CROSS CAPTURE70 「素材探索」
3日目の朝。ビフロンスの城で、眠っている者ら以外の皆は朝食を広間で食事をしていた。
しかし、それまでの賑やかな様子はなりを潜め、静かになっていた。
「――随分と静かだな」
同じく朝食をしていた影のある風貌に、右腕に銀色の鎖を巻きつけた男性――ベルモンドが共に食事をしていた人物に話し掛ける。
「色々と事件が起きたみたいで、何人かは眠りについているそうですよ」
共に食事をしている人物――白衣に赤い衣装を着た青年レギオンが応じた。
その隣で、彼の親友である深い紺色の髪をした青年サーヴァンもその話に付け加わる。
「皆、心配なんだろうな。だから、いつもの賑やかさがねえのさ」
「そうか…」
そうつぶやきながら、彼は食事をとる。レギオンらもそれに倣って食事を再開した。
そして、食事を終えたベルモンドらはやって来たアトスに話しかけられる。
「ねえ、あなた達。暇なら手伝ってほしい事が在るのだけれど」
「?」
アトスを含めた、ベルモンドらはカルマの呪縛下にあった経緯から神無たちに無理に協力する事は無いと言われていた。
これは戦力外通告ではなく、戦力として数えてはいけないと彼らを想っての配慮だった。
あくまでも無関係な者たち、という扱いであった。それでも協力してくれるのなら僥倖と。
「暇はしている。何かあるのか?」
ベルモンドは応じ、アトスは付いてくるようにと言って案内をした。
一同が入った部屋はアイネアスの執務室だ。
部屋には他にも自分らと同じカルマの呪縛下にあった者らと半神たち、テラたちも客用のソファーや壁に凭れてたりしている。
多くの面子を尻目に、レギオンは執務室に座っているアイネアスにたずねた。
「我々に何か、手伝いを任されることでもありますか…?」
「ええ。皆さんを此処に招いたのは他でもない。―――ある素材の回収を協力してもらいたいのです」
「素材?」
アイネアスは頷き、事の経緯を説明した。
先日のクウ、無轟の武器の新調と同じく、ウィドの剣も同じく希望した。
しかし、先の二人のような武器とは異なる武器。『心器』と言う、心剣と近い存在である。
「『長年の時を過ごした朽ちた水晶の剣』、『悠久の霊窟に眠る玉鋼』、『天地蒼穹の水』をそれぞれ必要になるのです」
「そんなものがあるのか? 信じ難いが…」
「問題ない」
素材の名に、疑問を抱くリヒターに、静かにアルカナが応じる。
「一つ目の『長年の時を過ごした朽ちた水晶の剣』は心剣の残骸の事だろう。ただの残骸ではない、剣の形を留めたもの。
それは私が管理している心剣世界に在る。探し出すのに時間が掛かるかもしれんが……。
後の他二つの場所は概ね知っている。キルレストが嘗てそれらを用いて武器の製造をした事が在る」
アルカナはそう言って、キルレストに目線を送って話を託す。
請け負った彼は頷き、口火を切る。
「『悠久の霊窟に眠る玉鋼』、これはカムラン霊窟というある世界に存在する鉱物洞窟だ。
『天地蒼穹の水』、これはツェーラス湖という先の世界と異なる世界に在る湖で、素材はそれぞれそこから回収できる。
回収した素材を、私の力で加工し、それを武器として仕上げる」
「でもさー場所はわかっても、それはアンタの場合だろ。俺らじゃあ、異空の回廊を使ってもわからねえしな」
異を唱えたのは碧髪の青年リュウアだった。普段の陽気さではなく、困ったような顔で物申した。
キルレストはその意見に同意しつつも、適切に応じた。
「無論、それぞれの採取場所の世界への道しるべ(ビーコン)は用意している。
異空の回廊を使えば、迷う事無く目的地へ辿りつくことは出来る」
「それらの素材はすぐに見つかるのでしょうか…? 私たちではどれが『適した素材』なのか、解らないわ」
続けての問いかけは、リュウアの妹であるリュウカ。不安な声色と表情で、キルレストらに尋ねた。
「それに関しては今から話します」
キルレストが目くばせし、代わって応じたのはアイネアスであった。
重要な話の本題の一つともあって、場の空気は澄みきり、厳かであった。
「――今回、大きく3つのチームでそれぞれの素材を回収してもらいたいのです。
1つ目はアルカナと共に心剣世界へ、2つ目はキルレストと共に霊窟の世界へ、3つ目はイリシアと共に湖のある世界へ。
これらの回収するチームに、それぞれの素材に詳しい者らをリーダーとします」
アルカナは心剣世界を管理している半神、キルレストは素材を居場所も情報も知っている半神、
3人目のイリシアは水を司る半神であり、キルレストの情報を理解し、これに協力に参加した。
既に、1つ目の素材探索チームは決まっている。
アルカナをリーダーとし、他はテラ、アクア、ヴェン、レイア、クェーサー、アトス、半神アルビノーレら、別名チーム『心剣』である。
「私のチーム、彼女のチームに加わりたいものは居るか? 断っても強要はしない」
次に残った2つのチームのメンバー分け、キルレストが淡々と問いかける。イリシアも緊張した様子で頷いた。
「んー。暇していたってのもあるけど、困った奴を見過ごすわけにもいかないし。俺はキルレストのチームでいいぜ。
リュウカはどうする?」
最初に挙手したリュウアは先と変わって陽気に言う。妹へと問いかけ、彼女は少しの思案の末に答えた。
「じゃあ、兄さんと一緒に行くわ。ほかの皆さんはどうするの?」
「そうだな…」
そうして、各々がチーム分けに加わっていき、その末に、メンバーが決定される。
2つ目の素材探索チームはキルレストをリーダーとして、他のメンバーは――、
レギオン、サーヴァン、リュウア、リュウカ、毘羯羅、刃沙羅、アイギス、ヴラド。
3つ目の素材探索チームはイリシアをリーダーとして、他のメンバーは――、
ベルモンド、リヒター、アルマ、セイグリット、プリティマ、ギルティス、ディアウス。
――――となった。
「――では、準備時間は1時間後でお願いします。
城門外の草原でそれぞれのリーダーが待っていますので―――解散」
一人また一人と部屋から出ていこうとしたその時だ。
「ま、待ってください!」
呼び止めるようなか細くも大きな声が一同を引き留める。振り返ったものらの視線の先、声の主はレイアだった。
テラたちも驚きを隠せないようで少し戸惑うように彼女を見ていた。
「どうかしましたか…? レイアさん?」
さすがの予想外の声に、アイネアスも謙虚に尋ねた。
皆の視線に、レイアは顔を真っ赤にしながらも、彼らに深々と礼をして言った。
「手伝ってくれて、ありがとうございます…! 本当に…!」
「――ハハハッ、そんな畏まなくていいさ」
「ええ」
雰囲気を破るように青年リュウアが陽気な笑顔で、リュウカも微笑んだ。
「その通りだ、レイア! 俺は、カルマへの雪辱を晴らす為に、俺に出来る事に全力を尽す!
我が魂の全力、例え素材探索といえど、手を抜くつもりはないぞ。――必ず回収してみせる! 約束しよう!」
「…そう言うことだ。皆、誰かに助けられ、誰かの助けになりたいのだ。顔を上げて、我々をもう一度見て欲しい」
大声で快活に言うリヒター、厳格ながらも穏やかな声で言うベルモンドに、レイアは顔を上げて、一同を見る。
皆、言うまでもなく頼もしさと優しさで満ちた表情や気構えで彼女を安心させた。
「ありがとうなんてのは、やり遂げた後でいいのよ。今はもっと適した言葉で言わなきゃね」
「そう、ね。さ、もう一回」
アトスとアイギスの言葉に、涙を溢れながらも、しっかりと頷き返し、
「―――よろしく、お願いします…! 頼みます!」
「俺たちからも、お願いします!」
そうしてレイアと並ぶようにテラたちも立ち上がり、一緒に言うや、一礼する。
「フフ。期待に応えないといけないですね」
「無論だな」
「じゃあ、また後でね」
レギオン、サーヴァンが互いに言い、クェーサーが一先ずの締めを括った。
そして、再び彼らは部屋を出ていき、各々の準備に取り掛かっていった。
「レイア、ほら目が真っ赤よ」
カイリがハンカチで彼女の涙を優しく拭い、彼女に手渡す。レイアは頷いて、自分で涙をぬぐい切る。
一息ついてから、彼女らも準備を整えるべく、部屋を出て行った。
残っている者はアイネアスとアルカナ、キルレスト、イリシア、アルビノーレ、セイグリットといった半神たちであった。
「皆さんの協力が仰げて……よかった」
安堵の息を零したイリシアは嬉しそうに言う。他の半神たちも同様に頷き、
「だが、これほどの人員を動員する必要はないのではないか?」
アルビノーレは怪訝そうにアルカナやアイネアスを見やる。
その疑問に、アルカナがゆっくりと口を開いた。
「……懸念がある、程度ではある。それに世界には我々の想像を超えた慮外の存在は居るもの。
――だが、敵の情報をある程度知った時、『この敵らは各々の独断で動く可能性』が高いと思ったのだ」
「つまり……敵が襲ってくる可能性があるってことかい?」
「無いわけは無いだろう。敵には諜報能力に優れたものもいると聞いている。―――恐らくこの会話も見透かされているかもしれんな」
アルカナの言葉に、一同の空気が重く凍てつく。
「だが、それでも実行しなくてはならない。だからこそ、編成の協力を頼んだのだ」
沈みかけた空気を自らの言葉で破り、アルカナは厳格に断じた。
もちろん、その覚悟をこの場にいる半神たちは備えている。故に、これ以上の戸惑いを胸の内に仕舞い、各々の使命を果たすことに専念する。
「じゃあ…私も準備してくるね…」
「そうでしたね―――では、頑張ってください」
アイネアスはそう締めくくり、彼以外の半神たちも部屋を出ていき、それぞれの準備に取り掛かっていった。
集合時間が一先ずの余裕がある中で、3チームの面々がある程度集結していた。
とりあえず彼らは各々のチームで雑談などで時間をつぶしているのであった。
「にしても、ベルモンドさんはどうしてこちらで?」
3つ目の素材回収チーム―――『水』の面々の中、プリティマがベルモンドへ尋ねる。
問われた彼は厳格な顔に少し不思議そうに返す。
「何か問題か…? ――そうだな、洞窟よりも湖の方が見ていて気分がいいと思ってな」
「アハハハ! そりゃあ見栄えはいいかもねえ!」
愉快そうにセイグリットは大きく笑う。それにつられるように他のものらも表情を綻んで話す。
「呆れた理由だが、もしも敵に襲われたことを考慮すれば、戦闘が強いベルモンドが居たら頼もしい筈だ」
「いや、みんな相応の実力者だろう。なあ、アルマ」
「――あっ、は! はい!」
彼の背後に聳えるような鎧、その中に居る少女アルマへと話しかける。
人との交流は苦手らしい彼女は心剣ならぬ鎧を身に纏い、本体を包んでいる。
まだまだ慣れない会話だが、ベルモンドらはあえて積極的に会話に参加させていた。
「ぼーっとしちゃあダメよ? アルマちゃん」
「そうだな。素材の回収が主とはいえ、外界には何が在るかわからん。集中力は途切れてはいけないな」
「が、頑張り…ます!」
ビシっと彼女は敬礼の姿勢を取り、それに笑顔でプリティマとディアウスの夫婦は笑いあった。
「にしても、此処まで俺らを総動員させていいのか?」
一方の探索チーム『玉鋼』の面々である彼らも集い始め、キルレストへと刃沙羅は問いかける。
彼の質問に、一度頷いてから、
「確かに。しかし、カルマの件も含めて、少ない人数で行動するよりは多い事に限る」
「これだけの数を揃えたのなら問題はその危険性の方に対すればいい、だろう?」
毘羯羅の言葉に、キルレストは再び頷き返す。刃沙羅もやれやれと肩を竦めつつ、集合の時間になることに気づく。
そして、3チーム一同がこの場に集合し、それぞれ出立の準備が執り行われる。
三方向に、異空の回廊が現れ、目的地の世界へと通じている。
「――では、皆さん。気を付けていってきてください」
彼らを見送るのは、アイネアスだけだったが、赴く彼らは気にもしていない。
自分たちが為せる事を為す。その為の助力は惜しまなかったし、力になりたいと思っているからだ。
そうして、彼らは意を決して、異空の回廊へと入っていった。
■作者メッセージ
3日目で、こちらは素材編というか大きく3つの素材探索のストーリーを展開していきます。
心剣編、水編、玉鋼編ってかんじで。
心剣編、水編、玉鋼編ってかんじで。