CROSS CAPTURE5 「謁える意思を」
目の前に居るアナタはあなたではない
同じようで異なるアナタを
それを許容する暇を運命は間を与えはしない
交代で神無と神月は共に近くの別室で休息し(また負傷者が暴れ出す可能性を考慮して)、一抹の想いに耽る。
その懐く感情を父も同じように懐いている筈だった。少なくとも今の父の顔にはその色が伺えた。
「お爺……」
「どうかしたの、お兄ちゃん」
二人の休息のタイミングを窺って、妹のヴァイ、母のツヴァイ、恋人の紗那が部屋へやって来ていた。
思い悩む父と兄へジュースを手渡し、質問する。ジュースを受け取った神月は、確認するように呟く。
「お爺は俺とヴァイが子供の頃に亡くなってる。……憶えてるか」
「ま、まあーちょっとだけ……」
ヴァイは自信なさ気に頷き返す。幼い頃に死別した祖父を微かには憶えているが、今あの部屋に居る彼は異なる世界の無轟であった。
同一と見るには見れない、ある種の他人であるが、それでも思うところは在る。ツヴァイも神無もそうであった。
「私もお義父さんの顔を久しく見たわ」
懐かしむようにツヴァイが柔らかに笑んだ。旅の後、神無と共に彼の両親の無轟と鏡華に出会い、一緒に過ごした日々を。
「まあ、といっても三人とも俺と違って老いた時の顔しか知らないけど、俺は……アイツは違う」
もう一人、この部屋に居座る者が居た。
明王凛那。彼女は無轟の刀として長く振るわれてきた。しかし、今の彼女は自分を落ち着かせている様子でずっと黙りこくっている。
燃えるような瞳も今は冷め切って燻るように怜悧にしている。神無が視線をツヴァイへ向け、
「俺はあの頃の親父を知ってる。間違いないさ。それに……イリアドゥスの言葉通りなんだろう」
それは倒れた彼らを発見し、城へと向かっていく中の出来事。
そんな中で、神無はイリアドゥスへ問い質していた。
あの時の心中、かなり慌てていたのだろう。やや怒声混じりに問うていたのは憶えていた。
「どういうことだ、異なるセカイの親父だと? どういうことだ…!」
「落ち着け、神無」
掴みかかった神無の手をそっと掴み、その強い問いかけにもイリアドゥスは無氷の表情、凜然とした姿勢で神無を諌める。
その双眸の冷静さに思考を熱していた彼も落ち着き、それを察して彼女は話を切り出す。
「これに関しては私もうまく説明できるか自信は無い。そも、このセカイと世界の違いはわかるか?」
「…1回だけ言ってたな。セカイは世界を収める器。世界はセカイを満たす水だって」
「そう。つまり、セカイは樹でもあり、世界は種子や実でもある。
なら、その樹は『一つだけ』なのか? そうじゃない。樹(セカイ)は何本もあり、同じように種子、実を為す」
建物で例えるなら、マンションである。一緒に並んだ部屋一つ一つが『セカイ』、その部屋の中にあるもの全てが種子、実たる世界だ。
同じようなものも在れば、無いものもある、似たようなものもあるし、非なるものもある。
しかし、隣り合う部屋は簡単に行き来はできない。次元の壁といえるで隣り合っているだけだから。
「……」
「異なるセカイの無轟と無轟の共通は多く、異なるも多い。年の差もそうだろう」
「……折れた、凛那もか」
沈黙から出た言葉、倒れていた彼が尚も強く握っていた愛刀の無残な姿を神無は瞳に刻んでいた。
それはこちらの凛那と違って死んでしまっているのかと不安を懐くほどに。
しかし、身震いを許すほどイリアドゥスは優しくない。彼女は淡々と、今すべきことを告げる。
「神無、今は彼らの救助を優先だ。詳しい話は彼らの治療と回復の後ですればいい」
「ああ……そうだったぜ」
不甲斐無い己の失念を謝し、神無は救助の手助けへ駆けていった。
そうして、今へと至っていく。
「―――……今は親父たちの回復が大事だ。今、どう思うが関係ないんだ。確りとただ受け止めるさ」
自分に言い聞かせるように、神無は強く言い切った。その言葉に神月も意を決し、同感の想いにいたる。
すると、ヴァイは話題の切り替えに明るく話を持ち出す。
「そういえば、お爺ちゃん。やっぱりお父さんに似てるよね! そう想わない? 母さん!」
「ええ…昔を思い出すわ……鏡華さんもあちらでは元気なのでしょうか」
「さあな。夫婦なのかも聞いていないしね。夫婦だったら、今頃親父が出来てるだろうし」
「俺より若い親父に俺より幼い俺………はあ、頭が痛くなってきたぞ」
和気藹々に笑いあう家族に凛那は傍から小さく笑みを零し、直ぐに収める。
凛那も一度、あの無轟に出会っている。最初は心が躍るというに相応しい高揚だった。もう逢えない。そう心に決め、神無らの助力に応じたのだから。
しかし、いざ逢った時、高揚は刹那に褪めるものになった。
戦いの傷はショックに至る要因ではない。最も衝撃的だったのは、異なる自分自身が折れていた。これに尽きた。
「……」
辛うじて、あの刀に宿る生命は脈動している。だが、修理する事を考えれば事は火急を要するのかもしれない。
言い知れぬ混乱と不安をかき混ぜながら、凛那は己を律するべく只管に黙していた。
想わぬ人物の邂逅の余波は神無一家だけではなかった。
異なる次元より流れてきた彼らに興味を懐く者もいる。
しかし、複雑な想いを懐きながらにこれからを考える者もいた。
「―――」
ゼロボロス。
彼もその一人だった。紫苑という因縁の相手との邂逅だが、彼は異なる次元の紫苑だった。己との因縁を打ち破った方の紫苑ではない。
見る限り、己を封じて、世界を旅する旅人『ゼロボロス』としての頃の紫苑に違いなかった。
そんな彼は城内にある庭園で、一人考え込んでいる。
異なる次元でも同じ因縁を結びつかれた事の憂い、思いもよらない出来事への戸惑い、それら様々な情が彼の瞳に、浮かべる表情を険しくしていた。
「これ、なに物々しい顔をしておる」
声をかけられ、漸くハッとなった彼は声のほうへ振り向く。声をかけたのは呆れた様子のシンメイが居た。
注意を受けたゼロボロスは苦笑染みた片笑みを零し、険しさを崩してふざけた様に返す。
「そりゃあ、物々しくなるってもんよ。因縁極まる男の再会なんて、ヴァイロンで充分―――ぐえっ!?」
「悪かったな、因縁極まる女で」
今度は背後から鋭い一撃を叩き込んだ白服の女性ヴァイロンが不機嫌そうな、鋭い目つきで彼らを睨みつける。
「ふむ、おぬしも紫苑と同じ世界のもの同士じゃったな」
「……ええ。あちらの紫苑がああなってるってことは私とも関わりはあるでしょうね」
ヴァイロンと紫苑の関係はいうなれば盟友のようなものだった。
ゼロボロスの人間たちへの攻撃、それを阻止しようと彼女は人間たちに味方し、力を授けた。
紫苑はそんな人間の中で最も信頼に置いていた存在であった。
「お互いに浅からぬ因果、おぬしらはどうしていく?」
シンメイは二人に問いかける。
すぐに二人の口から返事は無かった。それぞれ想う所があるといった様子でお互いに考え始める。
「俺がゼロボロスなんて気づいたら、マジで襲ってきそうだな…」
ふと、ゼロボロスは己の答えを呟く。それをシンメイはけらけらと笑って、言い返す。
「そうじゃろう……あやつから見ればおぬしは怨敵の極みじゃろうて。ならば、己の真を隠すかね」
「無理ね。どうせ、魔力とかでバレるのがオチ。紫苑はああ見えて、器用だから……」
「となると、どうするかのう?」
「……楽しんでいねえか、お前」
どうもシンメイはにやにやとこちらの反応を見ていて気になった。
そう問われた彼女は笑みを浮かべながら、答える。
「そうじゃな。お主ら二人で考えあぐねる姿はつい笑んでしまう」
「なんで私までこいつと一緒に笑われるのよ…!」
「知るか。――あー、もう……仕方ない、くよくよあーだ、こーだと考えるのは止めだ!」
「じゃあ、どうする?」
それは先ほど見せた悪戯のある笑みは無く、真剣に見つめる彼女の問いかけにゼロボロスは単純に言い切る。
「なるように、なれだ!」
「はぁ!?」
「ふふ………アハハハハハ! そうじゃ、それでこそゼロボロスじゃ。辛気臭い顔はおぬしには似合わん!」
満足気に笑うシンメイに、呆れため息をついたヴァイロン。
ゼロボロスは確かにこの結論に満足している己を認める。そして、この結論に対する覚悟もできた。
「にしてもだ。なんで、そこまでして俺とヴァイロンをからかんだ?」
「ん? なーに、二人とも気兼ねなく話し合う所見て、素に戻って居るのじゃないかと想うての」
「なっ」
ゼロボロス、ヴァイロンは元居た世界では対の神という関係。言い換えれば夫婦のようなものであった。
しかし、対立ゆえに一方的に敵視しているヴァイロンが此処最近になって自然とゼロボロスと会話しているのをシンメイは見抜いていた。
いがみ合う様に言い合う二人をニヤニヤと笑ったのであった。
「ま、今のこやつはわらわで充分じゃ。おぬしはもう諦めい」
「何勝手に決めてるのよ! って、何が諦めいよ!!」
「もう勝手にしてくれ……」
心底うんざりといった具合に庭園に備えられたイスに背中を預け、シンメイとヴァイロンの口論を無視する姿勢をとる。
介入を諦めたことで言い合いは加熱する(一方的にヴァイロンが声のボリュームを上げているし、シンメイはケラケラと笑ってからかっている)。
そんな言い合いが続いていた所へ、
「なに喧嘩してんだお前ら…?」
呆れた様子で菜月が庭園から騒音を聞きつけてやってきた。
菜月の登場で言い合いに一息ついた、とゼロボロスは立ち上がって、肩をすくめる。
「なーに、気にするな」
「はは……そういえば、さっき怪我している人たちが何人か目覚め始めたって」
「ん? それを俺らに言いに来たのか」
「まさか。他の皆にも伝える為にあっちこっち駆け回ってるのさ」
「ふむ、面白い事にはなったが……どうする、ゼロボロス。逢(お)うてみるか」
「……そうだな。邪魔にならない限りでいいか」
「じゃあ、オイラはまだ伝えきってないんで。じゃーなー!」
そう言って、菜月は庭園を出て城内へと戻っていった。ゼロボロスは意を決し、怪我人の居るであろう部屋へ足を運ぶことにした。
■作者メッセージ
バトンのラインに達したので次回はどちらかなのは未定。