Ro.05 ―遭遇―
森と丘。ギルドによって定められた狩猟場の名称であり、傾斜のある森林地帯は大抵この名で呼ばれている。
出現モンスターは小型の肉食竜から大型の飛竜まで様々なものがいるが、強力な個体が現れることが他の狩場と比べて少ないため新米ハンターが訪れることが多い。
そしてそれはまだ素人の域を出ない少女にとっても例外ではなく、訪れた目的もキノコの採取という簡単なものである。
ただし、その隣には一人で生態系を物理的に壊した男がいる。ある意味少女にとって一番の危険かもしれないが、特に何かが起きるわけでもなく普通に彼らは森へ入っていった。
森の中は鬱蒼としていた。所々段差があったり倒木があったりして中々歩きづらいが、迂回したり手を貸して貰ったりすれば大した障害にはならない。
先程も人の身長より高い段差を登ろうとして、アモスに押し上げられたところである。その時、思わず足を出してしまったのは仕方のないことだろう。
わたしは悪くない、と無数に生えているキノコの群れを見ながら呟く。そこには倒れた木を覆うように色とりどりのキノコが生えており、毒々しいものから真っ赤なものまで様々ある。
今回のターゲットは特産キノコという、その地方特有の気候で育った食用キノコである。ちなみに少女はあまりキノコが好きじゃない。
「……変なにおい」
特産キノコを手に持ってみて分かる土のにおい。少女とて土と無縁の暮らしをしていたわけではないが、けれどキノコのにおいは何かが違う気がする。
いや、それよりもあと十個以上特産キノコを集めなければいけないのだ。こんな無駄な思考をキノコに割いている時間がもったいない。
幸いというかさすが新米向けの依頼であるというか、キノコの見分け自体は難しくない。
さっさと無数のキノコの中から特産キノコを見つけてこんなキノコくさいところから立ち去ろう。そう思ってキノコを抜きに掛かった。
特産キノコを掴む、引き抜く。アオキノコを引き抜く、仕舞う。特産キノコ引き抜く、仕舞う。アオキノコ、仕舞う。毒キノコ、避ける。
特産キノコを、アオキノコを、キノコを、キノコ…………………………………。
ぐちゃっ!!
「はっ!? 今わたしは何を……?」
突然鳴ったキノコが潰れるような音にハッと我に返り急いで顔を上げる。今手に握られている紫色のキノコは潰れていないため、音を鳴らした者は別にいるはずだ。
音の鳴った方向には色鮮やかなキノコと倒木の上に鎮座する影があった。鋭利な爪によって無残にも潰されたキノコ達には少女は目もくれない。
そいつは、蒼い竜であった。全身を覆う暗い蒼は夜の空を連想させ、黒光りする爪は深淵を感じさせる。漏れる吐息は若干の熱を帯び、紫の瞳はただ一点を見詰めている。
時が止まったかのように向き合う一人と一匹。さりげなく少女の動きを観察していた黒尽くめの男即ちアモスも思わず固唾を飲んで見守っていた。
ゆっくりと少女の腕が上がる、蒼い竜に向かって伸びる。それを竜はじっと見つめたままに、しかし徐々に首を伸ばしだす。
腕はすぐに止まった。ただその手は竜の鼻息が届くほどに近く、何度か竜の鼻が目の前のそれを嗅いだような気がする。
そして、何かを訴えるように唸りだした蒼い竜に対し、少女はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……どうぞ?」
「がうっ」
誰かが「あ」と呟くよりも先に蒼い竜の鋭い牙は、容赦なくその紫色の柔皮を貫き、その果肉を口内へ引き摺りいれ、そして発光した。
Ro.5 ―遭遇―
ドキドキノコ。個々それぞれが別の効能を持つとされるそのキノコは、たまに癒しをもたらし、たまに小腹を空かせ、たまに口に含んだ瞬間全身を電流が走ると噂されるキノコだ。
実際どういったメカニズムなのかは未だに判明しておらず、『謎茸』『超進化キノコ』『神の悪戯』『悪魔の果実(?)』など様々な仇名を付けられている。
ただ分かっているのは、人間が口にすれば何が起こるか分からない博打的要素を持ったキノコであるということと、それは竜にも当て嵌まるらしいということか。
少女とアモスの目の前には、全身から謎の煙を立たせながら地面に突っ伏す小さな蒼い竜がいた。時節ピクピクと足やら翼やらが動くので生きてはいるのだろう。
「どうしようか?」
「知らん」
少女の問いかけに投げやりに答えると、そのままアモスは何処かへ歩いて行ってしまった。このモンスターは危険ではないと判断したのだろう。
少しの間少女は考えに耽るが、ポーチの中から薄い緑色の液体が入ったビンを取り出した。
回復薬。全世界のハンター達に限らず、傭兵農民兵士商人旅人あらゆる人々の間で使われている治療薬である。
効能は軽い怪我を治す程度の力だが、戦場に身を置く者にとってバカにできない代物だ。なお、これの治癒力を高めたものには後ろにグレートと名がつく。
回復薬の使い方は主に二通り、飲むか掛けるかの二つである。少女は回復薬のビンの蓋を開けると、少し迷ったそぶりを見せた後、蒼い竜の頭に中身を掛けた。
バシャリ、と蒼い鱗を液体が叩いた後幾らかは額や頬を通って口の中へ入っていき、残りは地面に向かって滴り落ちた。
見た目には大したダメージはないように見えたが、みるみるうちに肌(鱗?)のつやが戻り謎の煙も治まっていく。この間少女はポカンとしていた。
それらを見届けた後、中からのダメージであったのだから飲ませてあげた方が良かったか、と思っているとのそりと蒼い竜が起きあがる。
「大丈夫?」
「がう」
少女の問いかけに短く吠えて答える蒼い竜。何だか自分の言葉が通じているようで少女は少し楽しくなった。
何処から来たの? がう。親はどうしたの? がうっ。珍しい色だね? がうぅ。大きな翼だねー? がうっ!
誉められて嬉しいのかパタパタと翼をはためかせる姿に、思わず少女は頭を撫でてしまった。子どもとはいえ本来は危険であるはずの飛竜にである。
しかし、撫でられた瞬間にこの蒼い小さな竜はまるで甘えるかのように可愛らしく鳴いたのだった。これに少女は不覚にもドキッとして手を止めてしまった。
動きを止めてしまった少女を不思議に思ったのか、蒼い竜はコテンと小さな頭を傾ける。紫色の円らな瞳は「もっと誉めて」と言っているようにも見える。
ああ、と少女は天を仰いだ。今この時彼女は理解してしまった、この出会いは運命であったと。
「この竜(こ)持ち帰って良いッ!?」
少女史上ベストスリーに入るだろう笑顔(だがこげ茶フードで見えない)を向けた先には誰もいなかった。
いや、居るにはいるのだが、遠かった。ついでに背を向けられていた。ものすごく淡々とキノコの群れを漁っていた。黒尽くめだった。
別に反応がなくとも気にはしない、そういう人であると少女は知っているからだ。たかだか一日や一週間で仲良くなれる相手ではないと分かっているので気にはしない。
しばらく頬を引っ張られて慌てる竜を見て和む。もちろん引っ張っているのは彼女だ。幾分気分が治った所で茂みの擦れる音が聞こえた。
「……トカゲ?」
見れば、薄い紫色の小さなトカゲがいた。小さいとはいっても人間の子ども程の大きさがあり、大きいトカゲといった方が正しいか。
こちらを威嚇しているのだろう、トカゲは唸り声をあげているが少女は蒼い竜の魅力(?)に当てられたところである。
彼女の瞳には可愛らしいトカゲがこちらに向かって鳴いているように見えた。半ば無意識のうちにトカゲへ近づいてしまう。
「ほらー、こっちにおいで〜」
だらしなく顔を緩ませて(だが見えない)頭を撫でようとするが、近づこうとするとトカゲが離れてしまい再度近づこうとしてもまた離れてしまう。
そしてフラフラとトカゲに誘われるようにして少女は歩いていると、不意にトカゲの歩みが止まり目の前まで近寄ることが出来た。
気を許されたのかな、と思ってトカゲに触ろうと手を伸ばす。その時、少女の耳には複数の音が聞こえていた。
一つは軽快な足音、一つは竜が吠えているような声、一つは力強く大地を叩く音。そして最も大きく聞こえたのは。
「気付けバカ!!」
怒声。怒られている? 少女が我に返った瞬間、背中を強い衝撃が襲う。その強い力は小柄な身体を容易く吹っ飛ばし、少女は地面をゴロゴロと転がった。
じわりとした痛みが背中に広がるのを感じつつ、少女が声の方向へ向くと血飛沫をあげながら先程のトカゲがなぎ払われるのが見えた。
「えっ? ええっ??」
突然の戦闘に理解が追いつかない。先程とまでは別の意味で呆然とするが、次いで聞こえてきた幾つもの獣の咆哮にハッと我に返る。
慌てて背中の鞘から彼女の武器である太刀を引き抜く。それと同時に辺りの茂みや丘の上から複数のトカゲが飛び出す。
一瞬で少女を取り囲んだトカゲ達の様子に友好的なものは見られず、ここにきてようやく少女は彼らが敵であると認識した。
少女の知識にはないが、今相対している薄紫のトカゲの名をジャギィという。モンスターの中では小柄な体格であまり力も強くないため一般人でも追い払える。
ただしジャギィの厄介な点は複数匹で戦うという点だ。一匹が相手の注意を引き他のジャギィが獲物の死角から襲うといった連携がとれるのだ。
例え小柄とはいえ何匹もの獣に群がれれば、強固な鎧でも身に着けていない限り全身を爪と牙で引き裂かれることになるだろう。
少女としてもその程度のことは想像することが出来た。故に自分が今すべきことは相手を寄せ付けないことである。
「やあっ!」
一歩踏み込みながらの袈裟切り。けれどそれはジャギィが後方へ跳躍することで避けられてしまう。
そして、ここで致命的な問題が発生した。いや、既に発生していた。
「おぉっ!?」
少女の身体が傾く。倒れそうになるのを堪えて体勢を保つ。後ろから聞こえる足音に向かって振り返りながら太刀を振るう。
ほとんど速さの乗っていない刃が虚空を切る。それに危険を感じたのかそれとも驚いたのか、迫っていたジャギィが少女から間合いをとる。
と、少女が太刀を振った勢いのままグルリと回転する。何度も足踏みをしながら身体の重心を戻そうとして、切っ先が地面を抉った。
致命的な問題とは彼女が太刀を振るう度に体勢を崩すことだ。それが意味するのは武器を扱えていないということだ。
基本的にハンターはある程度の修行をつけてから狩場へいく。例えギルドの管轄地帯とはいえモンスターの蔓延る地域なのだ、ある程度の戦闘能力が求められる。
たまに修業をつけずに狩場へ行く者もいるが、そういった者は片手剣や大剣のような比較的扱いやすい武器を持っていくことが多い。
なので、彼女のような修行をしないで扱いにくい武器をもっていくハンターというのは非常に少ない。というか全くいないだろう。
さらに致命的なのは彼女の太刀の見た目を言葉に表すと、赤茶色に染まった太刀っぽい太刀、である。
街のハンター達ならば口を揃えてこう呼ぶ。
『風化しきった鉄刀』と。
「やばっ!?」
体勢が崩れている隙にジャギィが突進してくる。小柄な少女では一発で地面に倒され、そこに幾つもの爪と牙が襲いかかってくるだろう。
衝撃を想像して思わず身体に力をいれた。完全に動けなくなった少女にジャギィがぶつかるといった瞬間、風切り音がなる。
突如として現れた青い剣がジャギィを貫く。それに続くかのように幾つもの小さな爆発音が聞こえ、いつの間にか隣に真っ黒の剣士が立っていた。
既に次の群れが来るのを予想しているのだろう。アモスに青い剣を使うようにいわれたことに驚きつつ、少女はジャギィの身体から剣を引き抜く。
青い、澄んだ刃を持つ剣だ。今さっき動物の肉を切ったというのに刃に血や油はついておらず、無機質な光沢を放つ刀身にはうっすらと自身の姿が映って見える。
しばし魅入っているとアモスに怒られる。慌てて剣を構えるのとほぼ同じタイミングで獣の咆哮が森に響く。
そうして現れたジャギィ達の親玉に、アモスは警戒と苛立ちを見せるが少女は別のことに気が取られていた。
なぜ彼ら(ドスジャギィと手下達)は傷ついているのだろうか? と。
理由はすぐに分かった。なぜなら突如として天の光を遮る影が現れたのだ。
瞬時に地上へと降りた影は素早くその身を翻し、二度ほど跳び跳ねた後に丘の上へと降り立つ。
黒い毛並みに流れるような身のこなし、硬質化した翼が刃を思わせるその竜の名は。
「迅竜ナルガクルガ……?!」
出現モンスターは小型の肉食竜から大型の飛竜まで様々なものがいるが、強力な個体が現れることが他の狩場と比べて少ないため新米ハンターが訪れることが多い。
そしてそれはまだ素人の域を出ない少女にとっても例外ではなく、訪れた目的もキノコの採取という簡単なものである。
ただし、その隣には一人で生態系を物理的に壊した男がいる。ある意味少女にとって一番の危険かもしれないが、特に何かが起きるわけでもなく普通に彼らは森へ入っていった。
森の中は鬱蒼としていた。所々段差があったり倒木があったりして中々歩きづらいが、迂回したり手を貸して貰ったりすれば大した障害にはならない。
先程も人の身長より高い段差を登ろうとして、アモスに押し上げられたところである。その時、思わず足を出してしまったのは仕方のないことだろう。
わたしは悪くない、と無数に生えているキノコの群れを見ながら呟く。そこには倒れた木を覆うように色とりどりのキノコが生えており、毒々しいものから真っ赤なものまで様々ある。
今回のターゲットは特産キノコという、その地方特有の気候で育った食用キノコである。ちなみに少女はあまりキノコが好きじゃない。
「……変なにおい」
特産キノコを手に持ってみて分かる土のにおい。少女とて土と無縁の暮らしをしていたわけではないが、けれどキノコのにおいは何かが違う気がする。
いや、それよりもあと十個以上特産キノコを集めなければいけないのだ。こんな無駄な思考をキノコに割いている時間がもったいない。
幸いというかさすが新米向けの依頼であるというか、キノコの見分け自体は難しくない。
さっさと無数のキノコの中から特産キノコを見つけてこんなキノコくさいところから立ち去ろう。そう思ってキノコを抜きに掛かった。
特産キノコを掴む、引き抜く。アオキノコを引き抜く、仕舞う。特産キノコ引き抜く、仕舞う。アオキノコ、仕舞う。毒キノコ、避ける。
特産キノコを、アオキノコを、キノコを、キノコ…………………………………。
ぐちゃっ!!
「はっ!? 今わたしは何を……?」
突然鳴ったキノコが潰れるような音にハッと我に返り急いで顔を上げる。今手に握られている紫色のキノコは潰れていないため、音を鳴らした者は別にいるはずだ。
音の鳴った方向には色鮮やかなキノコと倒木の上に鎮座する影があった。鋭利な爪によって無残にも潰されたキノコ達には少女は目もくれない。
そいつは、蒼い竜であった。全身を覆う暗い蒼は夜の空を連想させ、黒光りする爪は深淵を感じさせる。漏れる吐息は若干の熱を帯び、紫の瞳はただ一点を見詰めている。
時が止まったかのように向き合う一人と一匹。さりげなく少女の動きを観察していた黒尽くめの男即ちアモスも思わず固唾を飲んで見守っていた。
ゆっくりと少女の腕が上がる、蒼い竜に向かって伸びる。それを竜はじっと見つめたままに、しかし徐々に首を伸ばしだす。
腕はすぐに止まった。ただその手は竜の鼻息が届くほどに近く、何度か竜の鼻が目の前のそれを嗅いだような気がする。
そして、何かを訴えるように唸りだした蒼い竜に対し、少女はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……どうぞ?」
「がうっ」
誰かが「あ」と呟くよりも先に蒼い竜の鋭い牙は、容赦なくその紫色の柔皮を貫き、その果肉を口内へ引き摺りいれ、そして発光した。
Ro.5 ―遭遇―
ドキドキノコ。個々それぞれが別の効能を持つとされるそのキノコは、たまに癒しをもたらし、たまに小腹を空かせ、たまに口に含んだ瞬間全身を電流が走ると噂されるキノコだ。
実際どういったメカニズムなのかは未だに判明しておらず、『謎茸』『超進化キノコ』『神の悪戯』『悪魔の果実(?)』など様々な仇名を付けられている。
ただ分かっているのは、人間が口にすれば何が起こるか分からない博打的要素を持ったキノコであるということと、それは竜にも当て嵌まるらしいということか。
少女とアモスの目の前には、全身から謎の煙を立たせながら地面に突っ伏す小さな蒼い竜がいた。時節ピクピクと足やら翼やらが動くので生きてはいるのだろう。
「どうしようか?」
「知らん」
少女の問いかけに投げやりに答えると、そのままアモスは何処かへ歩いて行ってしまった。このモンスターは危険ではないと判断したのだろう。
少しの間少女は考えに耽るが、ポーチの中から薄い緑色の液体が入ったビンを取り出した。
回復薬。全世界のハンター達に限らず、傭兵農民兵士商人旅人あらゆる人々の間で使われている治療薬である。
効能は軽い怪我を治す程度の力だが、戦場に身を置く者にとってバカにできない代物だ。なお、これの治癒力を高めたものには後ろにグレートと名がつく。
回復薬の使い方は主に二通り、飲むか掛けるかの二つである。少女は回復薬のビンの蓋を開けると、少し迷ったそぶりを見せた後、蒼い竜の頭に中身を掛けた。
バシャリ、と蒼い鱗を液体が叩いた後幾らかは額や頬を通って口の中へ入っていき、残りは地面に向かって滴り落ちた。
見た目には大したダメージはないように見えたが、みるみるうちに肌(鱗?)のつやが戻り謎の煙も治まっていく。この間少女はポカンとしていた。
それらを見届けた後、中からのダメージであったのだから飲ませてあげた方が良かったか、と思っているとのそりと蒼い竜が起きあがる。
「大丈夫?」
「がう」
少女の問いかけに短く吠えて答える蒼い竜。何だか自分の言葉が通じているようで少女は少し楽しくなった。
何処から来たの? がう。親はどうしたの? がうっ。珍しい色だね? がうぅ。大きな翼だねー? がうっ!
誉められて嬉しいのかパタパタと翼をはためかせる姿に、思わず少女は頭を撫でてしまった。子どもとはいえ本来は危険であるはずの飛竜にである。
しかし、撫でられた瞬間にこの蒼い小さな竜はまるで甘えるかのように可愛らしく鳴いたのだった。これに少女は不覚にもドキッとして手を止めてしまった。
動きを止めてしまった少女を不思議に思ったのか、蒼い竜はコテンと小さな頭を傾ける。紫色の円らな瞳は「もっと誉めて」と言っているようにも見える。
ああ、と少女は天を仰いだ。今この時彼女は理解してしまった、この出会いは運命であったと。
「この竜(こ)持ち帰って良いッ!?」
少女史上ベストスリーに入るだろう笑顔(だがこげ茶フードで見えない)を向けた先には誰もいなかった。
いや、居るにはいるのだが、遠かった。ついでに背を向けられていた。ものすごく淡々とキノコの群れを漁っていた。黒尽くめだった。
別に反応がなくとも気にはしない、そういう人であると少女は知っているからだ。たかだか一日や一週間で仲良くなれる相手ではないと分かっているので気にはしない。
しばらく頬を引っ張られて慌てる竜を見て和む。もちろん引っ張っているのは彼女だ。幾分気分が治った所で茂みの擦れる音が聞こえた。
「……トカゲ?」
見れば、薄い紫色の小さなトカゲがいた。小さいとはいっても人間の子ども程の大きさがあり、大きいトカゲといった方が正しいか。
こちらを威嚇しているのだろう、トカゲは唸り声をあげているが少女は蒼い竜の魅力(?)に当てられたところである。
彼女の瞳には可愛らしいトカゲがこちらに向かって鳴いているように見えた。半ば無意識のうちにトカゲへ近づいてしまう。
「ほらー、こっちにおいで〜」
だらしなく顔を緩ませて(だが見えない)頭を撫でようとするが、近づこうとするとトカゲが離れてしまい再度近づこうとしてもまた離れてしまう。
そしてフラフラとトカゲに誘われるようにして少女は歩いていると、不意にトカゲの歩みが止まり目の前まで近寄ることが出来た。
気を許されたのかな、と思ってトカゲに触ろうと手を伸ばす。その時、少女の耳には複数の音が聞こえていた。
一つは軽快な足音、一つは竜が吠えているような声、一つは力強く大地を叩く音。そして最も大きく聞こえたのは。
「気付けバカ!!」
怒声。怒られている? 少女が我に返った瞬間、背中を強い衝撃が襲う。その強い力は小柄な身体を容易く吹っ飛ばし、少女は地面をゴロゴロと転がった。
じわりとした痛みが背中に広がるのを感じつつ、少女が声の方向へ向くと血飛沫をあげながら先程のトカゲがなぎ払われるのが見えた。
「えっ? ええっ??」
突然の戦闘に理解が追いつかない。先程とまでは別の意味で呆然とするが、次いで聞こえてきた幾つもの獣の咆哮にハッと我に返る。
慌てて背中の鞘から彼女の武器である太刀を引き抜く。それと同時に辺りの茂みや丘の上から複数のトカゲが飛び出す。
一瞬で少女を取り囲んだトカゲ達の様子に友好的なものは見られず、ここにきてようやく少女は彼らが敵であると認識した。
少女の知識にはないが、今相対している薄紫のトカゲの名をジャギィという。モンスターの中では小柄な体格であまり力も強くないため一般人でも追い払える。
ただしジャギィの厄介な点は複数匹で戦うという点だ。一匹が相手の注意を引き他のジャギィが獲物の死角から襲うといった連携がとれるのだ。
例え小柄とはいえ何匹もの獣に群がれれば、強固な鎧でも身に着けていない限り全身を爪と牙で引き裂かれることになるだろう。
少女としてもその程度のことは想像することが出来た。故に自分が今すべきことは相手を寄せ付けないことである。
「やあっ!」
一歩踏み込みながらの袈裟切り。けれどそれはジャギィが後方へ跳躍することで避けられてしまう。
そして、ここで致命的な問題が発生した。いや、既に発生していた。
「おぉっ!?」
少女の身体が傾く。倒れそうになるのを堪えて体勢を保つ。後ろから聞こえる足音に向かって振り返りながら太刀を振るう。
ほとんど速さの乗っていない刃が虚空を切る。それに危険を感じたのかそれとも驚いたのか、迫っていたジャギィが少女から間合いをとる。
と、少女が太刀を振った勢いのままグルリと回転する。何度も足踏みをしながら身体の重心を戻そうとして、切っ先が地面を抉った。
致命的な問題とは彼女が太刀を振るう度に体勢を崩すことだ。それが意味するのは武器を扱えていないということだ。
基本的にハンターはある程度の修行をつけてから狩場へいく。例えギルドの管轄地帯とはいえモンスターの蔓延る地域なのだ、ある程度の戦闘能力が求められる。
たまに修業をつけずに狩場へ行く者もいるが、そういった者は片手剣や大剣のような比較的扱いやすい武器を持っていくことが多い。
なので、彼女のような修行をしないで扱いにくい武器をもっていくハンターというのは非常に少ない。というか全くいないだろう。
さらに致命的なのは彼女の太刀の見た目を言葉に表すと、赤茶色に染まった太刀っぽい太刀、である。
街のハンター達ならば口を揃えてこう呼ぶ。
『風化しきった鉄刀』と。
「やばっ!?」
体勢が崩れている隙にジャギィが突進してくる。小柄な少女では一発で地面に倒され、そこに幾つもの爪と牙が襲いかかってくるだろう。
衝撃を想像して思わず身体に力をいれた。完全に動けなくなった少女にジャギィがぶつかるといった瞬間、風切り音がなる。
突如として現れた青い剣がジャギィを貫く。それに続くかのように幾つもの小さな爆発音が聞こえ、いつの間にか隣に真っ黒の剣士が立っていた。
既に次の群れが来るのを予想しているのだろう。アモスに青い剣を使うようにいわれたことに驚きつつ、少女はジャギィの身体から剣を引き抜く。
青い、澄んだ刃を持つ剣だ。今さっき動物の肉を切ったというのに刃に血や油はついておらず、無機質な光沢を放つ刀身にはうっすらと自身の姿が映って見える。
しばし魅入っているとアモスに怒られる。慌てて剣を構えるのとほぼ同じタイミングで獣の咆哮が森に響く。
そうして現れたジャギィ達の親玉に、アモスは警戒と苛立ちを見せるが少女は別のことに気が取られていた。
なぜ彼ら(ドスジャギィと手下達)は傷ついているのだろうか? と。
理由はすぐに分かった。なぜなら突如として天の光を遮る影が現れたのだ。
瞬時に地上へと降りた影は素早くその身を翻し、二度ほど跳び跳ねた後に丘の上へと降り立つ。
黒い毛並みに流れるような身のこなし、硬質化した翼が刃を思わせるその竜の名は。
「迅竜ナルガクルガ……?!」
■作者メッセージ
まさかの五千字オーバー、謎のほのぼのタイム、地味に進まなかった物語。
何よりもポロリがなかったッ……じ、次回こそは!!
何よりもポロリがなかったッ……じ、次回こそは!!