CROSS CAPTURE40 「混沌世界へその2/それぞれの動静」
異様な気配が間近へと接近するのを感じた二人は各々武器、ラクラはキーランス、黒い十文字の槍『真覇十文字』を、フェンデルは己の本来の姿たるハルバートを模した幻影の槍を取り出して身構える。
「―――来たッ!」
「真下よ!」
そう叫ぶと同時に二人はそれぞれ空中へと飛び上がった。そして、彼女の言うとおりに彼らが居た真下の空間を突き破り、巨大な塊が姿を現す。
禍々しいまでに赤く輝く血脈を体躯に染め上げた異形の竜。その姿に、改めて二人は息を呑み、闘志を研ぎ澄ました。
これが伽藍の言っていた『竜』であろう。領域に踏み込んだ侵入者を排除しようと姿を現した、とラクラは黙して思案する。
「フェンデル、俺が先手を打つ。お前はバックアップを頼むぞ」
「ええ。いきましょ!」
ラクラと戦法の話を切り上げ、フェンデルはハルバートに風の力を収束させる。
「――青羽槍・嵐旒(せいはそう・らんりゅう)!!」
一瞬で収束し、ハルバートを振り払うと同時に風の刃が無数、一斉に竜へと斬りつける。
それを見計らい、同時にラクラが槍を手に、一気に竜へと至近する。
「まずは一撃! 騎光槍龍波(きこうそうりゅうは)ッ!!」
風の刃の中を突き抜け、光を込めた一突きが竜の体表を刺す。
先制の連続攻撃を受けた竜は呻きにも似た咆哮を上げ、身を揺さぶってラクラを振り払おうとする。
「くっ! さすがに、効き目は薄いか!!」
吹き飛ばされないように槍に力を込め続けているラクラが揺さぶられながらに苦い表情を零す。
更に、歴戦の勇士の感が体表を刺し貫いた程度では実感は薄い事も理解した。このままでは返って深追いになる。
ラクラはタイミングを見計らって槍を引き離し、大きく吹き跳んだ。
「―――っと」
上手く聳える摩天楼の壁に着地し、一息つく。伽藍の施した術のせいか、衝撃が和らいでいる。
そこへフェンデルが追いかけてきて、彼へ声をかけた。
「ラクラ、どう? 倒せる?」
「倒してみせるさ。さけるぞ!!」
その一喝と共に、二人は大きく別々に飛行した。その僅かの差を縫うように二人が元居た場所に赤く輝く閃光が摩天楼をぶち抜いた。
竜がこちらへ牙だらけの口を大きく開き、破壊の閃光を放射したのだった。フェンデルは冷や汗を拭い、改めて戦意を燃やす。
「面白いじゃない、次は私が切り裂いてあげる!」
ハルバートと自身に風を纏い、更なるスピードで加速して飛行、一気に竜へと迫る。
すると、竜は迎撃するように翼を広げる。竜の巨大の倍ある翼は異空の光景を一面染め上げるような禍々しいまでに赤い。
更に、その翼から光が幾つも走り、雨のようにフェンデルへと降り注ぐ。
「! ちょっと、弾幕!?」
思わぬ迎撃攻撃に直進を避け、驚きながらもフェンデルは回避迂回する。
「そこね、青羽槍・龍頭(せいはそう・りゅうとう)!!」
そして、翼を避けて遠距離から攻撃に変化させる。嵐旒と違い、放つ事の出来る衝撃波は一つだけだが。
その大きさ威力は巨大なものである。風の塊たる衝撃波が竜の顔面へと着弾する。
着弾を受けた竜は爆風に押され、身を踏み止まる。そこへ、今度こその近接による一撃を繰り出した。
「はぁぁぁっ! 青羽槍・月影(せいはそう・げつえい)ェッ!!」
風を纏ったハルバートによる連続攻撃を怯んだ竜の顔面へ斬りこんだ。表面に傷は幾つも走るも大ダメージを与えた感触は薄い。
すかさず竜の動きを読み、フェンデルは素早く後退し、反撃を回避した。だが、執念のごとく竜はその牙を彼女へ届けんと猛進をやめなかった。
「もう、面倒ねえ! ラクラ、今よ!」
「――騎光涛星撃(きこうとうせいげき)!」
追撃にうんざりした彼女の一言と同時に、狙い澄ました投擲された槍が光を纏って迫った竜の額に衝突し、猛進する動きが鈍る。
「グランシャリオ・ゼロ!!」
その鈍った一瞬でラクラは大きく竜の額めがけて跳躍。そんな中で手にキーランスが戻るや、更なる追撃でダメージを負った額に槍を穿ち、弾かれてしまうも、余波たる光の柱が立ち上る。
ラクラは立ち上った光の柱のエネルギーを槍に収束させ、最大限に強化した槍を突き出す。
「騎光槍龍波ァッ!!」
「よしっ、さすがにこの連撃は効いたはず!」
「――……っ」
確かに、フェンデルの言うとおり、ラクラの怒涛の連続攻撃から繰り出された威力は竜の強固な体表を突き破った。
その連撃に竜は額に穿たれた槍の一撃に、悲痛の咆哮をあげ、バランスを崩して荒涼の大地へと落ちていった。
すかさずラクラは竜から離れ、その様を見据えながら一息ついた。
「フェンデル、どう見る?」
「え? あの竜のこと?」
ラクラは神妙な様子で頷いた。武器を消さずに最低限の臨戦態勢で佇んでいる彼の様子にフェンデルは冷静に先の攻撃から得た感覚を言う。
「そうねえ。私たちの攻撃はあんまり効いてなかった印象かしら」
絶対的な硬度、という訳ではなかった。顔による攻撃で大ダメージを与えた感触が薄かった。
傷つけても反応が薄い、と言う感じだった。さっきのラクラの連撃も漸くダメージが響いた、感じではあった。
「……となると、この先に進んだゼツたちに追いかけないとな」
伽藍が何度も撃退の言葉を言った意味が解ってきた。あの竜は未知数すぎる。
傷を負い、身を伏せた今なら移動が出来る。ラクラたちはその場を急いで去ろうと彼らが飛んでいった方向へ飛行した。
伽藍たちが異世界へ素材探索へと出立を始めた頃、誰も居ない永遠剣士の用意された部屋の一つ、そこに睦月がとある人物と通信で会話をしていた。
壁に写しだされた白と黒の色を混じった長髪、灰色の衣装を身に包んだ男性――永遠剣士の祖、永遠城の主のジェミニであった。
先日、通信できる事を知った睦月であったが、クウたちの来訪、様々な出来事もあいまって暇が無かった。
改めて、睦月はジェミニとこうして会話をしているのだった。
「よお。容態はどうだ?」
「お陰さまで順調だ。……すまないな、本来ならお前たちの元に向かうべきだと言うのに」
深く悔恨のある表情を見せた彼に睦月は慌ててフォローする。
「まあ、そう責めるなよ。あんたが無事で何よりだったさ」
「……そうだったな、お互い何よりだ」
睦月のフォローにジェミニは少し気を楽にしたように安堵の微笑を返した。
カルマに攫われ、失踪したジェミニの情報を得ようとタルタロスへ足を運び、そこで襲撃を受けた睦月は不運にも彼と同じように攫われ、カルマの手に落ちた。
一方の彼はタルタロス襲撃に参加させられ、亡きフェイトと死闘の末に救出されたのであった。そして、睦月はフェイトと再会を果たせぬままに救出された。
「見舞いのついでに、一つ聞きたい事があったんだ」
睦月は本題を切り出した。先日、ハオスの歓迎の宴で彼が零した一言『手紙』を。
ジェミニなら恐らく知っている筈と見た彼はこうしてジェミニへと問いかけた。
「『手紙』。アンタ、フェイトから何か預かってもらっていないのか?」
「!」
その言葉に驚きの表情を見せ、睦月は内心確信して言葉を続ける。
「…やっぱり預かっていたんだな?」
「―――ああ。フェイトが皐月たちと此処を旅立つ前に、受け取った」
彼が見せ付けるように取り出したのは確かに封のされた手紙だった。
通信による映像の為、中身が気になったがそれを遮るようにジェミニは言う。
「これは、フェイトから『この事件が終わってから渡してくれ』と言われた。……だからすまないが」
「解ってる。そうまで言われたらさっさとこんな事件、終わらせないとな」
申し訳なさそうにいうジェミニに対し、睦月は陽気に笑って気を宥めさせる。
そんな彼に救われっぱなしなジェミニは気を楽にして頷き返す。
「すまない」
「気にすんなよ。じゃ、また何かあったら通信よこすぜ」
「わかった」
そう言って睦月との通信を終えた。
永遠城の一室で通信を終えたジェミニは手に持っている手紙を見つめた。
フェイトに託されたいわば遺品になったものを。
「コレで良かったのだろう? フェイト……」
声なき声に呟いたジェミニはその手紙を机に仕舞い込んで、再び療養の体を癒すべく眠りについた。
時を同じく、下層に用意された庭園のベランダで黒衣の青年ゼロボロスは長椅子に仰向きに寝ているように目を閉じている。
そこへ呆れた様子で着崩した着物を見に纏った少女シンメイが歩み寄って、眠ったフリをしている彼に話し掛ける。
「暇なのか、ゼロボロス」
「――そりゃあ、たいした事件はまだ起きていないしな」
目を閉じたまま口を開いて、返事をした彼にシンメイは同意のため息を零すと。
二人に近づく気配を感じた。シンメイはその方へ振り向くと、
「あの、失礼します。ゼロボロス様でございますか…?」
「ん?」
聞きなれぬ声に片目だけ開き、確認すると見慣れぬ女性が彼に話し掛けた。
その服装からしてこの城に仕えている給仕女と理解したが、特に何かした憶えは無い。
とりあえずシンメイが変わって彼女の質問に応じてやった。
「そうじゃ。こやつはゼロボロスじゃ。何用か?」
「実は……先日来訪された『紫苑』様から言伝を」
「そうか。――で、なんの言伝?」
「は、はい。えと…」
給仕女はエプロンから折りたたんだ小さな紙を見ながら受け取った言伝を復唱する。
「『話があります。城下町から南の森の湖で待つ。すぐに来て欲しい』……ということです」
「おう。ありがとうな」
給仕女は二人に一礼してから庭園を後にしていった。彼女が去るのを見てからシンメイはゼロボロスに話し掛ける。
「いよいよかの…」
「ああ…それじゃあ行くとするか」
「――待て」
立ち上がったゼロボロスが移動しようとしたその時、聞き覚えの在る女の声が放たれる。
その方向へ振り返ると白服の女性――ヴァイロンが歩み寄ってきた。相変わらず、自分と話す時の表情は険しい、敵意のあるものだ。
そう内心で呆れつつも、ゼロボロスは彼女に応じた。
「なんだ? お前も紫苑に呼ばれたのか?」
「…いや。だが、偶然にお前に話し掛けていた給仕を見かけた。
あやつが直接お前に話し掛けることはまあ、無いだろうと思ったからな。給仕を伝令代わりに呼びつけようとするだろう」
自分と紫苑に因縁があるように、ヴァイロンにも紫苑と関わりがあった。
元居た世界では自分と対立し、人間たちの味方になり、紫苑たちとも交流がその中であったのだ。
ゼロボロスはそんな奇妙な縁にあえてふざけたような、乾いた笑い声をもらす。
「ははー…大正解」
「それでだが……」
「一緒に来ても構わんぞ。シンメイ、お前もな」
『!!』
見透かされたように言い放たれた言葉に、二人は不意を撃たれたように驚く。
シンメイは自分を案じて、ヴァイロンは紫苑を案じて、ゼロボロスに同行しようという様子が手に取るように解っていた。
その気持ちをありがたく受け取った彼は言う。
「ハハハ! おら、さっさと行くぞ。アイツが待っているんだからな」
二人の様子にけらけらと笑い、庭園から去っていく。そして置いてけぼりを食らった二人は慌てて彼の後追いかける。
彼女らの足音を耳に澄ましながらゼロボロスは小さく、か細く息を零す中で呟く。
「……さあて、どうなるのやら」
「―――来たッ!」
「真下よ!」
そう叫ぶと同時に二人はそれぞれ空中へと飛び上がった。そして、彼女の言うとおりに彼らが居た真下の空間を突き破り、巨大な塊が姿を現す。
禍々しいまでに赤く輝く血脈を体躯に染め上げた異形の竜。その姿に、改めて二人は息を呑み、闘志を研ぎ澄ました。
これが伽藍の言っていた『竜』であろう。領域に踏み込んだ侵入者を排除しようと姿を現した、とラクラは黙して思案する。
「フェンデル、俺が先手を打つ。お前はバックアップを頼むぞ」
「ええ。いきましょ!」
ラクラと戦法の話を切り上げ、フェンデルはハルバートに風の力を収束させる。
「――青羽槍・嵐旒(せいはそう・らんりゅう)!!」
一瞬で収束し、ハルバートを振り払うと同時に風の刃が無数、一斉に竜へと斬りつける。
それを見計らい、同時にラクラが槍を手に、一気に竜へと至近する。
「まずは一撃! 騎光槍龍波(きこうそうりゅうは)ッ!!」
風の刃の中を突き抜け、光を込めた一突きが竜の体表を刺す。
先制の連続攻撃を受けた竜は呻きにも似た咆哮を上げ、身を揺さぶってラクラを振り払おうとする。
「くっ! さすがに、効き目は薄いか!!」
吹き飛ばされないように槍に力を込め続けているラクラが揺さぶられながらに苦い表情を零す。
更に、歴戦の勇士の感が体表を刺し貫いた程度では実感は薄い事も理解した。このままでは返って深追いになる。
ラクラはタイミングを見計らって槍を引き離し、大きく吹き跳んだ。
「―――っと」
上手く聳える摩天楼の壁に着地し、一息つく。伽藍の施した術のせいか、衝撃が和らいでいる。
そこへフェンデルが追いかけてきて、彼へ声をかけた。
「ラクラ、どう? 倒せる?」
「倒してみせるさ。さけるぞ!!」
その一喝と共に、二人は大きく別々に飛行した。その僅かの差を縫うように二人が元居た場所に赤く輝く閃光が摩天楼をぶち抜いた。
竜がこちらへ牙だらけの口を大きく開き、破壊の閃光を放射したのだった。フェンデルは冷や汗を拭い、改めて戦意を燃やす。
「面白いじゃない、次は私が切り裂いてあげる!」
ハルバートと自身に風を纏い、更なるスピードで加速して飛行、一気に竜へと迫る。
すると、竜は迎撃するように翼を広げる。竜の巨大の倍ある翼は異空の光景を一面染め上げるような禍々しいまでに赤い。
更に、その翼から光が幾つも走り、雨のようにフェンデルへと降り注ぐ。
「! ちょっと、弾幕!?」
思わぬ迎撃攻撃に直進を避け、驚きながらもフェンデルは回避迂回する。
「そこね、青羽槍・龍頭(せいはそう・りゅうとう)!!」
そして、翼を避けて遠距離から攻撃に変化させる。嵐旒と違い、放つ事の出来る衝撃波は一つだけだが。
その大きさ威力は巨大なものである。風の塊たる衝撃波が竜の顔面へと着弾する。
着弾を受けた竜は爆風に押され、身を踏み止まる。そこへ、今度こその近接による一撃を繰り出した。
「はぁぁぁっ! 青羽槍・月影(せいはそう・げつえい)ェッ!!」
風を纏ったハルバートによる連続攻撃を怯んだ竜の顔面へ斬りこんだ。表面に傷は幾つも走るも大ダメージを与えた感触は薄い。
すかさず竜の動きを読み、フェンデルは素早く後退し、反撃を回避した。だが、執念のごとく竜はその牙を彼女へ届けんと猛進をやめなかった。
「もう、面倒ねえ! ラクラ、今よ!」
「――騎光涛星撃(きこうとうせいげき)!」
追撃にうんざりした彼女の一言と同時に、狙い澄ました投擲された槍が光を纏って迫った竜の額に衝突し、猛進する動きが鈍る。
「グランシャリオ・ゼロ!!」
その鈍った一瞬でラクラは大きく竜の額めがけて跳躍。そんな中で手にキーランスが戻るや、更なる追撃でダメージを負った額に槍を穿ち、弾かれてしまうも、余波たる光の柱が立ち上る。
ラクラは立ち上った光の柱のエネルギーを槍に収束させ、最大限に強化した槍を突き出す。
「騎光槍龍波ァッ!!」
「よしっ、さすがにこの連撃は効いたはず!」
「――……っ」
確かに、フェンデルの言うとおり、ラクラの怒涛の連続攻撃から繰り出された威力は竜の強固な体表を突き破った。
その連撃に竜は額に穿たれた槍の一撃に、悲痛の咆哮をあげ、バランスを崩して荒涼の大地へと落ちていった。
すかさずラクラは竜から離れ、その様を見据えながら一息ついた。
「フェンデル、どう見る?」
「え? あの竜のこと?」
ラクラは神妙な様子で頷いた。武器を消さずに最低限の臨戦態勢で佇んでいる彼の様子にフェンデルは冷静に先の攻撃から得た感覚を言う。
「そうねえ。私たちの攻撃はあんまり効いてなかった印象かしら」
絶対的な硬度、という訳ではなかった。顔による攻撃で大ダメージを与えた感触が薄かった。
傷つけても反応が薄い、と言う感じだった。さっきのラクラの連撃も漸くダメージが響いた、感じではあった。
「……となると、この先に進んだゼツたちに追いかけないとな」
伽藍が何度も撃退の言葉を言った意味が解ってきた。あの竜は未知数すぎる。
傷を負い、身を伏せた今なら移動が出来る。ラクラたちはその場を急いで去ろうと彼らが飛んでいった方向へ飛行した。
伽藍たちが異世界へ素材探索へと出立を始めた頃、誰も居ない永遠剣士の用意された部屋の一つ、そこに睦月がとある人物と通信で会話をしていた。
壁に写しだされた白と黒の色を混じった長髪、灰色の衣装を身に包んだ男性――永遠剣士の祖、永遠城の主のジェミニであった。
先日、通信できる事を知った睦月であったが、クウたちの来訪、様々な出来事もあいまって暇が無かった。
改めて、睦月はジェミニとこうして会話をしているのだった。
「よお。容態はどうだ?」
「お陰さまで順調だ。……すまないな、本来ならお前たちの元に向かうべきだと言うのに」
深く悔恨のある表情を見せた彼に睦月は慌ててフォローする。
「まあ、そう責めるなよ。あんたが無事で何よりだったさ」
「……そうだったな、お互い何よりだ」
睦月のフォローにジェミニは少し気を楽にしたように安堵の微笑を返した。
カルマに攫われ、失踪したジェミニの情報を得ようとタルタロスへ足を運び、そこで襲撃を受けた睦月は不運にも彼と同じように攫われ、カルマの手に落ちた。
一方の彼はタルタロス襲撃に参加させられ、亡きフェイトと死闘の末に救出されたのであった。そして、睦月はフェイトと再会を果たせぬままに救出された。
「見舞いのついでに、一つ聞きたい事があったんだ」
睦月は本題を切り出した。先日、ハオスの歓迎の宴で彼が零した一言『手紙』を。
ジェミニなら恐らく知っている筈と見た彼はこうしてジェミニへと問いかけた。
「『手紙』。アンタ、フェイトから何か預かってもらっていないのか?」
「!」
その言葉に驚きの表情を見せ、睦月は内心確信して言葉を続ける。
「…やっぱり預かっていたんだな?」
「―――ああ。フェイトが皐月たちと此処を旅立つ前に、受け取った」
彼が見せ付けるように取り出したのは確かに封のされた手紙だった。
通信による映像の為、中身が気になったがそれを遮るようにジェミニは言う。
「これは、フェイトから『この事件が終わってから渡してくれ』と言われた。……だからすまないが」
「解ってる。そうまで言われたらさっさとこんな事件、終わらせないとな」
申し訳なさそうにいうジェミニに対し、睦月は陽気に笑って気を宥めさせる。
そんな彼に救われっぱなしなジェミニは気を楽にして頷き返す。
「すまない」
「気にすんなよ。じゃ、また何かあったら通信よこすぜ」
「わかった」
そう言って睦月との通信を終えた。
永遠城の一室で通信を終えたジェミニは手に持っている手紙を見つめた。
フェイトに託されたいわば遺品になったものを。
「コレで良かったのだろう? フェイト……」
声なき声に呟いたジェミニはその手紙を机に仕舞い込んで、再び療養の体を癒すべく眠りについた。
時を同じく、下層に用意された庭園のベランダで黒衣の青年ゼロボロスは長椅子に仰向きに寝ているように目を閉じている。
そこへ呆れた様子で着崩した着物を見に纏った少女シンメイが歩み寄って、眠ったフリをしている彼に話し掛ける。
「暇なのか、ゼロボロス」
「――そりゃあ、たいした事件はまだ起きていないしな」
目を閉じたまま口を開いて、返事をした彼にシンメイは同意のため息を零すと。
二人に近づく気配を感じた。シンメイはその方へ振り向くと、
「あの、失礼します。ゼロボロス様でございますか…?」
「ん?」
聞きなれぬ声に片目だけ開き、確認すると見慣れぬ女性が彼に話し掛けた。
その服装からしてこの城に仕えている給仕女と理解したが、特に何かした憶えは無い。
とりあえずシンメイが変わって彼女の質問に応じてやった。
「そうじゃ。こやつはゼロボロスじゃ。何用か?」
「実は……先日来訪された『紫苑』様から言伝を」
「そうか。――で、なんの言伝?」
「は、はい。えと…」
給仕女はエプロンから折りたたんだ小さな紙を見ながら受け取った言伝を復唱する。
「『話があります。城下町から南の森の湖で待つ。すぐに来て欲しい』……ということです」
「おう。ありがとうな」
給仕女は二人に一礼してから庭園を後にしていった。彼女が去るのを見てからシンメイはゼロボロスに話し掛ける。
「いよいよかの…」
「ああ…それじゃあ行くとするか」
「――待て」
立ち上がったゼロボロスが移動しようとしたその時、聞き覚えの在る女の声が放たれる。
その方向へ振り返ると白服の女性――ヴァイロンが歩み寄ってきた。相変わらず、自分と話す時の表情は険しい、敵意のあるものだ。
そう内心で呆れつつも、ゼロボロスは彼女に応じた。
「なんだ? お前も紫苑に呼ばれたのか?」
「…いや。だが、偶然にお前に話し掛けていた給仕を見かけた。
あやつが直接お前に話し掛けることはまあ、無いだろうと思ったからな。給仕を伝令代わりに呼びつけようとするだろう」
自分と紫苑に因縁があるように、ヴァイロンにも紫苑と関わりがあった。
元居た世界では自分と対立し、人間たちの味方になり、紫苑たちとも交流がその中であったのだ。
ゼロボロスはそんな奇妙な縁にあえてふざけたような、乾いた笑い声をもらす。
「ははー…大正解」
「それでだが……」
「一緒に来ても構わんぞ。シンメイ、お前もな」
『!!』
見透かされたように言い放たれた言葉に、二人は不意を撃たれたように驚く。
シンメイは自分を案じて、ヴァイロンは紫苑を案じて、ゼロボロスに同行しようという様子が手に取るように解っていた。
その気持ちをありがたく受け取った彼は言う。
「ハハハ! おら、さっさと行くぞ。アイツが待っているんだからな」
二人の様子にけらけらと笑い、庭園から去っていく。そして置いてけぼりを食らった二人は慌てて彼の後追いかける。
彼女らの足音を耳に澄ましながらゼロボロスは小さく、か細く息を零す中で呟く。
「……さあて、どうなるのやら」