CROSS CAPTURE7 「思わぬ出会い」
どうしようもない状況下、クウたちの騒動の中で半神ビラコチャは通信用の握り掌程の魔法陣を展開し、事の経緯を彼へ報告する。
現状、城内で奔走しているであろうクウとシャオの二名がこのまま城外に抜け出されると事態はより悪化してしまうだろう、と。
通信の相手はこの城の主アイネアス、彼は私室の書斎で複雑な表情で、事態の対応をうち出した。
「……ええ、解りました。城門などに監視を用意しておきましょう。…出来れば、今すぐにでも探索をしたいのですが?」
アイネアスの対応も正しい事と判断は出来る。しかし、無為な刺激を避けるべくビラコチャは反論を呈す。
「すまない…今は彼らに下手な刺激を与えて事態は面倒になる。今少し、待ってくれないか?」
「ふむ……」
そう言われるとこちらとしても返答に困る、とアイネアスは軽はずみに言い返せなかった。
事実、ビラコチャは半神の序列からで言うと高い立場を持っている。自分との序列の立場を比べるにこちらが低く、あちらが上なのだ。
事態を鑑みて、気にする必要性は無いと言われたが、性格上、難しいものだった。
更には彼の言い分も最もだった。戦いで心身共に負傷した彼らに思いやって庇う事も正論だった。
そんな妥協の言葉を口火に切ろうとしたその時だ。
「お前がそういうのならそうしよう、任せたぞ、ビラコチャ」
突如、通信に割って入った、女性の声が凛然と了承と下した。
「! 母さま!」
「感謝します…」
そう言って、喜色を極小さく交えたビラコチャは礼を言った後に通信を閉じる。
一方、割って入って来た女性――イリアドゥスへアイネアスは困ったように見据えて尋ねた。
「…よろしいのですか」
「ええ。問題ないわ」
アイネアスの不安を、きっぱりと言い、彼女は頷く。彼はもう何も言うまいとため息混じりに作業を執り行う。
城門、城の周囲に監視の紋章を具現化させた。こうする事で城門からの脱出、或いは城自体からの脱出を防ぐ事ができる。
後は城の中を彷徨っているであろう者達を見つけ出さなくてはならなかった。
「……おや」
ふと、アイネアスは気づく頃にはイリアドゥスは部屋を出ていた。一息ついてから、彼は掌ほどに浮かぶ魔法陣を具現、もう一方の通信を開始した。
「聞こえますか、キサラさん」
「は、はい」
魔法陣に女性の声が返ってきた。声の主は半神キサラである。
こちらの方はビラコチャと違い、急な事態が起きなかった為、後にされていた。
双方共に、報告に共通していたのは情報源の入手であった。
「日記、レポート……ああ、後そちらで逃げ出した人は居ますか」
「いいえ…皆、傷心してるみたい」
「出来れば看護と一緒に見張っておいて欲しいのです。これ以上、面倒な事態は双方ともに滅入るだろうから」
アイネアスはキサラへ小さく注意を呟いた。聞き取られて、疑念を喰らわれても面倒だと、想ったからだ。
それを察して、彼女も小声で了承する。
「解ったわ。何かあったらすぐに知らせるわね」
「お願いしますよ」
そう言って、アイネアスは通信の魔法を閉じた。
「全く、騒がしい限り……だ」
クウの騒動と時同じくして、無轟も漸く起床する。聊か元気の無い顔色ではあったが。
目覚めた無轟を神無は息を呑み、言葉をかけられずにじっと見ているだけだった。
無轟は周囲を見る。紫苑たちが横になっているのと治療を受けてもらったことを察する。
自身の体にも包帯が巻かれ、治療の施しから痛みは和らいでいる。まずは、助けてもらった事への礼を言おうと、彼らへ視線を向けた。
「まずは――正体の知らない我々を助けていただいた事、感謝する」
「気にしないでいい。具合はどうだ?」
ビラコチャの確認に、無轟は率直に言い返す。
「悪くは無い」
『そうそう、無轟は丈夫だからねえ』
火を渦巻き、姿を現した少年『炎産霊神』が現れる。神無はその炎産霊神の出現に表情を曇らせる。
それは彼の傍らに居た凛那も同じだった。込み上げる声を必死に堪え、彼女は黙している。
「すまないが、神無たち以外は戻っていてくれないか。まだ無理に起きたばかりだからな」
神無たち以外、それはゼロボロスや闖入しようとしたリュウアたち双子兄妹を差している。
「う……ご、ごめんなさい」
「失礼しました、本当に……」
「気にしなくていいさ」
リュウアとリュウカは謝意を込めていい、神無が気さくに宥めた。別段、責めるものは誰もいない。
二人がそのまま部屋を出て行き、残るものたちに視線が向けられる。
一方のゼロボロスらはそうはいかなかったのだ、目覚めた彼らの一人、紫苑に原因があった。
「……」
「あの、どうかしましたか?」
一方の紫苑は剣幕な雰囲気でゼロボロスから見据えられていることに戸惑いを感じていた。
だが、戸惑いは直ぐに瞠目にうってかわる。
彼から感じ取った力のそれ、それは自身の内に在る―――。
「ッ!?」
「……気づいたか」
「やれやれ……」
「……」
「お前たち」
三人の様子、何よりも紫苑の動揺に見かねたビラコチャが素早く割り込んだ。
厳格な威風がいつにもまして、険しく彼らに注意を促す。
「戻れ。今は、これ以上の面倒を避けなければならない」
「解ってるぜ。――『紫苑』、想う所は在るだろうが……今は傷を癒せ。話はそこからだ」
ゼロボロスはそう言って、ビラコチャの注意で彼らも部屋から出て行った。
紫苑は必死に思考を廻らせていた。どういうことだ、何がどうなっているのかと。
しかし、深く考え込もうとするとまだ完治せぬ痛みに身を小さく丸める。
「うっ…」
「無理に起きたんだ、もう一度休むんだ。さあ、これをゆっくり呑みなさい」
彼の身を起こし、小さなコップに水を飲ませる。飲み終えた紫苑は一先ずビラコチャへ礼をするべく一礼する。
「ありがとう、ございます……此処までして貰って」
「構わない。さ、ゆっくり休みたまえ」
「はい……すみま……せ…ん……」
横になった紫苑が言い切る前に眠りにへと落ちた。飲ませた水には薬を溶かしたものであった。
一先ず、他の者達も傷の具合を見て、起きたままにするか、眠らせるかはもう一度、診察する必要があった。
ビラコチャは目覚めたばかりの者達一人ずつに診察を始める。
ツヴァイは此処にいても彼らの邪魔になるだけと凛那へ声をかける。
「じゃあ、私たちも戻りますか。ね、凛那」
「……リンナ、か。奇妙な話だ。我が刀と同じ名前だ」
折れた刀を悲しげに見て、ツヴァイらに微笑み返す。
「ッ……ああ、そうだな」
凛那は言い知れぬ想いをかみ締めつつ、ツヴァイへ刃のような鋭い眼差しで睨み返す。
今の無轟にダメージを与えてはならない、と彼女の顔がそう語っている。
ツヴァイも涙目になりながら、何度も頭を下げる。
「ご、ごめんなさい!」
「気にする事は無い……さて、どうしたものか」
悲しげに見つめていた無轟は思案するように、表情を変える。傍に居た炎産霊神も彼の姿勢の真似をしながら思案に協力する。
「武器を折られた以上、新しい得物が必要になる……か」
「…!」
『それはそうだけど、無轟。この刀くらいしか僕の炎を耐えること出来ないよ?』
「……」
「仕方ない、今は雌伏の時と思おう。……ああ、自己紹介がまだだったな」
思い出したように呟き、彼らへ一礼してから名乗る。
「俺は無轟。こいつは炎産霊神という」
『よろしくねー……んー?』
炎産霊神は明るく挨拶し、凛那へ視線を向けて自分の首をかしげる。
疑っている眼差しで、訝しんでいる。
凛那自身もその視線をそらし、口を噤んでいる。
魔刀『明王・凛那』は炎産霊神の炎熱を用いて造られた一刀、凛那の中に炎産霊神の力が宿っている事になる。
「……な、なんだ」
『奇妙な縁だよねー、同じ刀の名前をした女性、その中に同じ力を感じ取れるって?』
「炎産霊神、何が言いたいのだ」
『無轟だって気づいてるんじゃないの? この娘も『明王・凛那』だって」