしているが一応商人である。
竜車に乗って村から村へと行商をしており、荷台に余裕がある時は人を運ぶこともあるそうだ。ただしか弱い女性であることが条件だと本人は言うが。
「んで? なんでオレのとこに連れて来たよ、他に適確なやつがいるだろ?」
「そんなのお前のために決まってるだろ」
不意にアモスが言った言葉に男の雰囲気が変わる。見ればいつもよりも目が真剣になっているような気がする。
「お前、ギルドじゃ問題ばかり起こしてるんだろ? 味方なんて全くいないのに悪目立ちしてよ、そりゃあレヴァンさん達も心配するだろうさ」
その男の言葉にアモスも顔をしかめる。ただし黒のフードで顔が隠れているため相手には見えないが。
確かに問題行動を取ることは多々あるが、だからといって好きで悪目立ちしているわけではない。
そもそも見た目が問題である。黒尽くめの鎧と外套に何本も剣を吊るし、巨大な鎌が背中に鎮座するその姿は、まるで死に神のようだ。
基本的に一般人にはハンターは気の荒い連中だという印象がある。そこに死に神のような風貌のハンターが居れば誰だって避けてしまうだろう。
「……だからってなんで面倒見る必要がある?」
「お前のその人嫌いを治すためだよ、人を教えるような経験をすりゃちっとは変わるだろうって寸法なんだろうよ」
男のその指摘にアモスは思わず何も言えずに黙ってしまう。心の中では幾つかの言葉が沸いてきたが、それは目の前の人物に言う言葉ではない。
アモスは人が嫌いだ。もう少し正確に言うなら他人のために頑張りたくないのだ。そういった理由もあってソロハンターの道を選んだ。
しかし、複数人で受けるようなクエストをソロでこなすのは非常に難しい。故にクエストをクリアするためにあらゆる手段をとることにした。
気付けば違法な行為を繰り返すようになっており、今の『無法者』という悪名へと繋がったわけである。
そんなわけだからアモスに味方は少ない。敵とも味方とも呼べない相手なら幾らでもいるが、少なくともパーティを組むような相手は全くいない。
なので、友人と呼べる相手はアモスにとって希少な存在であり、目の前の男は数少ない理解者であるといえよう。
「まあそれよりもだな、先にお前に言っておくことがある」
「あぁ?」
瞬間、アオアシラの如き太い腕がアモスの肩を掴み、男の真剣な顔つきがさらに深刻さを増し、熊のような顔が般若のように歪む。
果たして何を言うつもりなのか、非常に碌でもない予感にアモスが囚われる中、男は言った。
「いいか、あの娘はオレが三、四年かけて育てるからな! 手塩に手間暇かけて超美人にするんだからお前、あの娘に手ぇ出したらぶっ潰すからなっ!!!!!」
今までで一番の鬼気迫るその叫びは瞬く間にエントランス中を駆け抜け、そして反響した。
エントランスを包む静寂。驚きで固まる人々。硬直が解けて何やら事情を察した者達。そして降り注ぐ冷たい視線の数々。
やっぱり人付き合いに関してもう少し考えた方が良いかもしれない、そうアモスは思った。
■作者メッセージ
マックス5000字らしいが、これで約3000字。多いとみるか、少ないとみるか……?