CROSS CAPTURE103 「翼(ツバサ)」
真上には穴の開いた天井。正面は通路を塞ぐ瓦礫。
その前に立ったルキルは、キーブレードを掲げる。
「マグネガ!」
磁力の塊を出すと、瓦礫が引き寄せられるように動き出す。
ある程度瓦礫をどかすと、道が出来た事で数名の使用人がこちらに歩いてきた。手には回復薬の入った籠を持参している。
「ありがとうございます。道が塞がれて困っていたんです」
「これで避難所に薬を届けられます」
「ここは俺達に任せて、早く安全な場所に」
「はい」
リクが言うと、使用人達はそそくさとその場を後にする。
それを見送ると、カイリはルキルの持つキーブレードを見た。
「ルキルが魔法を使えるようになって良かった。私達じゃどうしようもなかったよ」
「ふん」
カイリから顔を逸らすが、少しだけ顔が赤くなっている。どうやら照れているようだ。
「それにしても、酷い有様――」
「あなた達、無事!?」
ついオパールが愚痴っていると、後ろから誰かが降り立つ。
そこにはクェーサー、アトスの姉妹。更にアルビノーレがアルカナを支えて降り立った。
「すまないな…相手の思惑に気づかず戦ってしまった」
「どういう事だ?」
アルカナの訳ありな謝罪に、リクが反応する。
「ああ。相手は俺達と戦う振りをして、下の階層を邪魔建てをする計画だったようだ。その事に気づいた時に、相手は突然撤退した。だが、迷惑をかけた事には変わりない」
「…突然撤退した?」
「皆さん!」
アルビノーレとオパールが話をしていると、今度は中庭で戦っていたイオン達がやってきた。
「イオン、ペルセ、ラクラとフェンデル! そっちは終わったの!?」
「ええ。こっちの戦いが終わったから手伝いに来たの。あら、やっと目が覚めた?」
「…っ…!」
事情を知っていたオパールに答えつつ、目覚めたルキルにフェンデルが声を掛ける。
その時、小さな影がイオンの後ろに隠れる。完全に隠れてないが、やけに小さな身長で長い銀髪をしている。
「えーと、その子は?」
「なんか、見覚えのある服着てるような…?」
「…どうする?」
隠れる子供の姿にカイリとオパールが感想を漏らすと、ペルセが屈んで目線を合わせ後ろに隠れているその子に聞く。
子供は隠れたまま二人にしか聞こえない声でボソボソと答える。すると、イオンは子供を後ろに隠した状態で紹介した。
「えーと、この子はシャオです。詳細は省きますが、女の子になりまして…」
「「「はあああああ(ええええええ)っ!!?」」」
「まあ、驚くよな…」
驚くリク達三人にラクラも乾いた笑みを浮かべていると、アルカナの持つ通信用の栞が点滅した。
「おや、通信が…」
家族に拒絶された悲しみの中、闇へと身を沈める。
やがて見えてきたのは、闇の世界へと続く道。ここを戻れば、暮らしていたあの場所に帰れる。
だけど――進んだら、もう二度と戻れない。
彼がいるであろう、この光の世界に。
(君も黙って行くの?)
帰路を前にして立ち止まっていると、背後から声がして振り返る。
そこには、金髪に緑目の金の刺繍が入った白ローブの青年が冷めた目でこちらを見ていた。
(あなたは…!)
(久々にこっちに戻って来たら、色んな人がいなくなったって事で手分けして探してたんだけど…まさかこんな場面に立ち会うなんて思ってなかったよ。スーちゃん?)
咎めるような視線を浴びせられ、耐えられず目を逸らしてしまう。
(…お願い。行かせて)
(君の立場分かってる? それに、待つって決めたんじゃなかったの?)
(私は…)
(俺だって、会いたいよ。帰って来て欲しいって願ってる…俺の、たった一人の親友なんだ)
遠い目をして腕を組み、彼はそう呟く。
関係性は違えど、会いたいと思う気持ちは自分と一緒だ。だが、一途な感情だけで動けるほど彼も私も子供じゃない。
(だけど、もう俺は離れられない。頭首として【組織】を纏めるスーちゃんもそれは同じだろ)
彼の言う通り、離れる事なんて出来ない立場なのは重々承知だ。
それでも、この願いを叶えたい。
どんなに儚くても、途方もない道だとしても。
親しい者を敵に回してでも。
(ごめんなさい。待ってるだけなの、もう疲れたから。だから、彼を――クウを探しにいく)
(決意は固いんだね…)
心底呆れて、思いっきり溜息を吐く。
そんな彼の様子に、無言で手に力を込める。何時でも戦えるように。
闘志を宿して警戒している中、彼は目を伏せると大きく頷いた。
(分かった――じゃあ、俺からスーちゃんにプレゼントあげる♪)
戦闘になると思っていたが、彼はとびっきりの笑顔で作った。
これに気が抜けている隙に、彼はローブの中から一本のナイフを取り出して手渡してきた。
(これは!)
(ちょっとしたお守り。このナイフには俺の力が込められるから、いざって時に使って)
(そんな…! だって、あなたの力は…!)
(うん。世界の欠けた心同士が寄せ集まった力。本場ではないけど、紛れも無く世界の心の――キングダムハーツの力。俺をこうして生かしてくれている力だ)
そして、彼は笑顔のまま親指を立てる。
(大丈夫! こんな力でも…きっと、スーちゃんを助けてくれるよ!)
私は助からなくても、クウさえ助かるのなら彼だって喜ぶ筈。
だから、残酷な形だけどクウの手を離す為に貰ったナイフで刺した。
なのに。
「…なん、で…?」
何も、変わらない。
掴む手を刺されても、血を流しても尚、クウは頑なに手を離そうとしなかった。
「どうして…手を放そうとしないの…!」
刺した傷からクウの血が流れ、自分の腕を伝う。
呆然とするスピカに、クウは痛みを堪えながら答える。
「言った、だろ…!? 絶対に放さないってさ…!!」
「バカ…今の、状況分かってる…!? 翼だって使えないのに…!!」
「お前が消えて、俺が助かる…――そんな世界…誰も、望まねぇよ…!!」
「え…?」
「例え、それで助かっても…絶対、俺は後悔する…だから…この手を、放したくないんだ…!!」
シャオの記憶で見た、スピカを殺した体験。大切な存在であるスピカを消された、エンの気持ち。その二つを知った今、彼女を手放すなんて出来ない。
スピカを失うのが決められた運命だと言うのなら――その運命に、最後まで抗ってみせる。
「ここから落ちたとしても……俺は、お前を放さない…!! 必ず、この世界に繋ぎ止める…!! もう、決めたんだ…!!」
「っ、クウ…!!」
ひたすらに真っ直ぐなクウの想いに、スピカは涙を浮かべる。
だが、限界は来る。
クウの握っていた壁の出っ張り。その部分に罅が入り、崩れてしまった。
「ナっ――!?」
「きゃあああああああああっ!!?」
空中に投げ出された二人に誰かが声を掛けるが、もう届かない。
加速をつけながら地上へと落下する中、クウはずっと握っていたスピカの手を引き寄せて抱きしめた。
「掴まってろ、スピカァ!!!」
「でも…っ!?」
「――大丈夫だ」
不安で狼狽えるスピカに対し、クウは自信ありげに囁く。
「俺の翼は、もう一つじゃない」
そして、クウは下に目を向ける。その先にいるのは、ライダーに変形させたキーブレードでこちらに飛んで来る二人の姿だった。
「「二人とも、捕まれ(捕まって)っ!!!」」
「テラ、アクア!!」
二人が伸ばす手に、クウも同じように手を伸ばす。
やがて距離が近づいてクウの手がテラの手を掴む。が、掴んだ瞬間ナイフで刺された部分に激痛が襲った。
「…っ、アクアァ!!」
「「きゃあ!?」」
手放す前に、クウは抱えていたスピカを近くにいるアクアへと投げ飛ばす。
とっさにアクアがスピカを受け止めたが、テラの手を掴めなかったクウはそのまま落下を続けた。
「「クウ!?」」
(もう両手は限界で掴めない…!! せめて翼を使って、どうにか衝撃を――!!)
テラもアクアも追いつこうとするが、どうあがいても距離が縮まらない。
遠かった筈の城壁がとうとう見える距離に達する。僅かでも生き残る可能性に賭け、クウが翼を展開した時だ。
「浮け!! レビデト!!」
魔法のきらめきと共にクウの身体が突如軽くなり、落下速度も一気に減速した。
「なっ…!?」
何が起こったか分からず、クウの頭は混乱する。だが、翼を使い空中で体制を立て直すと、そのまま滑り込む様に中庭へと降り立って尻餅をついた。
「はぁ、はぁ…!」
「無事か?」
「お前…――ルキル、か…?」
最初に傍に来て声を掛けたのは、クウとは初めて話をするルキルだった。
キーブレードで魔法をかけてくれたであろうルキルは、鼻を鳴らして顔を背ける。
「あんたがいなくなったら、先生が悲しむからな。そして、スピカさんも…」
「クウ!?」
噂をすると同時に、アクアと一緒に降り立つスピカ。
乗り物から降りるなり、スピカは駆け寄って座り込んでいるクウを抱きしめた。
「スピカ…」
「バカ…本当にバカっ!! バカバカバカァ!!」
泣きながら何度も拳でクウの胸を叩く。冷静で知的で大人だった彼女の姿はどこにもない。
「あんな怪我して、いっつも無茶して、自分を蔑ろにして、他人の事ばっかりで…本当に、バカなんだから…!!」
「…悪い」
「いや、許さない…!!」
「こうして助かっただろ? 許してくれないか、お姫様?」
「茶化さないで…!! 私が姫なら、ちゃんと助けなさい…!! 王子も、勇者も、騎士だって、こんな風に悲しませたりしないんだから…!!」
「あぁ、次はそうする…――だから機嫌直してくれ」
そうやって宥めていると、ようやくスピカは胸に埋めていた顔を離す。
彼女の顔は涙で濡れていたが、心からの笑顔を浮かべていた。
「本当に、無事で良かった…クウ」
「スピカ…」
「クウっ!!」
ようやく見れた笑顔に釣られて笑っていると、転送の魔法を使って塔に残っていたウィド達が現れた。
「ウィド…のごぉ!?」
クウが振り返った瞬間、分厚い本が顔面に直撃した。
「この馬鹿がぁ!!! あなたはどれだけ人を心配させれば気が済むんですかっ!!?」
「いっつ…!? お前、本気で…!!」
「当然ですっ!! 普通なら絶対助からない事も、あなたは平気で行って…本当に、心配したんですから…!!」
姉より激しい方法だが、ウィドなりにクウを心配してくれたのが分かる。
やっぱり姉弟だなとクウが結論づけていると、スピカがふらついた。
「うっ…!」
「姉さんっ!?」
「スピカ!?」
倒れようとするスピカを、とっさにクウが支える。
ウィドも駆け寄ってスピカの元に座り込んでいると、神月とシェルリアが症状を教えてくれた。
「安心しろ。恐らく、Sin化が解けた反動だろう」
「少し休ませれば、元気になるわ」
「そうですか…良かった」
二人の診断にウィドが安堵していると、頭に手が置かれる。見ると、クウに支えられながらスピカが手を乗せて微笑んでいた。
「ウィド…大きくなったわね」
「姉さん…!」
元恋人だけでなく、弟とも逢瀬するスピカにウィドは喜びの涙を浮かべる。
それを見たクウは、ウィドにスピカを預ける。そうして立ち上がると、姉を抱えたままウィドが呟いた。
「姉さんを助けてくれて、ありがとう…」
この呟きに、クウは無言で左手を振ってその場を離れる。後は好きにしろと言わんばかりに。
「さてと…スピカはウィドに任せるとして」
姉弟の再会を邪魔しないよう移動すると、クウはある方向に目を向ける。
「し、師匠…」
この場に駆けつけたカイリ達。その中で一番体格が大きく見知った存在であるリクの後ろに、少女となったシャオが隠れていた。
クウは呆れたように肩を竦めると、シャオ――否、少女の元へ近づく。
「あ、あの…えっと、ボク…その――!!」
「ったく、何恥ずかしがってんだよ?」
「で、でも、ボク…」
意を決してリクの後ろから離れた少女の頭に、クウは優しく手を乗せる。
そして約束通り、本当の姿に戻った彼女の名前を言った。
「――これからよろしくな、『ツバサ』」
「しっ…師匠ぉ…!」
クウの言葉に、少女――ツバサはポロポロと涙を零した。
「お前な、何時からそんな泣き虫になったんだ?」
「だって…だってぇ…!」
「自分で決めたんだろ? だったら自信持って、胸を張ればいいさ」
「ししょう…!」
涙を拭きながら、ツバサは笑顔を見せるクウを見上げる。
瞬間、クウの身体に金と銀の鎖が絡みつくように拘束した。
その前に立ったルキルは、キーブレードを掲げる。
「マグネガ!」
磁力の塊を出すと、瓦礫が引き寄せられるように動き出す。
ある程度瓦礫をどかすと、道が出来た事で数名の使用人がこちらに歩いてきた。手には回復薬の入った籠を持参している。
「ありがとうございます。道が塞がれて困っていたんです」
「これで避難所に薬を届けられます」
「ここは俺達に任せて、早く安全な場所に」
「はい」
リクが言うと、使用人達はそそくさとその場を後にする。
それを見送ると、カイリはルキルの持つキーブレードを見た。
「ルキルが魔法を使えるようになって良かった。私達じゃどうしようもなかったよ」
「ふん」
カイリから顔を逸らすが、少しだけ顔が赤くなっている。どうやら照れているようだ。
「それにしても、酷い有様――」
「あなた達、無事!?」
ついオパールが愚痴っていると、後ろから誰かが降り立つ。
そこにはクェーサー、アトスの姉妹。更にアルビノーレがアルカナを支えて降り立った。
「すまないな…相手の思惑に気づかず戦ってしまった」
「どういう事だ?」
アルカナの訳ありな謝罪に、リクが反応する。
「ああ。相手は俺達と戦う振りをして、下の階層を邪魔建てをする計画だったようだ。その事に気づいた時に、相手は突然撤退した。だが、迷惑をかけた事には変わりない」
「…突然撤退した?」
「皆さん!」
アルビノーレとオパールが話をしていると、今度は中庭で戦っていたイオン達がやってきた。
「イオン、ペルセ、ラクラとフェンデル! そっちは終わったの!?」
「ええ。こっちの戦いが終わったから手伝いに来たの。あら、やっと目が覚めた?」
「…っ…!」
事情を知っていたオパールに答えつつ、目覚めたルキルにフェンデルが声を掛ける。
その時、小さな影がイオンの後ろに隠れる。完全に隠れてないが、やけに小さな身長で長い銀髪をしている。
「えーと、その子は?」
「なんか、見覚えのある服着てるような…?」
「…どうする?」
隠れる子供の姿にカイリとオパールが感想を漏らすと、ペルセが屈んで目線を合わせ後ろに隠れているその子に聞く。
子供は隠れたまま二人にしか聞こえない声でボソボソと答える。すると、イオンは子供を後ろに隠した状態で紹介した。
「えーと、この子はシャオです。詳細は省きますが、女の子になりまして…」
「「「はあああああ(ええええええ)っ!!?」」」
「まあ、驚くよな…」
驚くリク達三人にラクラも乾いた笑みを浮かべていると、アルカナの持つ通信用の栞が点滅した。
「おや、通信が…」
家族に拒絶された悲しみの中、闇へと身を沈める。
やがて見えてきたのは、闇の世界へと続く道。ここを戻れば、暮らしていたあの場所に帰れる。
だけど――進んだら、もう二度と戻れない。
彼がいるであろう、この光の世界に。
(君も黙って行くの?)
帰路を前にして立ち止まっていると、背後から声がして振り返る。
そこには、金髪に緑目の金の刺繍が入った白ローブの青年が冷めた目でこちらを見ていた。
(あなたは…!)
(久々にこっちに戻って来たら、色んな人がいなくなったって事で手分けして探してたんだけど…まさかこんな場面に立ち会うなんて思ってなかったよ。スーちゃん?)
咎めるような視線を浴びせられ、耐えられず目を逸らしてしまう。
(…お願い。行かせて)
(君の立場分かってる? それに、待つって決めたんじゃなかったの?)
(私は…)
(俺だって、会いたいよ。帰って来て欲しいって願ってる…俺の、たった一人の親友なんだ)
遠い目をして腕を組み、彼はそう呟く。
関係性は違えど、会いたいと思う気持ちは自分と一緒だ。だが、一途な感情だけで動けるほど彼も私も子供じゃない。
(だけど、もう俺は離れられない。頭首として【組織】を纏めるスーちゃんもそれは同じだろ)
彼の言う通り、離れる事なんて出来ない立場なのは重々承知だ。
それでも、この願いを叶えたい。
どんなに儚くても、途方もない道だとしても。
親しい者を敵に回してでも。
(ごめんなさい。待ってるだけなの、もう疲れたから。だから、彼を――クウを探しにいく)
(決意は固いんだね…)
心底呆れて、思いっきり溜息を吐く。
そんな彼の様子に、無言で手に力を込める。何時でも戦えるように。
闘志を宿して警戒している中、彼は目を伏せると大きく頷いた。
(分かった――じゃあ、俺からスーちゃんにプレゼントあげる♪)
戦闘になると思っていたが、彼はとびっきりの笑顔で作った。
これに気が抜けている隙に、彼はローブの中から一本のナイフを取り出して手渡してきた。
(これは!)
(ちょっとしたお守り。このナイフには俺の力が込められるから、いざって時に使って)
(そんな…! だって、あなたの力は…!)
(うん。世界の欠けた心同士が寄せ集まった力。本場ではないけど、紛れも無く世界の心の――キングダムハーツの力。俺をこうして生かしてくれている力だ)
そして、彼は笑顔のまま親指を立てる。
(大丈夫! こんな力でも…きっと、スーちゃんを助けてくれるよ!)
私は助からなくても、クウさえ助かるのなら彼だって喜ぶ筈。
だから、残酷な形だけどクウの手を離す為に貰ったナイフで刺した。
なのに。
「…なん、で…?」
何も、変わらない。
掴む手を刺されても、血を流しても尚、クウは頑なに手を離そうとしなかった。
「どうして…手を放そうとしないの…!」
刺した傷からクウの血が流れ、自分の腕を伝う。
呆然とするスピカに、クウは痛みを堪えながら答える。
「言った、だろ…!? 絶対に放さないってさ…!!」
「バカ…今の、状況分かってる…!? 翼だって使えないのに…!!」
「お前が消えて、俺が助かる…――そんな世界…誰も、望まねぇよ…!!」
「え…?」
「例え、それで助かっても…絶対、俺は後悔する…だから…この手を、放したくないんだ…!!」
シャオの記憶で見た、スピカを殺した体験。大切な存在であるスピカを消された、エンの気持ち。その二つを知った今、彼女を手放すなんて出来ない。
スピカを失うのが決められた運命だと言うのなら――その運命に、最後まで抗ってみせる。
「ここから落ちたとしても……俺は、お前を放さない…!! 必ず、この世界に繋ぎ止める…!! もう、決めたんだ…!!」
「っ、クウ…!!」
ひたすらに真っ直ぐなクウの想いに、スピカは涙を浮かべる。
だが、限界は来る。
クウの握っていた壁の出っ張り。その部分に罅が入り、崩れてしまった。
「ナっ――!?」
「きゃあああああああああっ!!?」
空中に投げ出された二人に誰かが声を掛けるが、もう届かない。
加速をつけながら地上へと落下する中、クウはずっと握っていたスピカの手を引き寄せて抱きしめた。
「掴まってろ、スピカァ!!!」
「でも…っ!?」
「――大丈夫だ」
不安で狼狽えるスピカに対し、クウは自信ありげに囁く。
「俺の翼は、もう一つじゃない」
そして、クウは下に目を向ける。その先にいるのは、ライダーに変形させたキーブレードでこちらに飛んで来る二人の姿だった。
「「二人とも、捕まれ(捕まって)っ!!!」」
「テラ、アクア!!」
二人が伸ばす手に、クウも同じように手を伸ばす。
やがて距離が近づいてクウの手がテラの手を掴む。が、掴んだ瞬間ナイフで刺された部分に激痛が襲った。
「…っ、アクアァ!!」
「「きゃあ!?」」
手放す前に、クウは抱えていたスピカを近くにいるアクアへと投げ飛ばす。
とっさにアクアがスピカを受け止めたが、テラの手を掴めなかったクウはそのまま落下を続けた。
「「クウ!?」」
(もう両手は限界で掴めない…!! せめて翼を使って、どうにか衝撃を――!!)
テラもアクアも追いつこうとするが、どうあがいても距離が縮まらない。
遠かった筈の城壁がとうとう見える距離に達する。僅かでも生き残る可能性に賭け、クウが翼を展開した時だ。
「浮け!! レビデト!!」
魔法のきらめきと共にクウの身体が突如軽くなり、落下速度も一気に減速した。
「なっ…!?」
何が起こったか分からず、クウの頭は混乱する。だが、翼を使い空中で体制を立て直すと、そのまま滑り込む様に中庭へと降り立って尻餅をついた。
「はぁ、はぁ…!」
「無事か?」
「お前…――ルキル、か…?」
最初に傍に来て声を掛けたのは、クウとは初めて話をするルキルだった。
キーブレードで魔法をかけてくれたであろうルキルは、鼻を鳴らして顔を背ける。
「あんたがいなくなったら、先生が悲しむからな。そして、スピカさんも…」
「クウ!?」
噂をすると同時に、アクアと一緒に降り立つスピカ。
乗り物から降りるなり、スピカは駆け寄って座り込んでいるクウを抱きしめた。
「スピカ…」
「バカ…本当にバカっ!! バカバカバカァ!!」
泣きながら何度も拳でクウの胸を叩く。冷静で知的で大人だった彼女の姿はどこにもない。
「あんな怪我して、いっつも無茶して、自分を蔑ろにして、他人の事ばっかりで…本当に、バカなんだから…!!」
「…悪い」
「いや、許さない…!!」
「こうして助かっただろ? 許してくれないか、お姫様?」
「茶化さないで…!! 私が姫なら、ちゃんと助けなさい…!! 王子も、勇者も、騎士だって、こんな風に悲しませたりしないんだから…!!」
「あぁ、次はそうする…――だから機嫌直してくれ」
そうやって宥めていると、ようやくスピカは胸に埋めていた顔を離す。
彼女の顔は涙で濡れていたが、心からの笑顔を浮かべていた。
「本当に、無事で良かった…クウ」
「スピカ…」
「クウっ!!」
ようやく見れた笑顔に釣られて笑っていると、転送の魔法を使って塔に残っていたウィド達が現れた。
「ウィド…のごぉ!?」
クウが振り返った瞬間、分厚い本が顔面に直撃した。
「この馬鹿がぁ!!! あなたはどれだけ人を心配させれば気が済むんですかっ!!?」
「いっつ…!? お前、本気で…!!」
「当然ですっ!! 普通なら絶対助からない事も、あなたは平気で行って…本当に、心配したんですから…!!」
姉より激しい方法だが、ウィドなりにクウを心配してくれたのが分かる。
やっぱり姉弟だなとクウが結論づけていると、スピカがふらついた。
「うっ…!」
「姉さんっ!?」
「スピカ!?」
倒れようとするスピカを、とっさにクウが支える。
ウィドも駆け寄ってスピカの元に座り込んでいると、神月とシェルリアが症状を教えてくれた。
「安心しろ。恐らく、Sin化が解けた反動だろう」
「少し休ませれば、元気になるわ」
「そうですか…良かった」
二人の診断にウィドが安堵していると、頭に手が置かれる。見ると、クウに支えられながらスピカが手を乗せて微笑んでいた。
「ウィド…大きくなったわね」
「姉さん…!」
元恋人だけでなく、弟とも逢瀬するスピカにウィドは喜びの涙を浮かべる。
それを見たクウは、ウィドにスピカを預ける。そうして立ち上がると、姉を抱えたままウィドが呟いた。
「姉さんを助けてくれて、ありがとう…」
この呟きに、クウは無言で左手を振ってその場を離れる。後は好きにしろと言わんばかりに。
「さてと…スピカはウィドに任せるとして」
姉弟の再会を邪魔しないよう移動すると、クウはある方向に目を向ける。
「し、師匠…」
この場に駆けつけたカイリ達。その中で一番体格が大きく見知った存在であるリクの後ろに、少女となったシャオが隠れていた。
クウは呆れたように肩を竦めると、シャオ――否、少女の元へ近づく。
「あ、あの…えっと、ボク…その――!!」
「ったく、何恥ずかしがってんだよ?」
「で、でも、ボク…」
意を決してリクの後ろから離れた少女の頭に、クウは優しく手を乗せる。
そして約束通り、本当の姿に戻った彼女の名前を言った。
「――これからよろしくな、『ツバサ』」
「しっ…師匠ぉ…!」
クウの言葉に、少女――ツバサはポロポロと涙を零した。
「お前な、何時からそんな泣き虫になったんだ?」
「だって…だってぇ…!」
「自分で決めたんだろ? だったら自信持って、胸を張ればいいさ」
「ししょう…!」
涙を拭きながら、ツバサは笑顔を見せるクウを見上げる。
瞬間、クウの身体に金と銀の鎖が絡みつくように拘束した。