CROSS CAPTURE4 「目覚めた思い」
―――魚から鰭がなくなったように
―――鳥から翼がなくなったように
―――私も何かがなくなった…
暗闇から意識が目覚めると、最初に感じたのは固くて冷たい感触だった。
そおっと瞼を開けると、視界に映ったのは石造りの地面。私はそこに倒れていた。
地面に手をつけてゆっくりと上半身を起こす。青の瞳に金色の前髪がかかって視界を塞ぐ。
しかし、邪魔になった髪を払おうとはせずにゆっくりと自分の両手を見つめた。
『わたし…?』
首を傾げていると、不意に記憶が蘇る。
突然現れた黒い生き物。必死に逃げていたが、後ろから『何か』を取られた感覚がして…。
そこから先は覚えていない。覚えているのは、家族や友達に住んでいた場所。過去の事もちゃんと覚えているし、もちろん名前も忘れていない。
なのに、それが《私》とは思えなかった。
『だれ…? わたしは、だれ…?』
記憶にある自分の名前が言えないもどかしさ。
記憶にある自分と同じなのに、何かが違う。
私は、誰なのか。
『誰でもない』
突然聞こえた低い男の声に、顔を上げる。
そこには、長い黒髪を後ろで幾つも編んで結んでいる黒のコートを来た男が立っていた。
『お前は心を持たぬ抜け殻…――そして、我らと同じ存在【ノーバディ】だ』
『ノーバ、ディ…』
聞き返す様に呟くと、男は縦に頷く。
そして、理解した。私の中に無い『何か』の正体。
この男が言った“心”だ。自分の中にポッカリと空いた空白。それなら納得がいく。
思わず自分の胸を押さえていると、男が手を差し伸べてきた。
『存在が、心が欲しいか?』
その問いに、私はすぐに返事が出来なかった。
自分の中で警報が鳴っているのだ。この人の所に行ったら駄目だと。
だけど、それ以上に“心”が欲しかった。どうしてか分からないが、それでも欲しいと思ってしまった。
私は小さく縦に頷く。すると、男は言った。
『ならば、我らと共に来るがいい』
そして私はゆっくりと、男の手を、握――。
『言葉巧みに使って少女を誘拐とは、最近のオッサンも怖いねぇ』
突然、別の男性の人の声が後ろから投げつけられる。
手を差し伸べた男が、顔を歪めて自分の後ろを睨んでいる。これを見て、ゆっくりと私も振り返った。
『天、使…?』
大きな黒い双翼を纏ったとても美しい黒い天使が、そこにいた…。
懐かしい記憶の夢が消え、意識が現実へと浮上し始める。
「――ん、うぅん…」
身体に異様な気怠さと鈍い痛みを感じ、ゆっくりと目を開ける。
ぼやける視界の中、長い金髪に紫の瞳をした女性―――ミュロスが本を持ってこちらを見ていた。
「気が付いた?」
「…私は…?」
「ミュロスさん、どうかしましたか?」
頭が働かず少女が呟いていると、プラチナの髪に白い瞳をした少女―――王羅も近づいてくる。
そのままミュロスのように少女の顔を覗くと、嬉しそうに笑った。
「良かった、気が付いたんだね! 気分はどう?」
王羅が声をかけると、少女の意識も少しずつハッキリしてくる。
今の状況に対していろいろと思う事があるのに、少女の脳裏に真っ先に思い浮かんだのは一人の人物だった。
「――クウさんっ!」
名前を叫びながら、少女は勢いよくベットから起き上る。
直後、少女の全身に鋭い激痛が走った。
「っ…!」
思わず身体を抱き締める様に縮ませていると、ミュロスが肩を掴んで叫ぶ。
「動かないで! まだ治療してからそんなに経っては――」
「でも…クウ、さんが…!」
痛みを堪えながら、少女は辺りを見回してクウを探す。
しかし、この部屋にはベットの上であちこちに包帯を巻いたカイリとオパールとアクアの姿しかない。よく見れば、自分にも腕や足に包帯が巻かれている。
他の人がいない事に少女が一抹の不安を覚えていると、王羅が屈み込んで視線を合わせた。
「ねえ、君の名前は?」
優しく質問をする王羅に、少女は幾分気分を落ち着かせてゆっくりと答えた。
「レイア…です」
「レイア。何があったのか、聞かせてくれるかな?」
更に王羅が優しく問いかけると、少女―――レイアは複雑な表情を浮かべて顔を俯かせた。
「あの…本当に、いろんな事があったんです――…話しきれないくらい、悲しい事…」
ポツリポツリと言葉を呟きながら、レイアはその情景を頭に過らせる。
大切な人が敵になってしまった事、その人の弟が自分達を信じてくれなくなった事、もう一人の彼との戦い、目の前で仲間が消えてしまった事、そして…自ら犠牲にして逃がしてくれた人物の事。
同時に最後に見せた彼の悲しい表情と叫び声が脳裏に浮かび、レイアは下唇を噛んだ。
「私達の中で、一番傷ついてるの…きっと、クウさんなんです…!! だから、行かないと…!!」
拳を頑なに握り、決意の表情を浮かばせる。
そんなレイアに、ミュロスは顔を逸らす。
「悪いけど、どんな事情があろうと怪我人を勝手にうろつかせる訳にはいかないわ。傷が癒えるまでは、大人しく――」
そうミュロスが言い聞かせていると、何を思ったのかレイアは手の内から杖を出現させた。
「何を――!?」
いきなり武器を取り出すレイアに、思わずミュロスが本を持って身構える。
王羅も目を細めて胸に手を当てるが、レイアは構う事無く一つの魔法を発動させた。
「…『ケアルガ』!」
レイアの全身を、癒しの光が包み込む。
身構えていたミュロスと王羅が呆気に取られていると、レイアは杖を消して半ば睨む様に言い寄った。
「これで、問題ないですよねっ!?」
確かに彼女にあった傷は治癒出来た。しかし、傷を治せばいいと言う問題ではない。
彼女達は重傷を負っている。普通ならちゃんと治療させなければならないのを、レイアは無理やり回復させたのだ。そんな状態で動けば、いずれ身体に反動が来る。
納得する訳にはいかず、どうにか説得させようとミュロスは再び口を開こうとした。
「――行かせてあげなよ、その人の所に。ここまで来れば、止めようがないだろ?」
だが、ミュロスよりも早く第三者の声が投げつけられる。
三人が振り返ると、程よく焼けた肌に黒い髪、全体的にふとましい女性―――セイグリットが開けた扉の所で苦笑いを浮かべていた。
「でも…!!」
すぐにミュロスが声を上げていると、王羅が止めに入った。
「それなら、僕がこの子と一緒に行きますよ。セイグリットさんが来たと言う事は、もうすぐキサラさん達も来る頃でしょうし」
「お願いします! 後でちゃんと戻りますから!」
レイアは必死になって、ミュロスに頭を下げる。
これにはさすがのミュロスも折れたのか、大きく溜息を吐いて頭を押さえた。
「…ちゃんと大人しくしてなさい。それが守れないのなら…分かってるわね?」
「あ、ありがとうございますっ!」
満面の笑顔を浮かばせてお礼を言うと、レイアはベットから降りて急いで部屋を飛び出した。
「って、ちょっと!? 私が言った事、本当に分かってるの!?」
「まあまあ、ミュロスさん。それじゃあ、後は頼みますね」
ミュロスが怒る中、王羅は宥めつつ未だに目覚めない人達を任せてレイアの後を追いかける。
それと入れ替わりに、艶のある金髪に流麗な容姿の女性―――キサラと、黒髪に鋭い藍色の瞳の女性―――毘羯羅が入ってきた。
「あの…今出て行った子は…?」
「気にしなくていいわ…それより、少し休憩入ってくるから後を頼むわ」
いろいろとミュロスは疲れたのか、不思議そうな顔をするキサラにそう言う。
そして、一旦休憩を取る為に三人と交代で部屋を出て行った。
「後はここから右に曲がって、真っ直ぐ行けば着くよ」
「分かりました!」
隣にいる王羅に教えて貰いながら、レイアは男性陣が治療している部屋へと走る。
と言っても、走るスピードは着ている服や体格もあり少し遅く、今は王羅が先に進みレイアは後ろから付いてくると言う形になっている。
「王羅さん」
そんな時、前方から声がかけられる。
見ると、淡い水色の髪に金色の瞳の少女―――ヘカテーがいる。
その隣には、黒い髪に蒼い目をした少年―――シンクがいて、後ろにいるレイアに気付いた。
「その子、もしかして――」
「すみません、急いでいるんです! 後でちゃんとお話しますから!」
ちゃんと他人に対しての気遣いはあるらしく、シンクに頭を下げて謝ると再び廊下の奥へと走る。
王羅も彼女の同行及び監視を担っている為、「ごめん」と軽く謝りを入れて追いかける。
目覚めてすぐその人の事を心配し、その人の為に無理して怪我を治す。自分達が何者かも、ここが何処だかも分からない筈なのに、彼女はその人の事だけを思って進んでいる。
(それだけ…彼女にとって“クウ”って人は、とても大きな存在なんだね)
そう王羅が考えている間にも、彼女の仲間が治療する部屋が見えてきた。
だが、少し様子がおかしい。
「何だろ、やけに騒がしい…?」
「ウィドさんの声…」
首を傾げていると、レイアも何かに気付いて不安そうに扉を見る。
王羅は少しだけ扉を開けると、レイアと共に部屋の中を覗き見た。
「落ち着け!! あんたはまだ動ける身体じゃ――!!」
「うるさい、離せぇ!! あいつは…姉さんを見捨てたあいつだけは斬るっ!!!」
「神月! 早くそいつから剣を取り上げろ!!」
あちこちに包帯を巻いた長い銀髪の青年―――ウィドが怒りを露わにしながら暴れているのを神無と神月が抑えつけている。
そんなウィドの手には見覚えのある翡翠の剣が握られている。どうやら治療中に神月の心剣を奪い取ったようだ。
この光景にレイアが息を呑んでいると、王羅が扉を開けて部屋に入った。
「その必要はないですよ」
王羅が声をかけると、ウィドを前後から羽交い絞めしていた二人は目を丸くした。
「「王羅!?」」
別室で治療している筈の王羅の姿に二人が驚いてる間に、彼女は胸に手を当てる。
そして、自身の心剣であるホーリーコスモスを抜刀して切先をウィドに向けた。
「胸から、剣が…!?」
「何を――っ!?」
見た事もない光景にレイアが唖然とする中、ウィドが王羅を睨みつける。
だが、王羅は無視して、切先から光を放ちウィドに当てる。
すると、ウィドの意識が闇に沈む様に失っていく。
「う、あ…」
もはや立つ事すらも出来ず、その場に崩れ落ちるウィド。
どうにか神無と神月が支えるように抱えると、すぐにレイアが部屋に飛び込んだ。
「ウィドさん!?」
「王羅、何を…?」
心配そうにウィドに回復魔法をかけるレイアを尻目に、神月は王羅を見る。
「波長を少し直したんですよ。彼の意識は憎しみに染まりきっていたから…ただ、完全には拭いません。無理に消したら、心が傷つく事になりますから」
「憎しみ…」
王羅が説明しながら心剣を再び胸に納めると、レイアが反応して回復の手を止める。
ここで、ようやく神無もレイアの存在に気付いた。
「お嬢ちゃん、確かこいつらと一緒にいた…」
レイアは聞いてないのか、そっと立ち上がる。
それから周りを見回すと、ある人物に近づいた。
「クウさん…」
顔色は悪く、包帯を巻いてる箇所も周りの人達よりも多い。誰よりも酷いのが分かる。
すぐにレイアは回復魔法を唱え、癒しの光を放ってクウを包み込む。
この様子に治療していた神無と神月が黙っていると、王羅が笑って声をかけた。
「神無、彼は彼女に任せよう。それより、こっちの状況はどう?」
「ん、あぁ…こっちはそれなりに軽傷なのが一人、さっき暴れていた奴を合わせれば重傷が七人。で、重体が一人だが…あれなら、ある程度は治癒するだろう」
神無はそう言いながら、重体であるクウに回復魔法をかけるレイアを横目で見る。
その後意識を失ったウィドを再度ベットに寝かせていると、視線が送られる。
神月が見ると、開けっ放しの扉から紗那が不安そうに覗き見ていた。
「紗那、どうした?」
「あ、うん…さっき、大きな声が聞こえたから…」
「ちょっとな…大丈夫だから、そんな顔するな」
どうやらウィドの怒鳴り声が聞こえていたようで、神月はすぐに紗那を安心させる。
それから、紗那はベットで眠っている人達を見た。
「話には聞いてたけど、酷い怪我だね…」
「これでも結構マシになった方なんだが。にしても…未だに信じられない」
神月はある人物を見る。
真っ二つに折れた刀をベットの傍に置いて、眠っている無轟を。
―――鳥から翼がなくなったように
―――私も何かがなくなった…
暗闇から意識が目覚めると、最初に感じたのは固くて冷たい感触だった。
そおっと瞼を開けると、視界に映ったのは石造りの地面。私はそこに倒れていた。
地面に手をつけてゆっくりと上半身を起こす。青の瞳に金色の前髪がかかって視界を塞ぐ。
しかし、邪魔になった髪を払おうとはせずにゆっくりと自分の両手を見つめた。
『わたし…?』
首を傾げていると、不意に記憶が蘇る。
突然現れた黒い生き物。必死に逃げていたが、後ろから『何か』を取られた感覚がして…。
そこから先は覚えていない。覚えているのは、家族や友達に住んでいた場所。過去の事もちゃんと覚えているし、もちろん名前も忘れていない。
なのに、それが《私》とは思えなかった。
『だれ…? わたしは、だれ…?』
記憶にある自分の名前が言えないもどかしさ。
記憶にある自分と同じなのに、何かが違う。
私は、誰なのか。
『誰でもない』
突然聞こえた低い男の声に、顔を上げる。
そこには、長い黒髪を後ろで幾つも編んで結んでいる黒のコートを来た男が立っていた。
『お前は心を持たぬ抜け殻…――そして、我らと同じ存在【ノーバディ】だ』
『ノーバ、ディ…』
聞き返す様に呟くと、男は縦に頷く。
そして、理解した。私の中に無い『何か』の正体。
この男が言った“心”だ。自分の中にポッカリと空いた空白。それなら納得がいく。
思わず自分の胸を押さえていると、男が手を差し伸べてきた。
『存在が、心が欲しいか?』
その問いに、私はすぐに返事が出来なかった。
自分の中で警報が鳴っているのだ。この人の所に行ったら駄目だと。
だけど、それ以上に“心”が欲しかった。どうしてか分からないが、それでも欲しいと思ってしまった。
私は小さく縦に頷く。すると、男は言った。
『ならば、我らと共に来るがいい』
そして私はゆっくりと、男の手を、握――。
『言葉巧みに使って少女を誘拐とは、最近のオッサンも怖いねぇ』
突然、別の男性の人の声が後ろから投げつけられる。
手を差し伸べた男が、顔を歪めて自分の後ろを睨んでいる。これを見て、ゆっくりと私も振り返った。
『天、使…?』
大きな黒い双翼を纏ったとても美しい黒い天使が、そこにいた…。
懐かしい記憶の夢が消え、意識が現実へと浮上し始める。
「――ん、うぅん…」
身体に異様な気怠さと鈍い痛みを感じ、ゆっくりと目を開ける。
ぼやける視界の中、長い金髪に紫の瞳をした女性―――ミュロスが本を持ってこちらを見ていた。
「気が付いた?」
「…私は…?」
「ミュロスさん、どうかしましたか?」
頭が働かず少女が呟いていると、プラチナの髪に白い瞳をした少女―――王羅も近づいてくる。
そのままミュロスのように少女の顔を覗くと、嬉しそうに笑った。
「良かった、気が付いたんだね! 気分はどう?」
王羅が声をかけると、少女の意識も少しずつハッキリしてくる。
今の状況に対していろいろと思う事があるのに、少女の脳裏に真っ先に思い浮かんだのは一人の人物だった。
「――クウさんっ!」
名前を叫びながら、少女は勢いよくベットから起き上る。
直後、少女の全身に鋭い激痛が走った。
「っ…!」
思わず身体を抱き締める様に縮ませていると、ミュロスが肩を掴んで叫ぶ。
「動かないで! まだ治療してからそんなに経っては――」
「でも…クウ、さんが…!」
痛みを堪えながら、少女は辺りを見回してクウを探す。
しかし、この部屋にはベットの上であちこちに包帯を巻いたカイリとオパールとアクアの姿しかない。よく見れば、自分にも腕や足に包帯が巻かれている。
他の人がいない事に少女が一抹の不安を覚えていると、王羅が屈み込んで視線を合わせた。
「ねえ、君の名前は?」
優しく質問をする王羅に、少女は幾分気分を落ち着かせてゆっくりと答えた。
「レイア…です」
「レイア。何があったのか、聞かせてくれるかな?」
更に王羅が優しく問いかけると、少女―――レイアは複雑な表情を浮かべて顔を俯かせた。
「あの…本当に、いろんな事があったんです――…話しきれないくらい、悲しい事…」
ポツリポツリと言葉を呟きながら、レイアはその情景を頭に過らせる。
大切な人が敵になってしまった事、その人の弟が自分達を信じてくれなくなった事、もう一人の彼との戦い、目の前で仲間が消えてしまった事、そして…自ら犠牲にして逃がしてくれた人物の事。
同時に最後に見せた彼の悲しい表情と叫び声が脳裏に浮かび、レイアは下唇を噛んだ。
「私達の中で、一番傷ついてるの…きっと、クウさんなんです…!! だから、行かないと…!!」
拳を頑なに握り、決意の表情を浮かばせる。
そんなレイアに、ミュロスは顔を逸らす。
「悪いけど、どんな事情があろうと怪我人を勝手にうろつかせる訳にはいかないわ。傷が癒えるまでは、大人しく――」
そうミュロスが言い聞かせていると、何を思ったのかレイアは手の内から杖を出現させた。
「何を――!?」
いきなり武器を取り出すレイアに、思わずミュロスが本を持って身構える。
王羅も目を細めて胸に手を当てるが、レイアは構う事無く一つの魔法を発動させた。
「…『ケアルガ』!」
レイアの全身を、癒しの光が包み込む。
身構えていたミュロスと王羅が呆気に取られていると、レイアは杖を消して半ば睨む様に言い寄った。
「これで、問題ないですよねっ!?」
確かに彼女にあった傷は治癒出来た。しかし、傷を治せばいいと言う問題ではない。
彼女達は重傷を負っている。普通ならちゃんと治療させなければならないのを、レイアは無理やり回復させたのだ。そんな状態で動けば、いずれ身体に反動が来る。
納得する訳にはいかず、どうにか説得させようとミュロスは再び口を開こうとした。
「――行かせてあげなよ、その人の所に。ここまで来れば、止めようがないだろ?」
だが、ミュロスよりも早く第三者の声が投げつけられる。
三人が振り返ると、程よく焼けた肌に黒い髪、全体的にふとましい女性―――セイグリットが開けた扉の所で苦笑いを浮かべていた。
「でも…!!」
すぐにミュロスが声を上げていると、王羅が止めに入った。
「それなら、僕がこの子と一緒に行きますよ。セイグリットさんが来たと言う事は、もうすぐキサラさん達も来る頃でしょうし」
「お願いします! 後でちゃんと戻りますから!」
レイアは必死になって、ミュロスに頭を下げる。
これにはさすがのミュロスも折れたのか、大きく溜息を吐いて頭を押さえた。
「…ちゃんと大人しくしてなさい。それが守れないのなら…分かってるわね?」
「あ、ありがとうございますっ!」
満面の笑顔を浮かばせてお礼を言うと、レイアはベットから降りて急いで部屋を飛び出した。
「って、ちょっと!? 私が言った事、本当に分かってるの!?」
「まあまあ、ミュロスさん。それじゃあ、後は頼みますね」
ミュロスが怒る中、王羅は宥めつつ未だに目覚めない人達を任せてレイアの後を追いかける。
それと入れ替わりに、艶のある金髪に流麗な容姿の女性―――キサラと、黒髪に鋭い藍色の瞳の女性―――毘羯羅が入ってきた。
「あの…今出て行った子は…?」
「気にしなくていいわ…それより、少し休憩入ってくるから後を頼むわ」
いろいろとミュロスは疲れたのか、不思議そうな顔をするキサラにそう言う。
そして、一旦休憩を取る為に三人と交代で部屋を出て行った。
「後はここから右に曲がって、真っ直ぐ行けば着くよ」
「分かりました!」
隣にいる王羅に教えて貰いながら、レイアは男性陣が治療している部屋へと走る。
と言っても、走るスピードは着ている服や体格もあり少し遅く、今は王羅が先に進みレイアは後ろから付いてくると言う形になっている。
「王羅さん」
そんな時、前方から声がかけられる。
見ると、淡い水色の髪に金色の瞳の少女―――ヘカテーがいる。
その隣には、黒い髪に蒼い目をした少年―――シンクがいて、後ろにいるレイアに気付いた。
「その子、もしかして――」
「すみません、急いでいるんです! 後でちゃんとお話しますから!」
ちゃんと他人に対しての気遣いはあるらしく、シンクに頭を下げて謝ると再び廊下の奥へと走る。
王羅も彼女の同行及び監視を担っている為、「ごめん」と軽く謝りを入れて追いかける。
目覚めてすぐその人の事を心配し、その人の為に無理して怪我を治す。自分達が何者かも、ここが何処だかも分からない筈なのに、彼女はその人の事だけを思って進んでいる。
(それだけ…彼女にとって“クウ”って人は、とても大きな存在なんだね)
そう王羅が考えている間にも、彼女の仲間が治療する部屋が見えてきた。
だが、少し様子がおかしい。
「何だろ、やけに騒がしい…?」
「ウィドさんの声…」
首を傾げていると、レイアも何かに気付いて不安そうに扉を見る。
王羅は少しだけ扉を開けると、レイアと共に部屋の中を覗き見た。
「落ち着け!! あんたはまだ動ける身体じゃ――!!」
「うるさい、離せぇ!! あいつは…姉さんを見捨てたあいつだけは斬るっ!!!」
「神月! 早くそいつから剣を取り上げろ!!」
あちこちに包帯を巻いた長い銀髪の青年―――ウィドが怒りを露わにしながら暴れているのを神無と神月が抑えつけている。
そんなウィドの手には見覚えのある翡翠の剣が握られている。どうやら治療中に神月の心剣を奪い取ったようだ。
この光景にレイアが息を呑んでいると、王羅が扉を開けて部屋に入った。
「その必要はないですよ」
王羅が声をかけると、ウィドを前後から羽交い絞めしていた二人は目を丸くした。
「「王羅!?」」
別室で治療している筈の王羅の姿に二人が驚いてる間に、彼女は胸に手を当てる。
そして、自身の心剣であるホーリーコスモスを抜刀して切先をウィドに向けた。
「胸から、剣が…!?」
「何を――っ!?」
見た事もない光景にレイアが唖然とする中、ウィドが王羅を睨みつける。
だが、王羅は無視して、切先から光を放ちウィドに当てる。
すると、ウィドの意識が闇に沈む様に失っていく。
「う、あ…」
もはや立つ事すらも出来ず、その場に崩れ落ちるウィド。
どうにか神無と神月が支えるように抱えると、すぐにレイアが部屋に飛び込んだ。
「ウィドさん!?」
「王羅、何を…?」
心配そうにウィドに回復魔法をかけるレイアを尻目に、神月は王羅を見る。
「波長を少し直したんですよ。彼の意識は憎しみに染まりきっていたから…ただ、完全には拭いません。無理に消したら、心が傷つく事になりますから」
「憎しみ…」
王羅が説明しながら心剣を再び胸に納めると、レイアが反応して回復の手を止める。
ここで、ようやく神無もレイアの存在に気付いた。
「お嬢ちゃん、確かこいつらと一緒にいた…」
レイアは聞いてないのか、そっと立ち上がる。
それから周りを見回すと、ある人物に近づいた。
「クウさん…」
顔色は悪く、包帯を巻いてる箇所も周りの人達よりも多い。誰よりも酷いのが分かる。
すぐにレイアは回復魔法を唱え、癒しの光を放ってクウを包み込む。
この様子に治療していた神無と神月が黙っていると、王羅が笑って声をかけた。
「神無、彼は彼女に任せよう。それより、こっちの状況はどう?」
「ん、あぁ…こっちはそれなりに軽傷なのが一人、さっき暴れていた奴を合わせれば重傷が七人。で、重体が一人だが…あれなら、ある程度は治癒するだろう」
神無はそう言いながら、重体であるクウに回復魔法をかけるレイアを横目で見る。
その後意識を失ったウィドを再度ベットに寝かせていると、視線が送られる。
神月が見ると、開けっ放しの扉から紗那が不安そうに覗き見ていた。
「紗那、どうした?」
「あ、うん…さっき、大きな声が聞こえたから…」
「ちょっとな…大丈夫だから、そんな顔するな」
どうやらウィドの怒鳴り声が聞こえていたようで、神月はすぐに紗那を安心させる。
それから、紗那はベットで眠っている人達を見た。
「話には聞いてたけど、酷い怪我だね…」
「これでも結構マシになった方なんだが。にしても…未だに信じられない」
神月はある人物を見る。
真っ二つに折れた刀をベットの傍に置いて、眠っている無轟を。
■作者メッセージ
夢さんが出会いの所まで書いてくださったので、少しだけ先の方を書いてみました。
ここの続きは私が書くか、それとも夢旅人が書くかは今の所未定となってますので…予想して続きを待っててください。
ここの続きは私が書くか、それとも夢旅人が書くかは今の所未定となってますので…予想して続きを待っててください。