CROSS CAPTURE2 「飛来するもの」
ビフロンスの城下町を中心に例えると北にアイネアスの城、南に森が広がっている。
昼間の陽光が木漏れ日となって森に彩をつけている。
森の奥に隠されたようにある小さな湖が広がっており、そこにその風景を肴に数人の男女がシートを広げて小さなパーティをしていた。
「こういうのは初めて…だな」
そのうちの一人、ハオスがやや照れた様子で呟いた。このパーティの主賓は彼であった。
詰まる所の彼の歓迎会という風変わりなものだった。先の奪還戦、激しい戦闘とは別で死闘を繰り広げ、死した二人――フェイトとカナリア――の融合、変異した存在。
そんな彼を最初は戸惑った仲間であった睦月たちだったが、奪還戦を終え、小さな暇を得た今、ちゃんとしたものを、と睦月らが企画して、開催したのだ。
「なーに、今日はお前のためのパーティだ。緊張しなくていいさ」
朗らかなに笑った睦月がジュースの注いだ紙コップを片手に続けて言った。
「親睦会みたいなものだ。愉しめばいい」
参加したアビス、皐月に加えて、少ない人数で祝うのも寂しいものだとゼロボロス、シンメイ、半神シュテンがやや強引に参加してきたのだ。
しかし、勝手に自前で酒を用意して、お互いに楽しく宴を満喫し始める。
「なあ、ハオス」
「はい、何ですか?」
宴の最中、睦月が声をかけてきた。その表情は真剣みのある引き締めた表情で何か大切な話があるのではないかと、朗らかに笑んで見せたハオスも真面目な姿勢をとる。
「フェイトとカナリアは、俺たちに何か言ってなかったか? 覚えていたら、いいんだけど」
「……いえ」
ハオスの記憶は二人の記憶がごちゃ混ぜに溶け合い、曖昧なものになっている。明確な記憶は睦月、皐月、アビス、永遠城にいるジェミニたちくらいのみで、細かな事は薄れていた。
だが、そんな曖昧な記憶にたった一つ、刻まれた言葉があった。
「『手紙』……」
「手紙?」
「はい。フェイトさんが何かを書いて、それをジェミニ渡した――その一部分しか思い出せないんですが、確かに手紙でした」
「そうか……悪ぃな、ささ呑め呑め」
睦月は短く自身の話題を区切り、ハオスに自身が用意した蜂蜜酒を新しい紙コップに注ぎ、手渡す。
自身は自分の手にある蜂蜜酒入り紙コップを一息に飲みながら、その手紙が何を意味するのか黙して思考を廻る。
既に永遠城は現在、ジェミニの回復や決戦の折には巨大で邪魔になるだけという観点でタルタロスに駐留させている。
アビスが既に永遠城との連絡を繋ぎ、ジェミニとの通信に成功している事を先日知った。
「…うぷ。アビス、ちょっといいか?」
「なに?」
皐月と会話していた彼女は不思議そうに振り向いた。
「後でジェミニに通信したいんだ。話す事ができた」
「ええ、構わないけど……どうかしたの?」
「何も。さ、お前も飲んでみろよ、蜂蜜酒〜。うまいぞ〜」
睦月がけらけらと笑い、アビスは呆れて追求をやめる。そんな二人のやり取りをハオスはじっと見据え、皐月も苦笑いを浮かべながら見ていた。
一方の押しかけ参加した彼らはシュテンが酔いに任せて愉快に踊りや歌を披露して、ゼロボロスとシンメイも酒を片手に静かな会話を交えていた。
「こういうのも悪くないな」
「そうじゃの」
二人して酒を酌み交わす事は竜泉郷でもしていた事であった。今回は押しかけながらも睦月らと交えての多数の宴は始めてであった。
ふと、シンメイは杯に満ちた酒に自身の表情が映るのを見る。どうも何か考え込んでいる様子であると客観し、ゼロボロスを見やる。
その横顔の視線は賑やかに振舞うシュテンたちへ向かれて、小さく朗らかに笑んでいた。
「……のう、ゼロボロス」
「なんだ?」
普段の声音と違った雰囲気に怪訝に振り向く彼にシンメイは言葉を続ける。
「ヴァイロンの事、どうするつもりじゃ」
その問いかけを聞いたゼロボロスは僅かに表情を曇らせ、
「どう、というと」
「今回の事件、偶然にもおぬしにとっては奇異な縁となったじゃろう。
もし……この事件が終わっておぬし等はどうするつもり、ということじゃ」
「ふむ」
手に持つ杯の酒を軽く飲み干し、一つため息を零し、ハッキリとシンメイへ答えた。
「知らんな」
「……やれやれじゃ、心配してやったわらわが馬鹿じゃあないか」
苦笑を浮かべ、自分の杯の酒を飲み込んで、けらけらと笑った。
その様子を見たゼロボロスも笑みをつくり、酒を注ぎ込んで、言う。
「あの時、俺は死ぬ事に躊躇は無かった。攻撃が届く寸前……想っちまった。……『お前を独りにしてしまう』ってな」
「おぬし……」
「そう―――俺は、アンタと生きていきたい。そう、想うようになった。だから、アイツとの決着は知らん。
また挑まれたなら全力で挑んでやろう、何度でもって……駄目か、こんなんじゃ」
「ふ、くく……こんな宴の席で言う言葉か。阿呆」
顔を紅くしながら、シンメイは悪くないといった表情で咎める。ゼロボロスも彼女に視線を逸らして、顔を紅くした。
その二人の様子をシュテンがからかい、一同は愉快に笑いあった。
ビフロンスの心臓ともいえる場所のひとつ、それこそ半神アイネアスとサイキの住まう巨城。
ビフロンスを囲う城壁回廊の中心でも在る。力の循環によりビフロンスは、創造者たる二人の供給を行わなくとも維持されている。
巨城の中に聳える塔の頂、そこから地平地上を見渡すだけの場所に一人の人物が立っていた。
高所から吹く風に長い美麗の黒髪を靡かせた女――セカイから産み落とされ、世界を担う最初の者、イリアドゥスであった。
その蒼い瞳は頂から見渡す限りのものをみつめていた。
『ねえ、昨日も今日もなんで此処に来るのよ?』
内なる少女の声が呆れた様子でイリアドゥスに話かける。声の主、かつてはイリアドゥスの代行体として在ったレプキアである。
現在はイリアドゥスに肉体を返し、模造として造られ、そのまま消え去る筈だったレプキアはその身に宿る形に収まっていた。
そして、奇妙な同居人である彼女の問いかけに平淡と言葉を呟き返す。
「此処からは世界を見渡すことができる。それに」
仰げば蒼天が広がっている。
「私はここからの情景を気に入った」
『……あっそ』
蒼天はイリアドゥスが好きな色と邂逅の折に語っていたのを覚えていた。あの蒼一色の世界の中こそが自分の世界であると。
そうして、彼女は再び見渡す世界へ視線を向けなおそうとすると、頂の入り口から気配を感じ取る。
しかし、警戒する事もない。気配の主を知っている彼女はそのまま風景を見続けた。
「――うー、寒! 塔の上からっていう見心地はいいだろうが寒い!!」
さすがのイリアドゥスも呆れと苦笑の表情を作った。やってきた人物――神無だ。そして、彼はとても興味深い存在だった。
「なんだ、アンタがいたのか。寒くないか、その格好」
白い露出のあるドレスを身に纏う彼女の方が寒そうだが、全く身震い一つもしないで飄々の眼差しで言い返す。
「寒さに身震いしていたと思うか?」
「いいや」
困ったように笑みを浮かべて、神無は頂から見えた景色に声を上げる。
身に感じる寒さを忘れるほどには絶景であった。得心したようにうんうんと頷きながら彼は言う。
「おー、二人の言った通り。いい場所だな」
「サイキとアイネアスか?」
「ああ。かれこれ三日も過ぎたわけだからなー……暇つぶしにこのビフロンスを探検しているんだ」
寒さに震える様子から、無邪気に胸を張る男を見て、心中のレプキアが呆れ紛れに毒づく。
『子供か、このオッサン…』
「ふふ」
双方の意味を込めて、イリアドゥスは小さく微笑を零す。神無はそんな微笑に陽気に笑い返す。
「なんだ、笑えるのか。良かった良かった」
「? 何が良いのか…わからないな」
極めて感情を顕すことが疎いイリアドゥスはやや困惑気味に首を振った。神無は笑みを収め、見つめる先をそのまま景色へ向けなおす。
そうして、しばしの合間、互いに会話もなくじっと風景を見つめ続けた。
「なあ、ちょっといいか?」
先のような陽気な態度から一変、真剣味の増した真面目な態度で神無が彼女へ尋ねた。
イリアドゥスも応じるように彼へ体をむけ、応じる姿勢をとった。
「何か気になることでも?」
「レプセキアでの情報を纏めた後で言うのもあれだが…一つだけ、気になることがある」
「……」
まずは追求を避け、話の続きを促す。神無も一息つくと共に、口火を切る。
「――エンって男について、だ」
「……エン、か」
操られた者達、そして神無の記憶にカルマと一緒に居る白服に素顔を白い布で隠した尋常ならざる強さを秘めた謎めいた人物。
記憶を取り込んだイリアドゥスはすぐ理解し、言葉を返した。
「お前の不安は奴の強さか、そんな所か?」
「それも在る……だが、それ以前に―――なんていうか、アレだな。解ってもらえるか、わからねえが……」
「どんな事でも言って欲しい。言葉とは伝える為に在るものだ」
こんな事を、と彼女へ言うか戸惑っていた神無にイリアドゥスは冷静に諭した。神無は頷き返し、自身が思った推測を説いた。
「……世界広し、強敵は星の数ほどいるから気にしていないが……エンってやつはお前の言う此処とは異なる『セカイ』ってところの人間じゃねえのかってさ」
「なるほど。その可能性は無いわけでは無いわ……エンはカルマの計画に同伴していた事も在る。
カルマのSin化を用いればその力関係はあくまで対等。まあ、エンの記憶を読み取れれば済む話なのだけれども―――」
ふと、イリアドゥスが唐突に空を仰ぐ。それは物々しい雰囲気をかもし出していた。
「―――!!」
「ど、どうしんたんだ?」
「―――何かが、来る」
その一言と共に、流星がビフロンスの森へと流れ落ちた。
そして、同時にイリアドゥスは森の方へ頂から飛び出した。
「お、おい!!」
「お前たちも直ぐに森に行くのだ!!」
言うや彼女は空を突き抜けるように真っ直ぐ飛んでいった。置いてかれた神無も一先ず降りるべく心剣バハムートを手に、黒い翼を顕現、羽ばたかせて飛び降りていった。
一方、空を突き抜けて飛ぶイリアドゥスは凄まじい勢いで森へと向かう。
これほどの意気込みで森へ向かうのはきっと理解しているからだった。流れ落ちた何かは、このセカイのものではない。
カルマでもない。カルマの手の者でもない。きっと異なる者。それを確かめる森の落下地点へ着地した。大加速で向かった為、あっという間の出来事になった。
大きな衝撃を受けたのか、落下地点の周囲の木々がなぎ倒されている。更にはクレーターが生じていた。
「……」
イリアドゥスはゆっくりとクレーターの中心へと足を向ける。中心には光を放つ球体が大きく膨らんでいた。
その中に複数の気配がある。この中に『彼ら』がいるようだった。