CROSS CAPTURE1 「各々の暇」
神の聖域をめぐる決戦。犠牲を払いながらもこれを制した者達がいる。
彼らは真なる敵が決戦の場に現れなかった事に深い疑念を懐いた。
しかし、そんな疑念も彼らの前に現れた『神理』イリアドゥスが吹き飛ばす。
「いずれにせよ、カルマは必ず動く。そして、私たちも同じように動く……つまり、『そういうこと』よ」
その一言に流されるままに、彼らは2人の半神が創り上げた世界ビフロンスへ帰還を果たす。
そして、『そういうこと』が訪れるであろうその時まで、彼らは雌伏の時と英気を養うのであった。
晴れやかな青空の下、ビフロンス城下町にて。
数日前に起きた事件も大きな被害も無く、平穏な日々がこの町には続いている。この町に住んでいるゼツたちは自宅に帰り、この平穏に浸っていた。
自宅には家主のゼツ、シェルリア、アナザ、フィフェルに加え、彼らの友人であるラクラとフェンデルがやって来ていた。
「戻ってはや三日……なんというか、嘘みたいな長閑さだな」
「ま、そうだろうな。変に平和というのもあれだが」
リビングでそれぞれ暇をつぶしていた中、ゼツは本を閉じて、項垂れるように言った。
それを苦笑しながら返したラクラも用意された菓子を口に放り込んで咀嚼する。
「でも、不安になるよね」
割ってはいったのは隣で雑誌を読んでいたシェルリアで、表情には憂いにも似た不安げな様子で呟いた。
消えない不安をこの場に居る――否、この事件に関わる全ての者が懐き続けているだろうとシェルリアは思い、憂う。
「いちいち不安になるのもアレなものよ」
「……今はこの時を耽溺するべき」
「変に気負わないでいればいいの、だって休みですもの」
不安になっている彼女へ、微笑を混ぜて諭すアナザ、静かに美味な菓子を食べるフィフェル、ラクラの腕を絡めさせた気楽なフェンデルがそれぞれ返す。
こうして、自身らも仲間も家で休みを取っている事にゼツはやや苦味を感じつつ、席を立った。
「どうしたの?」
苦い表情を察してか、シェルリアが問う。ゼツは不安にしまいと笑顔を向けて返す。
「ん、城に行こうかなーと思ったんだ。家にいてもいいけど…何か変化とかあるかもしれないし」
「ふふ…そうね。ここだと変化とか起きなさそうだし」
興味を懐いたアナザも同じように席を立ち、同行の姿勢をとる。
少なくとも、ゼツの行く所アナザも行くという思考も備えているので余計に同行の姿勢を強めている。
それを察して、シェルリアが対抗心から席を立ち、アナザが行くならとフィフェルも動向の姿勢をとる。
残った二人も暇をつぶそうと同行の姿勢をとった。その様子にゼツは苦笑を零す。
「…じゃあ、行くか!」
別段、同行を拒む論を面倒と思ってゼツは彼らと共にアイネアスの居る城へと向かったのであった。
時と場所同じくして城下町んて。
長閑で活気の在る街中で、同じように暇をつぶす者達が居た。
神無の息子である神月、彼の恋人の紗那、彼の妹のヴァイ、彼らの親友の菜月ら4人である。
神月は自ら鍛錬、修練を積むことを優先していたがヴァイらの呼び掛けに仕方なく応じていた。
「…ま、こんな時に買い物か。――最初を思い出す」
「ははー……カルマが出てこない事を祈るぜ」
あの日もオルガたちを加えての買い物に行って、そこからこの事件に巻き込まれたのだ。奇妙な因縁を感じざるを得なかった。
しかし、ヴァイはそんな後ろめたい思いを吹っ切るように明るく元気に声を出す。
「もう! そんなことより今日は一杯買おうね」
「そうね。此処女性用の商品とか多いって言ってたわ」
「…誰が?」
「サイキさんとオルガ、ね……ふふ」
なぜ、最後に噴出したのかは問い詰めなかった。理由はなんとなく察する事ができた。
コスプレ、女装大好きオルガのことだきっと、今日までに何度この城下町に買出しや見に来ていたりしたのだろう。
更に言えば、何度、驚喜乱舞してアーファにぶん殴られたであろう、と。
神月はそう思って、ため息を小さく零して、菜月がからかうように言う。
「二人ともほどほどに買ってくれよ? オイラたちの財布はそこまで豊かじゃないから」
「はいはい」
「わかってるよ!」
微笑交じりに了承する紗那と顔を紅くして言い返すヴァイと共に神月らは早速、女性が気に入りそうな可愛らしい服やぬいぐるみなどを取り扱う商店を見つける。
入ろうとすると、店に入らずショーケースで飾られたぬいぐるみやピックアップしているだろう服を着させたモデル人形を見つめる女性が一人居た。
興味を示して見つめる事など誰だってすること故に気にする事はない筈だったがその女性に4人は知っていた。
白い衣装を身に纏い、時に白き竜へ姿を変える――ローレライの従者のヴァイロンその人であった。
「あ、ヴァイロンさん」
「――む」
しまった、と顔に書いたように驚きで表情を崩しかけたが、すぐに表情をきつく締めなおす。
「……お前たちか、何か用か?」
「え、えーっとヴァイロンさんも買い物だったりしますか?」
声音がやや険しくなっていた事にヴァイもしまったと困ったと思いながらも話題を突っきろうとする。
ヴァイロンは周囲を忙しなく見てから、言葉を返す。
「私はただ見ていただけだ。問題か」
「いえ…ご、ごめんなさい」
鋭く厳しい声に当てられ、消え入りそうな声で詫びを入れたヴァイに、兄たる神月はやれやれといった具合に妹へ助け舟を出す。
「別に問題じゃあないけど、意外だなって思っただけだよ」
「ふん。意外で悪かったな」
「こら、神月。喧嘩売ってどうするのよ…」
「そうだぜ、神月ー。お前の言い方、マジで火に油注いでるっての」
「ううう……」
まさかの三者からの苦言を呈された神月はぐぬぬと苦い表情を作る。そんな様子をヴァイロンは鼻で笑い、さっさと去ろうと身を翻す。
「――でも、ヴァイロンさん。意外とこういう色が好きだったんですね」
「!」
去ろうとした動きが紗那の一言で静止を奏した。神月の言い方はともかく、自分も同じように思っていた。
そして、神月と違って、彼女が見つめていたものを紗那は目で追っていた。
ショーケースの中で飾られているモデル人形が身に纏っている衣装。その色は黒を基調とし、白銀の装飾を施したドレスだった。
「………」
怨めしそうにヴァイロンは紗那たちを睨(ね)めつけた。更にはその顔には薄赤に頬を染めている。
必死に反論の言葉を言うか、言わないかで口を硬く噤んでいた。
黒は因縁深い彼を思ってみたのだろうと、紗那はなんとなく勘繰ったのだった。
「似合うと思いますよ」
「ふん。お前たち、絶対に他言するな……すれば、解るな?」
『わかりしました』
ヴァイロンの並々ならぬ殺気に、4人は声を揃えて了承した。
もし、ゼロボロスに、シンメイに知られれば、彼女は相当に苛まれるだろう。他言すれば恐らく世界の果てまで追い掛け回されるだろう、本来の姿たる白い竜の状態で。
4人の了承を見て、彼女はちらっと例の服を見てからすぐに今度こそ去って行った。
「……ふぅ」
彼女の姿が人ごみに消えていくのを見届けてから、紗那は安堵の息を零す。
ヴァイは明るくも苦笑いを浮かべ、話を切り出す。
「はは……買い物しようか」
「そうだったな」
本来の目的を忘れかけそうになった4人は店内へと入り、買い物をはじめていった。
■作者メッセージ
投稿しましたが修正、編集の可能性大