Ro.04 ―初クエスト―
少女を蹴り飛ばしたと認識していた時には既に腕は振るわれていた。肉厚の剣が眼前に迫った身体に食らいつき、炎を起こす。
腹を裂かれ焼かれた小さな身体は、剣戟の勢いのままに吹き飛ばされる。絶命したかどうかはこの際どちらでも良い。
剣を振り払った体勢から瞬時に逆方向へと身体を回しながら跳ぶ。二つの刃が弧をえがく度に火炎と水飛沫が踊る。
着地と同時に双剣を振り払う、と同時に複数の身体が地面へと落ちる。それぞれ刃で切り裂かれた痕があり、動く様子はない。
ほんの一瞬だけそれらを一瞥して前へ跳び出す。途端に何十もの影が茂みから溢れ出し、辺り一帯を包囲せんと走りだす。
跳び出した勢いのままに森を駆け抜け、一番近くの影を切り裂いては火炎を浴びせる。その間視線は森の中を彷徨わせる。
木々の間を駆け抜ける小さな影の中に混じり込んでいるはずの、一際大きな影。その姿を捉えるよりも先に聞き覚えのある声を耳が拾う。
ああ、そうだ自分は一人じゃなかったのだった。放って置くという選択肢が浮かんだが、あれを送ってきた相手を思い出すと急に悪寒を感じた。
面倒くせぇ、と心の中でぼやきながら大きく足を踏み込み跳び上がる。丁度目の前にあった木の幹をさらに蹴り飛ばし、身体を捻りながら着地と同時に近くの影を切りつける。
突然の急停止と宙からの攻撃に相手が反応できない隙に再び走り出す。威嚇の声を上げる影を次々とかわしながら先程から聞こえる声の下へ一気に走り抜ける。
声の主はお粗末な太刀で戦っていた。否、振りまわしていた。動けなくなるよりかはマシな方だろうが、しかし随分酷い戦い方だと思った。
とりあえず右手に持っていた青い剣を少女の死角にいた影――ジャギィに向かって投げる。放たれた青い剣は何の抵抗も無くジャギィの身体を串刺しにする。
次に左手の赤い剣で目の前のジャギィを焼き払う。ついでに近くにいたジャギィを蹴り飛ばしつつ、空いた右手で冷気を放つ大鉈を鞘から引きぬく。
「おい、その剣使ってろ」
肩で息を吐く少女の横に立ちつつ刺さりっぱなしの青い剣を剣で指す。途端に少女が驚いた声を漏らし「いいの?」と尋ねる。
それに無言で答えるといそいそと錆びた太刀をしまって青い剣を引き抜く。少女の力でも思いっきり振ればジャギィ程度なら寸断できるはずだ。
そう考えた後にジャギィよりも大きな影を探そうと再び視線を彷徨わせようとして、ふと少女を見れば惚けたように青い剣を見詰めていた。
思わず足元の土を思いっきり蹴ると少女が慌てて剣を構え直す。両手で剣を構える姿に何か違和感を覚えたが、辺りに響いた獣の声に思考を中断される。
森の中から薄い桃と黄色の鱗を持つジャギィを、そのまま大きくしたような獣が現れる。ただ決定的に違うのはその一際大きく目立つ襟だろう。
ドスジャギィ、名前の通りジャギィ達の親玉だ。熟練の者にはあまり脅威とならないが、新人のハンターにとっては最初の試練となるモンスターだ。
話が違うだろう、と心の中で項垂れた。確かにジャギィの群れがいるとは聞いていたが、親玉のいる群れだとは聞いていない。
普段ならば何の問題もなかっただろうが、今回は新人というかド素人がいる。ハッキリ言うなら足手纏いがいる。
(報酬倍額にさせるか)
本来狩る必要のないモンスターを新人守りながら狩るのだ。それくらいしても良いだろう。
気を取り直して身を少し屈めると、再びモンスターの群れへと飛び込んだ。
Ro.04 ―初クエスト―
話は街のホテルに滞在していた時まで遡る。
「そうだアモスよう、お前今空いてるだろ? キノコ取って来てくれ」
熊のような、あるいは極悪人のような顔をした男がそう言った。
「違法な商売に手を出す気になったか?」
死に神を思わせるような、黒尽くめの怪しい男がそう言った。
「ちげーよ、ただの特産キノコだよ、彼女を連れたクエストには丁度良いだろ? それとそんなにオレを堕ちぶらせたいか」
「もちろんだ」
「断言かよ!」
だんっ! とテーブルを叩いて叫ぶ男。その拍子にテーブルに置かれていたコップが少し宙に浮いた、気がする。
この二人仲が良いのだなー、と勝手に思いつつ。ちまちまとコップの水を飲みながら目の前で繰り広げられる喧嘩(のように見える漫才)を眺めるこげ茶フードの少女(推測)。
一頻りの騒ぎが過ぎ、先程の依頼の話に戻る。納品数、採取場所、期限等の事柄について茶飲み話をするように決めていく。
恐らくお互いこういった依頼の話に慣れているのだろう。最後にケケケ、ヒヒヒ、といった笑い声をあげて話し合いは終わった。
と、そこでこげ茶フードが横に傾く。否、正しくはこげ茶フードの少女が首を傾げる。
「クエストってギルドで受けるものじゃないの?」
きょとんとした様子で(未だにフードを被っているため顔は見えないが)少女は目の前の黒尽くめの男に問うた。
その問いかけに対し黒衣のハンター、アモスは目の前にいる熊のような見た目の商人を顎で指す。
こちらもフードで顔は見えないが、恐らくお前が話せと暗に言っているのだろう。男は「オレは商人なんだがな」と一言呟いてから話し始めた。
「大体その考え方で合っているさ、ただギルドを通さない依頼ってだけさ」
今オレが提案した依頼みたいにな、と男は笑って言った。本人は爽やかな笑顔を浮かべていると思っているのだろうが、アモスには熊が腹を空かしているように見えた。
ハンターが受けるクエストといったら多くの人はギルドを思い浮かべるが、そもそもギルドが行っているのは依頼の斡旋である。
依頼をこなしてくれる人を探す依頼人に対し、ハンターという人材を紹介するのがギルドの主な仕事だ。
モンスターの討伐から商人の護衛、薬草や竜の卵の採取等々。様々な依頼を受け付けてくれるギルドは、人々にとって何でもできる便利屋ともいえる。
しかし、逆に言えば依頼をこなせる人材が見つかっていればギルドに依頼せずとも良いのである。あくまで頼みたい依頼があった時、それをこなす人材を探すためのギルドなのだ。
ただその場合、その依頼はギルドの管轄外のものとなるため狩場までの送迎やキャンプの設営といったギルドのサービスが受けられないというデメリットが存在する。
「だから普通のハンターはギルド以外の依頼は受けないのさ、たまーにこいつみたいな野良専のハンターがいるけどな」
「野良専じゃない、ただ野良の依頼が多いだけだ」
「確か、ギルドの受付嬢に話しかけたら泣かれたのがトラウマにヘぶッふぉっ!!」
「泣かれてないしトラウマにもなっていない、変な噂広めんなよ」
なるほどなー、と水をちびちび飲みながら少女は納得する。目の前では再び野郎共が喧嘩(のように見える漫才)を始めている。
やっぱりこの二人は仲が良いのだなー、と少女は思う。
こうしてキノコの採取依頼を受けた二人は森へと向かい、ジャギィの群れに遭遇したのだった。
腹を裂かれ焼かれた小さな身体は、剣戟の勢いのままに吹き飛ばされる。絶命したかどうかはこの際どちらでも良い。
剣を振り払った体勢から瞬時に逆方向へと身体を回しながら跳ぶ。二つの刃が弧をえがく度に火炎と水飛沫が踊る。
着地と同時に双剣を振り払う、と同時に複数の身体が地面へと落ちる。それぞれ刃で切り裂かれた痕があり、動く様子はない。
ほんの一瞬だけそれらを一瞥して前へ跳び出す。途端に何十もの影が茂みから溢れ出し、辺り一帯を包囲せんと走りだす。
跳び出した勢いのままに森を駆け抜け、一番近くの影を切り裂いては火炎を浴びせる。その間視線は森の中を彷徨わせる。
木々の間を駆け抜ける小さな影の中に混じり込んでいるはずの、一際大きな影。その姿を捉えるよりも先に聞き覚えのある声を耳が拾う。
ああ、そうだ自分は一人じゃなかったのだった。放って置くという選択肢が浮かんだが、あれを送ってきた相手を思い出すと急に悪寒を感じた。
面倒くせぇ、と心の中でぼやきながら大きく足を踏み込み跳び上がる。丁度目の前にあった木の幹をさらに蹴り飛ばし、身体を捻りながら着地と同時に近くの影を切りつける。
突然の急停止と宙からの攻撃に相手が反応できない隙に再び走り出す。威嚇の声を上げる影を次々とかわしながら先程から聞こえる声の下へ一気に走り抜ける。
声の主はお粗末な太刀で戦っていた。否、振りまわしていた。動けなくなるよりかはマシな方だろうが、しかし随分酷い戦い方だと思った。
とりあえず右手に持っていた青い剣を少女の死角にいた影――ジャギィに向かって投げる。放たれた青い剣は何の抵抗も無くジャギィの身体を串刺しにする。
次に左手の赤い剣で目の前のジャギィを焼き払う。ついでに近くにいたジャギィを蹴り飛ばしつつ、空いた右手で冷気を放つ大鉈を鞘から引きぬく。
「おい、その剣使ってろ」
肩で息を吐く少女の横に立ちつつ刺さりっぱなしの青い剣を剣で指す。途端に少女が驚いた声を漏らし「いいの?」と尋ねる。
それに無言で答えるといそいそと錆びた太刀をしまって青い剣を引き抜く。少女の力でも思いっきり振ればジャギィ程度なら寸断できるはずだ。
そう考えた後にジャギィよりも大きな影を探そうと再び視線を彷徨わせようとして、ふと少女を見れば惚けたように青い剣を見詰めていた。
思わず足元の土を思いっきり蹴ると少女が慌てて剣を構え直す。両手で剣を構える姿に何か違和感を覚えたが、辺りに響いた獣の声に思考を中断される。
森の中から薄い桃と黄色の鱗を持つジャギィを、そのまま大きくしたような獣が現れる。ただ決定的に違うのはその一際大きく目立つ襟だろう。
ドスジャギィ、名前の通りジャギィ達の親玉だ。熟練の者にはあまり脅威とならないが、新人のハンターにとっては最初の試練となるモンスターだ。
話が違うだろう、と心の中で項垂れた。確かにジャギィの群れがいるとは聞いていたが、親玉のいる群れだとは聞いていない。
普段ならば何の問題もなかっただろうが、今回は新人というかド素人がいる。ハッキリ言うなら足手纏いがいる。
(報酬倍額にさせるか)
本来狩る必要のないモンスターを新人守りながら狩るのだ。それくらいしても良いだろう。
気を取り直して身を少し屈めると、再びモンスターの群れへと飛び込んだ。
Ro.04 ―初クエスト―
話は街のホテルに滞在していた時まで遡る。
「そうだアモスよう、お前今空いてるだろ? キノコ取って来てくれ」
熊のような、あるいは極悪人のような顔をした男がそう言った。
「違法な商売に手を出す気になったか?」
死に神を思わせるような、黒尽くめの怪しい男がそう言った。
「ちげーよ、ただの特産キノコだよ、彼女を連れたクエストには丁度良いだろ? それとそんなにオレを堕ちぶらせたいか」
「もちろんだ」
「断言かよ!」
だんっ! とテーブルを叩いて叫ぶ男。その拍子にテーブルに置かれていたコップが少し宙に浮いた、気がする。
この二人仲が良いのだなー、と勝手に思いつつ。ちまちまとコップの水を飲みながら目の前で繰り広げられる喧嘩(のように見える漫才)を眺めるこげ茶フードの少女(推測)。
一頻りの騒ぎが過ぎ、先程の依頼の話に戻る。納品数、採取場所、期限等の事柄について茶飲み話をするように決めていく。
恐らくお互いこういった依頼の話に慣れているのだろう。最後にケケケ、ヒヒヒ、といった笑い声をあげて話し合いは終わった。
と、そこでこげ茶フードが横に傾く。否、正しくはこげ茶フードの少女が首を傾げる。
「クエストってギルドで受けるものじゃないの?」
きょとんとした様子で(未だにフードを被っているため顔は見えないが)少女は目の前の黒尽くめの男に問うた。
その問いかけに対し黒衣のハンター、アモスは目の前にいる熊のような見た目の商人を顎で指す。
こちらもフードで顔は見えないが、恐らくお前が話せと暗に言っているのだろう。男は「オレは商人なんだがな」と一言呟いてから話し始めた。
「大体その考え方で合っているさ、ただギルドを通さない依頼ってだけさ」
今オレが提案した依頼みたいにな、と男は笑って言った。本人は爽やかな笑顔を浮かべていると思っているのだろうが、アモスには熊が腹を空かしているように見えた。
ハンターが受けるクエストといったら多くの人はギルドを思い浮かべるが、そもそもギルドが行っているのは依頼の斡旋である。
依頼をこなしてくれる人を探す依頼人に対し、ハンターという人材を紹介するのがギルドの主な仕事だ。
モンスターの討伐から商人の護衛、薬草や竜の卵の採取等々。様々な依頼を受け付けてくれるギルドは、人々にとって何でもできる便利屋ともいえる。
しかし、逆に言えば依頼をこなせる人材が見つかっていればギルドに依頼せずとも良いのである。あくまで頼みたい依頼があった時、それをこなす人材を探すためのギルドなのだ。
ただその場合、その依頼はギルドの管轄外のものとなるため狩場までの送迎やキャンプの設営といったギルドのサービスが受けられないというデメリットが存在する。
「だから普通のハンターはギルド以外の依頼は受けないのさ、たまーにこいつみたいな野良専のハンターがいるけどな」
「野良専じゃない、ただ野良の依頼が多いだけだ」
「確か、ギルドの受付嬢に話しかけたら泣かれたのがトラウマにヘぶッふぉっ!!」
「泣かれてないしトラウマにもなっていない、変な噂広めんなよ」
なるほどなー、と水をちびちび飲みながら少女は納得する。目の前では再び野郎共が喧嘩(のように見える漫才)を始めている。
やっぱりこの二人は仲が良いのだなー、と少女は思う。
こうしてキノコの採取依頼を受けた二人は森へと向かい、ジャギィの群れに遭遇したのだった。
■作者メッセージ
次回は森林で酒血肉林のパーティです! ポロリもあるよ(え)