Ro.06 ―交戦―
迅竜ナルガクルガ。漆黒の毛並みを持つ珍しい飛竜であり、また翼が刃物のような形状をしているためか飛竜でありながら地上戦を得意とする。
主に樹海や渓流のような森林の奥深くに住み着き、暗闇に紛れて獲物を仕留める夜行性のモンスターであるというのがアモスの知識だ。
加えて並みのハンターでは勝つことも難しく、この飛竜の討伐クエストは上位(ハードランク)に位置しているとも聞く。
そして、ナルガクルガの目撃報告はこの地域では全く無い。つまりアモスにとっても初の遭遇なのである。
普段であれば喜び勇んで戦いを挑む場面なのだが、今彼は一人ではない。見習いから足を洗えていない者がいるのだ。
なので、一瞬だけ考えた。守るか、逃がすか、戦わせるか。答えは明白であった。
「おいお前、とっとと逃げろ」
「え?」
きょとんとした様子を浮かべる少女。アモスは面倒臭そうに言った。
「戦いの邪魔なんだよ、どっか遠くに行ってろ」
「守ってはくれないの?」
小首を傾げて尋ねた少女に、アモスは背筋が震えるのと共に頭が痛くなるのを感じた。
「さっさと行け」
「………」
アモスの吐き捨てるかのような言葉に思う所があったのか、少女は無言のままゆっくりと後ろに退けるとそのまま森の中へと走っていった。
餌か敵かそれぞれがどう認識しているかは分からないが、少なくとも少女の行動が弾みとなってそれぞれが行動を始める。
ドスジャギィは一つ天に向かって大きく吠えると体を翻し、森の中へと走っていった。恐らく戦えば無事ではすまないということを本能的に感じたのだろう。
丘の上にいたナルガクルガはゆっくりと森の中に消えていく二つの集団を眺めると、少し身を屈めたかと思った次の瞬間、弓から放たれた矢の如く勢いよく森に向かって跳び出した。
彼の目に映るのは小さな人間の後ろ姿。地面を削る様に滑りながら着地しつつ、その刃のような翼を叩きつけようと更に飛び跳ねようとする。
が、飛び跳ねようと身を再び屈めた刹那、黒い影が赤い光をつれて眼前に立ち塞がる。立ち塞がって斬りかかる。
最初に起きたのは爆炎だ。ただの一振りで起きた炎はナルガクルガの視界を焼き、思わず顔を反らした所に斬撃が襲いかかる。
赤い剣が咆哮するのに対し薄青色の鉈のような剣は沈黙を通す。静かに薄青の刃が黒い毛並みをそっと撫でるように裂いていく。
冷気をともなった首筋への一撃。冷たい殺意の籠ったそれに、ナルガクルガの目が見開き、血走った。
「ッ!?」
ナルガクルガの瞳が赤く染まった。そう認識した瞬間斬りかかった体勢から身体を丸めるようにして前方に飛ぶ。
先程と同じく弓から放たれるようにして黒い巨体が過ぎ去っていくのを頭上に見ながら、一つ地面を転がると素早く立ち上がり剣を構える。
目を焼かれたのが酷く気に障ったのか、去っていく影には目もくれずナルガクルガの怒りの咆哮が辺りに響く。
面倒臭いな、とアモスは思いつつ両手の剣を鞘へと納める。久しぶりの大物を前に背中の鎌が疼いているのが何となく感じられたのだ。
「まあ、たまには暴れてみるか」
そうして闇色の大鎌の柄を掴むと、歓喜の声が聞こえた気がした。
Ro.06 ―交戦―
少女は薄暗い森の中を走っていた。ただしその足取りは些か不安定で、体勢を崩して転びそうになることもある。
考えてみれば当然である。彼女は自身の身の丈もあろう太刀を背負って走り続けているのに加え、つい先ほど飛竜と遭遇したのだ。
ハンターとなった者ならばいつか飛竜種と相対するだろう。しかし彼女はハンターになったばかりの、いわば武器を手にしただけの少女なのだ。
小型のモンスターにさえ慣れていないのに、大型の飛竜を目の前にして恐怖するなと言う方が無理だろう。
それでも彼女が冷静に逃げることができたのはアモスがいたお陰だ。あの黒尽くめの男は普段得体のしれない存在ではあるが、時に頼もしい存在となる。
けれど彼がいない今、自分が独りであるということが彼女の精神を徐々に追い詰めはじめており、それが身体への負担となって現れていた。
「なに!?」
ガサリ、と何かが枝を踏みつけるような物音を耳が拾う。本来なら聴き逃すだろう音を拾えたのは、ただ単に彼女の走る速度が遅くなっていたからだろう。
少女はその場で立ち止まると青い片刃の剣を音の出た方へ向ける。だが直前まで走っていたために息遣いは荒く、剣先は下へだらりと下がったままだ。
茂みの向こうから聞こえる枝を踏むような音は次第に大きくなり、徐々に何か(多分ジャギィ)が近づいてきていることが分かる。
疲弊した体ではあるが全力で動かせば一匹くらいは倒せるだろう。もし出てきたのが複数であればヤバいが。
森の中から現れようとする存在へ集中する。限界のギリギリまで集中し、下がっていた剣先がゆっくりと正面を向こうとする。
ガサリガサリと茂みをかきわけ、草の群から覗いたそれは………。
「ぐぅ?」
非常に見覚えのある蒼い小さな飛竜であった。
「君は……そっか、君だったのかぁ……」
予想していたもの(ジャギィとか)とは違って見知った顔が現れたせいか、思わず地面へ尻もちをついてしまう。
一応彼(彼女?)もモンスターであるので危険であるのに変わりは無いのだが、そんな考えは脳裏を掠めさえしていないようだ。
一方蒼い飛竜はというとのそのそと少女へと近づいていき、何やら鼻でにおいを嗅ぎ始めている。
頭のこげ茶フードから始まり肩を渡って脇の下を通り、ついでに脇腹を横断して鼻の辿り着いた先は、ポーチであった。
くんくん鼻で嗅いでいる小さな竜を見て何をしているのかと疑問に思ったが、ポーチを突きはじめたのを見てああと納得する。
この蒼いのは、飛竜のくせしてキノコを食べるのだ。そして少女のポーチには取れたてのキノコがわんさか入っている。
そう、それが、奴の目的なのだ。
「……欲しいの?」
「がうっ」
しょうがないなあと少女は笑いながらポーチからキノコを取り出す。美しい青の色彩をもつ手のひらサイズのアオキノコだ。
口の前までキノコを近づけて飛竜がいざ食べようと噛みつこうとした瞬間手を引いて食べさせないという中々愉快な遊びを間に挟んでやや数分。
結局キノコが三つポーチから消え、蒼い飛竜のむしゃむしゃと咀嚼する音だけが残る。ついでに自分もそのまま一息いれることとなる。
間抜けたやりとりにすっかり緊張も抜けてしまい、そういえば自分は逃げていたのだったと思いだすのに少々時間をくったりする。お陰で疲れは取れたのだが。
不意に少女は自分の手元を見た。そこにはアモスから借りた青い片刃剣が置かれている。
見た目は街で売られているハンターナイフに似ている。しかしそこらの武器とは違う、人で例えるなら気品のようなものがこの剣にはある。
「綺麗だなぁ……」
刀身に映る自身の姿を眺めながらポツリと呟く。やや茫然と青い剣を見詰める姿は他人が見れば危ない雰囲気がするのだが、それを指摘できる者はこの場にはいなかった。
ただし、横槍をいれるものはいた。蒼い飛竜が少女の腕を鼻先で突っつき始めたのだ。
「どうしたの?」
「がうぅぅ」
吠える蒼い小さな飛竜。その原因はすぐに判明した。目の前の草むらから一匹のジャギィが飛び出してきたのだ。
ジャギィは少女と蒼い飛竜を一瞥するとキャンキャンと天に向かって鳴き始める。この時少女が硬直せずに青い剣で斬っていれば話は変わっていたかもしれない。
鳴き声に吸い寄せられるようにして辺りから再びジャギィが集まりだす。そしてジャギィ達の後からゆっくりと彼らの親玉であるドスジャギィが現れた。
逃げていた先が少女と同じだったのか後を追いかけて来たのかは兎も角、少女の姿を見るや威嚇するように牙を晒して吠える。
力は恐らく少女よりもドスジャギィの方が上だろう。しかし今の彼は全身に傷を負っており、少女には頼もしい武器が手に握られている。
立ち向かうか、それとも逃げるか。判断を決めかねる少女を置いて状況は進んでいく。
最初に動いたのは蒼い小さな飛竜だった。例え身体が小さくとも飛竜の力はジャギィ程度のモンスターを遥かに上回るのだ。
一気に目の前のジャギィの下まで駆け寄るとそのまま首筋に噛みつき、力任せに地面へと引き摺り倒す。首からはバキッとした音が鳴りジャギィの息が止められた。
ジャギィ達も黙ってはいない。次々と蒼い飛竜へと飛びかかり伸しかかると、その蒼い鱗や翼膜を切り裂こうと爪や牙で襲い始める。
それを蒼い飛竜は身体を振りまわすことではね飛ばそうとする。竜の尾が鞭のようにジャギィを打ち払い、牙を立てようとするのを阻止した。
少女は竜と獣が争っている光景にしばし視線を送っていたが、親玉が動き出したのが視界に入る。
向かう先は蒼い飛竜だ。恐らく手下達の戦いに加わるつもりなのだろう。
(片手剣は手数で押す武器だっけ……)
胴周りを締めていたベルトを一つ外すと、ゴトンと音を鳴らして背中の太刀が地面へ落ちた。
幾分軽くなった身体でドスジャギィに向かって走り出す。決して速くは無いが、少女にとっては今出せる最高の速さだ。
ドスジャギィも接近してくる存在に気付いたのだろう、足を止めて少女の方に視線を向ける。
しかしそれよりも早く少女は次のステップを踏んでいた。青い剣を上段に構えて、大きく足を踏み出すと勢いよくドスジャギィへと飛び込んだ。
「やぁっ!!」
跳躍の勢いを利用した少女の一撃は本来ならば肉に突き刺さるだけだ。だが今彼女が握っている剣がそんな結果で終るはずがない。
スルリと何かに潜り込むような感触、けれど抵抗をほとんど感じぬまま刃が身体を通り抜ける。
そして少女が剣を振り切ったその次の瞬間、鮮血が飛び散る。鱗も皮も毛も文字通り一文字に引き裂いて赤い直線が浮き彫りとなる。
ドスジャギィは苦悶の声を上げると数歩後ろへよろめく様にして下がった。それに対し少女は己の成した神業に驚いた様子を浮かべた。
(凄い……本当にただの剣じゃないよ、これ)
それが油断に繋がった、というよりもドスジャギィの根性が予想以上であったというべきか。
力強く大地を踏みしめる音。注意が薄れていた少女がその音に気がついた時には、既にドスジャギィの巨体が目の前にあった。
全身に衝撃が走る。少女の小柄な体が石ころのように放り飛ばされ、地面をごろごろと転がる。
不幸中の幸いと言うべきか、ダメージを負った体による体当たりにはそれほど破壊力はなく激しい痛みは感じられなかった。
身体中を土塗れにしつつも何とか立ち上がって剣を構えようとする。けれどその際に視界へ映ったのは迫りくる牙だった。
こげ茶のフードが丸ごと噛み潰される。ぶちぶちと音を立てながらフードは破れていき、最後にはぶちっと引き裂かれてしまう。
頭のあった場所を顎が通り過ぎる、のを頭上に見ながら少女はチャンスとばかりに一歩前に踏み込む。
さっきの一撃で感触は『何となく』覚えた。前への踏み込みの力を脚から胴に伝え、振るう際の回転と共に腕から剣へと力を流す。
青い刃が閃き、剣が天に向かって斬線を刻む。少女の放った一閃はドスジャギィの胴体を深く切り裂き、命の灯をも斬ってみせた。
腹の底から振り絞ったようなか細い鳴き声を上げて、ドスジャギィがゆっくりと地面に倒れ込む。
肩で息を吐きながら、振り上げた剣をゆっくりと下ろす。戦いに勝ったという充足感はそこにはない。
ただ、今の戦いで分かったことをその心の内で整理することに、少女は時間を費やす。
(フード無い方が……視界が広い!?)
当然の事実に気付いて呆然とする少女の顔に、はらりと一房髪の毛が垂れた。
主に樹海や渓流のような森林の奥深くに住み着き、暗闇に紛れて獲物を仕留める夜行性のモンスターであるというのがアモスの知識だ。
加えて並みのハンターでは勝つことも難しく、この飛竜の討伐クエストは上位(ハードランク)に位置しているとも聞く。
そして、ナルガクルガの目撃報告はこの地域では全く無い。つまりアモスにとっても初の遭遇なのである。
普段であれば喜び勇んで戦いを挑む場面なのだが、今彼は一人ではない。見習いから足を洗えていない者がいるのだ。
なので、一瞬だけ考えた。守るか、逃がすか、戦わせるか。答えは明白であった。
「おいお前、とっとと逃げろ」
「え?」
きょとんとした様子を浮かべる少女。アモスは面倒臭そうに言った。
「戦いの邪魔なんだよ、どっか遠くに行ってろ」
「守ってはくれないの?」
小首を傾げて尋ねた少女に、アモスは背筋が震えるのと共に頭が痛くなるのを感じた。
「さっさと行け」
「………」
アモスの吐き捨てるかのような言葉に思う所があったのか、少女は無言のままゆっくりと後ろに退けるとそのまま森の中へと走っていった。
餌か敵かそれぞれがどう認識しているかは分からないが、少なくとも少女の行動が弾みとなってそれぞれが行動を始める。
ドスジャギィは一つ天に向かって大きく吠えると体を翻し、森の中へと走っていった。恐らく戦えば無事ではすまないということを本能的に感じたのだろう。
丘の上にいたナルガクルガはゆっくりと森の中に消えていく二つの集団を眺めると、少し身を屈めたかと思った次の瞬間、弓から放たれた矢の如く勢いよく森に向かって跳び出した。
彼の目に映るのは小さな人間の後ろ姿。地面を削る様に滑りながら着地しつつ、その刃のような翼を叩きつけようと更に飛び跳ねようとする。
が、飛び跳ねようと身を再び屈めた刹那、黒い影が赤い光をつれて眼前に立ち塞がる。立ち塞がって斬りかかる。
最初に起きたのは爆炎だ。ただの一振りで起きた炎はナルガクルガの視界を焼き、思わず顔を反らした所に斬撃が襲いかかる。
赤い剣が咆哮するのに対し薄青色の鉈のような剣は沈黙を通す。静かに薄青の刃が黒い毛並みをそっと撫でるように裂いていく。
冷気をともなった首筋への一撃。冷たい殺意の籠ったそれに、ナルガクルガの目が見開き、血走った。
「ッ!?」
ナルガクルガの瞳が赤く染まった。そう認識した瞬間斬りかかった体勢から身体を丸めるようにして前方に飛ぶ。
先程と同じく弓から放たれるようにして黒い巨体が過ぎ去っていくのを頭上に見ながら、一つ地面を転がると素早く立ち上がり剣を構える。
目を焼かれたのが酷く気に障ったのか、去っていく影には目もくれずナルガクルガの怒りの咆哮が辺りに響く。
面倒臭いな、とアモスは思いつつ両手の剣を鞘へと納める。久しぶりの大物を前に背中の鎌が疼いているのが何となく感じられたのだ。
「まあ、たまには暴れてみるか」
そうして闇色の大鎌の柄を掴むと、歓喜の声が聞こえた気がした。
Ro.06 ―交戦―
少女は薄暗い森の中を走っていた。ただしその足取りは些か不安定で、体勢を崩して転びそうになることもある。
考えてみれば当然である。彼女は自身の身の丈もあろう太刀を背負って走り続けているのに加え、つい先ほど飛竜と遭遇したのだ。
ハンターとなった者ならばいつか飛竜種と相対するだろう。しかし彼女はハンターになったばかりの、いわば武器を手にしただけの少女なのだ。
小型のモンスターにさえ慣れていないのに、大型の飛竜を目の前にして恐怖するなと言う方が無理だろう。
それでも彼女が冷静に逃げることができたのはアモスがいたお陰だ。あの黒尽くめの男は普段得体のしれない存在ではあるが、時に頼もしい存在となる。
けれど彼がいない今、自分が独りであるということが彼女の精神を徐々に追い詰めはじめており、それが身体への負担となって現れていた。
「なに!?」
ガサリ、と何かが枝を踏みつけるような物音を耳が拾う。本来なら聴き逃すだろう音を拾えたのは、ただ単に彼女の走る速度が遅くなっていたからだろう。
少女はその場で立ち止まると青い片刃の剣を音の出た方へ向ける。だが直前まで走っていたために息遣いは荒く、剣先は下へだらりと下がったままだ。
茂みの向こうから聞こえる枝を踏むような音は次第に大きくなり、徐々に何か(多分ジャギィ)が近づいてきていることが分かる。
疲弊した体ではあるが全力で動かせば一匹くらいは倒せるだろう。もし出てきたのが複数であればヤバいが。
森の中から現れようとする存在へ集中する。限界のギリギリまで集中し、下がっていた剣先がゆっくりと正面を向こうとする。
ガサリガサリと茂みをかきわけ、草の群から覗いたそれは………。
「ぐぅ?」
非常に見覚えのある蒼い小さな飛竜であった。
「君は……そっか、君だったのかぁ……」
予想していたもの(ジャギィとか)とは違って見知った顔が現れたせいか、思わず地面へ尻もちをついてしまう。
一応彼(彼女?)もモンスターであるので危険であるのに変わりは無いのだが、そんな考えは脳裏を掠めさえしていないようだ。
一方蒼い飛竜はというとのそのそと少女へと近づいていき、何やら鼻でにおいを嗅ぎ始めている。
頭のこげ茶フードから始まり肩を渡って脇の下を通り、ついでに脇腹を横断して鼻の辿り着いた先は、ポーチであった。
くんくん鼻で嗅いでいる小さな竜を見て何をしているのかと疑問に思ったが、ポーチを突きはじめたのを見てああと納得する。
この蒼いのは、飛竜のくせしてキノコを食べるのだ。そして少女のポーチには取れたてのキノコがわんさか入っている。
そう、それが、奴の目的なのだ。
「……欲しいの?」
「がうっ」
しょうがないなあと少女は笑いながらポーチからキノコを取り出す。美しい青の色彩をもつ手のひらサイズのアオキノコだ。
口の前までキノコを近づけて飛竜がいざ食べようと噛みつこうとした瞬間手を引いて食べさせないという中々愉快な遊びを間に挟んでやや数分。
結局キノコが三つポーチから消え、蒼い飛竜のむしゃむしゃと咀嚼する音だけが残る。ついでに自分もそのまま一息いれることとなる。
間抜けたやりとりにすっかり緊張も抜けてしまい、そういえば自分は逃げていたのだったと思いだすのに少々時間をくったりする。お陰で疲れは取れたのだが。
不意に少女は自分の手元を見た。そこにはアモスから借りた青い片刃剣が置かれている。
見た目は街で売られているハンターナイフに似ている。しかしそこらの武器とは違う、人で例えるなら気品のようなものがこの剣にはある。
「綺麗だなぁ……」
刀身に映る自身の姿を眺めながらポツリと呟く。やや茫然と青い剣を見詰める姿は他人が見れば危ない雰囲気がするのだが、それを指摘できる者はこの場にはいなかった。
ただし、横槍をいれるものはいた。蒼い飛竜が少女の腕を鼻先で突っつき始めたのだ。
「どうしたの?」
「がうぅぅ」
吠える蒼い小さな飛竜。その原因はすぐに判明した。目の前の草むらから一匹のジャギィが飛び出してきたのだ。
ジャギィは少女と蒼い飛竜を一瞥するとキャンキャンと天に向かって鳴き始める。この時少女が硬直せずに青い剣で斬っていれば話は変わっていたかもしれない。
鳴き声に吸い寄せられるようにして辺りから再びジャギィが集まりだす。そしてジャギィ達の後からゆっくりと彼らの親玉であるドスジャギィが現れた。
逃げていた先が少女と同じだったのか後を追いかけて来たのかは兎も角、少女の姿を見るや威嚇するように牙を晒して吠える。
力は恐らく少女よりもドスジャギィの方が上だろう。しかし今の彼は全身に傷を負っており、少女には頼もしい武器が手に握られている。
立ち向かうか、それとも逃げるか。判断を決めかねる少女を置いて状況は進んでいく。
最初に動いたのは蒼い小さな飛竜だった。例え身体が小さくとも飛竜の力はジャギィ程度のモンスターを遥かに上回るのだ。
一気に目の前のジャギィの下まで駆け寄るとそのまま首筋に噛みつき、力任せに地面へと引き摺り倒す。首からはバキッとした音が鳴りジャギィの息が止められた。
ジャギィ達も黙ってはいない。次々と蒼い飛竜へと飛びかかり伸しかかると、その蒼い鱗や翼膜を切り裂こうと爪や牙で襲い始める。
それを蒼い飛竜は身体を振りまわすことではね飛ばそうとする。竜の尾が鞭のようにジャギィを打ち払い、牙を立てようとするのを阻止した。
少女は竜と獣が争っている光景にしばし視線を送っていたが、親玉が動き出したのが視界に入る。
向かう先は蒼い飛竜だ。恐らく手下達の戦いに加わるつもりなのだろう。
(片手剣は手数で押す武器だっけ……)
胴周りを締めていたベルトを一つ外すと、ゴトンと音を鳴らして背中の太刀が地面へ落ちた。
幾分軽くなった身体でドスジャギィに向かって走り出す。決して速くは無いが、少女にとっては今出せる最高の速さだ。
ドスジャギィも接近してくる存在に気付いたのだろう、足を止めて少女の方に視線を向ける。
しかしそれよりも早く少女は次のステップを踏んでいた。青い剣を上段に構えて、大きく足を踏み出すと勢いよくドスジャギィへと飛び込んだ。
「やぁっ!!」
跳躍の勢いを利用した少女の一撃は本来ならば肉に突き刺さるだけだ。だが今彼女が握っている剣がそんな結果で終るはずがない。
スルリと何かに潜り込むような感触、けれど抵抗をほとんど感じぬまま刃が身体を通り抜ける。
そして少女が剣を振り切ったその次の瞬間、鮮血が飛び散る。鱗も皮も毛も文字通り一文字に引き裂いて赤い直線が浮き彫りとなる。
ドスジャギィは苦悶の声を上げると数歩後ろへよろめく様にして下がった。それに対し少女は己の成した神業に驚いた様子を浮かべた。
(凄い……本当にただの剣じゃないよ、これ)
それが油断に繋がった、というよりもドスジャギィの根性が予想以上であったというべきか。
力強く大地を踏みしめる音。注意が薄れていた少女がその音に気がついた時には、既にドスジャギィの巨体が目の前にあった。
全身に衝撃が走る。少女の小柄な体が石ころのように放り飛ばされ、地面をごろごろと転がる。
不幸中の幸いと言うべきか、ダメージを負った体による体当たりにはそれほど破壊力はなく激しい痛みは感じられなかった。
身体中を土塗れにしつつも何とか立ち上がって剣を構えようとする。けれどその際に視界へ映ったのは迫りくる牙だった。
こげ茶のフードが丸ごと噛み潰される。ぶちぶちと音を立てながらフードは破れていき、最後にはぶちっと引き裂かれてしまう。
頭のあった場所を顎が通り過ぎる、のを頭上に見ながら少女はチャンスとばかりに一歩前に踏み込む。
さっきの一撃で感触は『何となく』覚えた。前への踏み込みの力を脚から胴に伝え、振るう際の回転と共に腕から剣へと力を流す。
青い刃が閃き、剣が天に向かって斬線を刻む。少女の放った一閃はドスジャギィの胴体を深く切り裂き、命の灯をも斬ってみせた。
腹の底から振り絞ったようなか細い鳴き声を上げて、ドスジャギィがゆっくりと地面に倒れ込む。
肩で息を吐きながら、振り上げた剣をゆっくりと下ろす。戦いに勝ったという充足感はそこにはない。
ただ、今の戦いで分かったことをその心の内で整理することに、少女は時間を費やす。
(フード無い方が……視界が広い!?)
当然の事実に気付いて呆然とする少女の顔に、はらりと一房髪の毛が垂れた。
■作者メッセージ
ギルクラ(SA○でも可)に出てきそうなカッコいい真っ黒のコートを見つけた。
そのうち寒くなるだろうし、買ってしまうべきか……?
そのうち寒くなるだろうし、買ってしまうべきか……?