CROSS CAPTURE9 「空白の記録 変わらぬ優しさ」
欠かさず綺麗にしているのか汚れの無い大きな窓から日の光が差し込み、長い回廊を隅々まで明るく照らしている。
そんな廊下を、シャオは無我夢中で走っていた。
「師匠…!!」
どれだけ走ってもクウに追いつかず、顔に焦りが浮かぶ。
元々体の傷は軽傷で済んでいるし、クラクラしていた頭も今は落ち着いている。これだけの運動は苦にならないほど、回復はしていたようだ。
やがて右に曲がり角が見え、シャオはスピードを落とす事無く角を曲がる。
直後、何かに思いっきりぶつかった。
「うぎゅ!?」
「うおっ!?」
予想もしなかった事で妙な声を上げるシャオと同時に、ぶつかった箇所からも声が上がる。
だが、それを見る暇もなくシャオは倒れるようにその場で尻餅をついた。
「いったぁ…!?」
「ちょ、大丈夫!?」
思いっきり腰を打って座り込むシャオに、誰かが慌てて近づく。
そうして肩を掴むので、シャオが腰を押さえながら顔を上げた。
「イオン…先輩?」
目の前で心配そうに見ている茶色が混じった黒い髪に青目の少年は、紛れもなく自分の世界に居る筈のイオンだった。よく見れば、後ろには淡い水色の髪に赤い目をした少女―――ペルセフォネまでいる。
シャオは今自分が見ている光景が信じられず、すぐさま立ち上がりイオンを指差した。
「何でここにイオン先輩がいるのさ!? それにペルセさんも!? ここって過去の世界の筈じゃ――!?」
「ちょ、まずは落ち着け!」
混乱気味に話すシャオを、さっきぶつかったライトブラックの髪に金色の目をした少年―――オルガが腕を掴む。
ここで、シャオはようやく二人以外にも人がいる事に気付いた。
「え? あの…誰?」
「俺はオルガ。で、こっちはアーファ」
「よろしく! ね、君の名前は?」
青い髪に緑目の少女―――アーファが元気よく挨拶すると、興味津々でシャオに詰め寄る。
このアーファの様子に、シャオは困惑気味に口を開いた。
「シャ、シャオ…」
こうして互いの自己紹介を終えると、落ち着いたと判断したのかオルガが質問した。
「なあ、シャオ。お前、この世界がどう言う所か分かるか?」
「え? えーと…?」
改めて聞かされる質問に、シャオはようやく今自分が置かれている状況を思い知る。
何も分かっていない事をオルガも知ったのか、何処か気くさに笑った。
「俺達もイリアづてに聞かされた話だからな…とりあえず、落ち着いた場所で話さないか?」
「で、でも…!」
オルガの誘いに、シャオは思わず戸惑いを見せる。
だが、落ち着いて考えればあのクウは自分の世界の師匠ではない。今目の前にいるイオンのように。
それに、ここが何処かも分かっていない。それならば、彼らから話を聞いて情報を集めて置いた方がいいだろう。
ここまで考えると、シャオはクウを追いかけるのを諦めてオルガ達に頷いた。
「うん…分かった」
場所は変わり、女性陣達が治療している部屋。
そこで、セイグリット、毘羯羅、そしてキサラと入れ替わりで交代したミュロスがオパールの書いたレポートを読み終えていた。
セイグリットはすぐにレポートの内容を別室にいるアイネアスに伝え、その間に毘羯羅はレポートをオパールに返した。
「――お前の書いたレポートは全て確認した。そちらでの世界に異変が起きていたのか…」
「うん、まあ…で、ここがあたし達のいる世界とは別次元の世界も、とりあえず頭に入れたわ」
「俄かに、信じられないけど…」
まだ弱々しいが笑みを浮かべるオパールに、カイリもどうにか言葉を返す。
そんな中、ミュロスはレポートの内容を思い出す。彼女の書いたレポートは、ある世界から他のメンバー達と合流する為に、故郷である【レイディアントガーデン】に戻ると言う所で終わっている。
ここから先に何かがあってこの世界に来た筈だ。この空白を埋める為に、ミュロスは改めてオパールに質問をぶつけた。
「それで、あなた達はどうやって私達の世界に来たのかしら?」
「それは…」
「――シルビア。彼女が私達を逃がしたんです、“エン”と言う男から」
オパールが口籠っていると、意外な所から答えが返って来る。
全員が目を向けると、何とアクアが目を覚ましていた。
「アクア!? 今はそんな話…!!」
「何時かは話さなければいけない事。なら、ここで話しておいた方がいい…違う?」
「それは、そうだけど…」
アクアの言葉は正論だが、オパールの中で不安が芽生える。
仲間を失って自分達と同じように傷ついている筈なのに、その目は一点の曇りもなく真っ直ぐに見ている。いや、やけに真っ直ぐ過ぎる。
横目でカイリを見ると、顔を俯かせてシーツを握り締めている。もはや何の言葉も出せずにいる中、ミュロスの目が変わりアクアに詰め寄った。
「その話、詳しく聞かせて貰えないかしら!?」
「分かりました」
「アクア…」
大きく頷くアクアを、オパールはただ見る事しか出来なかった。
丁度その頃、オルガ達四人はシャオと共に応接間で話をしていた。
お互い向かい合うように備え付けのソファに座り、オルガ達はイリアドゥスから聞いた事やカルマとの戦い。シャオは自分の元居た世界や家出と称した異世界での旅の事を話した。
「――なるほどな。お前の師匠とは別世界の師匠がエンだったのか…」
「それで、あの人達とは違う別世界から来たのがシャオ、か…――あ〜、頭がこんがらがってくる…!」
「それはボクもだよ。ここは僕達がさっきまでいた異世界じゃなくて別の異世界って事なんだろうし…あーもう、何でこうなったんだよ…!」
あまりにも壮大で複雑な話にオルガとアーファが頭を押さえると、同じようにシャオも頭を押さえる。
そんなシャオを見て、ペルセが不思議そうに首を傾げた。
「シャオは分からないの?」
「うん。戦ってる途中で無理しちゃって…あの人の力で気を失って…」
エンとの戦いで『マスターキー・モード』を限界以上に使おうとした所で、銀髪の少女が止めに入った。そこで気を失った所為で、どうやってこの世界に来たのか分からないのだ。
「ボク…これからどうすればいいんだろ…」
クウを追いかけても、ここにいるイオンやペルセのように面識などないから拒絶される可能性が高い。だからと言って、別の異世界で今までのように気ままに旅をするなんて事も出来ない。『マスターキー・モード』でも倒せないエンと再び勝負なんて、想像もしたくない。
どうしようもない現実にシャオが途方に暮れていると、空気を変えようとアーファが質問した。
「そうだ、シャオ。どうして、イオンやペルセの事知ってるの?」
「あ〜…実は、ボクの元居る世界にもイオン先輩やペルセさんがいるから…」
「そうなの!? ね、私とオルガは!?」
目を輝かせるアーファに、オルガは呆れたように肩を竦める。
「あのなぁ。シャオの世界に俺達がいるんなら、シャオだって知ってるだろ?」
「あ、そっか!」
「もう、アーファさんったら…」
「ふふ…」
納得するように手を叩くアーファを見て、イオンとペルセは笑ってしまう。
何処からどう見ても仲が良い四人を、シャオは何処か遠い目で見ていた。
(自分の知ってる人でも、それは全くの別人…か)
不意に、ジャスから教えられた言葉を思い浮かべる。
セヴィルやエンはまだいい。クウを始めとした知り合い達も、若い姿だから仕方ないと割り切れる。
だが、目の前の二人は違う。姿も考えも一緒なのに、自分の事を知らない。そして、自分の知らない違う人と笑い合っている。
異世界がどう言う所なのか改めて思い知らされ、一種の孤独がシャオの心に圧し掛かった。
(みんな、今頃何をしているんだろ…?)
「…オ――シャオ」
寂しさで意識がぼんやりしていたが、オルガが名前を呼んでいるのに気付いて慌てて顔を上げた。
「へ!? な、なに!?」
「あ、あぁ。大した事じゃないんだけど…その紐は何だ?」
突然反応するシャオに驚きつつ、オルガは腰のポケットを指差す。
視線を向けると、キーホルダーの紐の部分が少しだけはみ出していた。
「これの事?」
そう言ってシャオがキーホルダーを取り出して見せると、周りの四人は興味ありげに顔を近づけた。
「へー、星形のキーホルダーなんだ。これどうしたの?」
「家出する時に、貰ったんだ…お守りだって言って、ボクに渡してさ」
「お守りか…」
アーファに説明していると、オルガは何処か感心したようにお守りを見る。
そうしていると、ペルセが何かに気付いたようにイオンを見た。
「これって、イオンの世界にある星形の実に似てるね」
「それ、パオプの実の事だよね。うーん…言われてみればそうだよね」
イオンも頷くと、シャオの持つお守りを見つめる。
この四人にシャオも仕方なくお守りに目を向けてると、一つの重要な記憶が蘇る。
記憶によって作られた自分自身の対決の後、例の少女と会合した内容を。
「――思い出した…」
「どうした、シャオ?」
シャオの呟きにオルガが反応していると、目を見開いた状態でお守りを見つめていた。
「ボクを気絶させた女の子…言ってたんだ。このお守りを『思い』で形作ったって。万が一の事があった時にって…!」
「「「「思い?」」」」
何が何だか分からず、四人は素っ飛んだ声を同時に上げる。
だが、シャオは疑問に思うよりも前にお守りを強く握り締める。
「詳しくはボクも分からない。でも、今が万が一だとしたら…きっと、この『思い』を使う時なんだよ。使う方法、探さなきゃ…!!」
今の絶望的な状況を打破出来る可能性が見つかり、決意の表情を浮かべるシャオ。
さっきまでとは打って変わったシャオに、オルガが勢いよく立ち上がった。
「よし! じゃあ、俺達もその方法を一緒に探すか!」
「えっ!? いいの!?」
思わぬ申し出にシャオが驚いていると、アーファ達も笑いかけた。
「もちろん! 困ってるのなら、助け合うのは当然でしょ?」
「私達も手伝うよ。ね、イオン」
「う、うん。手助け出来るかは、分からないけど…」
アーファだけでなくペルセも頷くと、イオンも若干自信無さげだが同行を申し出る。
この四人に、シャオの胸に温かい何かが込み上がった。
(どんな世界でも…やっぱり、二人は変わらない。周りの人達が違っても、優しい事に変わりない…)
同じなのに違う。違うけど同じ。
一見すると矛盾にも思えるが、どの世界でも変わらない優しさにいつの間にかシャオの心の中にある寂しさや不安は消えていた。
そして、心に湧き上がる感情のままに四人に向かって満面の笑顔を浮かべた。
「――うん、ありがとっ!」
■作者メッセージ
少し文字数制限に入ったため、この後もあと一話だけ続けて書かせていただきます。
数日前にKHファンなら誰もが喜んだある発表と共に…。
数日前にKHファンなら誰もが喜んだある発表と共に…。