メモリー編27 「愁傷する心」
傷付いた体に回復魔法をかけ、薬を使う事数分。懇親的に続けた二人の治療のおかげで深かった傷跡も大分塞ぐ事が出来た。
先程まで苦しそうだったリュウドラゴンの声も今では穏やかになり、リクはようやく回復の手を止めてキーブレードを仕舞う。
「どうにか治癒出来たな…すまなかった、お前を傷付けてしまって」
そう謝ると、リュウドラゴンの頭を優しく撫でるリク。
どうにか峠を越えてオパールもアイテムを入れていたポーチの口を閉じる。それから後ろを振り返ると、奥の方でウィドが尚も背を向けた状態で頭を押えていた。
「ウィド、どうしたのかな?」
「反省してくれるとありがたいんだが…」
少なくともさっきのように襲いかかる気配はなさそうだ。また揉め事にならない事だけにリクは安堵を吐く。
そして今も尚リュウドラゴンを気に掛ける二人に気づかれないよう、右手に軽く目線を向ける。
(あんな状態のウィドと一人で戦ったのか、あいつは…)
こうして治療をした後も、ウィドと戦った時に武器を打ち合った手はまだ軽く痺れている。
結果的には負けていたが、自分達が戻るまでクウは戦っていた。ウィドを抑え込んでくれていた。大切な人が囚われて精神的に辛かったにも関わらず、だ。
あんな成りだが、キーブレード使いとしての強さは確かに持っている。そうリクが痛感していると、徐にシーノが口を開いた。
「ここは僕達に任せて。君達は他の記憶を覗きに行ってよ」
「え?」
考え事をしていたのでとっさにシーノに顔を向けると、彼は微笑して説明する。
「さっき説明しただろ。ルキルを蝕んでいるレプリカは、他の人達の記憶を持って繋がっている事で存在していたって」
「そうか。記憶を見ないと同調を高められないのは、レプリカの特徴に関係あったんだな」
「レプリカの記憶を見る程、あたし達はその記憶を手に入れる。その分存在が露わになっていく…か」
レプリカに関する記憶を持てば繋がりが出来る。繋がりさえ持てばその存在を認識出来るようになる。その事が分かれば、この場所のからくりも自然と解けてしまう。
こうしてリクとオパールが納得を見せると、シーノも更に補足を入れる。
「下手に進めば、実体を持たない敵と相対する事になる。この世界の心臓部にあたる『夢の理』がこちらにあれば大丈夫なんだろうけど、こんな状況じゃ当てには出来ないし」
「とにかくいろんな記憶を見回ってくればいいんだろ。行くぞ、オパール」
「うん。シーノ、リュウドラゴンの事お願い」
未だに蹲っているリュウドラゴンをシーノに任せ、二人は立ち上がる。
すると、ハナダニャンが前に躍り出て自分達を見上げながら尻尾を振りだした。
「キューン」
甲高く一声鳴くと先に行ってしまい、けれど途中で立ち止まってこちらを振り返る。さっきのリュウドラゴンのように誘って来るその仕草に、二人に笑みが零れた。
「どうやら、代わりに案内してくれるようだな」
「手間省けるわね」
ハナダニャンにしてみれば真剣に誘っているのだろうが、容姿が容姿だけにこちらの目からは可愛らしく映ってしまう。
さっきまで張り詰めていた空気が朗らかになるのを感じながら、二人はその場を離れて行った。
「さて…」
シーノは二人と一匹が完全にいなくなるのを確認すると、リュウドラゴンに目を向ける。
その目には、疑心が宿っていた。
ハナダニャンに案内され、二人は白く無機質な城の中を歩く。あちらこちらに歪みはあるが、ハナダニャンは立ち止まらずに奥へと進む。
やがて目当ての物を見つけたのか突然走り出す。後を追いかけると、隅の方にある歪みの前で立ち止まりキュンキュンと鳴いて中に入るように催促する。
リクとオパールはその場にハナダニャンを残してすぐに足を踏み入れる。そうして二人が歪みの中に入ると、そこは夕日に照らされた屋敷の前――リクとルキルが戦ったあの場所だった。
「嫌な役目はいつも俺だ…」
「アクセル…」
突然森の入口から闇の回廊を使って現れたアクセル。自傷気味に笑っている彼に、記憶の持ち主は悲しげに呟く。
対するアクセルは、真剣な目になってこちらを真っ直ぐに見つめてきた。
「“―――”、お前はどうする気だ?」
「あたしはあたしが帰るべき場所に帰るだけ」
ハッキリとアクセルへ告げると、彼女の言葉の意味を知っているのか視線を逸らす様に顔を俯かせる。
「俺も最初はそうするのが一番いいんじゃねーかって思った。でも何かもやもやすんだよ、納得できねえ何かがあるんだ」
「でもこれがみんなのためなの」
「勝手なこと言うなよ。どいつもこいつも…」
「これでいいのよ」
今も尚迷っているアクセルに断言する。何を言っても揺るがない声色に、アクセルはもう一度口を開く。
「消されちまうんだぞ?」
確認するように訊いた瞬間、急にアクセルの表情が強張る。
彼女はキーブレードを手にして、目の前にいるアクセルに構えたのだ。
「――手加減はなしだよ、アクセル」
「ふざけんな!」
この拒絶の姿を見て、アクセルの怒りが爆発した。感化するように炎が湧き上がり武器でもあるチャクラムを取り出す。そうして武器を力強く握りしめると切先を向けて睨み付けた。
「てめー、ナメてんじゃねーぞ!! 俺は決めた! お前らが何度逃げようが、俺が何度だって連れて帰ってやる!!」
願いとも言える大喝をぶつけ、こちらに武器を構えるアクセル。
引けないのは彼女も同じなようで、アクセルと対峙するようにこちらもキーブレードを強く握りしめ――記憶は途切れた。
「リア…」
「キューン…」
記憶を見終わり、一人胸を押えるオパール。ハナダニャンが不安そうに鳴き声を上げるが、リクは何の言葉もかけられない。
「あ、ごめん…何か一人だけしんみりしちゃって。ね、次どこに行けばいいの?」
自分が醸し出してしまった嫌な空気に気が付き、気を取り直すようにしゃがみ込んでハナダニャンに目線を合わせる。
そうして浮かべるオパールの笑顔はどうみても作り笑い。明らかに空元気だ。
「オパール」
「あたしは大丈夫。だから案内してくれないかなー?」
「オパール、もういい」
「もういいって何がよ。ルキルの事あるんだし、さっさとあたしらもシーノ達のように」
「無理するな。さっきも言った筈だぞ」
容赦なくリクが心の内を見据えた発言をすると、オパールの作り笑いが消えた。
「…無理はしてない。ただ、苦しいだけ」
小さな声で本音を呟くと、しゃがみながらハナダニャンの頭を撫でる。
しかし心に押し込めた負の感情が撫でている手に現れたのか、嫌そうに顔を振って払い除けオパールから離れてしまった。
ハナダニャンの後ろを見ながら撫でていた手を下ろす。だが、そのまま立ち上がろうとはしなかった。
「あんた達の事情は分かってる。でも、リア達の事情こうして知っちゃったらさ…何か、切ない」
胸に手を当て、ギュっと握りしめる。芽生えてしまった悲しみを押し殺す様に。
「あんたはソラを選んだ。その選択は間違ってはないと思う。でも、リアの行動だって…間違いじゃないと思うんだ。リアだって、大切な人を取り戻したいって思ってあんな行動したんだもん…記憶越しだけど、凄く伝わってきた」
武器を持って叫んだアクセルの表情、声。心が無いなんて信じられなかった。
大切な誰かを救いたい。大切な誰かが消えてしまう。
キーブレードに選ばれた人達、絆を持った人達。誰もが単純じゃない思いで今まで歩んでいた。
そう…自分の知らない所で。
「…あたし、何で…」
「オパール?」
パンッ!
突然、オパールが前触れも無く強く頬を叩く。
不可解な行動にリクが固まっている中、オパールは叩いた両手で頬を押えたまま立ち上がった。
彼女の悲しげだった目は、いつも通りに戻っている。
「――ん、これでよしっ! さ、次行くわよ!」
「あ…え、え?」
「いいから行く!」
「い、いだだっ!? オイどこ引っ張っているんだ!?」
無理やりジャケットの襟首を掴み上げ力強く引っ張るオパールに、痛さのあまり悲鳴を上げるリク。
あまりの変わり身に、ハナダニャンも困惑しつつ再び二人を案内するのだった。
二人がハナダニャンと一緒に向かったのとは別の無機質な通路を、シーノは黙って歩いていた。
これから自分がする事を考えてあの場にウィドを残す事になったが、彼の激しい動揺を考えれば一人にしても問題はないだろう。
ある程度離れると、シーノは足を止め振り返る。
自分の後をついてきたリュウドラゴンに。
「ねえ、リュウドラゴン。君は一体何者?」
何の前触れも無く投げつけた質問に、リュウドラゴンは顔をシーノから逸らす。
相手は答える気はないようだが、その態度でようやくシーノの中で核心が得られた。
「ドリームイーターにしてはおかしいんだ。ここは夢の世界とは言え記憶から作られた場所だ。ここは思い出であって悪夢を見せる事は出来ないし、喰らう事も必要ないから君らは存在する事はない。それに、番人を退けたあの強さ。僕達に掛かっている負荷を軽減させる力。ドリームイーターには持たない力を君は持っている」
ありとあらゆる正論をぶつけ、顔を逸らしたままのリュウドラゴンに追い打ちを掛ける。
「君はドリームイーターじゃない。ドリームイーターの姿を借り、スピリットとなる“誰か”なんだろう?」
そう宣告し、リュウドラゴン――いや、誰かをじっと見つめるシーノ。
ドリームイーターとは、夢の世界に住む存在。眠りに就いて夢を見て、夢の一部となる人もまた、ドリームイーターになる事は可能なのだ。
例え入り込んだ先が他人の夢だとしても。
「君は、誰なんだい?」
疑いを持ってじっと見つめるシーノに、リュウドラゴンは――。