CROSS CAPTURE6 「絶望が齎す傷跡」
「あ、ぅ…」
「キサラ、こっちも目が覚めたよ!」
意識が戻ると共に、女性の声が聞こえてくる。
鈍い痛みを感じながらオパールが目を開けると、見知らぬ部屋の天井が最初に映った。
「ここ…どこ…?」
「【ビフロンス】って世界なんだって…この人達が、助けてくれたの」
朦朧とする頭を押さえながらオパールが上半身を起こしていると、聞き覚えのある声が隣から掛けられる。
顔を向けると、あちこちに包帯を巻いているカイリがベットに座りこんで顔を俯かせていた。
「カイリ…?」
明らかに落ち込んでいる様子のカイリに、オパールが声をかける。
それと同時に、脳裏にある記憶が蘇る。
エンの攻撃によって、目の前でソラが闇に消えてしまった光景を。
「あっ…!」
「立て込んでいる所すまないが、こちらはお前達の事情を何も知らない。何があったのか聞かせて貰えないか?」
オパールも口を閉ざす中、毘羯羅が近づいて話を切り出す。
キサラとセイグリットも話を聞こうとするのを見て、カイリは更に顔を暗くさせる。
「それは…!」
「ねえ、あたしが持ってた道具袋は?」
悲しみを堪えきれずに、シーツを握るカイリの手に力が篭る。
それを見て、オパールが真剣な目で三人に質問を返した。
「道具袋、ですか? そう言えば…」
キサラは何かを思い出す様に、部屋の隅に移動する。
治療の邪魔になると、王羅やミュロスが彼女らの持つ荷物を一旦大きな袋に集めて部屋の隅の方に置いておいたのだ。
大きな袋の中を探すと、少し大きめの荷物袋を見つける。キサラはそれを手に持つと、オパールに近づいて渡す。
すると、オパールは荷物を漁りレポートの束を取り出した。
「これは?」
「あたしが書いたレポート。これ読んだら、ある程度分かるから」
オパールはそう言うと、キサラにレポートを渡す。
思わぬ行動に三人がキサラの持つレポートに目を向けていると、オパールが顔を俯かせた。
「きっと皆、今はあたし達のように話せる気分じゃないから…ごめん」
頭を下げるオパールに、三人はこれ以上何かを言える空気でない事に気付く。
仕方なくセイグリットとキサラはオパールの書いたレポートに目を通す。そんな中、毘羯羅はオパールを見て目を細めていた。
(どうして、一枚抜かしたんだ?)
荷物袋からレポートを取り出す際、一枚だけ隠すようにして中に押し込めていた。
ただ、今の行動は普通に見ていては分からない。現にキサラとセイグリットは気づいていない。幾多もの戦いで鍛え抜かれた毘羯羅の洞察力だからこそ、彼女の行動に気づけた。
彼女を問い質し、隠したレポートを差し出させようかと考え―――すぐに止めた。
オパールは悲しそうな表情で、隠したレポートを入れた袋を握り締めていたから。
(リリィ…リク…)
リリスの正体、そしてリクにとって大事な思い出が書かれたレポートを守る様に、オパールは袋の口を握り締めていた。
場所は変わり、男性陣が治療する扉の前。
そこに双子の兄妹―――リュウアとリュウカがいた。
「兄さん、何人か起きてるって言っても、そんな事したら怒られるよ?」
「大丈夫だって。こっそり覗くだけだからさ」
話を聞く限り、菜月からの報告を聞いたリュウアは興味を抑え切れずに新たに来た人達が治療する部屋の中を覗き見しようとしているようだ。
心配するリュウカを笑顔で言い聞かせ、リュウアはドアノブを握ろうと手を伸ばす。
「何をしている?」
その時、横から若干咎めるような女性の声が響き、二人は肩をびくつかせる。
恐る恐る振り返ると、そこにはゼロボロス、シンメイ、ヴァイロンの三人がいた。尚、声をかけたヴァイロンは目を細めて睨んでおり、その後ろでゼロボロスはシンメイは面白そうな表情でこちらを見ている。
「う、あっ…! 俺達、その…!」
「お前ら、どうしたんだ?」
ヴァイロンの質問にどう誤魔化そうか考えているリュウアに、更に声がかけられる。
目を向けると、丁度休憩を終えたのか神無達一家が近づいてきた。
「え!? えっと…」
「何だ、その…少し様子を見にな」
続けざまに襲い掛かるピンチにリュウアがしどろもどろする中、何処か居心地が悪そうにゼロボロスが頭を掻く。
このゼロボロスの様子に、神無の中で一つの考えが過った。
「…紫苑か?」
静かに問うと、ゼロボロスは分かりやすく表情を歪ませる。
それでもすぐに元の顔つきに戻ると、神無を見た。
「まあな…それで、あいつはもう目覚めてるのか?」
「あー、どうだろうな。俺と神月はさっきまで休憩して、今はビラコチャに――」
『何なんだよぉ!!!』
神無が説明している途中で、突然部屋の中から怒鳴り声が響く。
「何っ!?」
「また誰か暴れて――!?」
ツヴァイが驚く中、急いで神月が部屋の扉を開けた。
―――少しだけ、時間は遡る。
「あうぅ…まだ頭がクラクラする…!」
少し前に目覚めた、灰色の髪に青い目の少年―――シャオがベットの上で頭を押さえる。
そんなシャオに、神無、神月、王羅と入れ替わりで交代した長い灰髪を結び、顎ヒゲを蓄えた男性―――ビラコチャは身体のあちこちを触って症状を調べていた。
「ここにいる者達に比べたら軽傷だが、まだ精神が安定しておらぬな。もうしばらくは横になるといい」
「うん…ありがと、御爺さん」
お礼を言うなり、すぐにシャオは横になるようにベットに倒れ込む。
そうしてシャオを寝かせると、今度はレイアの方を向く。
少し前に神無達と交代してからも、ずっとクウに癒しの光を与え続けている。
「お嬢ちゃん、少し休憩したらどうかの?」
「いえ…まだ、頑張れますから…!」
先程よりも疲れが見えるが、それでも休む事無くクウに回復魔法をかけている。
そうやって懇親的に尽くすレイアを見ながら、ビラコチャは一息吐くと本題を口にした。
「ところで、彼らに何があったか聞かせて貰えないか? 言いたくないならそれでもいいのだが…」
彼らが来てからずっと聞きたかった事を述べると、レイアは回復しながら顔を俯かせた。
「あの…私も、ちゃんと説明したいんです…――でも、言葉にすると…辛いんです…」
「そうか。ならば、無理に言わなくても良い」
悲しげな表情を見せるレイアに、ビラコチャはこれ以上問い詰める事をせずに話題を終わらせる。
半神として彼が司るのは『天地人』。人に必要な事を与えるだけでなく、時に人の立場となって悩みを聞き、苦悩を共にして解決策を導く。
今の彼女は、途方もない絶望を抱えている。そんな状態で無理に聞いても、相手は全ての情報を教える事が出来ないだろう。
「…日記」
「ん?」
そんな考えを抱いていると、レイアがポツリと呟く。
ビラコチャが視線を向けると、レイアは回復しながら言葉を紡いだ。
「テラさんの持ってる道具袋に…私の日記帳があるんです。最後の所は書いてませんけど、それを読んで頂ければ…」
「なるほど…それでは、読ませて頂くとしよう。すまないな、大事な物なのに」
「いえ…!」
思わぬ糸口が見つかり、ビラコチャは隅に置いてある荷物袋に目を向けて歩き出す。
治療の際に邪魔になる荷物を一纏めにして入れた袋を漁ると、少し大きめの袋が二つほど見つかる。その内の一つを調べると、日記の代わりに束ねられたレポートが出てきた。
「む、これは…?」
「ぐぅ…」
ビラコチャが訝しんでいると、呻き声が聞こえる。
すると、レイアは回復の手を止める。そうして、目の前の人物の顔を覗き込む様に満面の笑みを浮かべた。
「クウさんっ!!」
「――レイ、ア…?」
その声に返す様に、クウは虚ろ気に目を開けてレイアを見る。
「俺…なにを…」
起きたばかりで頭が働かないのか、額を押さえるクウ。
そのまま上半身を起こしていると、彼の脳裏にこれまでの記憶が蘇る。
ウィドとの決闘。仮面に浸食されるスピカ。もう一人の自分。身代わりとなって消えた仲間。目の前で捕らわれる事を選択した少女。
全ての記憶が蘇ったクウは、額を押さえていた手を下ろして見つめる。
「負けた…あいつに…」
「クウ、さん?」
小さく呟くクウに、レイアは不安そうに聞く。
直後、クウは拳を握りしめた。
「――っ!!」
強く拳を握り、歯を食い縛って声にならない叫びを上げる。
「なんだよ…おれ…!」
沸々と湧き上がる感情に声色を、握った拳を震わせる。
「――何なんだよぉ!!!」
やり場のない怒りと悲しみをぶつける様に、後ろにある壁に拳を叩きつける。
拳を叩きつけた箇所から罅割れが入る。クウの放つ気迫に、レイアだけでなくビラコチャも固まってしまった。
「クウ…さん…」
辛うじてレイアが呟くが、クウは視界に納めない様に顔を逸らす。
その時、部屋の扉が開いて神月達が入ってくる。これを見て、クウは顔を俯かせてベットから降りた。
「あ、おい!? そんな身体で何処に…!?」
「あんたらには、関係ねえだろ…」
止めようとする神月に対し、クウは顔を俯かせながら通り過ぎようとする。
だが、あと数歩で部屋を出ると言う所で神無に腕を掴まれた。
「関係ないって事はねえだろ!? いいからまだ横に――!!」
「ほっといてくれっ!!!」
神無の言葉を遮るなり、クウは乱暴に掴んだ手を振りほどく。
そのまま部屋から出ていくクウを見て、レイアは後ろから手を伸ばして叫んだ。
「待って、クウさ――!!」
「来るなぁ!!!」
「っ!?」
背中を向けた状態で怒鳴られ、思わずレイアが身を震わせて腕を引っ込める。
「「う、うぅ…!」」
「あっ…!」
怒鳴り声の影響か、眠っている何人かが目を覚まし始める。
半ば巻き込まれる形で成り行きを見ていたリュウカが気づいている隙に、クウは部屋を出て行く。
廊下にいた紗那達はもちろん、ゼロボロス達も彼の纏う重苦しい雰囲気に声を出せずにいる中、神無が指示を出した。
「神月、ビラコチャ! そいつら頼む! 俺はあいつを――!!」
「今はほおっておけ」
そうやって神無がクウの後を追いかけようとしたが、何とビラコチャが止めた。
「けどよ…!」
「我々が何かを言った所で、奴は何も聞かないだろう。奴の答えは…奴自身が見つけねばならぬ」
それは長年生きてきた経験か、半神としての存在か、何処か重みのある言葉に渋々ながらも神無はクウを追う事を諦める。
それを確認すると、ビラコチャは茫然としたまま固まるレイアに笑いかけた。
「さて…そこにいるお嬢ちゃんも、一度部屋に戻るといい。魔法を使って、無理をしているであろう?」
「クウ…さん…!」
クウに拒絶されたのがよほどショックだったのか、レイアは固まったままその場から動こうとしない。
この様子に、神月は廊下の外にいるヴァイと紗那に声をかけた。
「ヴァイ、紗那。この子を頼めるか?」
「う、うん! 大丈夫? 歩ける?」
すぐにヴァイがレイアに駆け寄り、優しく声をかける。
紗那も肩を掴んで、先程まで治療していた部屋に移動させようとする。
そんな中、何と横になっていたシャオが起き上るなりベットから飛び降りる。
眠っているのだろうと神無達が思っていただけに、驚きも半端無い。その間に、シャオは部屋を飛び出した。
「待って、師匠っ!!」
「お、おい待て!」
「次から次に何だぁ!?」
「俺が聞きたい!!」
ヴァイロンが叫ぶ後ろで、事態に追いつけずにリュウアとゼロボロスが混乱を起こす。
彼らの中でただ一人、シンメイは冷静にシャオが走り去った方向を見て、何処か呆れたように呟いた。
「あやつ、あの黒髪の奴と反対方向に走っておったの…」
「キサラ、こっちも目が覚めたよ!」
意識が戻ると共に、女性の声が聞こえてくる。
鈍い痛みを感じながらオパールが目を開けると、見知らぬ部屋の天井が最初に映った。
「ここ…どこ…?」
「【ビフロンス】って世界なんだって…この人達が、助けてくれたの」
朦朧とする頭を押さえながらオパールが上半身を起こしていると、聞き覚えのある声が隣から掛けられる。
顔を向けると、あちこちに包帯を巻いているカイリがベットに座りこんで顔を俯かせていた。
「カイリ…?」
明らかに落ち込んでいる様子のカイリに、オパールが声をかける。
それと同時に、脳裏にある記憶が蘇る。
エンの攻撃によって、目の前でソラが闇に消えてしまった光景を。
「あっ…!」
「立て込んでいる所すまないが、こちらはお前達の事情を何も知らない。何があったのか聞かせて貰えないか?」
オパールも口を閉ざす中、毘羯羅が近づいて話を切り出す。
キサラとセイグリットも話を聞こうとするのを見て、カイリは更に顔を暗くさせる。
「それは…!」
「ねえ、あたしが持ってた道具袋は?」
悲しみを堪えきれずに、シーツを握るカイリの手に力が篭る。
それを見て、オパールが真剣な目で三人に質問を返した。
「道具袋、ですか? そう言えば…」
キサラは何かを思い出す様に、部屋の隅に移動する。
治療の邪魔になると、王羅やミュロスが彼女らの持つ荷物を一旦大きな袋に集めて部屋の隅の方に置いておいたのだ。
大きな袋の中を探すと、少し大きめの荷物袋を見つける。キサラはそれを手に持つと、オパールに近づいて渡す。
すると、オパールは荷物を漁りレポートの束を取り出した。
「これは?」
「あたしが書いたレポート。これ読んだら、ある程度分かるから」
オパールはそう言うと、キサラにレポートを渡す。
思わぬ行動に三人がキサラの持つレポートに目を向けていると、オパールが顔を俯かせた。
「きっと皆、今はあたし達のように話せる気分じゃないから…ごめん」
頭を下げるオパールに、三人はこれ以上何かを言える空気でない事に気付く。
仕方なくセイグリットとキサラはオパールの書いたレポートに目を通す。そんな中、毘羯羅はオパールを見て目を細めていた。
(どうして、一枚抜かしたんだ?)
荷物袋からレポートを取り出す際、一枚だけ隠すようにして中に押し込めていた。
ただ、今の行動は普通に見ていては分からない。現にキサラとセイグリットは気づいていない。幾多もの戦いで鍛え抜かれた毘羯羅の洞察力だからこそ、彼女の行動に気づけた。
彼女を問い質し、隠したレポートを差し出させようかと考え―――すぐに止めた。
オパールは悲しそうな表情で、隠したレポートを入れた袋を握り締めていたから。
(リリィ…リク…)
リリスの正体、そしてリクにとって大事な思い出が書かれたレポートを守る様に、オパールは袋の口を握り締めていた。
場所は変わり、男性陣が治療する扉の前。
そこに双子の兄妹―――リュウアとリュウカがいた。
「兄さん、何人か起きてるって言っても、そんな事したら怒られるよ?」
「大丈夫だって。こっそり覗くだけだからさ」
話を聞く限り、菜月からの報告を聞いたリュウアは興味を抑え切れずに新たに来た人達が治療する部屋の中を覗き見しようとしているようだ。
心配するリュウカを笑顔で言い聞かせ、リュウアはドアノブを握ろうと手を伸ばす。
「何をしている?」
その時、横から若干咎めるような女性の声が響き、二人は肩をびくつかせる。
恐る恐る振り返ると、そこにはゼロボロス、シンメイ、ヴァイロンの三人がいた。尚、声をかけたヴァイロンは目を細めて睨んでおり、その後ろでゼロボロスはシンメイは面白そうな表情でこちらを見ている。
「う、あっ…! 俺達、その…!」
「お前ら、どうしたんだ?」
ヴァイロンの質問にどう誤魔化そうか考えているリュウアに、更に声がかけられる。
目を向けると、丁度休憩を終えたのか神無達一家が近づいてきた。
「え!? えっと…」
「何だ、その…少し様子を見にな」
続けざまに襲い掛かるピンチにリュウアがしどろもどろする中、何処か居心地が悪そうにゼロボロスが頭を掻く。
このゼロボロスの様子に、神無の中で一つの考えが過った。
「…紫苑か?」
静かに問うと、ゼロボロスは分かりやすく表情を歪ませる。
それでもすぐに元の顔つきに戻ると、神無を見た。
「まあな…それで、あいつはもう目覚めてるのか?」
「あー、どうだろうな。俺と神月はさっきまで休憩して、今はビラコチャに――」
『何なんだよぉ!!!』
神無が説明している途中で、突然部屋の中から怒鳴り声が響く。
「何っ!?」
「また誰か暴れて――!?」
ツヴァイが驚く中、急いで神月が部屋の扉を開けた。
―――少しだけ、時間は遡る。
「あうぅ…まだ頭がクラクラする…!」
少し前に目覚めた、灰色の髪に青い目の少年―――シャオがベットの上で頭を押さえる。
そんなシャオに、神無、神月、王羅と入れ替わりで交代した長い灰髪を結び、顎ヒゲを蓄えた男性―――ビラコチャは身体のあちこちを触って症状を調べていた。
「ここにいる者達に比べたら軽傷だが、まだ精神が安定しておらぬな。もうしばらくは横になるといい」
「うん…ありがと、御爺さん」
お礼を言うなり、すぐにシャオは横になるようにベットに倒れ込む。
そうしてシャオを寝かせると、今度はレイアの方を向く。
少し前に神無達と交代してからも、ずっとクウに癒しの光を与え続けている。
「お嬢ちゃん、少し休憩したらどうかの?」
「いえ…まだ、頑張れますから…!」
先程よりも疲れが見えるが、それでも休む事無くクウに回復魔法をかけている。
そうやって懇親的に尽くすレイアを見ながら、ビラコチャは一息吐くと本題を口にした。
「ところで、彼らに何があったか聞かせて貰えないか? 言いたくないならそれでもいいのだが…」
彼らが来てからずっと聞きたかった事を述べると、レイアは回復しながら顔を俯かせた。
「あの…私も、ちゃんと説明したいんです…――でも、言葉にすると…辛いんです…」
「そうか。ならば、無理に言わなくても良い」
悲しげな表情を見せるレイアに、ビラコチャはこれ以上問い詰める事をせずに話題を終わらせる。
半神として彼が司るのは『天地人』。人に必要な事を与えるだけでなく、時に人の立場となって悩みを聞き、苦悩を共にして解決策を導く。
今の彼女は、途方もない絶望を抱えている。そんな状態で無理に聞いても、相手は全ての情報を教える事が出来ないだろう。
「…日記」
「ん?」
そんな考えを抱いていると、レイアがポツリと呟く。
ビラコチャが視線を向けると、レイアは回復しながら言葉を紡いだ。
「テラさんの持ってる道具袋に…私の日記帳があるんです。最後の所は書いてませんけど、それを読んで頂ければ…」
「なるほど…それでは、読ませて頂くとしよう。すまないな、大事な物なのに」
「いえ…!」
思わぬ糸口が見つかり、ビラコチャは隅に置いてある荷物袋に目を向けて歩き出す。
治療の際に邪魔になる荷物を一纏めにして入れた袋を漁ると、少し大きめの袋が二つほど見つかる。その内の一つを調べると、日記の代わりに束ねられたレポートが出てきた。
「む、これは…?」
「ぐぅ…」
ビラコチャが訝しんでいると、呻き声が聞こえる。
すると、レイアは回復の手を止める。そうして、目の前の人物の顔を覗き込む様に満面の笑みを浮かべた。
「クウさんっ!!」
「――レイ、ア…?」
その声に返す様に、クウは虚ろ気に目を開けてレイアを見る。
「俺…なにを…」
起きたばかりで頭が働かないのか、額を押さえるクウ。
そのまま上半身を起こしていると、彼の脳裏にこれまでの記憶が蘇る。
ウィドとの決闘。仮面に浸食されるスピカ。もう一人の自分。身代わりとなって消えた仲間。目の前で捕らわれる事を選択した少女。
全ての記憶が蘇ったクウは、額を押さえていた手を下ろして見つめる。
「負けた…あいつに…」
「クウ、さん?」
小さく呟くクウに、レイアは不安そうに聞く。
直後、クウは拳を握りしめた。
「――っ!!」
強く拳を握り、歯を食い縛って声にならない叫びを上げる。
「なんだよ…おれ…!」
沸々と湧き上がる感情に声色を、握った拳を震わせる。
「――何なんだよぉ!!!」
やり場のない怒りと悲しみをぶつける様に、後ろにある壁に拳を叩きつける。
拳を叩きつけた箇所から罅割れが入る。クウの放つ気迫に、レイアだけでなくビラコチャも固まってしまった。
「クウ…さん…」
辛うじてレイアが呟くが、クウは視界に納めない様に顔を逸らす。
その時、部屋の扉が開いて神月達が入ってくる。これを見て、クウは顔を俯かせてベットから降りた。
「あ、おい!? そんな身体で何処に…!?」
「あんたらには、関係ねえだろ…」
止めようとする神月に対し、クウは顔を俯かせながら通り過ぎようとする。
だが、あと数歩で部屋を出ると言う所で神無に腕を掴まれた。
「関係ないって事はねえだろ!? いいからまだ横に――!!」
「ほっといてくれっ!!!」
神無の言葉を遮るなり、クウは乱暴に掴んだ手を振りほどく。
そのまま部屋から出ていくクウを見て、レイアは後ろから手を伸ばして叫んだ。
「待って、クウさ――!!」
「来るなぁ!!!」
「っ!?」
背中を向けた状態で怒鳴られ、思わずレイアが身を震わせて腕を引っ込める。
「「う、うぅ…!」」
「あっ…!」
怒鳴り声の影響か、眠っている何人かが目を覚まし始める。
半ば巻き込まれる形で成り行きを見ていたリュウカが気づいている隙に、クウは部屋を出て行く。
廊下にいた紗那達はもちろん、ゼロボロス達も彼の纏う重苦しい雰囲気に声を出せずにいる中、神無が指示を出した。
「神月、ビラコチャ! そいつら頼む! 俺はあいつを――!!」
「今はほおっておけ」
そうやって神無がクウの後を追いかけようとしたが、何とビラコチャが止めた。
「けどよ…!」
「我々が何かを言った所で、奴は何も聞かないだろう。奴の答えは…奴自身が見つけねばならぬ」
それは長年生きてきた経験か、半神としての存在か、何処か重みのある言葉に渋々ながらも神無はクウを追う事を諦める。
それを確認すると、ビラコチャは茫然としたまま固まるレイアに笑いかけた。
「さて…そこにいるお嬢ちゃんも、一度部屋に戻るといい。魔法を使って、無理をしているであろう?」
「クウ…さん…!」
クウに拒絶されたのがよほどショックだったのか、レイアは固まったままその場から動こうとしない。
この様子に、神月は廊下の外にいるヴァイと紗那に声をかけた。
「ヴァイ、紗那。この子を頼めるか?」
「う、うん! 大丈夫? 歩ける?」
すぐにヴァイがレイアに駆け寄り、優しく声をかける。
紗那も肩を掴んで、先程まで治療していた部屋に移動させようとする。
そんな中、何と横になっていたシャオが起き上るなりベットから飛び降りる。
眠っているのだろうと神無達が思っていただけに、驚きも半端無い。その間に、シャオは部屋を飛び出した。
「待って、師匠っ!!」
「お、おい待て!」
「次から次に何だぁ!?」
「俺が聞きたい!!」
ヴァイロンが叫ぶ後ろで、事態に追いつけずにリュウアとゼロボロスが混乱を起こす。
彼らの中でただ一人、シンメイは冷静にシャオが走り去った方向を見て、何処か呆れたように呟いた。
「あやつ、あの黒髪の奴と反対方向に走っておったの…」
■作者メッセージ
今回の話は私、NANAが書き上げました。
もしかしたら、修正する可能性もあります。
もしかしたら、修正する可能性もあります。